貴族の息子は紳士でなくてはいけないらしいけど日々が辛い 作:鉄の掟
「なっ!!?? 何があったのですか!? アワーズ様!!!」
「いやぁ話せば長くなると言うか、そもそも最後の方はあんまり覚えてないって言うか」
屋敷の前の無駄に広い庭を手入れしていたクロックは、血塗れの俺を遠目で確認した瞬間、手入れしていた花壇を吹き飛ばす程の勢いで、離れた俺の方へと走り寄って来た。
クロックの血相を変えた様な顔と対照的に、俺は自分でも分かるほど呑気に笑いながら、クロックのタックルを回避した。
「で、でも!!! お体は大丈夫なのですか!? アワーズ様!!」
「大丈夫だから、もう少し声を抑えてね」
ロックが俺を助け、地面に降り立ったぐらいまでは覚えてるんだが、その後はこの世界に魔法みたいな超能力がある事を知って、ショックで記憶が飛んでるんだよなぁ。
まぁ俺の離れていた意識が戻った時には、ロックが「周辺の安全を確認して参ります」とか言って、俺が瞬きした次の瞬間には目の前から消えてたし、俺も肩に付いた血を洗いたかったので、こうして屋敷の方まで歩いて来たと言う訳だ。
因みにめっちゃ遠かった、お陰でもう時間は昼近くなってしまったが、まぁそれはいいか別に。
それよりもさっきから俺の周りをうろうろと歩き回るこいつを何とかしないとな。
こいつと居るとつい忘れてしまいそうになるが、ここは俺の自室では無く、誰が見ているか分からない屋敷の庭園だ。
迂闊に紳士としてマナーの無い言葉遣いをすれば、仮に親父に見られていた場合には、それはもう一日部屋に監禁され、紳士とは何なのかをみっちり叩き込まれる羽目になる。
そしてそれはサウザンド等のメイドがやる訳でも無く、普通に男の執事がやるので、ぶっちゃけ一番苦痛を感じる時間なのだ。
俺はそんな需要の欠片も無い時間を避ける為、歩き回るクロックを先回りして置いた両腕で掴み、目の前で動きを止め、真剣にクロックの目を見て話し始めた。
「クロック、これは侵入者並びに襲撃者の返り血だ、その襲撃者はロックが無力化したから心配は要らない。 そしてお前はこの事を親父に報告して来てくれ。 俺はこの付いた血を洗って来るから」
我ながら完璧な説明だ、鼻が高い。
この説明なら、何故か俺の目を食い入る様にジッと見つめるクロックも、直ぐに親父に報告に向かうだろう。
……っていうか何かこいつ目怖くね?
「侵入者……? まさか決闘前にそんな事する筈が……いやしかしあの領主様の事……何をしてもおかしくはない……」
おーい、俺を置いてけぼりにして自分の世界に入らんでくれ。
お前キャラに反して、今日の朝といい今といい、シリアスな顔が多過ぎるぞ。
俺のそんな思いも虚しく、クロックは顔を伏せて、ぶつぶつと小さい声で何かを呟いていた。
その声は半歩離れた俺が到底聞き取れる物では無く、クロックの口元に耳を近づける訳にもいかない為、俺は静かに目の前のクロックの横を通り、屋敷の方に歩き出した。
「はぁ……タイムの裏切りを切り抜けたと思えば、次は空を飛ぶ侵入者か」
俺はいつもより騒がしく感じる今日に溜息を吐きながら、無駄にデカい屋敷の扉を押し開けた。
因みに、何故俺が危うく死にかけたと言うのにここまで落ち着いてるかというと、単純な話でこの世界で生まれてから今まで、紳士として女性との接触を血の涙を流しながら堪えて来た俺は、自分でも驚く程に感情の制御が上手くなってしまったのだ。
予想外の事態が起こる事に慣れたと言ってもいいな。
勿論最初の頃は大分苦労した事だが、人間18年間も見知らぬ土地と世界で過ごしていれば、毎日起こる非常識な事に慣れていく物だ。
え? 昨日森の中で叫んでたのは何処の貴族息子だって?
