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〈木春シオリの自室〉
エデン条約の騒動からも時間が経ち、ゲヘナにも日常が戻ってきた頃。
「そういえば最近、体重を測っていませんでしたね」
思い返せばトリニティに行ったり、ゲヘナを縦断したりと最近は特に忙しかった。自分の部屋に帰ってきたことすらも久しぶりに感じるほどだ。
そんな中、疲れを癒すためにゆっくりと湯船に浸かった後、髪を拭いている際に視界の端に見えた体重計。
「最近は走ったり飛んだりしてましたからね。これは結構減ってるかも」
期待半分、不安半分で体重計に乗ってみる。
「え…?」
期待とは裏腹に表示された数字は過去の数字を大きく更新したものだった。それも悪い方向に。
「いやいや…。ま、まあ水分を吸ったバスタオルは重いですからね。想定の範囲内」
バスタオルを洗濯機の縁にかけ、もう一度体重計に乗ってみる。
さっきよりは気持ち少なくなっただけで似たような数字がそこには表示されていた。
「いやいや…お風呂の後だから体についた水分が重いだけですよね」
体をしっかりと拭き、髪も入念に乾かしてもう一度体重計に乗った。
「いやいや…」
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
〈ゲヘナ学園〉
空き教室に集まった美食研究会のメンバーたち。そこにはどこか気まずい雰囲気が漂っていた。その原因は教室に入ってきてからずっと泣いている少女だった。
「ぐす…ぐす…」
「イズミ、何があったの?」
「体重増えちゃったんだって」
「なんだ心配して損した」
その理由が思ったよりくだらなくて安心した反面、このままだと研究会の活動にも支障が出ると判断した会長であるハルナが代表して泣いているシオリの肩にそっと手をかけ、話しかけた。
「シオリさんよく聞いてください」
「ハルナさん…」
「私はシオリさんがもし豚さんのように太ったとしてもいつまでも友達のままですよ?」
「それは私が嫌です!」
顔を上げると心配そうな顔でこちらを見ている美食研究会のメンバー達。自分の行動が他のメンバーに悪影響を与えていると理解したシオリはメンバー全員の前で宣言した。
「今日から私はダイエットをします!」
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
〈ゲヘナ学園〉
あの歴史的とも言えるダイエット宣言から1週間後、私は思い悩んでいた。
痩せるために始めたランニングは4日で挫折し、自室で筋トレするために買った道具は3日目には部屋のオブジェとなった。
自分の意思の弱さに呆れるしかないが、このままではハルナさんの言う通り本当に豚さんになってしまう。何か手段を考えなければ。
「(いっそのこと先生に手伝ってもらう?でも、こんなことで頼るわけには…)」
どうしようかと悩んでいるとアカリさんとイズミさんが楽しそうに話してる声が聞こえてきた。
「でね、納豆と牛乳を一緒に食べるとすっごく美味しいことに気づいたの!」
「それは素晴らしいですね」
二人ともすごく可愛いのは置いといて、アカリさんだ。言わずと知れたゲヘナ随一のフードファイター。美食研究会どころかゲヘナ全体でも1番食べているのにも関わらず、彼女のスタイルは常に美しく維持されている。
冷静に考えたら不思議だ。どうして彼女はあんなに食べてるのに太らないのだろう。
一緒にいる時だけでもアカリさんは私の何倍もの量を食べているので確実にカロリーを摂取しているはずだ。それなのに太っていないということは、カロリーを脂肪に変えない何かが彼女の生活にあるに違いない。
暗礁に乗り上げていたダイエットの成功の鍵がこんな近くに眠っていたとは。これは改めて調査する必要がある。
「あの、アカリさん」
「シオリさん、どうしました?」
「今度アカリさんの1日を密着取材させてほしいんです」
「それは構いませんけど…なぜですか?」
「正直に言いますと、ほら、アカリさんっていっぱい食べてるのにすごく綺麗ですし、普段の生活に何か太らないための秘密が隠されているのではないかと思いまして」
「そういうことですか。なるほど…ちょうど明日、お出かけしようと思っていたのですけど一緒にどうですか?」
「はい!ぜひお願いします!」
アカリさんは明日は繁華街を散策するとのことなのでありがたく付いていかせてもらうことにした。
私たちは朝の7時半にゲヘナの繁華街の近くの駅で待ち合わせをした。
⭐︎ ⭐︎
〈繁華街近くの駅〉
