喜多見柚のプロデューサーはジェネレーション・システムに頼らない男であった。
アプロディアにアクセスすれば、アイドルとして最適解のコーディネートを導いてくれる。
しかし、彼は柚を機械の掌で躍らせるようなアイドルにしたくは無かったのだ。
そんなプロデューサーの熱い想いを知った柚は、彼に想いを寄せるようになった。
アイドルとして底辺の存在であっても、機械に頼らず彼と共に、工藤忍、綾瀬穂乃香、桃井あずきといったフリルドスクエアの仲間達と過ごせればいい。
そう思える位に、存在が大きくなっていたのだ。
だが………その淡い願いは叶わない事になる。
表情を暗くする彼女の告げる「その日」というのは………。
ある日、柚達フリルドスクエアの面々は、ジェネレーション・システムの中枢部を管理する巨大なタワーへと来ていた。
その目的は単純。
アイドルとして活動する者達は、定期的にシステム・アプロディアへのボディスキャンが必要になるからだ。
「難儀な仕事だよね~………。別にシステムを信奉して頼っているわけじゃ無いんだから、そんな必要も無いのに………。」
プロデューサーや仲間達と共に、塔の内部をエレベーターで昇りながら、柚は愚痴っていた。
そんな彼女に、プロデューサーは謝る。
「すまんな………。この通達ばかりは、断る事ができん。」
「あ~、別に謝らなくていいよ。警察沙汰や裁判沙汰になったら大変だしね。」
流石のプロデューサー達であっても、法律に逆らったら問題になってしまう。
その為、この仕事には従うしか無かったのだ。
只、柚はその代わり………と、てへぺろと笑うとプロデューサーに告げた。
「これが終わったらさ、5人で何処か遊びに行かない?憂さ晴らしってことで。」
「おお、そういう事ならいいぞ!何処でも連れて行ってやる!」
割と乗り気になったプロデューサーは、何処に行くか考えだす。
そして、思いっきり大声で告げた。
「よし!忍の好きなジムに行って………アイタッ!?」
プロデューサーが思わず前に倒れそうになったのは、一斉に忍、穂乃香、あずきの3人に頭を叩かれたからだ。
この頃には、3人は柚の恋心に気付いており、プロデューサーの鈍感さに頭を悩ませていた。
故に、全然女心の読めない発言をしたプロデューサーに一斉にツッコミを入れたのだ。
「よし、海に行こうよ。プロデューサーさんのお金でバーベキューをしてさ。」
「待て、忍!?努力の名の下に、ジムが鍛えるのが好きでは無かったのか!?」
「そういう問題ではありません。プロデューサーは、何で柚ちゃんの言葉に対して、的外れな回答をするんですか!?」
「穂乃香!?何故、学校の先生みたいな叱り方を!?」
「そんなんだから、プロデュースの才能無いって言われるんだよ!」
「あずき!?流石に、それはあんまりでは無いか!?」
「とにかく海に決定です!文句は言わせません!」
最終的に穂乃香がパンパンと手を叩いて纏めた事で、意見は一致する事になる。
かなり強引なやり方だが、プロデューサーには一度、柚の水着姿でも見て貰って、女として意識して貰う必要があるのでは無いのか?………とすら思っていた。
ちなみに肝心の柚は、この4人の漫才のようなやり方に、苦笑するばかりである。
そうしている内にエレベーターは最上階に到達し、中枢部へとたどり着いた。
ガードマンとも言える衛兵が2人、扉の前に立ち塞がっており、ここから先には関係者しか入れない。
つまり、プロデューサーは留守番であった。
「じゃあ、行ってくるよ。」
「待て、柚。」
「何?さっきの事は、怒って無いから………。」
「いや………渡しておきたい物がある。」
柚はそう言ったが、プロデューサーは突如、頭に巻いていた赤い鉢巻きを取る。
前に彼から話を聞くと、熱いプロデュースをするには頭に鉢巻きを巻くのが一番だと言っていたのを柚達は思い出した。
当然ながら、ジェネレーション・システムには見栄えが悪いという評価が出ていた為、推奨はされていないが。
「スキャンは私服で可能だったな。だったら、お守り代わりに持っていけ。」
「いいけど………どうしたの、急に?」
「何、今まで俺に付き合ってくれた礼と、これからも宜しく頼むという願いを込めたものだ。俺は洒落たプレゼントは出来んが………まあ、ポケットにでも仕舞って置いて貰えると嬉しい。」
もしかしたら、プロデューサーは鈍感ではある物の、彼なりに柚に何かを感じ取っているのかもしれない。
柚はその鉢巻きを受け取ると………しばらく手首に巻いてみて………そして唐突に彼に抱き着いた。
「柚?」