……しょうがないじゃん、慣れたって言っても溜まるもんは溜まるんだから。
「お帰りなさいませ、アワーズ様。 もう間も無くお食事の用意……が……ど、どうなされたのですか!?」
屋敷の玄関の目の前には、よく外国の貴族なんかの家にある大きな階段があり、その階段から湯気が立つ食事が乗った、金属製のトレイを勢い良く放り投げながら、厨房メイドの一人である、【トリリオン】が俺の元に駆け寄って来た。
……何かデジャブを感じるなぁ。
「ミリオンとビリオンが怒るよ」
「え? あ! あぁ、私ったら……いえそれよりも! その肩の血は何ですかアワーズ様!」
トリリオンは腰まで伸びた黒い長髪をポニーテールに結んでいて、そのポニーテールはトリリオンが、あわあわと落ち着き無く動き回る度に、右に左にと激しく揺れている。
そして俺より一回り小さい身長で、俺の肩にべっとりと付いた血を、ハンカチを持った手で背伸びしながら拭こうとして来る。
……もう大分乾いて固まってると思うんだが。
まぁトリリオンは一応厨房メイドではあるが、実際にはあの料理以外は何も出来ない、ミリオンとビリオンの世話係的な立ち位置だし、見た目や顔は中学生くらいでも、その中身はかなり母親味を感じる。
しかし、それ故に俺はトリリオンが苦手だ。
断っておきたいのが嫌いでは無く、苦手という事だ。
トリリオンは我が家のメイドの中ではまともな方だし、今は慌てているが、普段は物腰柔らかな大和撫子の様な雰囲気のある人で、胸は小さいが尻の方には中々の物が育っている、実に素晴らしい。
俺は胸だけでは無く尻も好きだからな。
ただ……トリリオンは見た目に反して、中身が母親の様なお世話好きでいて、特に今の様に慌てている時なんか、何を言い出すか分からない。
と、いう訳で俺はずっと背伸びしながら、俺の肩に付いた血を拭いているトリリオンの手をそっと掴んだ。
「トリリオン、心配しなくてもこの血は俺のじゃない。後俺は食事より先に体を流して来る、諸々の詳しい説明はクロックから聞いてくれるか?」
「は、はい分かりました……でもアワーズ様?」
トリリオンは俺を上目遣いで見つめ、小首を傾げる。
おっと不味いな、トリリオンのその仕草は非常に可愛らしい物だが、文脈的にはこの先嫌な予感しかしない。
と言う訳で、俺は掴んでいたトリリオンの小さな手を離して逃げようとした瞬間、逆に目にも止まらぬ速さでトリリオンに手を握り返された。
……流石の厨房メイド、手から先の操作がお上手。
「もし宜しければ……このトリリオンがお背中をお流ししますよ?」
トリリオンはニコッと可愛らしい笑みを浮かべながらそう言った。
オーケー、アワーズ……落ち着け、アワーズ。
お前はクールで紳士な男だ、そうだろ?
今までだって似た様な状況は何度もあったじゃ無いか。
いつもは厨房に居て中々会う事がないトリリオンがそんな事を言っても、俺は断らなければいけない。
そうだ、断らなければいけないんだ。
決してトリリオンが期待の籠った眩しい目をしているとか、断ったら悲しい顔をするんだろうなぁ、とかは考えてはいけない。
俺は紳士だ……据え膳食わぬは男の恥、なんてことわざはクソ喰らえなんだ……!
何だよその世界で1番貴重なクソは。
死ぬ気で拾い集めろよ! 男なら!
「いやいや……ダメに決まってるだろ? そんなの」
この世界で何度目か最早検討が付かないが、俺は断腸の思いでトリリオンにそう言い返した。
「大丈夫です! ちゃんと薄着は着ます!」
トリリオンは胸の前に両手で握り拳を作り、自信満々と言った顔で俺を見上げる。
うん違うよね、そういう問題じゃないよね。
後、そのぶりっ子みたいな仕草やめようね。
勘違いしちゃって襲っちゃうよ?
