天には星を、人には愛を   作:厳冬蜜柑

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舞台編リザルト回。
一話で片をつけます。なので長いです。


3-6. 「東京ブレイド」

 その日、鮫島アビ子の姿は、ステージアラウンドの観客席の後方、関係者枠として確保されている一帯の只中にあった。

 舞台「東京ブレイド」初日。関係者も関係者、自らを関係者と呼ばずして誰を関係者と呼ぶのかという立ち位置にいるアビ子は、当然にというかその初日の舞台に招待を受けて、この場にやってきていた。

 こちらもまた当然、隣に吉祥寺頼子を伴ってである。

 

 つい先ほど、ステージアラウンドの入口であったやり取りを思い出す。

 自分が一度癇癪を起して全てを無に帰そうとして、しかし最終的には掟破りというほどの直接的な関与をすることで完成にまで持って行った脚本が、それを基にして演じられる舞台が、これから始まろうとしている。

 その無形の重圧に足が竦んでいた自分に対して、同じく関係者としてこの場所に呼ばれているのであろうGOAが、今回の劇で脚本を担当している彼が声をかけてくれた。自分が一度、激情のままにその座から降ろそうとしていた、彼が。

 

 ――あの脚本は、僕とアビ子先生で書き上げたものです。だからあの脚本を面白いと思って世に出したのは、アビ子先生と僕の二人なんですよ。アビ子先生一人だけということはありませんから。

 あの柔和な表情で、そして同じく柔らかな声で、そう励まされた。

 

 同じクリエイターなのに、人間としての出来が違い過ぎる。彼のようになれたなら、もっと自分は世の中をうまく生きてゆけるのだろう。

 そこに羨望の気持ちはある。しかし、それよりもなお今自分の頭の中を支配しているのは、そんな彼の言葉を以てしても拭えない、この舞台に対する漠然とした不安の念だった。

 

 確かに、GOAと二人で書き上げた脚本には自信がある。それが評価されなかったとしても、「責任は僕も一緒に被るものですよ」とあっけらかんとした表情で宣った彼の言も、まあ真実とは言えるのかもしれない。

 ただ、そう言うことではないのだ。

 なぜならあの脚本は、アビ子たちの演出意図を役者のみんなが完全に汲めていて、初めてうまく機能するものであるからだ。

 台詞を減らし、ト書きを増やした。できた間に、載せられるだけのキャラクターの心情描写を余すところなく載せた。だからそれが表現しきれなければ、この舞台は間の抜けた、『スカスカ』なものになってしまう。

 

 冷静に考えれば、自分はとんでもない台本を作ってしまったのではないかと、遅すぎる後悔すら頭をもたげてくる。

 しかし、それは本当に今更な話だ。なぜならもう五分としないうちに、本番は、初日は、始まるのだから。

 

 故に隣に座る頼子ともども、アビ子はある種の覚悟を、そして緊張感を持って、舞台を見つめる。

 ――どんなことがあっても、見届けよう。それがあの脚本を上げた自分の責任だから。

 そんなどこか悲壮な思いすら抱えながら。

 

 しかし、そんなアビ子の懸念は、全くの杞憂に終わることになる。

 それを彼女は、文字通り幕が開いたその瞬間から、思い知ることになった。

 

 

 


 

 

 

 荒野を往く旅の青年。白の衣の上に弁柄のジャケットを纏った彼の前に、突如として一振りの刀が現れる。

 地面に無造作に刺さったそれは、しかし錆の一つも浮くことなく、見る人をふらり吸い寄せてしまうほどの魔性すら宿した光を放って、彼のことを誘う。

 

 その輝きに目を惹かれ、青年はふらふらと歩み寄る。そして彼が、ブレイドが刀の前にやってきた瞬間――一際強い、燦然たる燐光が、その刀身から一気にまき散らされた。

 

『なん、だこれ……光って……!?』

 

 青白い光輝に視界を灼かれ、呆然と手を伸ばしながら、ブレイドの口から言葉が漏れた。

 

 

 


 

 

 

 そんな、一分にも満たない一連の演技が、アビ子を、そして観客の全てを、「東京ブレイド」の世界の中に引きずり込む。

 自分の座っている席のことなど、周りの人のことなど、もはや意識の中からすっかり追い出されてしまうほどに。

 

 それほどに彼は、あの主演の俳優、「姫川大輝」は「ブレイド」で、そしてあの場所は、「新宿の外れの荒野」だったのだ。そうなっていたのだ。

 

 

 

 事程左様に、まさに最初の一分で観客全ての心を掴んでみせた「東京ブレイド」の舞台は、そこから片時たりとも観客の目を話すことなく釘付けにし続けた。

 第一幕、ブレイドが盟刀「風丸」を手に入れ、その場に現れた「つるぎ」なる剣主、つまりまた別の盟刀の担い手を打ち倒す。

 そして剣主の一人となり、新宿一帯で最も強いと称される「キザミ」をも打ち負かして配下とし、新宿の主となっていよいよ天下に覇を争うべく、名乗りを上げる。

 その中で繰り広げられる躍動感のあるやりとりも、緊張感のある剣戟も、そしてところどころに挟まれる少年漫画らしいギャグ描写も、漫画作品ならではの外連味を殺ぐことなく、しかし現実に落とし込むに当たっての不自然さを全く感じさせない。

 それは偏に、役者の演技が現実と漫画の間の橋渡しをしているからだ。漫画らしいオーバーなリアクションと表現、舞台故の大ぶりの感情表現、それを違和感なく融合させて、更に「ステージアラウンド」という箱が持っている特殊効果の数々によって、「それが現実のものである」という説得力を生む。

 

 予想以上だった。これほどの演技が、舞台が見られるとは、アビ子は思っていなかった。

 漫画作品の実写化は、次元の壁を超える時にどうしても生まれてしまう「深い谷」を埋めることに苦慮せざるを得ない。そのことはずっと知っていたし、他の色んな漫画原作の実写化作品を見るにつけ、痛感させられていたはずのことだった。だからアビ子は、それでもある種の割り切りを持って、この舞台を見に来たはずだった。

 

 そのはずなのに、しかし現実はこうだ。まるでそんなもの(次元の谷)などどこにもないかのように、舞台の上の「東京ブレイド」の世界が、まるで本当に現世に具現化されているものであるかのように、アビ子には思える。

 

