過去のトラウマから抜け出せない桃井あずきは、自分の弱さにネガティブになってしまう。
綾瀬穂乃香の慰めも受け入れられない中、彼女が見たのは、シミュレータールームで鍛えている高槻やよいの姿であった。
何故、前日の初陣で人を殺す罪悪感に縛られたのに、まだまだ強くなろうと出来るのか?………と聞いた所、やよいは守れる者は自分の手で守れるようになりたいからと告げた。
本当は戦いが起こって欲しくは無いけれど、起こる以上は自分の手の届く範囲の人達は守りたいという彼女の優しさを受け、何も出来ない自分自身に苛立ちを隠せないあずき。
そこに、ブランリヴァルから連邦軍人であるユーグ・クーロがやって来たという話を聞き、あずきは反射的にモビルスーツハンガーへと走っていく。
ユーグを見つけたあずきは、頭を下げて自分を鍛えて欲しいと頼むが、彼女のトラウマが根深い事を知っているユーグは、わざと試すような真似をする。
それでも、自分を変えたいと強く願ったあずきは、ユーグにとりあえずは認めて貰える事に成功する。
変わる為の第一段階は突破したあずきだが、この先どうするのか?
トレーニングルームへと行くように告げられた彼女は、僅かな光明をこじ開けられるのか?
専用のウェアに着替えてトレーニングルームにやって来たあずきは、ヘッドギアやグローブなどを付けて、マットの上に立たされていた。
部屋には穂乃香に連れられて、喜多見柚と工藤忍、そして忍に看病されていた安斎都が端に座っている。
尚、都はまだ傷が治りきっていないという事で、車椅子であった。
「ねえ、ユーグさん………何を?」
「モビルスーツの訓練をする前にテストだ。俺をノックアウトさせてみろ。」
「え……………?」
あずきと同じようなボクシングをするような装備に身を固めて来たユーグの言葉に、彼女は固まる。
ユーグは言葉が足らなかったな………と告げると、冷静に説明を行う。
「俺は攻撃をしない。防御行動は全力で取るが、殴ったり蹴ったりはしない。」
「そ、そんなユーグさんを、ボコボコにしろって言うの!?」
「言っておくが、俺は連邦軍人だ。自分で言うのも何だが、それなりに屈強に鍛えているつもりでもある。憂さ晴らしの相手にはいいだろう。」
「え、えっと………じゃあ、あずき行きまーす………。」
要は、過去に手を出そうとした連邦軍人だと思って、思いっきりぶっ飛ばしに来いとユーグは言っているのだ。
流石にそんな配慮をされると気が引けると感じたあずきであったが、無難にストレートパンチを腹に殴り掛かろうとして………素早く腕を掴まれ、思いっきり投げられた。
「うわああああああああ!?」
『あずきちゃんッ!?』
思わず3人の親友達の声が上がるが、あずきは柔道のように上手に投げられた事で、頭からマットに落ちる事は無かった。
しかし、背中を打った痛みで思わず顔をしかめる。
「防御行動は全力で取ると言ったはずだ。そんな軟な拳が当たるとでも思ったのか?そんな状態で、あの「悪魔の男」達に打ち勝てると思っているのか?だとしたら、出直して来い。」
「な……………ッ!」
容赦の無いユーグの言葉にカチンときたあずきは、歯を食いしばって起き上がると、今度は本気でぶちのめすつもりで拳を振るう。
しかし、結果は同じようにぶん投げられる。
「あ、あずき………プロじゃないのに………!」
「相手は、そんな事お構い無しだぞ?泣きわめく自分を変えたいんじゃ無かったのか?」
「好き勝手…………言ってッ!!」
頭に血が上ったあずきは、殴ろうとしてフェイントをかけると、何と思いっきり股間を蹴飛ばそうとする。
容赦の無いあずきの行動に、親友達からは驚愕の声が上がるが、その奇襲もユーグは簡単に足をクロスさせてブロックして防御してしまう。
尚も、あずきは適当に蹴り飛ばそうとしたが、足を掴まれ、持ち上げられて背中を打ちつける事になる。
「それが………お前の本気なのか?」
「このおおおおおおおおッ!!」
もはやなりふり構わないあずきは、起き上がると挑発を繰り返すユーグに、鉄砲玉のように当たっていく。
しかし、ユーグは相当鍛えているらしく、素人のあずきの攻撃など、全く当たる気配が無かった。
冷静に考えてみれば当然の図なのかもしれない。
しかし、ユーグはトラウマ持ちのあずきに対して、全く手加減をしてくれないのだ。
