材料が全て手元に揃ったことで、いよいよアクアたちはあかねのための逆転の一手を放つ段に入る。
ただし、それは時間との勝負でもあった。
あかねの自殺未遂報道から一週間と少しが経って、その話題性はピークを迎えつつある。あまり動画の編集に時間をかけすぎれば、飽和した話題は賞味期限切れとなって、せっかくの「秘策」も期待した効果は得られなくなってしまうだろう。
ただし、焦ってもいけない。最も注目が高まって、最もインプレッションを稼げるタイミングを見計らって、大胆にバズを狙う。それがアクアたちの目標とするところであった。
そうした文脈の上で現状を俯瞰したとき、「情報発信」の世界において如何にしてより高い注目を集めるかという点で、「今ガチ」の面々の中では最もその要諦を押さえている人物がいる。
「いらっしゃーい、みんな!」
いつもながらの陽気な声で、その彼女――MEMちょがアクアたち一行を出迎えた。
今アクアたちが訪ねているのは、他でもないMEMちょの自宅だ。用意している動画素材の編集と投稿を、この場で一挙に進めてしまうという算段であった。
ある意味において、これがアクアの言うところの「依頼」の第二の部分に相当してはいる。もっとも、最初に彼女に依頼しようとしていたのはあくまで「最も衆目の注意を惹くことが期待できるタイミングで動画をアップする」という部分だけで、こんな風に全員で彼女の家に押し掛けることでは全くなかったのではあるが。
「なんかちょっと興奮してきた! 合宿みたい!」
アクアの真横に立ったゆきが、浮ついた口調でそう言う。両手を合わせて辺りを見回すさまは、確かに興奮を隠しきれていないように映る。ついでに後ろでは、性根が盛り上げ好きでノリの良いノブユキもまた、同じようなテンションであることを、こちらは隠そうともしていなかった。
「ごめんな、MEM。こんな大掛かりなことになって」
「いやいや、全然いいよぉ! むしろ私もちょっと楽しみだったし。どうせみんなで動画つくるなら、楽しくやらないと!」
「そうだぞアっくん! こういうのはノリが大事なんだぜ!」
とうとう背後から肩まで組み始めたノブユキにアクアは小さくため息をつきつつも、それもまた一面においては正しいかもしれないと思い直す。
「……まあ、MEMがそれでいいなら」
果たしてアクアは折れて、MEMちょの案内で室内へと立ち入った。
繰り返しのようだが、今のアクアたちに時間的余裕はそこまでない。あかねに関する話題性が頂点を迎えている今から三日間の間が、実質的な勝負だ。
それが何を意味するか。すなわち、アクアにとっては地獄の「七十二時間動画編集耐久レース」が始まったということである。
「耐久レース」とは言うが、アクアとしては本当の意味での耐久――つまり三日間ぶっ続けで一睡もせずの作業を敢行する気は、実のところなかった。厳密に言えば、『許されていなかった』。
もともと、十二年前のあの事件のこともあって、アクアにはあまり体力がない。体力がないということは、スタミナがないということでもある。
故にアクアは「アクア」として生きるようになってから、徹夜などまともにした経験がない。というより、そんなことをしようものなら鬼の形相になってアイが、そしてルビーが止めに来る。
何せ、それこそあかねを歩道橋でどうにか確保したあの台風の日、家に帰った後のことを、もはやアクアは思い出したくもないほどなのだから。
アイには泣かれたし、ルビーに至っては、寒気を起こすほどの怒気を発していた。ルビーがアクアに対してあそこまで怒りを露わにしたことなど、記憶にない。ともすれば生涯で初めてのことであった。
そして、それが自分のことを心配してくれているからこその怒りであることが、何より心に来るのだ。その後アイから三日間ほど要求された「添い寝の刑」なる羞恥プレイのことと合わせて、思い出したくない記憶である。思い出してしまったが。
今回も、そうだった。アクアがどうしても必要だからと外泊を二人に願い出たとき、アイもルビーも、最初は難色を示した。
全員を苺プロの事務所に呼べないのかとか、アイだけその間別の場所で寝泊まりするからここに呼べばよいのにとか、二人とも大いに渋って、しかしその末に、アクアにいくつかの条件を突きつけた上で、彼女たちは折れた。
例えば、毎日朝と夜の二回は連絡を寄越すこと、とか。またあるいは、毎日最低五時間の睡眠はとること、とか。
そのうち箸の上げ下ろしすら指図してきそうなほどの過保護さに閉口したくなる自分がいることは事実だ。
しかし、彼女たちが求めてきたそんな「約束」の裏にあるものが本質的にはなんであるのか、アクアは識っている。
――ただ、無事でいて。元気でいて。元気で、帰ってきて。
その願いの切実さは、アクアとしても分かっているのだ。なぜならそれは、アクア自身がアイに、そしてルビーに対して懐いているものと、その根本としては何一つ変わらないのだから。
ともかくそういうわけで、アクアにはそういう、ある種の「無理」をする選択肢など、もとよりない。
もっとも、アクアとしても徹夜で編集作業をすることには特にメリットを感じていなかったし、いずれにせよアクアには、彼女たちの言うことに逆らうつもりはなかった。
ただ逆に言えばそれは、最低限必要な睡眠時間以外の十九時間を、アクアはほとんどMEMちょのパソコンの前に張り付いて、動画の編集作業にひたすら打ち込み続けるという意味でもあったのだが。