 ――すごい。これが役者さんの本気なんだ。本当に上手な役者さんの、力なんだ。

 そう、思わされた。

 

 

 

 しかし、そんな彼らの、そして舞台「東京ブレイド」の真骨頂は、むしろ登場人物の増え、心理描写の激増する第二幕にこそあった。

 

 

 


 

 

 

 「新宿クラスタ」に対する、「鬼族」の連合である「渋谷クラスタ」。

 彼らは急伸した勢力である新宿の一党に対し、偵察の名目で一人の人物を送り込む。名を「匁」、一見して線の細く気の弱い、薄幸の美少年のような出で立ちの男子である。

 匁は始め、ブレイドたち新宿クラスタの中、従者の一人として配下に加わる。しかしその心の主はいうまでもなく渋谷クラスタであり、つまり彼は一種のスパイであった。

 

 そしてとうとう、ブレイド率いる「新宿クラスタ」が「渋谷の鬼退治だ」と称して渋谷に向かって攻め込まんとしたところで、匁は本性を現し、牙を剥く。

 

 新宿クラスタの構成員の情報をはじめとする機密を盗み出し、匁は本来の主のいる場所へ、渋谷へと逐電せんとする。

 そこに立ちはだかるのが、前の新宿一帯のボスにして、今のブレイド一行における第二の従者たる、キザミであった。

 

 

 


 

 

 

 『裏切ったのか』。そう問うたキザミに、匁は答える。『僕は、はじめから鞘姫率いる渋谷の鬼』だ、と。

 弱々しく、声を震わせて、弱者の言葉を吐く。

 

『どうしても、戦わなきゃいけないんですか?』

『僕は、戦いたくない』

 

 しかしそれは、裡に眠る強烈なまでの闘争心と、そして狂気を隠すための仮面でしかない。

 故に次第にその言動は変貌し、貼り付けていた「弱気な少年」の虚像は剥がれて落ちてゆき、そして震える手で抜き放った刀が、その刃の発する光が瞳に映った瞬間、彼の纏う空気が、俄かに一変した。

 

 剣と血に滾り、戦場(いくさば)の空気に酔い狂う。それは鬼の本能だ。凄まじい狂笑を上げながら、壊れた操り人形のような身体捌きでキザミに斬りかかる。

 二面性か、演技か。どちらが本性か。その境目すらも分からない、それまで与えてきた気弱な印象を一瞬で無に帰すが如くの振る舞いに、観客は呑まれている。

 

 しかし、それに相対するキザミの方も、負けていなかった。

 

 

 

 原作におけるこの場面のキザミは、新宿クラスタのナンバースリー、そして「実力的にはナンバーツーだ」という強烈な自負のもと、圧倒的な強者としての振る舞いで匁に当たっていた。

 固より、新宿クラスタにおける匁の立ち位置というのは完全な非戦闘要員であったわけで、そうでなくてもキザミは匁に「負けるはずがない」という思いを持っていたのだ。

 しかしそれが、少しずつ匁の「渋谷の鬼」としての強さに圧され、旗色が悪くなっていく。その部分にドラマがあったわけなのだが、しかし今回の舞台、「鳴嶋メルト」というモデル上がりの彼は、全く別の演技プランによってこの場面のキザミを演じていた。

 

 それはすなわち、「過剰な自信に驕れるもの」としての態度であった。

 

 原作とは、確かに違う。強者感には、今一つ欠けている。しかしなぜだろうか、アビ子はその演出がストンと胸に落ちていた。

 本来ならばそれは、アビ子が嫌う「キャラを変える」行いに近いはずなのに、それでもどういうわけか、アビ子はそんなメルトの演技に「納得させられていた」のだ。

 

 その理由は、そこから暫くして分かった。

 

 刀を交える中、形勢の針が匁へと傾いてゆく。キザミは気づく。「こいつは、俺より格上の存在だ」と。

 次第に防戦一方になるキザミに、更に嵩に懸かって襲い掛かる匁。そして気迫と共に突き出された一刀を受け損ねて、キザミの刀が弾かれる。宙を舞い、遠くに落ちた。

 

 歯を、食いしばる。キザミは自覚した。

 なるほど、俺は弱い。そしてこいつは強い。格下だと思っていたこんなやつに圧されて、今まさに自分は一敗地に塗れようとしている。

 ――悔しい。悔しい、悔しい、悔しい!

 

 瞬間、キザミの身体から情動が溢れ出した。

 相手の実力を見極められなかったこと。今までの驕っていた己の在り方も。そんな自己の不甲斐なさのすべてに対する羞恥、怒り、そして圧倒的な『悔しさ』。

 しかしその中で、それでも負けられないと己を鼓舞する覚悟と、そして矜持。

 全てに衝き動かされたキザミは走り出し、自らの後ろに転がった己の盟刀を、その足で蹴り上げる。空高く舞い、回転しながら落ちてくるその刀を、キザミは強烈な意思を匁に対して叩きつけながら、()()()()()()()()()()()()()()()。間髪入れずに盟刀の力を解放し、腹から絞り出すような強烈な気合いの声と共に、匁に斬りこんでゆく。

 

 

 

 原作と、綺麗につながった。そう、アビ子は直感した。

 むしろ彼の演技プランをなぞるのであれば、この展開の方が明らかに説得力がある。宙に舞い上がった刀を手で掴みながらの大見得と、そこからのキザミの見せ場全体を考えれば、そしてそこで今のキザミが見せている強烈な感情表現の根拠を考えれば、むしろこちらの方が正しい心理の動きなのではないかと思わされるほどに、アビ子は彼の演技に「説得されていた」。

 

 ――鳴嶋メルト。モデル上がりで、あの吉祥寺先生の「今日あま」ではあんな醜態を見せていたのに、こんなに化けるなんて。化けているなんて。

 彼の魅せた、「自らの盟刀を蹴り上げてから掴む」などという()()()()()()()()()()()()()()()()()()一連の原作再現の流れをも含めて、アビ子は目を輝かせながら彼の演技を見ていた。

 

 

 

 

 

 ただ、実のところ鳴嶋メルトの演技力が、たった九か月と舞台稽古の一か月で急速に向上しているということはなかった。

 無論、演技の基礎は叩き込まれているわけで、「今日あま」のどうしようもない演技からは脱却出来てはいたものの、ただそれだけである。

 百戦錬磨のー劇団ララライの面々、2.5次元舞台には一日どころか百日の長のある鴨志田、まごうことなき天才役者どもの黒川あかね、有馬かな、姫川大輝、そしてアクアのような、怪物的演技力を持つ共演者たちには、到底太刀打ちできるものではない。