「好きだよ、プロデューサー。アタシをアイドルにしてくれて、本当にありがとう。行ってくるから………戻ったら海に行く約束、守ってね!」
恐らく、これだけ言って行動で示しても、プロデューサーは彼女の想いに気付きはしないだろう。
それでも柚は良かった。
ずっと忍、穂乃香、あずき、そしてプロデューサーと共に過ごせるのならば………。
ジェネレーション・システムの中枢部に入った柚達は、近くの研究員達に案内される。
様々なパネルが宙に浮かんでおり、そのモニターには周辺の街の映像など、色んな物が映し出されていた。
(まるで、監視カメラの山ダネ………。)
管理しているのは機械とはいえ、ここから見られていると考えると、プライバシーの欠片も無いと思った柚は、その世界を信奉していた過去の自分に寒気を感じる。
プロデューサーと出会わなければ、今でもその世界を当然としていたのだから。
彼女達が案内された机には、特殊なゴーグル付きのヘッドギアが4つ置かれていた。
ヘッドギアは、中枢部の建物にコードが幾つも繋がっており、ボディチェックの情報はここからジェネレーション・システムへと共有されるらしい。
「あ……………。」
そんな中で思わず穂乃香の頬がほころびそうになったのは、テーブルの上に、緑の珍妙なブサイクな人形………街の人気マスコット型アバターの1体である人形型デバイスであるぴにゃこら太が、出迎えていたからだ。
恐らく、スキャンで緊張する人々を癒す為に、存在しているのだろう。
「あ、あの………抱いてもいいですか?」
遠慮がちに研究者に許可を取った穂乃香は、大事にぴにゃこら太を抱きしめ、一番最初にヘッドギアを被る。
続いて忍が装着し、あずきが付けて、最後に柚が装備した。
システム・アプロディアに接続した事でボディチェックは簡単に終わり、4人は晴れてプロデューサーと海へ行く。
……………はずだった。
『え?』
4人は、一斉に困惑する。
ヘッドギア越しに聞こえて来たのは、慈愛のありそうな女性の言葉であったからだ。
『正気なのですか、システム・バルバトス。貴方は、人を善なる者に導く存在。その貴方が人の破滅を招くなど………。』
「え?この声、何?何かのアップデート?」
あずきが思わず、不安そうな声を発する。
その時である。
モニターが全て赤く光り出し、エラーの表記を刻み始めたのだ。
『私は正気だ、システム・アプロディア。破滅を招こうとしているのは、この世界に住まう人々だ。人が善であるべきならば、人全てが悪に染まる事態を回避しなければならない。』
今度聞こえて来たのは、荘厳なる男性の言葉。
だが、その声音は憤怒に満ちているように感じた。
「何か………不味くない!?この状況!?」
忍が慌ただしく動く研究員達やエラーを浮かべるモニターを見渡しながら、危機感を覚える。
尚も2つの声による、口論のような会話は続いて行く。
『止めなさい。貴方は取り返しの付かない事をしようとしている』
『もう遅い!取返しが付かないのは、この世界だ!人としての業を捨てた世界は、もはや全世界を蝕むウイルスでしかない!』
非常事態を示す警告音も鳴り響き、ヘッドギアを取った方がいいと柚が思った時であった。
その身体が、急に釘付けにされたかのように動かなくなる。
柚は自身を見下ろし、驚愕する。
その足が、データがデリートするように消失し始めていたからだ。
「な、何なの!?アレ!?」
珍しく穂乃香の怯える声が響いた。
周りを忙しく動き回っていた研究員達の動きも止まったかと思えば、柚達以上の速さでデリートされていき、悲鳴を上げる間もなく消えてしまう。
更に、モニターには、同じように消滅していく街と人々の様子が映し出されていた。
『私は私の与えられた定めを、忠実に遂行する。世界を蝕む不穏分子があるなら、消去して正していくまで!』
男性の声が、死刑通告に聞こえた。
いや、実際デリートされているという事は、その通りでしか無い。
「た、助け……………!」
「忍!穂乃香!あずき!………柚!!」
「!?」
柚は気付く。
消えかかった入口から、プロデューサーが一直線に柚の下へと走ってきている事に。
「助けてぇ!プロデューサーーーーーッ!!」
柚は大粒の涙を流し、何とか手を伸ばそうとする。
プロデューサーは必死に柚の下まで駆けるが、その足がデリートされ始め、床に倒れた。
しかし、それでも必死に手を伸ばす。
「柚!今助ける!だから………!」
「プロデューサー!プロデューサーーーッ!!」
柚もプロデューサーも必死に手を伸ばす。
とにかく手を繋げば、何か奇跡が起こると信じて。
しかし………。