兎も角も、強行軍は始まった。
動画のベースとなるのは、アクア自身が持ち込んだ、自身が撮っていたオフショットをもとに作り上げたストーリーの原案である。そしてそこに、番組側から提供された素材やMEMちょたち出演者のデータから使えそうな部分をピックアップして組み込んでゆく。
ただアクアとして予想外だったのは、番組側が出してきた画像や動画素材の数がかなり多種多様にわたっていたことだった。
そこにはアクアの全く知らない間に撮られていた出演者たちのオフショットもあれば、そもそも原案として持ち込んだ映像データの撮り手がアクアであるがゆえに非常に少なかった、アクア自身が画角の中に入っている映像も、かなり多く存在していた。
そんな素材の山を見て、アクアは決断する。
もともとアクアが想定していた動画のストーリーは、あかねという個人に対する悪印象の払拭を主眼としていた故に、あくまであかねが主役であった。
何事にも真面目に取り組んで、スタッフにも共演者にもアドバイスを聞いて、それを忘れずにメモした後は、相手に向かって深々と頭を下げる。どんな相手に対しても。
そういうあかねのパーソナリティを前面に押し出して、そこに今ガチのオフの場での全員の交流をちりばめ、メンバー同士の関係の良さを意識させる。そういう彼女のことを全員が好ましく思っているのだと、無言のうちに主張することを目論んでいた。
しかし、スタッフから提供されたこのデータからは、それとは全く違うストーリーを描き出せる。
そこにいるのは、みんなの中のあかねだった。今ガチの共演者の輪の中にいて、全員で仲間意識を共有する、役者としてではない、十七歳の少女としての黒川あかねの姿だった。
であるのならば、主張するべきものは変わる。
いや、あかね自身のパーソナリティは、確かに描かれなければならない。しかしそれ以上に、黒川あかねという等身大の少女が今ガチの輪の中に受け入れられて、「今ガチ」というコミュニティの中において今や不可欠な存在となっているのだということを、強くメッセージとして打ち出す方が、おそらく大衆に与えるインパクトとしては強い。アクアはそれを確信していた。
直前での軌道修正だ。時間はギリギリになるだろう。しかし、打つべき手は打ち、最善を尽くすというのは、アクアにとっては矜持にも等しいことだった。
そもそもの話、ここまでのことになるより前に、できたはずのことは沢山あった。
いつだってそうだ。アクアは、失敗し続けてきている。今回のことにしても、すでに一度アクアは失敗を犯している。
気づいていたはずのことを、気づけていたはずのことを見逃して、いつもアクアは間に合っていない。これ見よがしに「助ける」など、「体を張ってみせる」ことなど、そんなものはただのヒーロー気取りで、本質的には下の下の行いでしかないのだから。
それがアクア自身の自己認識で、当然今でも変わってはいない。
ならば、今度こそは何一つ取り零さぬように全力を傾けるのは、当然の話だ。ここで手を抜くことなど、万に一つもあり得ない。あり得てはならなかった。
故にアクアは、作業に没頭する。
オフショットの素材について、最初のうちはゆきやMEMちょを中心としてあれを入れろこれを入れろと後ろから茶々を入れまくっていた面々も、アクアの呆れるほどの没入の仕方に、次第に腰が引けていくようになる。
何となれば、アクアは他のメンバーから言われない限り、食事を摂ることすら忘れそうになっていたのだ。アラームを掛けることで睡眠時間を確保することだけは忘れないようにしていたが、それ以外のことはすべて擲つ勢いで、アクアは動画制作にひたすらのめり込み続けていた。
その結果、他のメンバーたちは、時折アクアから頼まれる希望する素材に関してのヒアリングを除けば、ほぼアクアのする作業を横から眺めては、その手慣れた作業の速さと鬼気迫る様子に圧倒されるばかりの存在になってしまっていた。このマシンをアクアに貸し出して、ある種同業として普段から動画制作を生業にしているMEMちょの目から見ても、今のアクアからは凄まじいものを感じ取らずにはいられなかった。
「うわぁ、アクたんってばガチ勢だぁ……」
「ホントな。アっくんって割と何でもできるよな。うわ、あのカット割りの調整一瞬かよ……」
「えっ……あ、ホント。これ終わったら私もアクたんに習おっかなぁこのあたり……」
そんな、どこか呆れ交じりにも聞こえるMEMちょとノブユキの雑談すらも知覚することなく、もはや言葉一つ発さずにアクアの傍でぽかんとした表情を浮かべているだけのゆきやケンゴのことなどは気にすらも留めずに、人間の生活として必要最低限のもののほかはその全てを、アクアは動画の制作に注ぎ込み続けた。
そしてそのまま、ほぼぶっ通しで作業を続け切った二日目の夕方に、アクアの手がふと止まった。
画面を一瞥するように顔が動いて、大きめの呼吸の音が、二度ほど聞こえる。
「こんなもん、だな」
そのまま、アクアはぽつりと呟いて振り返る。尋常のものではない気迫がにじみ出ていたその全身から、存在感が霧散していた。
全員の視線が、アクアに集中する。それを受けた当のアクアはそれほどの注目をいきなり受ける理由がいまいちわからずに首をかしげて、しかしすぐに己の役割のことを思い出して、MEMちょに告げた。
