逢魔が時に至り、沈みゆく陽の光が染め上げていた空は、少しずつ濃紺の宵闇に移り変わりつつある。
影が広がり、往く道の先さえももはやよく見渡せない。だというのに、アクアがあかねを先導するその態度には、一つの迷いすらも窺えなかった。
通い慣れた道を行くかのようにあかねに先んじて、彼は山の間に開かれた一本の舗装道路を、躊躇いなく進んでゆく。
それから十五分ほど、高千穂町の中心部から北の外れに出たアクアは、そしてあかねは、辺り一面に田んぼの広がる少し奥まった山の麓にぽつりと建っている、一軒の平屋へと辿り着いた。
残照の紅が照らし出すその家は、命の息吹きすらも感じない、寂れて朽ち果てた廃屋の姿をしていた。
「……まあ、こうなってるよな」
あかねの視線の先で、そんな呟きが聞こえる。言うまでもなく、アクアによるものだった。
「ここがその、担当医の産医さんの、おうちなの?」
恐る恐る問いかけたあかねに、彼が振り返る。その表情は黄昏が作り出す長い影の中に覆い隠され、あかねからは窺い知ることもできない。
「ああ。……この通り、もう誰も住んではいないけど」
言いながら、アクアはすたすたとその家の玄関に歩み寄る。軒先の郵便受けに入っている鍵を取り出して、扉を開錠した。
風雨によってか、あるいは八年ほど前に熊本で起きた大地震の余波がここまで届いていたか、建て付けの歪んだ家の扉は力を入れて持ち上げなければ動きもせず、正面に立ったアクアによる数秒の格闘の末に、扉は軋んだ音を立てながら漸く開かれた。
そのまま、彼は土間の中央まで進み出る。地方に古くからある民家特有の、土間の中に炊事場――竈と洗い場が鎮座しているその場所は、土埃に塗れて久しく、時の流れの残酷さのようなものをあかねに思わせずにはいられない。
家の只中へと立ち入るアクアと対照的に、あかねは入口に留まる。自らに背を向け、夕闇に翳る寂寞とした空間の中に一人佇むアクアへと、あかねは問いかけた。
「さっきアクアくんさ、その担当医のお医者さんのこと、『知り合いだ』って言ってたけど」
「ああ」
「でもその時、アクアくんは赤ちゃんだったわけでしょ? だからその、『知り合い』っていうのが、ちょっとよくわからなくて」
我ながら、野暮な問いだとは分かっている。しかし同時に、それは必要なものだとも思っていた。
問われたアクアが、しばし沈黙する。促すこともなく静かに待っていれば、彼は一つ息を吐いてからあかねの方を向いた。
「まあ、俺も生まれてすぐのことは憶えてない。けど、母子の健康を確認するためとか言って、母さんは何回かこの病院に来たらしくてな。それで、担当医の人――『雨宮吾郎』って名前だけど、その人とはよく会ってた。もちろん、俺もルビーも一緒に」
なるほど、と納得させられる。確かに、筋は通っていた。
あかねがアクアの家庭事情の中に持っている推測のことを考えても、彼が生まれてから数年間、『アクアの母』にはまだ自由に使える時間は多かった。『彼女』がそのキャリアの中で多忙を極めるに至るのは、実質的にアクアが四歳の誕生日を迎えるかどうかの頃からである。正確には、アクアが三歳のクリスマスの日を過ぎ、年が明けてからのことだ。彼にとってはきっと、生涯忘れることなど出来ないだろう、あのクリスマスの。
であれば、決してない話ではないのだろう。もっとも、今彼の語る言葉のどこまでが本当のことなのかは、あかねには知る由もないけれども。
「なるほどね。でも、なんで今日、ここに来たの?」
更に問うたあかねの声に、アクアはうつむきがちに視線を逸らす。
そして、再び背を向けた。土間の先、暗闇の中に微かに見える写真立てのようなものを、彼は見遣った。
「確かめたかったから、かな。この場所を」
そう、あかねの問いに答えてから、アクアはぽつりとそれを口にした。
「その人がここにいない理由だけど。――失踪、したんだよ」