それこそ、大人げないという言葉が、当てはまる位に。
「ゆ、ユーグさん!もういいじゃ無いですか!そろそろ、あずきちゃんを受け入れてあげて下さい!」
「そうだよ!これじゃあ、一方的なイジメだよ!!」
「やり過ぎだって!トラウマが更に根深くなっちゃいますよ!?」
思わず穂乃香も柚も忍も叫ぶが、彼は全く聞き入れてくれる気配が無い。
都だけは、何かを考えている様子であったが、彼女に気付く者はいなかった。
ユーグは確かに自分から攻撃をしていなかったが、防御………というか、反撃はしっかりしている。
そんな彼に対し、あずきが勝てる様子が全然なかったのだ。
――――――――――――――――――――
「はあ、はあ、はあ……………。」
1時間後、力を使い切ったあずきは、マットの上に仰向けで倒れていた。
散々ユーグに向かっていたが、何をどうしても敵う気配が見えない。
無駄に体力を使い果たし、気力も失われてしまっていた。
「立て。」
しかし、ユーグは想像以上に手厳しかった。
彼女の下に歩いて行くと、何と右手を掴んで無理やり起こす。
「変わりたいんじゃ無かったのか?連邦軍人に襲われそうになる悪夢を、払いたいんじゃなかったのか?」
「変わりたい………けど………。」
起こされたあずきは、2、3歩ふらつくと、糸の切れた人形のように、今度はうつ伏せに倒れる。
根本的な体力が違い過ぎた。
冷静に考えれば、どうやったって、この男に敵うわけが無かった。
ノックアウトさせろと言われたって、不可能に決まっていたのだ。
「立て。」
(やっぱり………まがい物の光だったのかな………。)
やよいに守られるだけの自分が嫌だという反骨心からユーグを頼ったが、そんな甘くは無かったのだ。
足音が近づいてくるのが、感じる。
また無理やり起こされるのかな?………と思ったあずきであったが、もう体が言う事を利かなかった。
奈落の底で見上げた光が消えていく。
そう感じたあずきは、静かに目を閉じ………。
バキッ!!
上で強烈な何かが炸裂する音が耳に入った。
(え……………?)
茫然とマットの上を転がり、仰向けになったあずきは目を見開く。
そこには、防御行動を取るユーグと、彼の顔面に痛烈なハイキックをぶち込んでいた穂乃香の姿があった。
「ほ、穂乃香ちゃん!?」
「もう、これ以上は………堪忍袋の緒が切れました。」
「ちょ、スカートでそれはダメだって!?危ない危ない!?」
「そんな事どうでもいいんですッ!!」
「いいの!?」
穂乃香の足を受け止めているユーグは、油断なく彼女を見据えている。
一方穂乃香の方も、あずきの漫才みたいなやり取りに応じながらも、眉がつり上がって………目からは大粒の涙が流れていた。
「………気に食わないか?」
「当たり前です!………もう………イヤなんです!!自分の手の届かない所で、大切な人が絶望するのはッ!!フリルドスクエアの親友が!傷つくのはッ!!」
いつも冷静で落ち着いている穂乃香が、激情に支配されている事にあずきは驚いた。
だが、穂乃香にしてみれば、それだけあずきを大切に想っているのだ。
何よりも、ずっと自分を責めていた。
親友の闇に気付けなかった自分の愚かさを………そして、その親友の危機に駆け付けられなかった自身の無力さを。
「今度こそ絶対にやらせません!………私が、あずきちゃんを守りますッ!!」
穂乃香だって白兵戦に関しては素人なのに、軍人であるユーグを真正面から睨みつけている。
あずきの盾になろうとする意志が、誰にでも分かった。
「それが………お前の溜め込んでいた本心か。」
ユーグは、そんな穂乃香の足を押し返すと、手に付いた埃を祓いながら、静かに告げる。
「………ならば、着替えてこい。その恰好ではやりにくいだろ。」
「え?ユーグさん………!?穂乃香ちゃんが加勢していいの………?」
「俺は、複数人で挑んだら駄目だとは、一言も発していないが?」
「………なーるほど。」
ユーグの言葉を聞いて立ち上がったのは、柚と忍。
2人は、ユーグの真似をして埃をパンパンと祓うと、強気の笑顔を見せる。
しかし、その目は笑っていない。
「じゃあ、4対1でもいいってわけだネ。」
「アタシ達も加勢するけど、文句ないですよね?」
「無論だ。纏めて相手をしてやるから、掛かってこい。」
身を起こし茫然としたあずきであったが、3人は躍起になって着替えに行く。
