戦闘で気を失った藤原肇は、頭の古傷が開いたものの、そこまで深刻な傷では無かった。
しかし、一歩間違えれば命が無かったかもしれない状況に、緒方智絵里と吉岡沙紀は悩む。
自分のせいで………もっといい機体があれば………考え出してもキリが無いが、それでも割り切る事の出来ない2人は、肇の乗機であるヅダを修理する為に動きだす。
その肇は夢の中で、育ての祖父である「ウモンおじいちゃん」という人物の事を思い出し、涙を一粒流していた。
北条加蓮もまた、脇腹の古傷が開いており、ベッドで寝込んでいた。
本当はシンデレラガールズについて行きたいのに、過去の傷が邪魔をする。
悔しさに満ち溢れる加蓮に対し、渋谷凛と神谷奈緒は、自分達が行き詰った時の為の切り札になって欲しいと願い出る。
捕虜である黒川千秋は、監視役の本田未央や高森藍子と共に怪我人達の治療に加担して贖罪を行い、自分の行いを悔いていた。
モビルスーツで瓦礫の撤去作業を行う島村卯月を気遣う未央の姿を見ていたが、藍子に罪滅ぼしにはならないけれど挽回は出来ると言われ、似た匂いを感じ取る。
それぞれの面々が歩み始める中、夜遅くまで続く治療という名の戦い。
疲労しきった彼女達は、ゆっくりと休めるはずであったが………?
「……………。」
キャリー・ベースに運ばれてから自室で休んでいた高槻やよいは、日が変わる夜中の時間、全く眠れないでいた。
目を閉じても、脳裏に有り有りと思い描いてしまうのだ。
昼間に初めて本格的に体験した、戦闘の様子を。
「私………は……………。」
何度目になるだろうか。
洗面台に向かうと、胃の中の物を吐き出す。
覚悟していたとはいえ、実際に体験すると精神的に辛いのだ。
敵機を撃墜し………人を殺すのは。
(こ、殺さないでくれーーーッ!!)
(ゴメン………なさい………ッ!)
(や、止め………止め………!)
目を閉じれば浮かぶのは、ハイゴッグで貫こうとするガザDの姿。
耳を塞いでも聞こえてくるのは、死の恐怖に怯える敵パイロットの悲鳴。
とてもじゃないが、そんな状態でやよいは就寝できそうには無かった。
「正しい判断を………したのに………、正しい………選択を………したのに……………。」
嗚咽だけでなく、悔しさに震えるやよい。
だが、ここで夜中なのに部屋の扉がノックされる。
誰だろうと思ったやよいは、手と口を急いで洗うと、なるべく平常心を保ちながら扉を開け………目を見開いた。
そこに居たのは、やよいを庇った事で、背中に軽くない怪我を負っているはずの栗原ネネであったのだから。
「ね、ネネさ………。」
「眠れなくて来てしまいました。………一緒に眠ってくれませんか?」
「何を言って………ッ!?」
突然の思わぬ来訪者に、動揺してしまったからだろうか。
やよいは、また嘔吐しそうになり、口を押さえる。
ネネは洗面台にまで彼女を連れて行くと、彼女が吐き出すのを助けてくれた。
「ゴメンなさい………正直に言うべきでしたね。目が覚めた時に、部屋に看病に来てくれた柚ちゃんに、私が気絶している間に何があったか聞いたんです。………やよいちゃんが、助けてくれたんですね。」
「助けたのは………ネネさんじゃないですか………。それに私は………人を………!」
「だから、無理を言ってここに来てしまったんです。私も初めて人殺しをした日の夜は、ずっとこんな感じでしたから………。」
やよいがひとしきり落ち着いた所で、ネネは面と向かって理由を説明する。
本来ならば、まだ勝手に部屋を出歩いてはいけない傷を抱えているのだ。
だが、やよいが気になって、居てもたってもいられなかったらしい。
「だから、今日は一緒に寝よ?1人で眠ろうとしても、眠れないですし。」
「ネネさん………駄目ですよ………私は………私はぁああああああああああッ!!」
ネネの優しさに頼ってはいけないと感じながらも、人を殺めた罪悪感に耐えられなかったやよいは、感情を爆発させてしまう。
いけないと分かっていても、ネネに抱き着き、わんわんと泣いてしまう。
ネネの方は背中が痛むはずなのに、やよいをしっかり抱き留め、その身体をしばらくの間支えてあげた。
――――――――――――――――――――
流石にネネの背中の傷を考えると、狭いベッドで眠らせるのは良くは無い。
その為、床に布団を持って来て、互いに横に向き合って眠る事になった。
「まず、最初に言わせて下さい。やよいちゃん、私達を助けてくれて、本当にありがとう。」
「私こそ………ありがとうございます。瓦礫から、庇ってくれて………。」