「そういうわけだから。……MEM、これをエンコードしといて。ごめん、ちょっと横になる」
そう言って立ち上がり、自分のために用意された毛布の方へと歩いていくアクアの後ろ姿に、MEMは答える。
「りょーかい、やっとくよ。……お疲れ、アクたん」
つまりそれは、アクアがこのMEMちょの部屋の中で巻き起こした、嵐のような動画編集作業がようやっと終わりを告げたことを意味していた。
斯くしてこの日、SNSにおけるプライムタイムである夜の十時に合わせ、今ガチ公式ツイッターから一つのツイートが投稿される。
「どうか、届いてほしい。これが今の、私たちの『今ガチ』です」。本文は、たったそれだけ。
しかしそこに、一つの動画が添えられていた。
黒一色の景色の中、一つの声から、その動画は始まる。
――私もさ。ずっと好きだよ、あかねのこと。今だって。
ゆきの声だ。そしてそれと同時に、画面に色が溢れた。
春のこと。まだ互いが互いのことをよく知らなかった最初の「今ガチ」の関係性の中で、誰よりも先に、積極的に挨拶回りをして、その勤勉さを、直向きさを見せたのは、他でもないあかねだった。
そこに、持ち前の明るさで他者に物怖じせずに絡みに行くノブユキが応じる。本当に最初の意味でこの番組の共演者たちの交流を主導したのは、実のところこの二人であった。
数週間が経つ。「今ガチ」の面々は次第に打ち解け始める。メンバーの間で敬語はまだ抜けきっていないが、それでも互いに番組の外においても、多少の交流が生まれてきていた。
MEMちょとケンゴは犬のことで。アクアとあかねが演技論のことで。ゆきとMEMちょがファッションのことで。ノブユキとケンゴは、音楽のことで。
少しずつ繋がり始めた線は、次第に他の線とも絡まり、編み上げられてゆく。幾度かあった食事会の中の一幕も、互いが互いを知るよい機会だった。
そのころから、あかねとゆきとの間には友情が芽生え始める。互いの中に見える、ある種のストイックさに共感し、互いの中に重ならない、嫋やかさと華やかさに羨望しあって、それでも共に確かな尊敬を持ちあうその関係は、二人を結ぶ撚り糸を次第に太くしていった。
収録期間の半分が過ぎる。もはや「今ガチ」の六人は、誰もが誰もを決して疎外しない強固な友誼を結んでいた。「今ガチ」のない日常など、想像すらできないほどに。
互いにふざけ合い、屈託もなく笑い合う。そこには若者の本当のリアルが描き出されている。本物の友情が。
だからそうやってずっと、この憂いなどない日常が、続いてゆくのだと信じていた。疑ってなどいなかった。
疑ってなど、いなかったのだ。
――後悔している。
あかねが映る。収録の中、口を引き結んで、
――後悔している。
校舎の中庭に一人佇む姿を見る。カメラが回る前、あれだけ楽しそうな笑顔を浮かべていたその横顔に、今浮かんでいる色の意味を、知ろうと思えば、できる機会は多かったはずなのに。
――後悔している。
あの日、図書室の中、正面に見えていたあかねの顔にあった必死さは、助けを求める声なき声だったと、そのことは、確かにわかっていたはずなのに。
畳みかけるように続く、あかねの孤独感を強調する描写は、等しく他の今ガチの面々が抱えている後悔の発露だ。
あかねが迎えた「破局」とは、あかねの罪ではない。彼女が咎を受けなければならないのならば、それは等しく全員で受けるべきものなのだと、言葉には一切含めることなく、しかし何よりも雄弁にその主張を含んで、映像は続く。
あの日、カットがかかったその直後、すぐさまにゆきはあかねのもとに飛び込んだ。抱き寄せた。「落ち着いて」と言った。
そして冒頭の言葉が、もう一度繰り返される。
――私もさ。ずっと好きだよ、あかねのこと。今だって。
――ずっと一生懸命で、一番努力してて。私、ずっと見てたんだから。
伏線が回収される。人々は理解する。はじめのあのゆきの言葉は、そうした文脈の中で出てきたものであるのだと。
そこから、動画は一転して今ガチのオフショットを次々と映していく。
静止画も動画もまぜこぜに、しかしそこに常に描かれているのは、今ガチのメンバー同士の仲睦まじさであり、褪せることのない友情である。
だからそこに宿る意図は、どこまでも明白だ。言葉などいらない。いるわけがない。
――私たちには、あなたが必要だ。
――どんなことになっても、私たちはあなたを待っている。
――だからどうか、もう一度、一緒に。
その言葉なき言葉を余すところなく表現しつくした後、動画はとうとうフィナーレを迎える。
オフショットの最後、アクアを除いた今ガチのメンバー全員が揃った写真が映し出され、しかしそれはすぐにデジタル一眼のファインダースクリーンに縁どられる。
カメラを握る手が映る。像がズームアウトしていく。そこにいるのは、アクアだ。
カットが切り替わり、正面から映ったアクアの瞳が閉じられる。
目を開く。カメラのファインダー越しでない、直接その目で見る世界の中では、あの集合写真と同じ構図の面々がいて、しかし
何かを堪えるように、大写しになった右手が握られる。しかしそれも束の間、アクアは意を決したように歩き始めた。三脚に据えられたカメラの向こう、集まっている四人の方へ。
四人はアクアを迎え入れようとする。しかしそれにも拘わらず、アクアは四人の只中を通り抜けて、更に一歩だけ前に踏み出した。
握られていた右手が開かれる。腕がゆっくりと持ち上げられ、伸ばされてゆく。