 

 だから、そこにはからくりがあった。

 それは稽古期間が半ばを過ぎたあたり、抜き稽古が盛りを迎えていたころのことだ。

 他の面々が場面場面の演技チェックを次々にパスしていく中、メルトは金田一より何度も自らの演技にストップをかけられ、時にははっきり「力が足りない」ということで、稽古の現場から除外させられることすらもあった。

 

 このままではまずい。そういうわけで、メルトは相談を持ち掛けた。

 誰にかといえばそれは、アクアであった。かなにはもうすでにかなり演技に対するアドバイスを受けていたし、個人的なトレーニングにさえも付き合ってもらっていた関係で、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないという心理が働いていたからである。

 

 そして相談を受けたアクアは、そっけなくメルトに言ってのけた。

 

「メルト。君の演技は、まあ結局のところ『上っ面』なんだよ。演技論なんてろくに身に着けてない今のレベルではかなり頑張ってるとは思うけどな」

「上っ面って……」

 

 あまりに直接的な物言いに、表情が歪むのを感じる。そしてそんな彼の言をどう頑張っても否定できない自分に対しても、情けなさを覚えていた。

 

「正直、そのあたりのことを一か月ぽっちでどうにかするのは無理だ。というかそもそも、時間的にはあと二週間ぐらいしかないしな」

 

 追撃の言葉が、更にメルトに突き刺さる。

 しかし彼の言葉には、続きがあった。

 

「けどな。一個だけ、今の君には『裏技』がある」

 

 アクアは人差し指を立てて、メルトに向かって見せてきた。

 

「『裏技』……?」

「そうだ。今回の役(キザミ)だから、鳴嶋メルトだから、できる裏技だな」

 

 つまりは、と継いで、アクアは言い切る。

 

「『メソッド演技』だ。メルト、君は『キザミ』をやる限りにおいて、メソッド演技が使える」

 

 そして、彼はメルトに向かって笑った。

 

 

 

 メソッド演技法。それは憑依型の役者が使う手法だ。メルトの周りでは、黒川あかねがその最も分かりやすい使い手だろう。

 自己を消し、役を自らの中に再現する。感情の発露すらも、その役によるものに塗り替えてみせる。

 凄まじい高等技術である。それが、メルトの裏技になり得るとは、どういうことなのか。

 

「まあ、俺たちの周りで一番のメソッド演技の使い手はあかねなんだけどな。ただあれは、正確に言えば純粋なメソッド演技じゃない。実際のところ、あれはもっと別の何かだ」

 

 アクアは言う。本来のメソッド演技は、自らの演じる役として表現すべき感情の鋳型を、自らの過去の経験から引っ張り出すことこそが骨子であると。

 つまりメソッド演技を使う役者は、実体験に基づく感情の引き出しが多ければ多いほど、より幅の広い役を、より説得力のある役として演じることができる。

 

「その役の台詞とか身振りとかをしながら、『どんな気持ちでそのセリフを言ったり身振りをしたりすれば、自分自身のものとして自然に振舞えるか』って突き詰めてくのが、基本的なメソッド演技のやり方だ。なんと言うか、パズルみたいな感じだな」

 

 即ち、「自分の過去の経験、その時に懐いた感情」を引っ張り出して、それをキャラクターの行動に重ねたとき、「自然とその言動が自分の中から湧き出てくるか」をひたすらに確認していく作業を繰り返すということである。

 

「普通は、まあそのあたりのパズルってなかなか合わなくてな。結構苦労するもんなんだが……」

 

 腕を組んで、アクアは流し目にメルトを見た。そして、にやりと笑う。

 

「メルト、君は本当に運がいい。『青野カナタ』にせよ今回の『キザミ』にせよ、ここまで『当て書き』を引っ張ってこれるんだから。鏑木さんの差配だっていうなら、よっぽど気に入られてるんだな」

 

 彼は説く。「当て書き」で書かれた役柄の内面は、もともと自分の人生経験の中で懐いたことのある情動とかなりリンクさせやすい。掘り下げもやりやすい。なぜならそれは、自分自身を掘り下げることと並行してできるものであるからだ。

 

「だからメルト、特に二幕の最初、『匁』との一騎打ちの辺りについては、徹底的に自分を掘れ。ノートとかに、自分の過去の感情とかを書き殴ってみるとかがいいだろうな。そうすれば、自ずと道は開ける」

 

 ――あとはまあ、かなにでも聞くんだな。

 そう言って、話はそこまでだとばかりにアクアは去ってゆく。そのまま彼は、黒川あかねと話をし始めていた。

 当然にというべきか、それは彼らの役柄についての理解を深めるための討論であるらしい。

 そんなアクアは、そこにいるアクアは、確かにあかねやかなに伍していけるほどの腕前を持った、「天才役者」の一角であった。最低でも、メルトにはそう見えた。

 

 いずれにせよ、斯くしてメルトの方針は固まった。そしてその観点で以てキザミの、そしてメルト自身の内面を掘り進めてゆくうちに、メルトはアクアの言うことが正しかったのだと理解する。

 匁との前半戦は、「自分がモテる側の人間であったことを理解して、そのまま芸能界でもちやほやされ始めて、ソニックステージという大手の事務所でトントン拍子に駆け上がって、なんでもできる、何をやってもうまくいくと根拠のない自信を持っていたころの自分」に。

 そして後半戦は、「しかし『今日あま』のあの惨状を経て、自分が出たドラマの酷評を知って、そしてまさに今、この『東ブレ』の舞台の中で、周りとのあまりのレベルの違いを痛感させられて、これまで研鑽を怠ってきた自分に憤り、そして悔しいと感じる気持ちを止められない己」に。

 そうすれば、あとはその感情をひたすらに突き詰めていくだけだ。

 匁との立ち合い、その五分間ほどの短い時間に、一か月の全てを注ぎ込む。そうすれば、自ずとその芝居の中で自然な感情が出せるようになった。演技の質が、変わるのも分かった。

 

 そしてその結実こそが今、この初日の舞台に現れていたのである。

 

 

 

 

 

 二幕の最初、いきなりぶつけられた強烈な感情表現に、アビ子は斯くも圧倒される。

 しかし、これはあくまでも始まりに過ぎなかった。

 そこから、アビ子はこの舞台における真の凄みというものを、身を以て次々と思い知らされることになる。

 