その後ろ姿を見た彼女は、ユーグに静かに問う。
「もしかして………わざと、穂乃香ちゃん達が怒るのを待っていたの?今までの煽りは、4人で力を合わせる為の口実を作る為にわざと………。」
「……………。」
沈黙は肯定であった。
彼は、最初から分かっていたのだ。
3人の親友があずきを守れなかった事を、ずっと悔やんでいた事実を。
そして、彼女達の鬱憤を晴らす機会も、作ろうとしてくれていた。
(あずきは………こんな素敵な親友達に恵まれていたのに………。)
ユーグが悪役を買ってでても伝えようとしようとしている事を、少しずつだが、あずきは理解しようとしていた。
――――――――――――――――――――
4対1になっても、ユーグは手強かった。
四方から獣のように挑んでくるフリルドスクエアの面々を、千切っては投げ千切っては投げと、素早く対応する。
あずきの時は、これでもかなり加減をしてくれていたのが嫌でも分かる。
だが、この男に打ち勝たなければならないとあずきは決意を新たに出来た。
3人が着替えている間の時間も有り、あずきの体力は多少回復している。
更に4人で挑む分、1人で躍起になっている時よりも、圧倒的に体力の消耗は少ない。
(みんなで挑めば………怖くない!)
大切な仲間と同じ方向に向けている事が、彼女にとっては力になった。
何よりも、仲間達の想いに気付けた事が、あずきの勇気に変わる。
「行きます!」
穂乃香がバレエの特技を活かし、コマのような強烈な回し蹴りと喰らわせる。
ユーグは顔面に炸裂したら間違いなく気絶してしまうような一撃を、左手だけで受け止める。
「もーらい!!」
更に、柚が彼の右に回り込んで掴みかかろうとするが、今度は右手で頭を押さえ込み、思いっきり押し飛ばす。
尻餅をついた柚に、更に穂乃香を投げ飛ばす形で彼は対応。
「後ろ、がら空き!!」
ここで、忍が背後から突撃をする。
今まで殴り掛かっても反転した勢いのままに投げられていたが、忍は拳も足も出さなかった。
思い切って倒れ込むように頭突きを食らわせ、そのまま体を預ける。
「くっ………!」
寸での所でユーグは受け止めるが、体重も預けて来た為、僅かにバランスを崩す。
そこに更に横からあずきが走って来た。
(決めるんだ………!)
自分の為に戦ってくれる親友達の想いに応えなければ、本当に弱い自分に勝てない。
いや、弱い自分には永遠に勝つことなんて、絶対に出来ないものなのだろう。
大切なのは、「強い仲間」の存在を自覚する事。
「これが………あずきの………フリルドスクエアの………!」
忍を払いのけたユーグが手で受け止めようとするが、バランスが崩れていた事と、小柄なあずきが更に身を低くした事で空振りに終わる。
ゼロ距離まで接近したあずきは、思いっきり右の拳を突き上げた。
「トラウマ克服………ッ!大・作・戦!!」
思いっきり顎に鉄拳が炸裂した事で、大柄であるはずのユーグが吹き飛んだ。
その様子を、しばらくあずき達は茫然と見ていた。
倒れたユーグは、天井を見上げていたが、参った………と静かに告げる。
『やったああああああああああ!!』
遂に勝った事で、あずき達4人は思いっきり抱きしめ合う。
喜びを爆発させるフリルドスクエアであったが………しばらくしても身を起こさないユーグに気付き、慌てて近くに行って気遣う。
「ゆ、ユーグさん!?大丈夫!?」
「気にするな、身から出た錆だ。何なら散々お前達を煽った分、1人に付き、もう2,3発………いや、気が済むまで殴ってもいい。」
「そ、それは流石に………!?」
こう言ったら何だが、死体蹴りみたいな真似は、流石にしたくは無かった。
特にユーグの意図に気付いた後であるのならば、猶更。
とりあえず、彼はようやく腰を起こすと、静かにあずきを見つめる。
「それは一旦置いておいて………トラウマは克服できたか?………いや、一生克服は無理だとしても、どうすれば弱い自分を変えられるか、分かったか?」
「うん………最初から1人で奈落の底から抜け出そうと思っていたから、駄目だったんだね。」
あずきは、3人もの親友に恵まれている。
今も自分がどうしようもなくなった時、穂乃香がユーグに蹴りを加えようとして助けに入ってくれた。
1人で出来る事が限られていても、4人揃えば出来ない事も出来る。