ようやく落ち着く事が出来たやよいであるが、その顔は晴れない。
ネネは、言いたい事があるならハッキリ言ってもいいですよ………と告げてくれる。
隠していても、見透かされている気がしたので、やよいは思い切って言う。
「何で………私を助けたんですか?下手したら、ネネさんが死んでいましたよ?」
「………逆に聞きますけれど、やよいちゃんは何で私達を助けてくれたんですか?」
「それは………みんなに死んでほしく無いから………。」
「私も同じです。やよいちゃんに死んでほしく無いから、身体が勝手に動いちゃったんです。」
ニコリと笑顔で告げるネネは、やよいにとって慈母のように映った。
彼女に姉は居なかったが、居たらこんな感じなのだろうか?………という既視感を抱いてしまう。
自分の弱さも醜さも、優しく包み込んでくれるような存在。
それ故に、やよいは彼女に独白していく。
「ネネさん………私は馬鹿です。あの時、私は正しい選択をしたんです。みんなを守る為に、仕方なかったんです。でも………それでも殺した人を救えなかったのかと、今更ながらに考えてしまうんですよ………殺さなければ、ネネさん達が死んでいたのに………。」
あの時、敵パイロットは助けてほしいと懇願しながらも、死にたくない一心から抵抗しようとしていた。
やよいが心を鬼にしなければ、やよいも、ネネも、加蓮も、桃井あずきも、みんな返り討ちにあっていたのだ。
だから、やよいの行った判断は正しかった。
それなのに、自分の行いに後悔を抱えて、ずっと嘔吐している。
「私は………弱いです………。腕前とかいう前に、心が……………。」
ネネ達に申し訳が無かった。
自分を助けてくれて真っ先に救わないといけないのに、敵に罪悪感を抱えているのだから。
一方ネネは、涙声になってしまったやよいを、もう一度そっと抱きしめながら小声で告げた。
「価値観は人それぞれだから………これは私の持論です。みんながどう言うかは分かりません。でも………私は倒す敵の事まで考えられるやよいちゃんは、強いと思います。」
「……………。」
「慰めじゃないですよ?人は自分に都合の悪い事は、どうしても頭の中から取り除こうとします。でも、やよいちゃんは必死に命を奪ってしまったパイロットの事を、考えている。それは、誰にでも出来る事じゃないんです。」
無言になるやよいの頭を撫でながら、ネネは正直に思っている事を話す。
自分も、どうしても未だに殺してしまったパイロットの事は、考えてしまうと。
守る為に殺すしかないと前に告げたが、だからと言って、後悔が消える事はずっと無いと。
ネネの思考は、やよいに似ている。
だからこそ、甘いと思いながらも、その良さを見つけられるのだ。
「………仮にそうだとしても、私………自分が怖いんです。あの後、緑のモビルスーツのパイロットに出会った事で逆上して、また本気で戦いました。絶対に許さないって思って………。」
やよいは自分が抱えている悩みを、全てぶちまける勢いで告げる。
ネネの負傷や、コロニーの混乱の切っ掛けを作ったマシュマー・セロに対し、やよいは怒りの感情に支配された。
ガルスJを本気で破壊しに掛かり………マシュマーを本気で殺してやろうと思ったのだ。
「ネネさんは………そんな怖い感情になった事はありますか?」
「無いと言えば………ウソになりますね。今でもやよいちゃんとかを傷つけられたら、自分を制御出来ないかもしれません。」
大切な存在を傷つけられて、黙っていられないのが人という生き物だ。
優しいからこそ、自分を制御できなくなることだってある。
やよいはネネが怒り狂う姿は想像出来なかったが、不思議と彼女の言葉は心に染み渡っていった。
「………さ、今日はもう寝ましょう。明日は多分、大変ですから。お休みなさい、やよいちゃん。」
「そうです………ね………。何か、ネネさん………温かくて…………私……………。」
色々と心の奥底に溜まったものを吐き出したやよいは、疲労感と解放感から、うつらうつらとしていって、やがて静かな寝息を立てて眠る。
ネネはその頭をずっと撫でて、彼女が安眠できるようにずっと見守っていた。
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ネネの告げた意味は、翌日に分かる事になる。
やよいが目を覚まして外を見下ろすと、怪我人の収容を終えたキャリー・ベースの前に人だかりが出来ていた。
プラカードを掲げている者もいて、そこには怒りの言葉や罵倒の言葉が書かれている。