 

 

 場面が変わり、渋谷クラスタの本拠である城のセットの中、実は渋谷クラスタの双璧の一角であった匁と、実質的な副官の立場にいる「刀鬼」が、今後について詮議する。

 而してそれは、この渋谷クラスタのトップ――鞘姫の意思決定に委ねられることになった。

 

 

 


 

 

 

 玉座の間、高御座の中に、一人の少女が座っている。彼女こそがこの「渋谷クラスタ」の頭目、混血という出自ながらも「支配者の盟刀」たる「桜花」に見初められた剣主、「鞘姫」だ。

 

 その少女は、自らの叡意を求めてくる側近たち(匁と刀鬼)の言葉に、しばしの間、無言で佇む。掛けられた言葉を、自らの決断の意味を、反芻するように。

 小さな身の震えが、上下する肩が、それだけで濃密な意味を持つ。視線が、一気に鞘姫に吸い寄せられた。

 

 口が開く。声が聞こえる。

 

『刀を抜けば――血が、流れる』

 

 自らに言い聞かせるような、小さな声だった。

 ぞっとするほどの意志の力を内包する、怜悧な声だった。

 響きの端には震えを内包して、しかし芯に通っているのは、どこまでも透徹した、断固たる決意だ。

 

『ですが』

 

 言いながら、立ち上がる。自らの傍に安置されている己の盟刀を、恭しくも見える態度で、その手に取らんとする。

 しかしその刀に、鞘に手をかけた瞬間、彼女はわずかに固まる。

 そこにあるのは逡巡だ。この期に及んでなお、刀を手に執ることの意味を、「戦をする」という決断の重さというものを、己に深く問いかけるかの如くの態度だった。

 

 それは、本来の刀の重さだけではない、確かな重圧を以て鞘姫の両肩に圧し掛かる。故に彼女は刀を持ち上げようとするその手に、一際大きな力をかけざるを得なかった。

 言うまでもない。そうでもしなければ、刀が持ち上がらないからだ。その刀に懸かっているのは、渋谷クラスタに属する鬼たちの血であり、誇りであり、そして命であるが故に。

 

 しかしその果てに、彼女は自らの刀を手に取って、持ち上げた。身体ごと立ち上がるようにして、その刀を、盟刀「桜花」を、目線の高さに掲げる。

 

『戦わねば護れないものも、あるのでしょう』

 

 そのままに、鞘姫は正面を向く。高く己の盟刀を掲げたまま、しかしその目は閉じていて、二度三度と繰り返される静かな呼吸の音までもが、彼女に宿る最後の躊躇を、観客に強く意識させる。

 だが、彼女は最後、漸くにしてそれを振り切る。振り解くような身振りで、己の刀を構え直す。全軍に、下知を伝えるために。

 

『ならば――刀を抜きましょう。()()()()

 

 目を見開く。そこにあるのは、もはや揺るがぬ意思を裡に宿した瞳だった。

 渋谷クラスタの麾下の将の、渋谷の鬼たちの、地鳴りのような鬨の声が、響き渡った。

 

 

 


 

 

 

 時間にして、わずか二十五秒。それほどに短い時の中で、鞘姫を演じる少女、黒川あかねは、アビ子が表現することを求めた鞘姫の在り方の全てを、余すことなく示してみせた。

 いや、それだけではない。そこにあったのは、原作の設定における彼女の、即ち「混血の鬼である」という『生い立ちへのコンプレックス』であり、そしてそんな身でありながらも、支配者の盟刀たる「桜花」を、そしてその鞘である「傷移しの鞘」を預かる身であるが故の、悲壮なる自負である。

 脚本では意識していなかった部分だった。しかし、彼女はその在り様を、板の上に、自らの芝居の中に、確かに込めていた。

 

 途轍もない密度の演技だ。これほどの情報量を載せて、観客に対して示そうとは。それほどまでに、この「鞘姫」という存在を、自らのものにしていたとは。

 

 恐ろしい。そして凄まじい。これほどの役者に自らの作品を演じて貰っているなど、なんという幸運であるか。

 

 

 

 いや、もはやアビ子はそのシーンの余韻に浸ることさえも許されない。

 鞘姫の号令を嚆矢として、第二幕の、そしてこの「東京ブレイド」という舞台そのもののクライマックスである、新宿側と渋谷側の激突が始まる。

 

 各々の因縁が結びつき、必然によって剣は交わる。

 キザミは匁。ブレイドは刀鬼。

 そして――つるぎ(かな)鞘姫(あかね)へと。

 

 

 


 

 

 

 たどり着いた戦場の中、岩場の頂点から睥睨する敵の頭目(鞘姫)を見上げ、つるぎは己の得物を突きつける。

 しかしそれを、鞘姫は冷たい目線で見下ろす。お前とは、立っている場所が違うのだと。視座が違うのだと。

 

『刀を抜きなさい!』

『あなたには、これで十分です』

『ナメてくれて……っ!』

 

 鞘に収まった刀を見せ、冷たい声で言い捨てる鞘姫に、つるぎは内心に燻る闘志を一気に燃え上がらせて、果敢に飛び込む。

 ワイヤーアクションの力を借りて岩場を跳躍一つで登りきったつるぎが、その勢いで己の盟刀――猪目の穴が刻まれた一対の鉈のようなそれを、鞘姫に向かって叩きつけた。

 対する鞘姫は、それをわずかに傾けた鞘にて滑らせるように受けきり、返す刀でつるぎの泳いだ身体の胴をめがけて一閃を見舞う。辛くもそれを身を沈めることで躱しきったつるぎは、転がるように鞘姫から距離を取り、そして立ち上がった。

 

 互いが互いに、まっすぐに己の盟刀を突きつけ、そこに膠着が生まれた。

 

 

 


 

 

 

 流れるような演技だった。原作の渋谷抗争の中、初めて描かれたつるぎと鞘姫の因縁の始まりと、一挙一動の違いも見られない。

 しかしそこから、彼女たちの芝居は少しだけズレていく。

 

 始めに逸脱を示したのは、鞘姫(あかね)だった。

 本来の、つまり原作の彼女は、この戦いにおいてはどこまでも受け身の態度を崩さなかった。猪突猛進に突っ込んでくるつるぎをいなし、受け流し、しかし要所要所で痛打を見舞うことで、つるぎを撃退する。それが、彼女自身のキャラクターとしても正しい在り方だった。