力を合わせれば、屈強な大男をノックアウトさせる事だってできるのだから。
「思い返せば、やよいちゃんも傍にネネちゃんが居たから、きっと彼女に頼ったんだね。あずきは、一番頼るべき仲間に頼る事を忘れていた。迷惑だって思っていた部分もあるけれど………知られるのが怖かった部分もあったのかも。」
実際、グローブ事件の悲劇は、都が語ってくれたが衝撃的であった。
仲間を大切に想うからこそ、密かに近づけたくないという想いも働いていたのかもしれない。
「1人でないと気付く事。それは簡単だが、実際にはとても難しい事だし、戦いの中では見失う事も多い。俺も………何度それで後悔をしたか。」
過去を思い出すユーグの姿に、何かを感じるあずき達。
だがここで、敢えて思いっきりあずきは、頬を膨らませて話題を変える。
「でも、ユーグさん、あずきのトラウマ改善の為とはいえ、女の子相手にヤケになり過ぎ!もうちょっと加減を覚えてよ!」
「そうだな、すまない。だから、もう数発殴ってくれても文句は無いのだが………。」
「それはただのドMだって!………だったら………シミュレーションで鍛える前に、責任もって、あずきの我儘聞いてよ。」
首を傾げるユーグに対し、あずきは身を屈めると、モビルスーツハンガーの時とは違い、今度はそっとユーグに抱き着いた。
その意味が分からなかった彼に、あずきは顔を見せないように、ささやく。
「あずき達ね………バルバトスに世界を壊されて、みんな失っちゃったんだ。大事だったプロデューサーも、お母さんも、お父さんも………。」
よく、渋谷凛や神谷奈緒は、ユーグは過去に部下を失ったと言っていた。
喪失の悲しみを理解できる男であるし、あずきに向けられたのはかなり手厳しいものであったが、真実を知れば1人の男としての愛情………それこそ父性に近い物であると言えるかもしれない。
更に言えば世界を失ってから、この瞬間、あずきにとって初めて甘える事の出来るようになった男性………それも壮年の男であったのだ。
だからだろうか………15歳の少女にしては、重すぎる程に奥底に貯めていた感情を吐き出す。
「あずき………色んな事がある中で、頑張って耐えて来たけど………耐えて来たけど、やっぱり………。」
「………………分かった。俺の胸でいいなら、思いっきり泣け。弱さを見せるのは………恥じゃない。」
「う………うぅ………うあああああああああああんッ!!」
失った痛みをぶちまけるように、思いっきり赤子のように泣き叫ぶあずきに、32歳であるユーグは茶化す真似はしなかった。
只、彼女を見守る親友3人の物欲しそうな目を見て、少しだけ溜息を付く。
「都………他言無用で頼む。」
「分かりました。………だそうですよ、3人とも。」
『………ごめんなさいッ!』
少しだけ優しい笑みを浮かべる都に後押しされる形で、穂乃香、柚、忍の3人も思わずユーグに泣きつく。
部下に見せられない光景だとユーグは思いながらも、一言だけ涙を流す4人の少女達に告げた。
「後、俺があまり言えたものでは無いが………、こういう時は「ごめんなさい」じゃなく、「ありがとう」って言うべきだからな。」
それは、嘗てのユーグの部下が彼に言った言葉。
もしかしたら、フリルドスクエアの4人には、甘えられる「親」が必要だったのかもしれない。
今回の事を機に、桃井あずきは男性への恐怖心を仲間の力で克服し、本来の明るさを徐々に取り戻していく。
彼女は奈落の底から、既に光明を見出し、脱出が出来ていた。
あずきさんの口癖である「大作戦」は、ここまで取っておこうとは、ずっと思っていました。
ユーグを倒した所で、あずきさんのトラウマは消えるわけでは無い。
でも、弱い自分を変える事は出来なくても、強い大切な仲間達の存在を自覚して、助けを求める事は出来る。
この話を書いている途中、まだ登場はしていませんが、ヒイロ・ユイの名言を思い出しました。
人類全てが弱者であるんだと…。
ユーグが甘えられる人間だと分かった事で、あずきさん達に去来したのは、父親を含める家族を失った事による喪失感。
シンデレラガールズ最年長である高垣楓さんでも25歳ですから、「親」として認識するには、対象が違ったと感じています。
みんなで甘えて泣く事が出来た事も、本来の目的とは違いますが、良かったでしょうね。
…綾瀬穂乃香さんの本気の蹴りは、直撃したら絶対気絶しそう。