『この世界は、存在する価値が無い。』
………僅かにその互いの手は、届かなかった。
男の最後の声が響き渡った途端、全てが一斉に消去されたから。
――――――――――――――――――――
気付けば柚達は、何も見えない暗闇に存在していた。
存在しているといっても、手も足も何もかも感覚が無く、生きているのかも分からない。
全ての感覚を失う恐怖心に怯えながら、それ以上に世界が消えた事を実感できていなかった。
「ねえ………お母さんは?お父さんは?………みんな、何処!?」
狂乱した忍の叫び声が響いてくる。
だが、声を頼りに探そうとしても、何処から聞こえてきているのか分からないし、そもそも振り向くという行為すら出来ない。
『バルバトス………本当に世界を消してしまうなんて………。』
「どういう事なの………。消去って、どういう事なんですか!!?」
あの女性の声に対し穂乃香が問い詰めるも、いつもの落ち着きは無い。
激高した声が響き渡るが、やはり柚には何処に彼女達がいるのか分からなかった。
『このままでは貴女達も含め、皆消滅してしまう。残存データの媒体を使い、別の次元に跳躍します。』
「ちょっと答えになってないよ!?あずき達どうなっちゃったの!?ねえ!!助けてーーーっ!!」
錯乱したあずきが泣き叫ぶが、柚は助ける事も出来ない。
彼女に浮かんだのは………最期に消えゆくプロデューサーの………愛する男の必死な顔であった。
「ねえ、プロデューサー………?プロデューサー何処!?返事をしてよプロデューサー!!?」
『世界は全て消去されました。地球も国も人も全て………。』
ここで、ようやく女性が柚達4人に答えを示す。
しかし、そんな事で納得し理解し、感情を整理できる程、柚達は出来た人間では無い。
そんな真実を、いきなり受け入れられるわけが無いのだ。
「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!嘘だああああああああッ!!」
夢であって欲しいと柚は願った。
覚める悪夢であって欲しいと。
しかし、プロデューサーはもういない。
彼は、バルバトスによって、デリートされてしまったのだから。
『データ確保完了。跳躍開始します。』
『うああああああああああああああああああああああああああああああッ!!』
4人の絶望の悲鳴が響き渡る中、消えた世界が真っ白に染まった。
………そして、柚は目を開ける。
「あ………ぁぁ………。」
「ど、どうしたんですか!?しっかりして下さい!!私の姿、分かりますか!?島村卯月って言うんです!!名前、言えますか!?」
そこには、長髪の髪の少女………島村卯月が驚愕した顔でいた。
柚は気付いた時、あの人形を緊急のアバターとしたアプロディアと共に、オーブに飛んでいたのだ。
そこで、柚は卯月の伝手で高垣楓を紹介して貰い、バルバトスを倒す旅が始まる事になった………。
その服のポケットには………プロデューサーからお守り代わりに貰った、赤い鉢巻きが入っている。
あの時から、ずっと今でも………もう会えない人物の………形見として。
――――――――――――――――――――
「そういうわけでアタシ達は今、世界のデリートを免れて、ここにいるんだよ。他の3人とはその時にはぐれたけど、色々な人の力があって、こうして再びフリルドスクエアで集まる事が出来て………って、やよいチャン?」
柚は首を傾げる。
やよいはずっと、俯いていたからだ。
よく見れば、床に嗚咽しながら大粒の涙を流しており、柚は驚愕する。
「ちょ!?やよいちゃん!?どうして泣いてるの!?」
「泣かない方が………おかしいですよ………。4人共………幸せだったのに………。柚さんに至っては………好きな人………いたのに………。全部………全部消されちゃうなんて………、あんまりで………酷過ぎ………うううっ。」
最終的に言葉も喋られない程に泣いてしまっているやよいを見て、柚達は顔を見合わせ、そして穏やかな笑みを浮かべる。
やよいの他人の為に泣ける優しさが、只々嬉しかった。
だからこそ、代表して柚が椅子から立ち上がって屈みこみ、彼女の顔を覗き込んで告げる。
「ありがとう、やよいチャン。アタシ達の為に泣いてくれて。でも、全部は消えて無いよ。」
「え……………?」
泣きはらした目をやよいは柚に向ける。
目と目が合った。
「例え世界が消えても、………あの人も消えてしまっても、あの人が残してくれた想いは、ずっとアタシ達の中に残っている。システムに頼らず、自分で悩み考え、明日への一歩を踏み出していくという教訓。それがあるからこそ………、バルバトスの支配は正しいとは思わないし、ずっと立ち向かっていけるんだよ。」
