貴族の息子は紳士でなくてはいけないらしいけど日々が辛い   作:鉄の掟

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更に辛い。

 

 

 

 

 朝食を食った時と同じ部屋に辿り着いた俺は、扉の前に立つサウザンドに扉を開けてもらい、部屋の中へと入って行った。

 

 何とも無しに横を通り過ぎたが、サウザンドは侵入者の話しは聞いているのだろうか? まぁ親父が知っていたくらいだし、メイド長であるサウザンドが知らない訳が無いとは思うが……。

 もし知っていたのなら、隣を通る時に何か言われると思っていたのに。

 

 しかし、俺の予想に反してサウザンドは何も言わずに扉を開けたし、俺から侵入者の話題をあんな廊下で話し出す訳にもいかない。

 まぁいいか、取り敢えず飯だ。 飯。

 腹が減っては戦どころか思考も出来ぬ……ってな。 おい笑えよ。

 

「アワーズ、待っていたわ」

 

「申し訳ありません、お母様」

 

 俺が部屋の中に入った瞬間、そんな言葉が耳を刺激した。

 咄嗟に俺はこの18年間で独自に身に付けた紳士スイッチをオンにし、返事をする。

 俺の目には無駄に長いテーブルの真ん中の席に一人で座る、俺のお袋である【ムーン・ミニッツメン】が、机上に並べられたフォークとナイフを目の前に俺の方へ首を向け、微笑んでるのが映った。

 ……どうでも良いが、食事用のナイフやフォークと言えど、刃物を目の前に微笑むお袋は、目鼻立ちの整った西洋系の顔つきも相まって、結構怖い。

 

「いいのよ、話しは聞いているわ」

 

 お袋はそう言いながら柔らかく微笑むと、俺にお袋から見て目の前の席に座る様に、手を使って促した。

 俺は素直にお袋が手を向けた席に座る為、少し急ぎ足で無駄に遠い席まで歩く。

 しかし、変だな……タイムは淑女の勉強で居ないにしても、親父まで居ないのはどう言う事なんだ? 

 

「お母様、お父様とタイムはどうしたのですか?」

 

 俺が席まで歩いて座る間、ずっと俺の事を見ていたお袋は、俺がそう言うとまた微笑みながら言葉を返した。

 

「タイムは淑女のお勉強が忙しいそうよ、あの人は……私にも分からないわ」

 

 お袋は困った様な表情を浮かべながらそう言った。

 タイム……飯も食わずに勉強とは、いいぞもっとやってくれ。

 そしてお袋が知らないのも無理ないが、親父とはさっきまで裸の付き合いしてたんだけどね。

 男として色々な自信を失ったわ。

 

 俺とお袋が話している間にも、サウザンドは俺とお袋の前に、料理を次々とスムーズに並べていく。

 しかし不思議だな……何時もは今日の朝食の時の様に、昼食の時も料理を並べる為、何人かのメイドが立っている筈なんだが。

 もしかしてあの侵入者の件で忙しいのか? 

 

 一人だけにも関わらず、手際良く料理を並べていくサウザンドにそれを確かめたい気持ちもあるが、お袋の前でそう言う話をするのは禁句の為、俺は口からぽろっと飛び出しそうになる言葉を、ぐっと飲み込んだ。

 

 恐らくこの世界における、淑女としての教育によるものだと思うが、お袋は戦いや殺し合いと言った話を極端に嫌っている。

 勿論戦いに用いる様な武器や戦術なんかも当然駄目で、血なんか見た日には倒れて寝込んでしまうかもしれない

 

 その為、屋敷のメイドや執事は武器を携帯しておらず、武器が置かれているのは親父の部屋と、さっきまで俺がロックと居た稽古場の横の武器庫だけなのだ。

 そんなので大丈夫なのかと聞かれたら、大丈夫と答えるしか無い。

 だって紳士は淑女を守るのが当然だからね、例え相手がガトリングガンを持っていたとしても、生身で立ち向かわないといけないのさ。 どうしろってんだよクソが。

 

「本日の昼食は以上になります」

 