家の近くの駅だったこともあり、15分前に約束の駅に到着したが、アカリさんは既に改札の外で待っていた。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「気にしなくて大丈夫ですよ。では行きましょう★」
「はい!」
アカリさんに連れられて歩き出したが、まだどこの店に行くかまだ聞いていなかった。なんだか楽しそうなアカリさんに聞いてみた。
「やっぱり朝から大食い大会に出るんですか?私、大食いにはあんまり自信がなくて観戦しかできないかもしれません」
「さすがに私でも朝からそんな無茶はしませんよ。休日の朝は基本的にカフェでモーニングですかね」
「それはオシャレですね」
「行きつけのお店に案内しますよ」
「ありがとうございます!」
アカリさんに連れられ、到着したのは一見何の変哲もないカフェ。食べ放題のメニューがあるようには見えない。
もしかしたらとは思ったが、さすがにアカリさんも朝から胃に負担をかけるようなことはしないらしい。
「(アカリさんは朝は控えめっと…)」
今日の機会を無駄にしないようにアカリさんと一緒に居て気がついたことを手帳にメモしておく。
「このお店は飲み物も美味しいですけど、お料理がとても美味しいんですよ」
「そうなんですか?それは楽しみです!」
お店に入るとエプロンを付けた店員さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「2人なんですけど」
「かしこまりました、お好きな席にどうぞ」
店内はまだ空いていて、私たちは日差しが当たるテーブル席に座った。テーブルに置いてあるメニュー表を見てみると個人経営のカフェのはずだがメニューを見ると一般的なファミレスぐらいの料理が載っていた。
「結構メニューも豊富ですね」
「それも気に入っている理由の一つですよ」
普通に迷ってしまう。カルボナーラやカツサンドとかも気になったが、この後を考えると食べすぎてはしんどそうなので写真を見た感じ軽めのものにした。
「私はホットココアとバケットサンドお願いします」
「ホットコーヒーとトーストサンドセットをお願いします★」
「かしこまりました」
注文をしてから5分ぐらいで店員さんが飲み物を持ってきた。
「ホットコーヒーとホットココアになります」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
まだ寒い時期ということもあり、手も冷えていたのでマグカップを包んで温める。十分に手も温まったので香りを楽しんでみる。うん、すごくいい香りだ。
香りも堪能しゆっくりと飲む。ココアの暖かさとほど良い甘さが体に染みるのがわかる。
「朝に飲む温かい飲み物って良いですよね」
「ええ、落ち着けますからね」
その後はホットココアを飲みながらアカリさんと最近シャーレの近くにできたお店の話をしているたら、20分ほどで店員さんがやってきた。
「お待たせしました。こちらバケットサンドになります」
「ありがとうございます。あの注文間違えていませんか?このバケット1mぐらいありそうなんですが?」
「これで合っていますよ。当店はどんな大食いの方でも満足して帰っていただくことをモットーとしておりますので基本、料理の量は多いんです」
「いやいや、メニューの写真だとバスケットに入るぐらいじゃないですか!こんなの写真詐欺ですよ!」
「そのバスケットは人が1人入る大きさですから詐欺ではないですよ」
「まさかバスケット自体が大きいなんて…そもそもモーニングでこんなに張り切らないでくださいよ!もしかしてアカリさんは知っていたんですか?」
「はい★ 朝からそんなに食べて大丈夫なのでしょうか?と思ってました」
「それはその時に言ってください!」
とはいえ、一度頼んだものを残すわけにはいかず死ぬ気で食べた。
ちなみにアカリさんトーストサンドセットの量はそれ以上に多かったが顔色一つ変えずに食べ尽くしていた。
「酷い目に遭いました。まだ9時なのに今日一日何も食べなくても生きていける分は食べちゃいました」
「それは災難でしたね、では気分転換に昼食でも食べましょうか」
「まだ9時ですよ!?」
「確かに昼食には早いですね…昼食の前のブランチと言ったほうが正しいかもしれませんね」
「朝食をしっかり食べたらブランチとは言わないような…」
⭐︎ ⭐︎
アカリさんに連れてこられたのは見覚えのあるお店だった。間違いない、私が少し前に食べに来たことのある激辛料理店だ。
「この店、私来たことがありますよ。とてもおいしかったのを覚えてます」
「最近、チャレンジ料理ができたそうで、一番辛いカレーを40分以内に食べたら無料になるとのことらしいですよ」
「一番辛いカレー…」