 しかし今、あの板の上の鞘姫は、違った。

 

 確かに、演技としてのアクションは同じだ。突っ込んでくるつるぎを、その剣閃を鞘を使って受け、弾き、そして後の先の一閃で弾き飛ばす。彼女はその場からほとんど動いていない。

 なのに、こうも目を惹き寄せられる。彼女は受け身ではない。『彼女は、つるぎを誘い込んでいる』。そしてその果てで、とうとう彼女は構えていた鞘から、己の刀を抜き放つ。

 

 目を瞑り、息を吸い、切った鯉口をそのままに鞘を振り払う。鞘走りと共に露出し、宙に遊んだ刀の柄を、逆手で掴む。

 

 

 

 瞼が、開かれる。その刹那、鞘姫の身体から爆発的なまでの存在感が放出された。

 

 

 

 局面が動く。最後の戦場、敵味方が入り乱れて戦う空間の中、いきなりその中央に、鞘姫が躍り出る。流麗な、舞うような動きで、鞘姫はつるぎに斬りかかる。

 受けから、攻めへ。テンポを乱されたつるぎに防戦を強いて、自らの土俵に相手を引きずり込んだ鞘姫は、いよいよ敵を圧倒せんと鞘を併せた二刀の手数で勝負を決めに出る。

 

 しかしつるぎも負けていない。曲線の動きで相手を翻弄するのが鞘姫ならば、それを真っすぐに稲光の如く突き抜け、喉元に食らいつかんとするのがつるぎだ。

 

 攻守が、目まぐるしく入れ替わる。戦いが本意でないはずの鞘姫が、しかし鋭い戦意を剣閃に載せてつるぎを制圧せんとすれば、そこに張り合うように、狂ったような笑顔と声で、つるぎもまた鞘姫を斬り伏せんと挑みかかる。

 矜持のぶつかり合いだった。まるで二人が一秒ごとに、「自分の方が上だ」と主張するような。

 その輝きに、誰もが視線を奪われる。目が眩む。

 

 黒川あかね。そして有馬かな。

 そこに座する二人の天才は、その瞬間確かに、自らの持てる才覚全てをぶつけ合って、互いが互いを食らいつくそうとするほどの競演を周囲に見せつけていた。

 

 

 

 

 

 ――ああ、楽しい。

 あかねは、そう思う自分を止められない。

 目の前には有馬かながいる。自分が憧れていた、『あの時』の有馬かながいる。

 彼女は今、全身で主張している。「私こそが中心に立つ」。「私を見なさい」と。

 

 しかし同時に、それは舞台のバランスを崩してしまうような我が儘なあり方ばかりではない。鞘姫(あかね)が鋭い一閃を放てば、それを受けるつるぎ(かな)は一歩後ろに下がる。

 あかねの見せ場はしっかり用意する。しかしその直後に、それをも上回るような存在感を俄かに爆発させて、あかねへと向いていた注目を強引に引き剥がすような大立ち回りを見せてくる。

 

 さながらターン制のバトルのようだった。彼女が今まで磨いてきた「相手を立てる受けの演技」を、「自らが目立つ巨星の演技」の前座として使う。それによって、二人の剣戟の一幕は常に観客に目新しさを与え、全く目を離す隙を与えない。

 その演技は、彼女の生まれ持った才能と、積み重ねられてきた努力の止揚だ。十年にもわたる低迷の日々は、塗炭の苦しみは、しかし有馬かなという女優がその境地へ到るためには、必要なものだったのだろう。

 

 故に今、あかねは思う。「そうだ。私はこういうかなちゃんが見たかったのだ」と。「こういうかなちゃんと、一緒に演技したかったのだ」と。

 なぜなら、そんな有馬かなと同じ舞台の上に立つことが、ずっとずっと、あかねにとっては夢だったから。

 

 いや、それだけではない。その上であかねは、そんな彼女のことを、自らの力で上回ってみせたかったのだ。

 そうすることで初めて、あかねは自分の気持ちに一つの区切りがつけられると思っていたから。

 あの時、ただ無邪気に有馬かなの存在に憧れ、しかし「有馬かな」という人間のことを何も知らなかった幼き日の自分に向けて、自分なりの答えを示すことができると考えていたから。

 

 そして――そんな有馬かなに、「黒川あかね」の存在を強く刻みつけることができると、信じていたからだった。

 

 

 

 

 

 つるぎと鞘姫。二人のヒロインが斬り結び、ボルテージの上がってゆく舞台の空気の中で、とうとう真打がやって来る。

 主人公と、この舞台におけるラスボスの対峙だ。

 ブレイドと刀鬼が、相見える。

 

 燃えるような情熱と闘志を全面に押し出して、観客に温感すらも錯覚させる強烈な感情表現を見せるブレイド(姫川大輝)に対して、刀鬼(アクア)はその真逆の態度を崩さない。

 一見してそこには、一切の感情がない。「自らは、鞘姫という主の道具である」。それを己に強く定義づけ、ブレイドの挑発にも一切動じることがない。彼の繰り出す苛烈な剣戟も、殆どまともに相手することなく受け流す。鞘姫がつるぎと剣を交えていたときと同じく、その場からはほぼ動かない。

 

 それは、正反対のキャラクター性を観客に印象付けるための、如実な対比構造の構築だった。

 動と静、熱と冷気、赤と青。舞台効果、視線の誘導、その全てを駆使して、刀鬼(アクア)は自らの原作における個性を、舞台の上で余すところなく描く。そのために、ブレイド(姫川大輝)の圧倒的な演技力を、その存在さえも利用する形で。

 光が強くなればなるほど、それが映し出す影もまた濃くなるが故に。

 

 されどもそんな刀鬼の凍てつくような振る舞いはその実、そこから続く「本当のクライマックス」への、布石だった。

 

 

 


 

 

 

 両陣営の入り乱れて戦う中、鞘姫に追い立てられるように刀鬼とブレイドの戦いの中に乱入したつるぎは、しかしそのまま二対一の戦いに移行して刀鬼のことを着実に追い込んでゆく。

 次第に余裕を失ってゆく刀鬼は、一瞬の隙を突かれてつるぎに刀を弾き飛ばされた。

 更に振るわれるつるぎの盟刀を何とか躱すも、もはやその身体はがら空きだ。故につるぎはブレイドにトドメを促し、ブレイドもまた手にした盟刀の力を解放して、一気に勝負をつけようとする。