 料理を並べ終えたサウザンドは、料理が乗っていたワゴンを手で押し、部屋の扉の前で俺とお袋に対してお辞儀をすると、静かに扉を開けて、ワゴンと共に部屋の外へと出て行った。

 ……やっぱりおかしいな、何時もは必ずメイドの一人は部屋に残るのに。

 

 お袋と二人きりになった俺は疑問を浮かべながらも、目の前に並べられた美味そうな料理を口に運ぶ為、並べられた外側のフォークを手に取ろうと手を伸ばした。

 

「アワーズ、お食事の前に大事な話があります」

 

 俺がフォークを手に取る前に、お袋は俺の方を真っ直ぐ見つめながらそう言った。

 俺は背と腹が今にもくっつきそうなくらい腹が減っているのだが、そっと手を膝の上に戻し、お袋の方に向き直った。

 紳士だからね、淑女の話はちゃんと聞かなくちゃ。 いや飯食い終わってからでも良くね? 

 

「アワーズ……貴方は来月の終わりの星月夜の晩、テンセカンド家のご子息と決闘して貰います」

 

「はい、先程お父様から聞きました」

 

 唸る自分の腹を抑えながら俺がそう言うと、お袋は妙に神妙な顔付きになったが、すぐ表情を変え、そのまま話しを続けた。

 

「それなら話が早いわね。 その決闘はテンセカンド家のご子息【ルーク・テンセカンド】と行われます。 あの方は武芸に長けている事で有名なお方……今の貴方では足元にも及ばないでしょう」

 

 お袋は俺のガラスのハートを砕く勢いで、喋り続ける。

 マミー……息子にそんな言い方どうなのよ。

 グレちゃうよ? 俺。 

 俺がグレたら大変だからな、ありとあらゆる街で悪さして、この家の評判落としまくってやるからなマジで。

 手が付けられなくなるぞ、まぁ俺の手は悪に染まるんだけどさ。

 

 俺がそんな事を考えていると、お袋は暫くの間口を閉じ、やがて開きたく無い口を開くかの様に、ゆっくりと話し始めた。

 

「なので……アワーズ。 貴方には明日の朝から決闘が行われる前日まで、この屋敷を離れ、あるお屋敷で決闘への稽古をして貰います」

 

「……はい?」

 

 おおおお、落ち着け俺。

 クールになれ、ここで間違っても声を荒げたりしたらどうなるか分からない。

 今お袋は何て言った……稽古って言ってたよな。

 それを明日から決闘までの約一ヶ月の間? この屋敷じゃ無い別の場所で行うだと? 

 ……は、はは、またまたご冗談を。

 いくら何でもそんな事本気で言ってるわけじゃないだろう……え? 本気なんすか? 

 

「お母様、それは……」

 

「分かっています、お勉強の事を心配しているのでしょう? その事については後で私が向こうのお屋敷の方に話をつけておきます」

 

 ちぃぃぃがう! 違うよ! 全然擦りもしてないよお母たま! 

 俺は今まで碌に稽古なんて真面目にやってこなかった人間ですよ!? それをいきなり稽古という名の地獄に突き落とそうとしてる事を言ってるんだよ! 

 俺貴族の息子なんですけど! 普通そんな騎士みたいな事しないと思うんですけど!! 

 

 今までのサウザンドとの稽古の時間に、試しに持ってみたよくある中世の剣みたいなのも、少し振っただけで死ぬ程息が上がるんですよ!? 

 こんなの間違ってるよ! だから貴族みたいな権力者は嫌いなんだよ! 俺も貴族なんだけどな! クソが! 

 

 話を聞いていて、俺は思わず怒りで体に力が入るが、テーブルに掛けられた敷物のお陰で、俺が力の限り握る拳は、お袋からは見えていない筈だ。

 マジでイッちゃうよ? 拳上げちゃうよ? 

 今まで人を殴った事なんて前世も今世も無いけど、初めてイッちゃうよ? そんな事したらどうなるか分からないからやらないけどな!! クソッタレ!! 