画角が、アクアの正面に移動する。
アクアは、手を差し伸べていた。そのことを、視聴者は理解する。
後ろにいた共演者たちも、アクアの方を振り向く。そしてアクアと同じように、同じ方向に、思い思いに右手を伸ばした。
アクアを中心として、五人の今ガチのメンバーが、ただ一方向に向けて手を差し出している。示す意味は、明白だ。
故に、もはや言葉はいらない。アクアたちが息を吸い込み、そして唱和して「誰か」の名前を呼びかける寸前、動画は暗転し、そして終わった。
この動画は、そしてそれを含んだ投稿は、その強烈なメッセージ性とクオリティの高さによって瞬く間にリツイート数を伸ばし、バズった。「#今ガチの動画」なるハッシュタグまで作られ、それがトレンド一位を達成するほどにである。
更に次の日、まさに追い打ちのように、とある週刊誌によって一つの記事がネット上に掲載される。
「『今ガチ』黒川あかね(17)の自殺未遂、すんでのところで彼女を救ったのは、共演者の男子高校生(16)だった」という、ニュースが。
流れは変わる。黒川あかねに対するバッシングはほぼ根絶され、彼女に同情する意見に加えて、「今ガチ」のメンバー同士の強固な絆を賞賛する世論が、急速に形成される。
それは、今期の「今ガチ」の番組としての人気を完全に決定づけるものでもあった。
そしてそれと同時、投稿された動画における終盤の描写と、続けざまに放たれた週刊誌報道が、今回の動画の発案者が誰であったかを人々に理解させる。
現実で起こった事件が、番組へと還流されてゆく。
斯くしてここに、今期の「今ガチ」終盤における目玉のカップリング――「アクあか」が、高らかにその産声を上げた。
つまるところ、あの日ディレクターがアクアに要求した「条件」とはすなわち、「この動画の仕掛け人がアクアであることを匂わせる描写を必ず入れろ」というものであった。
そこには、確かに番組としてのリスクヘッジの意味もある。何かあった時には、アクア――ひいては苺プロに責任を押し付ける魂胆は、確実に含まれている。
しかしそれ以上に、番組が何を狙ってアクアにその要求をしたのかは、今回の動画の後に出てきた週刊誌報道こそが物語っていた。
なぜなら週刊誌に対して情報をリークしたのは、他でもない「今ガチ」の制作陣であるからだ。
つまり彼らは、週刊誌報道と今回の動画を使って、「今ガチ」本編にもう一つの「ウリ」を作り出し、視聴者を更に獲得することを画策していたのだ。そして奇しくもと言うべきか、彼らのその思惑と言うのはアクアにとっての利害とも一致していた。
あかねがこの動画のあとに今ガチに復帰したとき、彼女のリアリティーショーにおける居場所を用意することはどうしても必要だった。そうでなければ炎上事件が起きる前と状況は全く変わらないのだから、当然のことだろう。
つまりそれは、あかねにとっての「恋愛劇」を演じる相手が要るということを意味する。ノブユキとケンゴがゆきと一緒に三角関係を構築している以上、その相手役として名乗りを上げられるのはもはやアクアしかいない。この期に及んで、アクアは自身の内心の問題で及び腰になっているわけにはいかないのだ。
よってアクアははじめから、この動画の裏側に差し込むストーリーの中に、アクアとあかねの「恋愛劇」の伏線になるようなフレーバーを混ぜ込むことは狙いの一つであった。
斯くして利害は一致し、練り上げられたストーリーには確固たる説得力が宿る。
故に彼らの、そしてアクアの思惑は、まさしく見立て通りの成功を収めることとなった。
その週の収録日、あかねは今ガチの撮影現場に姿を見せた。
実に二週間ぶりである。ただ、彼女としてはその週の収録からではなく、次からの復帰と決めたらしい。だからこの場に現れたのは、単純に挨拶というぐらいの意味であった。
つくづく、真面目な性格だ。アクアがそう思う横で、この場、即ち今ガチの控室にこの日詰めていたゆきとMEMちょの二人――因みに、今日の控室にはこの二人のほかにはアクアしかいなかった――が、あかねに色々と話しかけていた。
あのあと、大丈夫だったかとか、ご飯はちゃんと食べれているかとか、あるいは眠れているかとか。その全てに笑顔で、しかしはっきりと答えを返している彼女の様子に、どうやら本格的にあかねが持ち直したことをアクアは理解する。
人知れず息をつく。それは間違いなく安堵からくるものであった。
と、その時アクアの耳が、MEMちょの言葉を拾う。
「けどぉ、今回のことを考えると、あかねもなんかキャラ作った方がいいんじゃないかなぁ?」
「キャラ」。その言葉に反応して、アクアは顔を上げる。
「なんていうか、あかねは真面目だから。いや、真面目なのはいいことだよぉ? でも、そのせいで色々傷つくこと言われたときに、真っすぐ受け取っちゃうからさ」
横で、ゆきが頷いている。あかねがそういう性質の人間であることは、確かにこの場の人間の意見の一致するところではある。アクアも含めてだ。
「キャラ、キャラか……それって、アクアくんみたいな?」
そう思って眺めていたところ、あかねからアクアに向かって流れ弾が飛んできた。というより、真っすぐにボールを投げてきた。
「あー、それ私も思ってた!」
ついでに、ゆきが便乗する。
「アクアだって、『今ガチ』の中じゃガチガチにキャラ作ってるじゃん! 私のこと言えないよね!?」