……っていうか、こんな場所でトリリオンは時間を潰してるけど、さっきぶちまけた昼食の準備は大丈夫なのだろうか。
「あー……トリリオン、気持ちはありがたいけど、食事の用意はいいのかい?」
「はっ! そうでした! 早く掃除して二人に謝りに行かないと! で、でも……アワーズ様のお背中も流さなければ」
「じゃあ俺は行って来るから頑張ってね、トリリオン」
「あぁ!? アワーズ様……っもう!」
埒が開かない事を察した俺は、あわあわと慌てるトリリオンを置いて、屋敷の廊下を歩いていく。
追っかけて来たらどうしようかとも思ったが、流石にトリリオンも飯をぶちまけたのを放置するのは出来ない様で、俺の背中をジッと潤んだ瞳で睨んだ後、掃除道具を取りに、何処かへと走り去って行った。
ふぅ……やっとこれで風呂に入れる。
肩の血もそうだが、空から落っこったり長時間歩いた事で、服の中まで汗でびしょびしょだ。
屋敷の廊下を歩き続けた俺は、数えるのも面倒な数の部屋の扉の一つに手を掛け、がちゃりとそのまま部屋の中に入って行く。
部屋の中は、入ると直ぐ脱衣所になっていて、その脱衣所からもう一つの扉を抜けると、風呂場に行ける様になっている。
因みに、この部屋は複数ある風呂場の内の一つで、屋敷にはそれはもう巨大な池ぐらいの温泉もあるが、明らかに一人で入るにはデカ過ぎる為、俺はいつもこの様な普通サイズの風呂場に行く事が多い。
と、言っても前の世界で一人暮らししていた時の風呂よりは全然広いんだけどな。
紳士淑女の諸君にイメージし易い様に例を出すと……俺が今から入るのが旅館の露天風呂みたいな広さで、屋敷の中で最もデカい風呂場は、旅館の大浴場二つ分ぐらいの広さだと思う。
改めて思うけど……一人で入るには広過ぎるよなぁ。
まぁ風呂に一人で入るのは俺ぐらいらしく、メイド達はメイド達で、執事達は執事達で、と屋敷の大浴場を男と女で交代しながら入っているらしい。
それを知ればあの馬鹿でかい風呂場があるのも納得だ。
俺と話すメイド以外にも数十人って数がこの屋敷では働いてるし、執事達もメイドよりは少ないが、多分三十人は居るだろう。
「あぁくそ……俺が貴族の息子じゃなければ死ぬ程覗きに行けたのに……!」
俺は誰も居ない脱衣所の中、一人でそう呟く。
メイド達のあられもない姿が、同じ屋根の下で毎日晒されてるというのに、男としてそれを拝む事ができないなんて、どんな拷問だよマジで。
「ま、とっとと風呂に入って汚れを落とすか」
肩に付いた血は、ある程度服に吸収されていて肌にはあまり掛かっていないが、それでも気持ち悪い事には変わりない。
俺は紳士服を脱衣所の高級そうな木で作られた籠の中に入れると、タオルを肩に掛け、そのまま風呂場へと繋がる横開きの扉を開けた。
「アワーズか」
「……失礼致しました」
「まぁ待て」
扉を開けた瞬間の俺の目に飛び込んできたのは、風呂場の湯船の一つに肩まで浸かりながら、俺を睨みつける様な視線で見てくる親父の姿だった。
やべぇよ……やべぇよ、どう言う事だよ。
何で親父がこんな場所の風呂場に居るんだよ、あんたいつも専用の風呂場使ってるだろ! わざわざ屋敷の中で1番遠い風呂場に歩いて来たというのに……!
「丁度良い。 お前には話があった、入りなさい」
「いえいえ、俺なんかが居ては邪魔になります」
「俺? ……随分野蛮な言葉を使うのだなアワーズ?」
「申し訳ありません、失言を致しました」
俺は素っ裸のまま、親父が入ってる湯船の方に頭を下げる。
くそっ……くそっ……何が野蛮な言葉だ、男が自分を俺って呼んで何が悪いんだい!