 

「話は以上です、さぁ食事を頂きましょう」

 

 お袋はそう言うと、何事も無かったかの様に、目の前の皿に乗ったサラダをナイフとフォークを使い、食べ始めた。

 

 俺はと言うと……正直食欲なんて今の話のせいで無いにも等しいが、ここで食わないとお袋に何かを勘繰られるかも知れない為、嫌がる口に無理矢理サラダを放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごちそうさまでした」

 

 普段はどんなに腹が一杯でも美味いと感じる、ミリオンとビリオンの食事だが、正直全く味はしなかった。

 クソっ……今からでもお袋に手を上げてた方がマシな結果にはなるんじゃないか? いやでも……女に手を上げるのは普通に無理だしなぁ。 

 

「……ではアワーズ、私はあの人に先程の話を伝えて来ます。 貴方は明日からの稽古に向けて、身支度を今日中に済ませておきなさい」

 

「……畏まりました」

 

 お袋はそう言うと、席を立ち部屋の扉の方へと歩き、独りでに開いた様に見える扉の奥へと消えて行った。

 そして入れ替わりに入って来たサウザンドが、放心状態の俺を無視して、テーブルの上の空いた皿を素早く片付けて行く。

 

「……サウザンドは知っていたのか?」

 

 ふと、そんな言葉が口から漏れる。

 別に他意があるわけじゃなく、ただメイド長である彼女がさっきの話を知っていたのか、純粋に気になった。

 サウザンドは皿を片付ける手を止めずに、俺の質問に答える。

 

「いいえ、知りませんでした。 もし事前に知っていたらきっと私は奥様を止めたでしょう」

 

 そうだよね、止めたよね。

 俺がどれだけ頼りないかは、サウザンドが一番良く知ってるもんね。 泣きそう。

 

「今からでも間に合うと思うよ」

 

「ご冗談を……」

 

 皿を片付けながら薄く微笑むサウザンドは、まるで西洋の絵画の様に美しい。

 しかしどんなに素晴らしい芸術も、心の余裕が無ければ楽しめないのと同じで、俺はサウザンドから目を離すと、天井に吊るされた無駄にデカいシャンデリアの蝋燭の揺らめきを、ただ見つめた。

 

 これからどうなるかなぁ……稽古と言っても具体的に何をするのか分かんねぇし。

 この屋敷とは違う屋敷って事は、メイド達とも暫く会えないって事か。

 何だかんだ言ってクロックとの喧しい朝とか、サウザンドとの領主としての勉強とか、嫌になる瞬間はあったけど、今となっちゃ割と気に入ってたんだけどなあ。

 

「アワーズ様」

 

 何時の間にか皿を全て片付け、俺の横に立っていたサウザンドに視線を向ける。

 いつも無表情のサウザンドだが、何故か今は俺を見つめる目が少し潤んでいる気がした。

 ……暫く会えないだろうし、一回ぐらいパイタッチしとくか? 

 

「……私は……サウザンドはアワーズ様を信じております。 この屋敷のメイド達も同じ思いです、ですのでどうか……ご無事で」

 

 サウザンドはそう言うと、控えめに俺の手を触った。

 掴むのでは無く、手の甲を人差し指で触れるだけの接触。

 しかしそれだけでも、不思議とサウザンドの思いは十分過ぎるほど伝わって来た。

 

 彼女かな? 俺勘違いしちゃうよ? 

 童貞はすぐ勘違いする生き物なんだから。

 このままサウザンドの手を掴んで押し倒してやってもいいんだからな、しないけど。

 

「ありがとう、少し不安が減った」

 

「勿体無いお言葉です」

 

 さて、流石にそろそろ部屋に戻らないとまずい。

 俺は椅子から立ち上がり、必然的にサウザンドの指が俺の手の甲から離れる。

 その瞬間にサウザンドが短く残念そうな声を上げた気がしたが、きっと聞き間違いだろう。 そう思いたい、襲っちゃうから。

 

「じゃあ俺は部屋に戻るよ」

 

「畏まりました」

 

 サウザンドにそう告げ、俺は部屋から出ると、自分の部屋の方へと歩いて行った。

 明日から不安だけどまぁ、何とかなるさ。

 

 

 

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