アクアの方に近づきつつもそう言って、彼女は不満そうな顔をしてみせた。
「いや、俺は何も言ってない」
「言ってますー! 態度が言ってますー!」
椅子に座るアクアのほど近くに歩み寄って、ゆきが見下ろしてくる。
「私は不服です」と全力で表情に書いてある。ゆきにしては珍しく、それはストレートな心情の吐露ではあった。
しかし、アクアにも言い分はある。
「いやまあ、『今ガチ』はショーだろ。キャラ作りして悪いわけがない。役作りの練習にもなるし。……それに、俺は基本的に嘘だけはついてないぞ。心にもないことは言わないようにしてる」
「ふーん」
どう考えても信じていない口ぶりで生返事をしてきたゆきが、そこでわざとらしく「あ、じゃあ」と話題を変える。
「ねぇアクア、あかねがどういう『キャラ』やればいいか、アドバイスしてあげたら? だってほら、これから『アクあか』やるんでしょ?」
白々しくもそう言って、意地悪な笑みを浮かべる。
確かに今回の動画から始まった一連の流れは、視聴者にアクアとあかねのカップリングを強く訴求している。
アクアは当然、それを認識していた。なにせ、そういう流れのお膳立てをしたのはほかならぬアクア自身であるからだ。
「そーそー! だったらせっかくだしぃ、あかねにアクたんの好みの女の子のキャラ、やってもらえばいいと思うんだよねぇ」
死角から声がする。いつの間にかMEMちょもアクアの側に近づいていたらしい。
「いいねぇそれ! ほらほら、せっかくだから教えてあげなよ、きみの好きな女の子のタイプ!」
ゆきが更にMEMちょの言葉に被せてくる。にんまりと笑って、MEMちょと互いに顔を寄せ合って、アクアを覗き込んできた。
果たして気づけばアクアは椅子に座ったままの姿勢で、女の子二人に見下ろされながら圧をかけられる構図に陥っていた。
わずかにのけ反る。顔を逸らし、彼女たちの奥にいるであろうあかねの方に意識を向けた。
「いや、あかねの意思は?」
そう言って、言い逃れを図る。しかし悲しいかな、アクアの希望はあっさり打ち砕かれた。
「その……私も知りたいかな。えっと、……アクアくんの好みの女の子のタイプ」
MEMちょとゆきの振り返った先、あかねが慎ましく、どこか恥ずかし気な様子で、しかしはっきり口にする。
それを聞くなり、「大義名分を得た」とばかりに全力で詰め寄ってくるゆきとMEMちょの二人を見て、アクアは諦め交じりの溜息を吐いた。
好きな女の子のタイプ。実のところ、アクアにとってその質問は非常に難しい。
「この収録始まった最初の方、ゆきには言ったよな。俺は恋愛なんてしたことないって」
「聞いたよ? でもそれ、アクアじゃなくて『今ガチのアクア』じゃない」
即答してくるゆきに、アクアは首を振る。
「言っただろ、俺は『今ガチ』の収録中に嘘ついたことは一回もないって。だからあれはマジだ。俺は本当に恋愛とかの経験がない。君もそうだって言ってたろ?」
「……まあ、私もそうだけど」
不承不承といった様子で認めるゆきに、アクアは小さく頷く。
「役者の勉強と撮影の勉強ばっかしてたのも本当のことだ。まあ、色々あったからな」
『色々』の部分は、アクアとしては言うつもりはない。その意志は強く言葉に載せた。
故に二人ともに、そこには首を突っ込んでは来ない。
「でもさ? 『この人なんかいいなぁ』とか思ったこともないの?」
代わりに、ゆきはそう言って食い下がってくる。そうは言っても何かあるだろう、と。
「難しいことを聞くな。どうだろう……」
実際問題として、アクアはアクアとして生まれてからこちら、そういう意識を持ったことなどなかった。正確に言えば、そんな余裕がなかった。
アクアの今の生には、アイとルビーの命がかかっている。それは今のアクアの生き方の根底をなしているものだ。
今年に入ってからというもの、いくらかの『脱線』をしているきらいは確かにあるが、しかしその中核はずっとブレていない。最低でも、アクア個人の幸福を追求することが彼女たちより優越することなどあり得ない。昔も今もである。
しかし当然、こんな事情など話せない。話すつもりもない。ならば、アクアはそのあたりの経験を話そうとなると、記憶を『アクアより前』にまで遡らなければならなかった。
「アクア? おーい? っていうか、この質問でそんなに悩むってどういうこと?」
と、そこまで考えを巡らせたところで、ゆきがアクアを呼んでいることに気づく。慌てて顔を上げて、目を合わせた。
「いや、すまん。いや謝る必要はないと思うんだが、ただ難しいんだよ本当に、俺には」
言いながら、アクアより前の記憶――すなわち雨宮吾郎としての記憶を掘り起こす。
そうした時に、アクアの脳裏に思い浮かぶ女性というのは、もはや二人しかいない。
言うまでもなく、天童寺さりなと星野アイだ。
結局のところ、今の自分の行動規範や価値基準のベースとなっているのは、どこまでいってもこの二人なのだ。改めてそれを自覚して、アクアは息を吐いた。
「……まあ、いるにはいる」
斯くて答えたその声に、ゆきが食いつく。
「よしきた! ほら、教えて教えて」
もはや自分の興味から来る欲求であることを隠しもせず、ゆきが身を乗り出す。ついでにMEMちょも。
二人に今一度囲まれながら、アクアは思考を整理させた。
天童寺さりなのことは、話せない。話したくない。どちらかと言えば、今のアクアの中核を作り上げているのは彼女の方なのかもしれないが、しかしそれ故にアクアは彼女の存在を、自分の心の中だけに秘しておきたかった。