「まぁいい、入りなさい……その穢れた血を落とした後でな」
親父はそう言うと、俺の方に向けていた首を戻した。
俺は親父の頭を後ろから、思い切りかち割りたい衝動を何とか抑え、湯船の湯を全身に二回ほど掛け、全身をお湯に浸けたタオルで洗っていく。
何故かは分からないがこの世界には石鹸という物が無く、体を洗うと言っても、こうしてタオルでごしごしと擦るぐらいしか出来ないのだ。
そうして肩の血と、全身にかいた汗を洗い流した後、俺は親父の入っている湯船に足から浸かり、親父から離れた場所に腰掛けた。
普段ならこんな上品な入り方では無く、思いっきし助走を付けて湯船に飛び込むのだが、どう考えてもそんな事を今すれば、俺は明日の朝を無事に迎える事は出来ないだろう。
「その血の事はロックから聞いている」
「そうでしたか」
俺は緊張で冷えた頭と暖かいお湯に浸かった体で、暑いんだか寒いんだか分からない頭でそう答える。
それにしてもロックは本当に何者なんだ……こんな直ぐに親父にまで報告しているなんて。
クロックも見習って欲しい、一文字違うだけでこんなに出来る奴になれるのに。
「侵入者の件は私が処理しておいた、もう安心していい」
「ありがとうございます」
処理、という言葉が何とも嫌な響きだが、まぁ一歩間違えば俺も死んでた訳だし、あの男の仲間がどうなったのかは気にしないでおこう。
俺はなるべく親父の方を見ない様にして座っているが、それにしてもこの気まずい雰囲気はどうにもならないみたいだ。
親父の鋭い眼光は怖いし、鍛え上げられた肉体は普通に尊敬する程立派だし、何よりも親父のはデカい。 何とは言わないがデカい。
そんなデカい親父が作ったのが……こんな小さい俺だなんてな。
ははっ……笑いたきゃ笑えよ、成長期なだけだし。
まだ18歳だし、これからだし。
「アワーズ」
俺が完全敗北した自分の息子を慰めていると、親父が普段よりもより一層威厳に満ちた声で俺の名前を呼んだ。
……慰めるって別に変な意味じゃ無いぞ、心の中でお前は最高だ! って繰り返し言っていただけだ。
硬さは大きさに勝るとな。
「何でしょうかお父様」
俺は横に座る親父の方に体を向ける。
……本当にデケェな、マジで。
ホットドッグが股から生えてるみてぇ。
「何時知らせようか、悩んでいたが……侵入者とあっては仕方が無い」
親父は確かに何時もの仏頂面の表情よりは、人間らしい苦しそうな顔を見せる。
それだけで俺は、親父がこれから何の話をするにしても、絶対に聞き逃してはいけないのだと悟った。
どうやら俺と親父の兜を比べてる場合では無いらしい。
親父が俺の目を真っ直ぐ捉える。
その目は真剣そのもので、湯船から立ち込める湯気に包まれた親父は、西洋的な顔付きも相まって、一枚の肖像画の様だった。
親父は少しだけ言葉を溜めた後、ゆっくりと口を動かし、言葉を発した。
「アワーズ、よく聞きなさい」
「はい」
「お前は来月の終わり……星月夜の晩に、テンセカンド家のご子息と決闘する事になる」
「……はい?」
日本語って面白いよな、同じ文字なのに全然意味違うもん。
「これは決定事項だ、決闘までに稽古を励め」
親父はそう言い残すと、湯船から上がり脱衣所の方へと向かって行った。
俺の全く筋肉質では無い身体と違って、鋼の様に鍛え上げられた親父の身体には、湯船の中では分からなかった深い切り傷が、数えきれないほど刻まれていて、それはどう考えても夥しい血に濡れた戦いで出来た物なのだと、一目で人に分からせる様な物だった。
「……どうすんべ、これ」
俺は正真正銘誰も居なくなった風呂場で、そう呟いた。
決闘……決闘かぁ。
そういえばこの世界の貴族には、成人前の息子の強さを証明する為に、他の貴族の息子と戦わせる習わしがあったなぁ。
そうする事で勝った貴族の息子は強さを証明する事が出来て、更に自分の名を他の貴族に知らしめる事が出来るらしいが……。
「俺がやる意味無いよなぁ……絶対」
俺が生まれたこのミニッツマン家は、この国の貴族としては1番権力や財力がある事は、18年生きて来て嫌と言うほど知っている。
だとしたら俺が決闘なんてしなきゃいけない理由はなんだ? 一体何が目的にあるんだ? それにテンセカンド家って……武器製造や販売で有名な一族じゃないですか、やだぁ。
「……おいどうすんべ、マジでこれ」
俺は親父から話された【決闘】という、不安と恐怖しか感じない話に、暫く頭を抱えていたが、昼飯を食べてない事に腹を立てた胃袋が、親父が離れ緊張感が解けた俺に、耐え難い空腹を感じさせた。
決闘なんて物騒な話題の後だと呑気な話だが、腹が減っては戦はできぬ、と言う言葉もあるくらいだし、俺は湯船から上がり脱衣所へと出ると、綺麗に畳まれた新しい紳士服に袖を通し、屋敷の廊下を歩いて、食事の部屋へと向かって行った。
ビックリする程、なんか色々増えてて震えてます。by作者