 

 天高く飛び上がったブレイドが、手にした自らの盟刀「風丸」より出る青白い稲妻を纏って、その場所から必殺の一撃を見舞わんとする。

 刀鬼には、それを避けるすべはない。身構え、しかし覚悟を決めたように、歯を食いしばった。

 

 

 

 しかしその瞬間、刀鬼とブレイドの間に、影が差した。その影は刀鬼を護るように立ちはだかり、大きく両手を広げる。

 あまりにも無防備に、運命を受け入れるように。果たしてブレイドの刀は吸い込まれるようにその影を、鞘姫を、切り裂いた。

 

 

 

 花弁が舞う。鞘姫が、ゆっくりと崩れ落ちてゆく。刀鬼の目が、見開かれる。

 なぜ。どうしてあなたがそこに。そんな無言の疑問に答えるものは、誰もいない。

 

 明らかな致命傷を負って、鞘姫は力なく床へとその身を横たえた。身体からは、命の証が、赤い血が、流れてゆく。

 

 時が止まる。誰も動かない。鞘姫を斬り伏せたブレイドも、そして彼女に庇われる形となった、刀鬼も、また。

 数秒の静寂がやってくる。その後に、どさりと音がした。

 

 

 

 音の主に、全員の視線が向く。刀鬼だった。

 彼は力なく、鞘姫の傍で膝をついていた。

 

 

 


 

 

 

 アビ子はそれを見て、思わず鳥肌が立った。

 彼は、刀鬼役を務めるアクアという俳優は、その音だけで、そしてそれを生み出すまでの「間」だけで、衆目を一気に集めた。

 鞘姫を喪った刀鬼の空虚を、虚脱を、見事に描いて見せていた。

 

 そして芝居は、なおも続く。

 

 

 


 

 

 

『刀を執れ。女を斬られて、黙って引き下がるのか』

 

 刀を突きつけ、ブレイドが挑発する。

 しかし、抜け殻となってしまった刀鬼は、反応すら示さず、ただぼそりと言葉を返す。

 

『もう、いい。……俺は鞘姫のために戦っていた。護れなかった今となっては、戦う理由がない』

 

 心のひだを、彼の言葉が撫でる。

 絶望と空虚、諦念に支配された声だった。掠れ、力なく、自分に言い聞かせるような声だった。

 その目にはきっと、何も映っていない。萎んで、消えてしまいそうな姿だった。それなのに、彼から目を離せない。主人公のブレイドが、側にいるというのに。

 

 これまでの、無感情と無反応を旨とする氷のような振る舞いとは、何もかもが違う。

 表面に出てくる感情にはそこまでの差がないはずなのに、その裏に積み重ねられた情動の分厚さを、そして重さを、意識せずにはいられない。

 どこまでも空っぽであるはずなのに、今の刀鬼からは、アビ子はある種の「重圧」のようなものすら感じ取っていた。

 

『それだけか』

 

 そしてその理由を、観客はすぐに知ることになる。

 

『あるんじゃねぇのか、お前の中にも』

 

 突きつけられた刀を、見る。鞘姫を見る。そして、己の身体を見る。

 手が、震える。引き延ばされた静寂の中、得物を拾い上げるカチャリとした音が、やけに大きく響き渡る。

 

 震えているのは、手だけではなかった。腕が震える。肩が震える。握る刀の鎬が、その震えによってガタガタと音を立てていた。

 顔を俯かせたまま、手を掲げる。逆手に握った刀と共に。

 ゆっくり、ゆっくりとした挙措で、まるで祈りであるかのように、それが天に向かって伸びて――次の瞬間、耳を塞ぎたくなるほどの悲痛な雄たけびと共に、刀鬼は猛然とブレイドに向かって斬りかかった。

 

 

 


 

 

 

 歪な身体の動き方だった。まるで何かに操られるかのように。

 それは果たして、憎悪によるものか。それとも後悔か、あるいは怒りか。その全てによるものなのか。

 どうしようもなく、引き込まれた。それまでの刃筋の通った綺麗な刀捌きとは全く違う、無茶苦茶な剣閃の嵐だった。しかしその圧力に、ブレイドは気圧される。

 斬りつけるのではなく、殴りつけるような。あまりに無茶な動きに、時折蹴躓いたようにバランスを崩して、でも裡で猛り狂う衝動が、身体を無理矢理に駆り立てるようで。

 

 刀を振り下ろすたび、野太く、しかし今にも擦り切れそうな、痛々しい叫びを上げる。

 人体に無理を強いているような動きの連続に、刀鬼の姿勢が少しぐらつく。その隙をついて、ブレイドが刀鬼の盟刀を弾き飛ばした。

 が、それがなんだというのか。手に得物を失っても、鬼の血族たる刀鬼には爪がある。そして牙も。なりふり構わず、徒手空拳でブレイドに飛び掛かり、野生と本能のみの振る舞いで、見ているこちらが辛くなるような戦いを続けようとする。

 

 

 

 ――すごい。あまりにも。

 アビ子は気づけば、口に手を当てていた。

 自分の想定していたものより、自分が原作で描いたあの場面より、今刀鬼がまき散らしている絶望は、遥かに暗く、重く、深く、そして烈しい。

 「お願い。もう止まって」。原作者であるはずなのに、自分が生み出したキャラクターであるはずなのに、刀鬼に対してそんな言葉をかけてしまいたくなるほどに。

 

 あれほどの激情を、現実の人間が出せるのか。あれほどに苦しそうに、悲しそうに、人の身体の限度を超えたような動きを、するものなのか。できるものなのか。

 

 

 


 

 

 

 がむしゃらに暴れまわり、故に刀鬼の体力はブレイドのそれよりも早く尽きる。

 それを目敏く見抜いたブレイドは、そこで敢えて刀鬼の爪による一撃を横腹に受けて、しかし後の先の一閃を刀鬼に見舞った。

 肉を切らせて骨を断つ。その剣をまともに受けた刀鬼が、ブレイドをその爪で切り裂いた向こうで、崩れ落ちる。

 

 爪に抉られた腹を押さえて、振り返る。何かを堪えるような表情を一瞬浮かべたブレイドが、しかし決然と盟刀を掲げる。

 それから程なく、刀鬼に落ちた一条の雷霆が、二人の間の勝負を、今度こそ決定づけるものとなった。

 