「アレは………………何ですか?」
「「シャングリラ」の街に住んでる市民ダヨ。やよいちゃんは気絶していたから知らないと思うけど、シークレット・ユニットが荒らしていった事で、被害にあった住民が、アタシ達に責任を求めに来たわけ。」
説明をするのは、やよいの部屋にやって来て、背中に傷を負ったネネの着替えを手伝う喜多見柚。
成宮由愛と古賀小春も同行しており、おにぎりと冷凍食品であったが、2人の食事を持って来てくれていた。
「被害を出したのは、バルバトスとかなのに………。」
「そうですけれど………、その人達は逃げたか全滅したから………ジャンク山にいる人達に責任を取るように求めているんです………。」
由愛が、やよいにおにぎりを手渡しながら言う。
元々このジャンク山の養夫婦の下にいた彼女と小春が言うには、こんな揉め事は日常茶飯事であるらしい。
裕福な人々は、ジャンク山に何かが起こっても対岸の火事であるのに、自分達に被害が及ぶと、途端に声を大にして責任追及をしてくるのだ。
「ま………今回ばかりは仕方ないヨネ。ファントムスイープ隊の隊員の人達が、母艦に近づけないように壁を作ってくれているから、今は任せようヨ。」
「艦長や副長から連絡が来ました~。今日は一日艦内で大人しくしていて欲しいそうです~。」
こういう所は、人の醜さが出ている………と、柚は言いながら、ネネの着替えを慎重に終える。
一方でブリッジと連絡を取っていた小春が、いつものようにのんびりとした口調で、ブランリヴァルにいる高垣楓や、キャリー・ベースを代理で管理している千川ちひろの言葉を伝えてくれた。
街の被害も酷いし、この状況で外に繰り出すのは、色々な意味で危ないのは目に見えている。
「………じゃ、由愛チャン、小春チャン、後宜しく!」
「アレ?柚さんは、何処か行くんですか?」
「ああ、都サンとフリルドスクエアで話があるから、チョットね。」
そう言うと、柚は部屋を出ていく。
何の話をするんだろう?………と思ったやよいは、もう一度外を見た。
集まった人達の中には石を投げつけている者もおり、ヒートアップしているのが分かる。
ファントムスイープ隊の隊員達は、身じろぎせずによく対応出来ているとは思った。
「………大切な人達を奪われたら、みんな、おかしくなっちゃうんでしょうか?」
「そうかもしれませんね。でも………だからこそ、逆に絶対に守らないといけないって思えるんです。バルバトスから、世界を。」
ネネの真剣な言葉を受けて、やよいも考える。
以前対峙したケリィ・ニューロは、人は真珠細工のように真っ白な存在では無いと警告をしてきた。
その意味は、この「シャングリラ」での襲撃で、嫌と言うほどやよいには理解出来ている。
しかし、だからと言って、ミハイル・ニューロで街を火に包み、その原因を作り出すバルバトスが正しいとも思えない。
「こんな人達を作り出さない為にも………もっと強くならないといけませんよね。」
自然とやよいの口から、そんな言葉が漏れる。
ネネ達は、これからも戦う意志を示したやよいを見て、その心を尊重するように頷いた。
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昨日、キャリー・ベースの空室を借りた安斎都は、椅子に座っていた。
まだ体には所々包帯が巻かれており、ニューロとの戦いで負った傷は、簡単には癒えていない事が示されている。
そんな中、部屋に柚が入って来た。
既に、あずきを中心に、綾瀬穂乃香や工藤忍は集まっており、いつでも話を聞ける状態にはなっている。
「では………軽くですが、昔話をしますね。」
都は4人に改めて覚悟を促すと、用意して貰ったお茶を口に含み、一度だけ思い起こすように天井を見上げた。
都の語る、あずきとの昔話。
果たして彼女達には、過去に何があったのか………?
高槻やよいさんは、栗原ネネさんと桃井あずきさんと北条加蓮さんを守る為に、正しい選択をしました。
でも、だからと言って、人殺しの罪悪感が消える事は一生無いでしょう。
心を痛めるのは、人だから仕方のない事。
もっといい選択があったのでは無いか?…と感じるのも、当然の事。
でも、人はその都度、常に最善を選べない生き物なのだとも思います。
後悔して、悩みに悩んで歩むべき道を選択しようとする。
高槻やよいさんは、765プロの仲間を助ける為に、そうやって1歩ずつ歩き始めているのだと思います。
次回は、戦えない事を悩んでいる、あずきさんの過去話になります。