貴族の息子は紳士でなくてはいけないらしいけど日々が辛い 作:鉄の掟
「ご到着お待ちしておりました……アワーズ様」
幼少期に数え切れない程見た悪夢の中では最多の登場回数を誇るハンドレッドはそう言うと、本当は下げたくない感丸出しの表情で俺を睨んだ後、それは見事な姿勢で軽く頭を下げた。
「あ、あぁ久しぶり、ハンドレッド」
「はい、アワーズ様も大変お元気そうで何よりです」
「は、ははは」
女の物としか思えないサラサラの銀髪を肩まで伸ばし、小柄な体型と細い手足は、言われなければ確実に女と勘違いしてしまう程に華奢。
更には西洋人形の様に整った目鼻立ちと、喉仏が一切浮き出ていない喉から発せられる少女の様な高い声。
もう言わなくても紳士諸君は分かってくれるだろう。
そう、このハンドレッドという奴は要するに前世で言う【男の娘】の様な存在なのだ。
そしてそれは俺が幼少期の頃、つまりは年齢が一桁代の時に初めて会った時も変わらず、当時のハンドレッドは男装していると言われた方がまだ納得出来ると言うぐらい、その見た目は少女そのものだったが……しかしだ。
俺はこいつがどれだけヤバい奴なのかをこの身を持って思い知っている、その為今のこいつの丁寧な言葉遣いと態度は恐怖でしか無い。
いやいや、マジで怖いって。 君、昔はもっと体育会系の部活の先輩みたいなオラオラ系だったじゃん。
いつからそんなマジの淑女みたいに丁寧な口調で喋れる様になったんだよ。
うちの可愛い妹のタイムなんてまだ三日に一回は淑女の勉強と称してお袋にしばかれてるんだぞ。
「僕の事を覚えていらっしゃる様で光栄です」
相変わらずマジで顔は女にしか見えないハンドレッドは、ニコッと笑いながらそう言った。
寧ろ昔よりも大人っぽくなった事で、もしもハンドレッドの正体を知らなければ、俺は恋をしていたかもしれない。
しかし目の奥はまるで笑っていなく、俺は昔のことを思い出して自分の顔が引き攣っているのを感じながら、ハンドレッドに一応微笑み返した。
「あ、あはは……あんまり昔と変わっていなかったから直ぐ分かったよ」
「……そうですか」
一言そう言うとハンドレッドは何故かがっかりした様子で短く溜息を付いた。
もしかしてそんなに俺の笑顔が気に食わなかったんだろうか、それならばそれで構わないけど、昔みたいに気に食わないという理由だけで俺の背中に一日中乗っかったり、一日中組み手に付き合わせたりというのは頼むから辞めて欲しい。
「10年振りだと言うのに……相変わらず鈍感な奴」
「え? ごめん良く聞こえなかったんだけど何か言った?」
「いいえ、何も」
俺より頭一つ分低いハンドレッドは何故か最初よりも俺を睨み付ける様な目付きでそう言った。
えぇ……ただ聞こえなかったから聞き返しただけですやん、辛い。
俺が睨みつけて来るハンドレッドから目を逸らしていると、後ろから俺を魔法で投げ飛ばした極悪幼女のわざとらしい咳払いが聞こえた。
「そろそろイチャイチャは終わりにして、本題に移っても良いかの?」
幼女の咳払いに救いを感じながら後ろを見ると、いつの間にかあの魔法の馬と馬車は消えており、取り残された青い粒子が幼女の周囲をぐるぐると回る様に浮かんでいたがそれも直ぐに消え、幼女は俺の隣にまで歩いて来るとそこで立ち止まった。
「失礼致しました。 屋敷の庭先に歓迎の食事をご用意しております、お話はそこで宜しいでしょうか?」
「構わんのじゃ」
「ではこちらへ」
ハンドレッドは見事な紳士的振る舞いを見せると、ツカツカと小気味良い音が鳴る革靴の音を響かせながら、俺の目の前に見える森の洋館の様な立派な屋敷の方へと振り向いてそのまま歩いて行く。
「おい、あの執事とは随分親密な仲のようじゃな?」