 

 

 どう、と刀鬼が倒れ伏す。再びの静寂がやってくる。

 ブレイドが、この戦いによって生まれた怪我人の治療を呼びかける。敵も味方も関係なく。

 

 しかし、もはや遅い。彼らの前に倒れている鞘姫は、すでに血を流し過ぎている。助かろうはずもない。

 渋谷の人々は、故にこそ誰も動こうとしなかった。

 

 誰もが知っていたからだ。鞘姫の本当の思いを、「出来得るならば、戦いたくなどなかった」という考えを知っていて、それでも彼女を戦場に送り出したのは、畢竟渋谷のすべての人々の意思によるものであったからだ。

 そのせいで、彼女は死んだ。ならば鞘姫を殺したのは他でもない、我々渋谷の鬼ではないか。そう、思っていたからだ。

 

 

 

 ――いや、違う。そんな悲劇的な結末を、認めるはずもない。

 闘志に溢れ、喧嘩っ早いブレイドだが、彼の性根には確かな正義感もまた、宿っているのだから。

 

 ブレイドが、つるぎが、彼女の手から零れ落ちた盟刀に、そしてその鞘に、「傷移しの鞘」に手を触れる。

 「自身の傷を配下に、あるいは敵に移して、引き換えに己だけは最後まで生き永らえる」。それが本来の傷移しの鞘の効用なのに、しかし彼女はその鞘を、全く逆の方向に使っていたのだ。「自分が死ぬのならば、この戦いで傷ついたすべての人々の傷を、自分が一挙に持っていく」と。

 つまりそれを反転させれば、彼女の受けた致命傷を、この場にいるすべての人間で共有すれば、彼女の死は『取り消せる』。

 

 ならばそれをためらう理由など、ブレイドたちにはない。どのみちそんな在り方で、いわば手加減されて得た勝利など、勝利とは言えないのだから。

 つるぎと二人、手に取った鞘の力を解放する。鞘姫に取り込まれていた傷が、全員に還元され、故に彼らの体の端々からは血が噴き出る。

 それでも、鞘姫一人に対する致命傷も、百人で受ければ微々たるものだ。故に鞘姫に深く刻まれていた袈裟懸けの傷跡も、そこから流れ出していた血さえも、まるで巻き戻しでも起きているかのように、急速に癒えてゆく。

 

 

 

 そして、そこから数十秒ののち、彼女の、鞘姫の身体からは、一切の傷が消えていた。

 血に汚れていた身体も清らかさを取り戻して、そして彼女の瞼が、ふるりと震えた。

 

 ゆっくり、ゆっくりと目が見開かれ、呆けたような表情で、その身を起こす。

 

 

 

『鞘、姫――?』

 

 盟刀の雷に身を焼かれ、動けないままに倒れ伏していた刀鬼から、それでも気力だけで頭を上げ、鞘姫のことを見届けようとしていた彼から、呆然とした声が上がる。

 

『鞘姫……』

 

 腕が動いた。萎えてしまった脚の代わりに、這うようにして、無理矢理に身体を動かそうとする。

 

『鞘姫……っ!』

 

 みっともなく、格好悪く、しかしその必死さこそが、刀鬼という一人の人間の、鞘姫に向ける思いというものを、何よりも象徴していた。

 

 その姿に気がついたつるぎに助け起こされて、そして刀鬼は鞘姫の側に座り込む。

 まるで壊れ物に触れるかのように、震える腕を伸ばして、彼女の衣の袖を、そっと握った。

 鞘姫が、その顔を横に向ける。刀鬼の方へと。

 

『刀鬼……』

 

 ゆるり向けられたその視線を覗いて、発された声を聞いて――刀鬼の情緒は、決壊した。

 

 一際大きく響く、息を呑む音と共に、刀鬼はひっしと鞘姫の身体を抱き寄せる。

 押し殺したような嗚咽、口の中で噛み殺したかのような鞘姫の名を呼ぶ声、そして彼の固く結ばれた瞼から、それでも零れ落ちてゆく涙が、抗しようもないほどに、すべての観客の心を揺り動かしていた。

 

 

 

 観客席のあらゆる場所から、すすり泣く声が聞こえる。そしてそれは、アビ子であっても例外ではなかった。

 故にその瞬間、アクア扮する「刀鬼」は、主人公のブレイドすらも差し置いて、はっきりとこの劇の主役として君臨していた。

 

 

 


 

 

 

 

 

 この舞台は、そんな鞘姫復活の一幕の後に新宿と渋谷の和解のエピソードを経て終劇となるが、しかしアビ子の印象は、そして感情は、最後の刀鬼――つまりアクアが見せた荒れ狂う感情表現の一幕の中に、置いて行かれてしまっていた。

 凄まじい余韻だった。あまりに鮮烈な印象を、彼の演技はアビ子に残した。

 

 自らの中、創作意欲が掻き立てられてゆく。それまで、読者人気に押されて最近の掲載話では刀鬼のカップリングの相手役はつるぎばかりを押し出していたが、しかしこの二人の間に本来横たわっているはずの感情の大きさを強烈に意識させられたことで、彼女の中では「刀鬼と鞘姫」の関係性をもう一度漫画の中で描いてみたいという突発的な衝動が生まれていた。

 

 まさか、自分の作品の舞台化によって、自分の作品そのものに対する新たなアイディアが浮かんでくるなんて。

 そんなことが起こるとは、アビ子としてもこの場所に座るまで全く思ってもいなかったことだった。しかしそれでも、確実に一つだけ言えることはあった。

 

 終劇のあと、カーテンコールとして舞台に立った役者たちが一堂に会し、頭を下げる。

 彼らに対して割れんばかりの拍手を送りながら、アビ子は強く、一つの思いを胸に抱えた。

 

 ――よかった。もう、悔いはない。この舞台化の話を受けたことも、こんな素敵な役者さんたちに、自分の作品を演じてもらったことも。

 

 それは途方もなく大きい、確かな満足感であった。

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして、舞台「東京ブレイド」の初日は盛況のうちに幕を下ろした。

 役者たちもまた、初日故の緊張感に加えてどっしりと身体に圧し掛かる疲労感と共に、確かな達成感のようなものを胸に抱えて、化粧落としを含めた撤収の作業に入っている。

 