それほどまでに、天童寺さりなとはアクアにとって『傷』であったのだ、とも言う。
ならば、アクアの語るべき人物は必然的に一人に絞られる。
対外的にも理屈のつきそうなその彼女の、星野アイのことを、アクアは択び、口にした。
「『いいなぁ』っていうか。俺が
その言葉に、先にMEMちょが反応する。
「いやそりゃ私は分かるよぉ。アクたんとは何回もアイの話したし」
「当然、私も分かるよ。ていうか日本人で知らない人いないんじゃない?」
ゆきもそれに続いた。
まあ、当たり前と言えば当たり前の反応だろう。アイドルを引退してから今年で十年になるアイだが、彼女の活躍の場はもはやテレビというテレビの全てと言ってよい。やっていない仕事はニュースキャスターぐらいだろうというほどには、彼女はテレビ上のありとあらゆる場所でその才能を発揮しているのだから。
「異性としてどうか、はともかくとしても、俺はあの人に憧れてこの世界に入った。だから、俺が答えられる範囲で言えば、やっぱりそれはアイということにはなる……んだと思う」
何とも歯切れの悪い回答ではあるが、あかねはそれでどうやら納得したらしい。
「元B小町の『アイ』……わかった。ちょっと、やってみる」
私、取り柄って言えそうなの、演技しかないし。そんな、ともすれば卑屈というよりない言葉と共に、彼女は頷く。
そんなあかねの両脇から、「がんばれあかね」だの「アクアを落とせ」だのと好き勝手言って盛り上がっているゆきとMEMちょを横目に、アクアは少し目を閉じた。
黒川あかねが天才と呼ばれるほどの役者であることは、よく知っている。というより、アクアはそれを身をもって体感した。
彼女と何度か繰り返したエチュードの中で、アクアは黒川あかねという役者の役者としての恐ろしさを、思い知らされてきたのだ。
決められた役どころの提示さえあれば、彼女は瞬く間にその理解を自らのものとして、自己すら塗り替えるほどの強烈な演技力を発揮してみせる。
一瞬前に確かにそこにいた黒川あかねは、しかし演技が始まった瞬間に透明になり、提示された役の存在に取って代わられる。姿形は確かに黒川あかねであるはずなのに、それを認識できなくなるほどに。
つまり彼女は、いわゆる憑依型の役者だ。カメレオン俳優とも言われるようなそれは、間近で見れば見るほどに凄まじさを感じずにはいられなかった。
そしてそんな彼女が、アイの、つまり自らの母親をベースとした役作りをするという。
少しばかりの興味を抱く自分のことを、アクアは否定できない。しかし一方で、「今回ばかりはあかねと言えども難しいだろう」とも考えていた。
あかねが「どの段階のアイ」を役として出力してくるかはわからないが、いずれにせよアクアは、アイという強烈な個性に惹かれるものを持っていつつも、そんな彼女の魅力というものが、人間としてのある種の『歪さ』から来たものであることを認識していたからだ。
巷で言われるアイの「変身」が、その実「欠けた人間が少しずつその欠けた部分を埋めていく過程」であるということも。
あかねが自殺未遂を図った日の夜、ともに警察署に保護されたときに、保護者としてやってきた彼女の母親の様子を思い浮かべる。
最低でもあかねは、そういう人間的欠落を起こさせてしまうような家庭事情とは無縁の生き方をしてきていた。それは彼女の母親の、あかねをどうしようもなく案じていたあの目の色からも、察することができる。
不意に、アクアの脳裏にハムレットの一節が思い浮かんだ。
――ホレイショー、天と地の間には、お前の哲学などには思いもよらぬ出来事があるのだ。
そうだ。人間の認知にとって、自分の知り得ないものを解釈することはそれほどまでに難しい。人間の想像力は、自らの認識の外縁をそう簡単には超えられないのだから。
しかもそんな人間としての根底を、もはや自分ですらも解体することが困難なほどに分厚い嘘という名の鎧で覆っているのが、アイという
果たしてあかねが、そんなアイの在り方を自らに憑依させることができるのかどうか。
――まあ、お手並み拝見、と言うしかないんだろうな。
ぐるぐると回っていた思考の末、そんな風に内心で結論付けて、アクアは目を開く。
向けた視線の先では、あかねはなにか「決意」のようなものをその瞳に宿して、アクアのことを見据えていた。
灯りの一切が落とされ、煌々と像を映すモニタだけが唯一の光源となっている部屋の中、黒川あかねは付箋とペンを手に、思惟に没頭している。
――アクアくん。私を助けてくれた人。あんなことになる前から、ずっと私のことを気にかけてくれていた人。
あの動画も、彼の発案によるものだったと聞く。彼が撮り貯めていた映像データを土台にして、番組にもわざわざ頭を下げてまでデータを融通してもらって、丸二日ぶっ通しで作業をして、そんな八面六臂の活躍だったと、あかねはゆきから聞いていた。
アクアという名の――おそらくは芸名だろうが――かの少年は、常に周りに気を配り続けている。「今ガチ」という現場の中で知り合って、まだ四か月と経っていない関係の中で、それでもあかねは彼のそういう在り方を、常に意識させられていた。
視座が高い。人の心情の機微を読むのにも長けている。思春期の只中にいるはずのその年頃に比べて、異様なまでに大人びている。そして、どこまでも優しい。