先に歩き出したハンドレッドのやや後ろから着いて行く様に歩いていると、同じ様に俺の隣を歩いていた幼女は首だけをこちらに向け、ニヤニヤと変な笑みを浮かべながらそう言った。
何だその【ひょっとしてあの人と何かあるんすか?】みたいなニヤニヤ顔は。
微妙に腹立つ顔しやがってはっ倒してやろうか。
「昔に俺の紳士指導をしてた奴ってだけっすよ、確か一年ぐらい」
「ほうほう、それで?」
え、まだ話さないといけないの? もう十分話したと思ったんだけど。
別に俺とハンドレッドとの関係なんてこの幼女には関係無いと思うんだが……まぁ聞きたいって顔に書いてあるし話してやるか。
あの苦痛と絶望に満ちた辛い日々をな……。
「あの頃はまぁ、妹は居たけど歳の近い男って周りに居なかったんで、今思えば結構遠慮無しに接してた気がするっすね」
「ほうほう、具体的にはどんな風にじゃ?」
「え? まぁ……普通に男同士って感じっすかね」
「その答えは具体的とは言えんぞ」
「えぇ……だからあれですよ、好みの女の見た目とか性格とか話し合ったりとか、男が必ず持っている聖剣についての事とか……あのひょっとしてこれも何かの稽古なんすか?」
「いいや、ただの私の興味じゃ」
「ならあんまり聞かないで下さいっすよ、良い思い出って訳でも無いし」
はっ倒すぞクソガキこのやろう。
ただの興味で人のトラウマを刺激しやがって許せねぇ、これは矢張り【ドキドキッ! 貴族だらけの夜の運動会】で全身汗だく屈伸運動で分からせるしかないか。
まぁでも良い思い出じゃないと言っておけば、流石の極悪幼女もこれ以上深掘りはしてこないだろう。
本当はそこまで言う程悪い思い出でも無いしな。
何だかんだハンドレッドとは男同士という事もあって、気遣い無く接していたし、偶にやり過ぎな事はあってもハンドレッドの紳士指導はあの時の俺には必要だったと思う。
じゃなきゃ俺は親父と一対一という地獄の紳士指導を受けていただろうしな。
もしそうなっていたら俺は次の異世界に期待して、とっくの昔に仏になっていただろう。
「……良い思い出じゃないとかふざけんなよ……」
「え? 今何か言いました?」
「いいやぁ? 私は何も喋っとらんぞ」
じゃあハンドレッドか? いやまさかな。
こいつは俺が何を言っても気にする様な奴じゃ無い、寧ろ泣かされた回数は圧倒的に俺の方だ。
……そう考えたら何かムカついてきたな。
「……いやぁでもね、あの時はほんと参ったもんっすよ、思い出すのも辛いっていうか? 何だったら消せる物なら消したい過去っていうか」
そこまで俺が言った瞬間、俺と幼女の前を歩いていたハンドレッドの背中が不意に大きく揺れたかと思えば、次の瞬間にはハンドレッドの立つ地面が破裂音の様な大きな音と振動と共に数センチ陥没した。
「……え?」
え? は? え? ハンドレッドさんん?
「クヒヒッ、これはこれは……」
陥没した地面からは僅かに土煙が舞っていて、その上でハンドレッドは何も言わずに立ち尽くしている。
俺は目の前の光景が信じられず、思わず自分の目を強く擦るが、痛みを感じる程擦った後に目を開けても、目の前の光景は少しも変わらなかった。
という事はあれか? ハンドレッドは地団駄で地面を破壊したって事か?
俺よりも頭ひとつ分低い身長と女の様に華奢なあの体格で? ……ほならそういう事か、うん。
「……お二人共、お戯れはその辺に」
背中だけを向け静かにそう言ったハンドレッドの声は、今まで聞いたどんな声よりも低く恐ろしかった。
おかしいな、つい数日前だったらハンドレッドの行動に度肝を抜かれていただろうが、今はそういう事もあるかと思っている自分が居る。
それより寧ろ何故ハンドレッドがいきなり地面を破壊したかの方が気になるぞ、何かムカついた事があったのか?
「愉快じゃ愉快じゃ」
何で君はそんなに楽しそうなんですかね、頭お花畑かな?