一番辛いカレー、阿鼻地獄カレーだろうか?私も前回来店した時に食べたが、なかなかの強敵だった。まあ、私ほどの訓練された激辛好きにはなんてことない辛さだったが。まあ、これなら私もチャレンジを成功させるぐらいはできるだろう。
「辛さが基準のチャレンジ料理なら私でもいけそうですね!」
「はい、せっかくならシオリさんにも楽しんで頂こうと思いまして」
「ふふっ今回は私がアカリさんを驚かせちゃうかもしれませんよ」
「楽しみにしてますね」
意気揚々とチャレンジメニューを頼んで席で待っていると、少し経ってから店員さんがカレーを持ってきた。
「お待たせしましたチャレンジ阿鼻地獄カレーになります」
少しウキウキして待っていたが、店員さんが持ってきたカレーはLサイズのピザが収まるぐらいの皿に入っていた。
「え?辛さを基準のチャレンジ料理のはずじゃ…?」
「はい、辛さの克服がチャレンジの鍵ですから量は大したことないですね★」
「これを見て大したことないって言うのアカリさんぐらいだと思います」
もう既にお腹は八分目ぐらいまで来ている。けど、自分で頼んだ以上残すなんてことは死んでもできない。
覚悟を決めて、スプーンを握った。
⭐︎ ⭐︎
結局、時間内には食べられなかったが一応完食することはできた。ちなみにアカリさんは私が食べ終わる間にもう一つカレーを頼んで、完食していた。
朝から許容範囲を大きく超える量を食べたせいでもはや気持ちが悪い。もう動けない…
「完食お疲れ様でした」
「もう無理です…少し休ませてください」
「わかりました。そこにラーメン屋がありますから入りましょうか」
「あの私の話、聞こえていました?」
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
その後は、食べ放題のお好み焼き屋や中華料理店で大食いチャレンジメニューを食べに行ったりした。私もチャレンジメニューこそ頼まなかったが結構食べてしまった。
お店を出て、公園のベンチで休んでいるとアカリさんがペットボトルのお茶を私に渡しながら聞いてきた。
「シオリさん、今日のお出かけで何か得ることができましたか?」
「そうですね…あれ?よく考えたらアカリさんはたくさん食べてるだけだったような…実は何も得られていない?」
今日1日アカリさんと一緒にいたが、ただ食べているだけだった気がする。何か特別なものを食べていたわけでもないと思う。
「いや本当になんであんなに食べてるのに太らないんですか?」
「私にもわかりませんけど…いっぱい食べることで胃の筋肉をたくさん使いますから。実質、筋トレしているようなものかもしれませんね★」
胃の筋肉だけで摂取したカロリーを消費する。そんな話は聞いたことはないが、事実、アカリさんは痩せている。一概にデタラメだとは言えない気がしてきた。ただ、アカリさんのように胃の筋肉だけでカロリーを消費させるなんて到底無理だろう。
「私も自分に合ったダイエット方法をいろいろ調べてみた方が良いと言うことでしょうか」
「その意気です。ぜひ頑張ってください★」
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〈木春シオリの自室〉
私はアカリさんから学んだことを実践するため、インターネットに答えを求めた。そこには私の知らないダイエット方法がたくさん埋もれていた。
「へー、カロリーは熱に弱いんだ…110℃以上の油で揚げればカロリーゼロ?こんな栄養学の研究があるとは…」
ダイエットは辛く苦しいものでないといけないという価値観が私の中で崩れ去った音が聞こえた。
「これなら私でもできますね」
⭐︎ ⭐︎
〈ゲヘナ学園〉
アカリ以外の美食研究会のメンバーは目を疑った。つい先日、ダイエットすると宣言したシオリが朝からポテトチップスを食べていたからだ。
「ちょっと朝からポテトチップスなんかいいの?ダイエット頑張ってるんじゃないの!?」
「……? ジャガイモは野菜ですからたくさん食べても太りませんよ?」
「ハルナ、ダイエットのしすぎでシオリが…壊れちゃった!」
「ええ、過酷なダイエットに耐えられずに体が現実逃避しているのかもしれません」
その日はなぜか皆がすごく優しかった。
〈木春シオリの自室〉
「最近はダイエットも頑張っていますし、体重を測ってみますか」
この1週間、自分に合ったダイエットを続けてきた。体の調子も良い気がするし、これは期待が持てそうだ。ワクワクした気持ちで体重計に乗ってみる。
「……」
「いやいや…」
自分の見たものが信じられず、もう一度体重計に乗ってみる。
「いやいや…」
その日以降、自宅の周りでランニングをする木春シオリの姿が見られるようになったとか。