だからこそ、あかねの窮状についても、彼はいち早く気づいたのだろう。ずっと、気を付けてくれていたのだろう。
嬉しかった。余りに浅ましい考えであっても、そんな彼にこれほどまでに助けられたことが。自分のことを見ていてくれたことが。
それほどまでに「完全」にも見える彼が、あの現場の中で既に確保していたはずの自らの立ち位置を放棄してでも、歩み寄ってくれたことが。こんな自分を、リアリティーショーという劇の中であっても、「相手役」にする決断を躊躇わないでくれたことが。
だから、そんなアクアの期待には応えたい。彼の労に報いたい。
それが今のあかねにとっての、唯一絶対のモチベーションとなっていた。
今一度、あかねはこれまでの間に仕入れた情報に目を通す。
アイ。アクアの憧れの人。
かつてアイドルの世界で超抜的な人気を博し、伝説とも呼ばれたグループ「B小町」のセンターであった人物。
現在はマルチタレントとして広範囲に活躍し、日本を代表する芸能人の一人として
自分がこれから「成らん」としているのは、そういう人間だ。
小さく息を吐く。目を瞑った。思考を落ち着かせる。
価値判断を、中立にする。個人の情念を排除する。事実のみを見定める神の視点に成り代わって、己という器を、全て空っぽにする。
それはあかねにとって、演じるべき役のことを解き明かすときの、いつものルーティーンだった。
ゆっくりと、目を開く。斯くしてあかねは「設計」を始めた。
まずは、「外骨格」だ。
人間の内面の分析は、端的に言って非常に難しいタスクである。なんのガイドも、枠組みもなしにできるものでは到底ない。故に最初のアプローチとしては、その個人の
振る舞いの分析は、馬鹿にできない。人間の一挙一動は、時にその人物の生い立ちすらも克明に映し出す。
例えば、「ラーメン店のレビュー記事の表紙を飾ったアイ」の写真。ラーメンを啜るアイの手を見れば、箸の持ち方の歪さに目が行く。
――幼児期の躾が為されていないことの証左だ。家庭環境はおそらく劣悪ということになる。
ドラマの舞台裏に密着した記事の中、アイの台本には義務教育レベルの熟語にすらルビが振られている。
――教養のレベルが低いことの表れだ。高等教育を受けていないことは周知の事実だが、義務教育すらもおそらくはまともに受けていない。
バラエティ番組の一幕。プライベートにおける交友関係がほとんどないと自虐するアイだが、その人当たりはフレンドリーそのものである。誰にでも愛嬌を振りまいて、故に人を虜にする。
――脱抑制型愛着障害の傾向だ。その広範に示す愛着行動の割に個人としての対人関係がかなり狭いことが、強力な傍証となっている。
歩く時の姿勢は大股だ。歩行速度は速い。
――自己肯定感の高さの表れだ。自分に自信を持っている。それは、おそらく表情にも現れている。
誰をも引き込むような、輝く瞳。自分のことをもっと見ろと、私こそが世界の中心であると、満腔から叫ぶがごときの、存在感。
――しかしその裏にあるのは、自身に対する強い猜疑心と、決定的な欠落。
もってあかねは、アイという人物の人格の底流を、酷く歪さを抱えた「欠落した人間」であると規定した。
そうして組み上げられた外骨格に、「個人史」という名の物語を詰め込んでゆく。
世評におけるアイは、そのキャリアにおいて複数回のジャンプアップを果たした、と見られている。
デビューから、十五歳の末ごろに一度休養に至るまでの時期。
休養から復帰して半年、とあるライブハウスでの販促ライブから、「笑顔の質が変わった」と言われた時期。
アイ個人の仕事が多く入るようになってから、その知名度を急速に高めてゆき、その末に東京ドームでのライブが決まるまでの、躍進の時期。
そして、「伝説のドームライブ」と呼ばれる東京ドームでのライブを経て、アイの中に宿る「女性性」が芽吹き、タレントとして完成に至ったと云われる、現在に至るまでの時期。
しかしあかねは今、自らが獲得した視座によって彼女の来歴を眺めるに、必ずしも彼女の変貌が世評のそれとは一致しないことに気がつく。
まず、アイドルとしてのデビューから、十四歳ごろまでの間。
この時期のアイは、その外形的振る舞いに比して内面に厭世的なものを感じさせる。
服装には無頓着、カメラが向けられていない時には無表情、そして仕事における態度もあまりよくなく、スタッフ受けはしていない。
十四歳から十五歳までの間。
服装に気を遣うようになり始める。表情も常に明るさを纏うようになる。やや利己的な振舞いがある点は変わっていないが、ある意味で現在のアイの原点はこの時点とも言えるだろう。
ある種の退嬰さは鳴りを潜め、態度にも改善が見られている。
よってその差分が示すものは、おそらくは異性との出会いだ。そして同時に、このころにアイは性交渉を経験している。微細な骨格の、重心の変化に、男性ファンに向ける無意識の視線の変容が、あかねにその事実を確信させた。
十六歳から十七歳までの間。
節制傾向にある金銭感覚はそのままに、しかし出世欲を示すようになる。功名心とは違う何かだ。そして同時に、それまで強く存在していた脱抑制型愛着障害の傾向に、やや変化の兆しが現れ始めている。
マインドセットの変化としては、ここが大きなターニングポイントだろう。将来のことを考え始めたか? 安定志向が芽生えたか? あるいは十五歳ごろに出会った異性との関係か?