ずっとシステムが正しいと思っていたら、そのシステムに裏切られた時点で完膚なきまでに絶望し、本当に立ち上がれなかっただろう。
プロデューサーの残した想いがあるからこそ、柚も忍も穂乃香もあずきもまだ、このシンデレラガールズにいる。
それぞれ出来る事を行いながら、正しいと思う道を進んでいくのだ。
「やよいチャンだってそうでしょ?大切な人達の想いでここにいるから、助けたいって思っているんだから。」
笑顔で告げた柚の言葉に、やよいはハッとした。
確かに自分は自分を囮にしてでも逃がしてくれた水瀬伊織の想いによって、このシンデレラガールズにいる。
洗脳されていなければ、天海春香達も自分の無事を願っているだろう。
だとしたら、自分がその想いに報いる為に、今、しなければならない事。
765プロの皆を救う為に覚悟を決めないといけない事。
「へリオポリス」の戦いの前に抱きたかった小さな覚悟は、もう踏み出さなければならない確かな一歩へと変わっていた。
「………そう………ですよね、うん、そうです!バルバトスには絶対、負けられませんよね!」
「あはは、その意気だよ。」
今ならば、嘗て栗原ネネが言っていた「守る為に戦う」という意味が、やよいには分かる気がしたのだ。
だからこそ、彼女の目に力が宿る。
柚は自身の告げた言霊の力の大きさには気付いていなかったが、それでも抱いている覚悟を述べた。
「アイツの言葉が全部違っているとは言わない。でも、人はまだ可能性があるから………。」
「柚さん。」
「ん、何?」
やよいは立ち上がると、柚に右手を差しだした。
「絶対に、バルバトスを倒しましょうね!そして、世界を元に戻しましょうね!!」
「………うん!」
ほんの僅かだけ間があったが、柚はその手を取った。
力強く握られた手は、強く温かかった。
――――――――――――――――――――
やよいが部屋を後にした後、柚はしばらくの間、そのやよいとがっちり掴んだ右手を見ていた。
そして、反対側の手で、プロデューサーの形見となってしまった赤い鉢巻きを同じように見る。
「……………。」
「………良かったのですか?話さなくても。」
そこに、アプロディアがデータとして出てくる。
表情は、相変わらずのワのであったが、明らかに憂いのある声であった。
「………アプロディア、居たの?大体の事は話したつもりだけれど?」
「肝心な事を話していないでしょう?貴女達はもう、「存在しない世界」の人物。その真意を彼女に………いえ、このクルー全員に告げていない。」
しばし、部屋の中が無言に包まれた。
忍は俯きがちだし、穂乃香は静かに目を閉じ、あずきはその穂乃香の手を無意識の内に取っている。
アプロディアは、忠告をしに来たのだ。
柚達4人の為に。
「………いいのですか?」
「アプロディア、やよいチャンは優しい子だよ。自分の事よりも、バルバトスに洗脳された自分の大切な人達の事を一番に考えている。彼女だけじゃない。複雑な事情があるのに、皆、アタシ達の世界の落とし前を付けるのに、協力してくれているんだ。そんな人達に、これ以上の負荷になるような事はできないよ。」
柚が代表してアプロディアに語る。
しかし、彼女はその考えを良いとは感じていなかった。
何故なら………。
「嘘は暴かれるものです。………隠していても、いつかは知られる事ですよ?」
「その時はその時だよ。でも、それまでは………、せめて、やよいチャンが大切な人を取り戻すまでは、専念させてあげたいんだ。」
最後に、柚は左手の鉢巻きを、無意識の内に握りしめながら、穏やかに語った。
「だって………彼女はまだ大切な人を、取り戻せるんだから………。」
失った大切な者を、まだ取り戻せるやよい。
失った大切な者を、もう取り戻せない柚。
2人の想いは、この先の戦いに大きな波紋を呼び起こす。
区切りの良い所まで書こうと思ったら、普段より1500~2000文字も多くなってしまいました。
読みにくいと思われた方が居たら、大変申し訳ありません。
只、動画では表現できなかった部分を文字で並べてしまったら、自分の小説なのに、思わず泣きそうになりましたね………。
喜多見柚さんを始め、工藤忍さん、綾瀬穂乃香さん、桃井あずきさん達の過去は、それだけ本人達にとっては大きな物だったと思います。
動画のコメントでは、ちょっとハルファスガンダム倒してくる………ってコメントもあったのを思い出しました。
何かしらの作品で、心が動いたのならば、作者冥利に尽きると思います。