隣で嬉々として笑う幼女を置いといて、俺はハンドレッドが作った穴を避け、立ち尽くすハンドレッドの目の前まで歩き寄った。
「あ、あのー……ハンドレッドさん?」
ハンドレッドは俺が目の前に来たのを横目で見たかと思えば何も言わずに下を向き、サラサラの銀髪で顔を隠してしまう。
何だこれ、一体どうしたら良いんだ。
俺の知ってるハンドレッドは何か気に食わない事があったら、直ぐに指導と称してアイアンクローをかけてくる様な奴だった筈。
それが数年振りに会ったと思ったら、やれ足で地面は破壊するわ、やれ話を聞こうとしてもだんまりだわで、まるでどうしたらいいか分からん。
これは……あれだな、うん。
紳士淑女諸君ももうお気付きの事だろう、つまりはあれだ。
……悪ぃ、やっぱ辛ぇわ。
「執事」
と、ここでさっきまで愉快にニヤニヤと笑っていた幼女が口を開いた。
「戯れは終わりにする、早く案内せい」
「……畏まりました」
幼女の言葉にハンドレッドはそう言うと、目の前の俺を押し退ける形で再度歩き出した。
俺が話しかけた時には黙ってた癖にあの幼女の言う事は聞くのか……もしかして俺ってハンドレッドに嫌われてるのか? 辛い。
その後は特に何かが起こる訳でも無く、俺だけがムズムズとした気持ちを抱えたまま、ハンドレッドと俺と幼女は屋敷の裏側にある、見るからに金の掛かってそうな庭にまでやって来た。 おい噴水あるぞ噴水。
「こちらへどうぞ」
噴水に興奮する俺を他所に、ハンドレッドは屋敷側のテラスの様な場所に手を差し出しながらそう言った。
そこには2人分の椅子とテーブルには美味そうな茶菓子が用意されており、俺と幼女が椅子に近付くとハンドレッドは幼女の方の椅子を先に引き、幼女が座ると続いて俺の椅子も引いた。
……何かさっきからハンドレッドの顔が全く感情が分からない無表情で怖いんだけど。
それに俺の椅子の方は全然引けてないし、これはあれか? 一応椅子を引いたっていう体にして俺は自分で座れっていう事なのか?
「……どっこいしょ」
「アワーズ様、椅子に座る際にその様な言葉を発してはいけません、それと少し猫背気味なのも直して下さい」
「……」
おいこら幼女、また口の端からニヤニヤが漏れて来てるぞ。
笑みが溢れない様に必死に耐える事で変な顔になっている幼女を無視して、俺は横のハンドレッドの顔を見る。
「何か怒ってる?」
「いいえ」
いや普通に怒ってますやん、顔は無表情だけどもう雰囲気やら何やらが俺に敵対心向き出しですやん、辛い。
「では、私はこれで」
俺の視線を完全に無視して、ハンドレッドは手際良く準備を整え、俺と幼女の前には紅茶の入ったカップが置かれた。
そしてハンドレッドはガラス製の白いお盆の様な物を両手で胸の前で持ちながら、頭を下げてそう言った。
ハンドレッドの用意してくれた目の前に置かれたカップからは、何とも素晴らしい紅茶の香りが立ち上り、俺は喉が渇いていたのもあって直ぐにカップに手を伸ばした……が、その時チラリと見たハンドレッドの顔が怖過ぎて、俺は手を引っ込めざるを得なかった。
……な、なんだったんだ今の顔、マジで夢に出るって。
これはもしかしてあれか? 仮にも師匠という事になっている目の前の幼女よりも先に手を付けるなという事なのか? 辛い。
「待て、執事。念の為じゃお前もここに残れ」
俺がハンドレッドに戦慄しているのを他所に、幼女は去ろうとしたハンドレッドに向かってそう言った。
「私が仰せつかったのはお出迎えとご案内のみになりますが」
「私が残れと言ってるんじゃ」
「……ですが」
「2度同じ事を言わせる気か?」
幼女はその時、それまでの口調や声色からは想像も出来ない様な威圧感のある声を出した。
そしてハンドレッドの方は一瞬驚いた……というよりは怯えた様な表情をしたと思えば、直ぐにまた元の無表情に戻ると何も言わずに俺の直ぐ後ろに歩いて来た。
恐らく俺の左後方に立っているであろうハンドレッドの顔は当然俺からは見えないが、目の前に座る幼女はハンドレッドと目を合わせながら口を開く。
「そこで良いのか?」
「はい」
「……ふむ、お前もしかしてこいつに」
「要らぬ詮索はご遠慮下さい」
すると、今度はハンドレッドがさっきの幼女の声に負けず劣らずの威圧感たっぷりの声でそう言った。
え、何何なんかさっきから雰囲気悪くない? 仮にもこれは貴族の優雅なティータイムですよ、まだ紅茶飲んで無いけど。
「まぁ、問題を起こさなければそれでよいかの」
「感謝致します」
「さてと、子鹿。ここからは真面目な話じゃ、心して聞くように」
「あっはい」
うんうん、真面目なのは良い事だよね。
で、君はいつになったら紅茶を飲むんですかね? もう喉カラカラなんですけど。
ていうかこの位置ならハンドレッドの顔も見えないし、俺イっちゃっていいすか? もうイっちゃいますよ俺マジで喉乾いたし。
「……」
そうして我慢出来ずにもう一度紅茶に手を伸ばした俺は、首の後ろに当たる妙な寒気に襲われ、幼女が紅茶を飲むのをただ心待ちにするだけなのであった。
因みに幼女が紅茶に手を付けたのは話の最後も最後で、その間に何を話してたとか殆ど覚えてません、はい。
辛い。