しかしこの時期の彼女の振る舞いからは、異性との関係を匂わせるものが脱落している。十四歳ごろの行動様式とは別の何かだ。
……分からない。ここは保留だ。
十七歳から二十歳の誕生日、ドームのライブまでの間。
彼女の中に、二面性が表れ始める。「見えない誰か」への強い執着と、それ以外のすべてに対する薄く広い愛着行動が併存している。
脱抑制型愛着障害の残り香の中に、明白な個人の存在が見える。そのアンバランスさがアイのミステリアスさを更に深め、彼女はより多数の人間の興味を惹く存在へと「羽化」していく。
十六歳、復帰後からの継続した傾向だ。しかし彼女の来歴の中からは、彼女の視線の向こうに見えているはずのその「誰か」の存在を窺うことができない。まるで、漂白されたかのように。
そして、ドームライブを迎えてから、今までの間。
あかねは、そこでようやく理解する。アイの中に芽生えた情動の正体は、「母性」である。
この日のドームライブを境にアイの中に立ち現れる女性性の源泉は、「母性」に比定するのが最も矛盾がない。
そうすれば、十六歳からこの時点に至るまでのアイの行動の変容に対する答えが見えてくる。解き明かせるようになる。
あかねは、それがアイの身に本当に起きていたことかどうかについては、とりあえず考えないようにした。
しかし自らの上に「アイ」を構築するに当たって、己を最も納得させやすいストーリーとして、あかねはアイの来歴の中に、一つの要素を追加した。
十四歳から十五歳ごろに出会った男性とアイは性交渉を行い、十五歳から十六歳にわたっての休養期間の間に子供を産んだ。
その子供は隠し子として今もなお秘匿され続けているが、しかしその彼、ないし彼女に対する愛情の芽生えが、アイという個人に成長を促し、以て彼女は日本を代表するマルチタレントとしての完成を遂げた。
そういう、物語を。
斯くして、あかねは「アイ」を設計し終えた。解析しきった。無色の自分の上に描く肖像が、明確な形を帯びて現出した。
再現するのはドームライブの直後、人格としての完成を見た、自らの中に母性を確立させた直後のアイだ。
しかし今、その母性に根差した愛着を向ける相手を、敢えて捻じ曲げる。
今回の顛末のなか、自分のことを身命を賭して助けてくれた男の子に、「アクア」に対して懐いた恋心を、宿した母性と混ぜ合わせるようにして、真っすぐに向ける。そういう設定のもと、あかねはここからの「今ガチ」に臨む。
やや解像度は下がるかもしれない。しかし「アイ」を演じるにあたって、彼女が向けている愛着の先にいる個人は、一つでなくてはならない。あかねはそのことを強く予感していた。
いや、それだけではない。その視座に立ってアクアのことを意識した時、どういうわけか、「アイ」として「アクア」にそういう心情を向けることについて、何故か納得感を覚えてしまう自分がいたのだ。
いよいよもって意識せざるを得なくなった、自分自身の心に眠るアクアへの心情がそれを為しているのか、それともそこには、また更に別の要因が作用しているのか。
一瞬だけ過ぎった「あまりにも恐ろしい想像」を心の中にしまい込んで、あかねはもう一度目を瞑る。
深呼吸を一つ、意識を『同調』させる。演算した「アイ」の行動様式を、虚ろとなった己の器に満たしてゆく。
「そうだよ。君があそこまで頑張ってくれたんだから」
言葉にし、暗示して、納得させ、練り上げて、固着させる。
「優しい君が。頑張り屋さんな君が」
胸の中に吹き荒れる狂おしいほどの愛おしさを、抑え込む。
収斂していく認識の中、
「だから次は、私の番だよ」
そしてあかねは目を開く。
「――そうでしょ?
開かれた双眸の中には、あかねの中には存在しなかったはずの星の如くの煌めきが、確かに浮かび上がっていた。
あかね、覚醒。
アイが生存していることで、アイに対する分析範囲が原作よりも広がっています。