 あかねはその中で、楽屋を一足先に後にしていた。人一倍の装束の重ね着もあったし、ウィッグに化粧と色々後処理が必要なものは多かったが、しかし何故かあかねはそれをやけに手早く終えてしまっていて、どこか手持ち無沙汰な心情のままに、廊下に立っていた。

 

 ほんの数十分前までの、舞台の上のことを思い出す。あの時、鞘姫として板の上にいた自分と、それに対してあそこまで烈しい情動を見せてきた、刀鬼――アクアのことを。

 彼は結局、特訓と称して連日のように五反田監督のスタジオで行っていた「自傷行為」の末に、自分自身と刀鬼との間に折り合いをつけることに成功した、らしい。それはゲネの直前、本当にギリギリのタイミングのことだった。

 

 彼もまた、一つの天才であるということなのか。そんなことを思わされる。あの渋谷抗争における最後の一幕、観客の目を一手に集めていたのは、間違いなくアクアだった。

 あかねも、かなも、そして姫川大輝すらも差し置いて、あの一幕における主役は、他でもないアクアだったのだ。

 

 通し稽古のときも、ゲネの時も、あそこまでの爆発力で周囲を圧倒する、そんな演技は見せてこなかったはずなのに。

 なんというべきか、もう少し器用というか、「万能寄り」な役者であると、思っていたのに。

 

 役者の中には、いやそればかりではなく、所謂「パフォーマー」と呼ばれる人たちの中には、本番においてだけ異様なパフォーマンスを発揮するタイプの人間がいると聞く。

 あかねたちの世界で言うところの、「本番になると『降りて』くる」タイプの役者だ。アクアは、そういう才覚を持っている、ということなのだろう。

 

 一人の人間としてのあかねは、それに喜んだ。

 自らの隣に立っている彼が、そんな得難い武器を持っていることを。この芸能界を生き抜く術を、身に着けていることを。

 

 しかし役者としてのあかねは、それに身構えていた。

 彼は厄介な役者だ。油断していると、いとも簡単に「食われて」しまう。彼女にとっては、既に存在として大きい「有馬かな」という女優に次いで気を配らなければならない才能が世間に見つかってしまったことに、警戒心というものを持たざるを得なかった。

 

 でも、それでも、やはり嬉しいのだ。そんなかなと、アクアと、あの板の上で共演できたことが。いや、これから一か月もの期間、共演できるということが。

 

 口に無意識のうちに笑みを浮かべて、あかねは廊下を歩く。そしてそこに、影が差した。

 

「あら」

 

 声が聞こえる。姿が見える。赤銅の髪と深紅の瞳の、小柄な女の子が。

 有馬かなが、そこにいた。

 

 

 

 さながらそれは、開演前の焼き直しのようであった。楽屋をつなぐ廊下の上、ただ二人で相対する。

 

「お疲れさま、かなちゃん」

「……ええ、あなたもね」

 

 当たり障りのない会話が、ひとまずは交わされる。

 しかし続きの言葉が、出てこない。自分は今彼女に、かなに何を言えばいいのか。

 

 芝居の始まる前、彼女に言った言葉。「私が勝つ」とかけたそれも、今となってはどこか、野暮なものにすら感じられた。

 

「……まあ、なんて言うか」

 

 故に二人の間を支配した沈黙は、かなの方から打ち破られる。

 

「いい芝居……だったんじゃないかしら」

 

 それは、あかねのことか、かなのことか。それとも今回の舞台、全体を指して言ったことだろうか。

 互いに、己の本音を相手に対して口が裂けても言えないような間柄だからこそ、彼女の言葉には含みが生まれていた。

 だからたぶんきっと、それはそのどれでもあり、そしてどれでもないのだろう。

 

「そう、だね。……ねえ、かなちゃん」

 

 だからこそ、あかねは口にする。

 目を背け気味だったかなの視線が自分の上までやってきたことを見届けて、その続きを言葉にした。

 

「かなちゃんはさ。……楽しかった?」

 

 今までの自分であれば、それは彼女には決して問わなかったであろうものだった。

 彼女の演技のやり方が、「潰されてしまった」彼女の生き様が気に入らなくて、もどかしくて、その苛立ちばかりが態度に、言葉に出ていたはずのところだった。

 しかし、今は違う。かなという少女に対する胸中の蟠りこそ、積年のこじれによって未だすべては溶けきっていなくとも、それでも彼女に対してそんな、正直な問いを発することができるようになったのは、間違いなくあかねにとっても、そしてかなにとっても、幸せなことなのだろう。そう、素直に思えた。

 

「そうね。……まあ、悪くはなかったわ」

「……なにそれ」

 

 果たしてそれに、どこか決まり悪げに返事を投げ返してくる彼女は、やはりどこか彼女らしさを態度に残していて、故にあかねは少し笑ってしまう。

 

「なによ」

「んーん、なんでも」

 

 それでも、大過なく初日の舞台が終わったこの場所で、その時間で、有馬かなという少女とこんな言葉のやり取りができる日が来たということが、あかねにとってはなぜか、無性に嬉しかった。

 

 

 

 だからこそ同時に、あかねは思う。

 そんなあかねとかなの間を、あの夏の日、JIFの舞台を使うことで取り持ったのは、アクアだ。

 どうしようもなくお節介焼きで、優しくて、でも秘密主義で、それでいて感受性は高く繊細な、あの少年の力がなければ、今の自分はこうして彼女と話せてはいないのだ。

 

 だと、するのならば。

 そんな彼だからこそ、そんな彼にこそ、今日この一日ばかりは、背負った重荷のことを忘れられるような、楽しい日であったと思ってほしい。

 役者としての醍醐味を、その満腔で感じていてほしい。せめて、今日ばかりは。

 

 

 

 あかねはそう、祈らずにはいられなかった。




基本的に、あかねちゃんにいい空気を吸ってもらうための回でした。
アクアの本筋にはぶっちゃけあまり関係がないので、どうしても一話で終わらせたかった感じです。
ビジュアルイメージはアニメ版を踏襲しています。つるぎの得物の刀→鉈に関しては良改変だと思ったので。

かなちゃんはJIFで早めの覚醒をしているので、その天才女優ぶりを如何なく発揮することになりました。受けの演技と太陽の演技が両方そなわり最強に見える。
あと地味なところではメルトの演技に強化が入っています。本作のアクアが原作と異なり役者ガチ勢であることでアドバイスの内容が変わったことが影響しています。



そしていよいよここからがプライベート編、本作的には「本題」となります。
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