思わず、あかねは息を呑んでいた。
「完全に行方不明。病院の方も、警察に届けは出したのかも分からないけど。でも何か月も姿を見せなかったってことで、退職扱いになったらしい」
「どうして、そんな?」
「……さあ、な」
どこか震える声で更に訊ねたあかねに、吐息混じりの声色でアクアは答えてみせてきた。小さく頭を振る姿も、ここから窺えた。
「けど、俺はその人のことを、色々聞いた。母さんからも、『雨宮吾郎』本人からも」
そして、彼はそこで一つ呼吸を入れる。あかねに背を向けたまま、しかしアクアはあかねに話をしようとしていた。
「何を思って、産医になったのか。どういう生き方を、してきたのか」
ふっと、彼の顔が天井を向く。何かを反芻するかのように。しかしそれも束の間のこと、彼はまた視線を前に向けて、言葉を続けた。
「『雨宮吾郎には、母親がいなかった』、らしい」
斯くして、そんな語り出しを伴って、彼はその産医の、「雨宮吾郎」という男のことを、話し始めた。
「正確には、『両親がいなかった』、らしいけど。明かせなかったのか、本当にわからないのか、いずれにせよ父親のいない子供を身籠った雨宮吾郎の母親は、その事実を親に隠してその子を産もうとして、自宅出産を選んだ」
話しながら、アクアは思う。なぜ今自分は、あかねに向かってこんなことを喋っているのかと。
「リスクの高い方法だ。だからと言うか、目は悪い方に出た。――『産科危機的出血』。最近じゃ三百人に一人ぐらいしか起こらない症状だけど、そもそもまともな産医にかかってなかったのか、周産期管理ができてなかったのか。ともかく血が止まらなくて、子供こそ産まれはしたけど、救急車を呼んで、家に着く頃にはもう助からなかった、らしい。雨宮吾郎の母親は、それで死んだ」
知り合いの半生と言う名目で、己の過去を話している。もはや誰に言っても詮無いことのはずなのに。所詮は死んだ人間の話でしかないだろうに。
「ずっと、思ってたみたいだ。『自分の命は、母親の屍の上にある』って。母親を犠牲にして、そうしないと産まれてさえこれなかった自分の命に何の価値があるのか。それがあの人の原点……だったのかもしれない」
背後にいるあかねは、何も言わない。身動ぎする素振りすら、窺えなかった。
当然だろう。いきなり知らない男の生い立ちの話を聞かされて、どう反応すればいいというのか。
だからもう、本当はきっとやめた方がいい話なのだろう。しかし、アクアの口は止まらない。止められなかった。
「両親がどっちもいなくなって、赤ん坊一人じゃ生きていけないから、彼は母方の両親――つまりお祖父さんとお祖母さんの家に預けられた。それが、ここだ」
言いながら、歩き出す。飾り棚の上にある、写真立てを手に取った。
吾郎としての自分の、高校時代の写真だ。今から三十年ほど前のものである。主のいなくなった家の中、土埃に汚れ切ったそれを眺めて、アクアは息を吐く。
「彼のお祖母さんは、なんだかんだ面倒を見てくれてたらしいよ。母親のことがどうあれ、産まれてきた子に罪はないからって。けど、お祖父さんの方はな。まあ、『どこの馬の骨ともわからない男に産まされた子供』で、『そいつのせいで愛娘が死んだ』ようなものなんだ。扱いは知れてるだろう」
掠れた声が聞こえた。アクアくん、と。背後の、あかねからだった。
彼女は何を思って、そう呟いたのか。アクアは、しかしそれを敢えて黙殺した。
「まあ、そのお祖父さんの方も、そこからあまり長くはなかったんだと。だから結局、中学校に上がる頃には、雨宮吾郎は彼のお祖母さんと二人で、ここで暮らすことになった」
アクアは目を閉じる。この場所で、自らの祖母とともに生きていた日々のことを、瞼の裏に思い浮かべた。
田舎暮らしの不便さは、今から考えれば相当のものがあっただろうけれども、しかしそれしか知らなかった当時の自分には、そう苦しいものではなかった。
それでも、祖母が自らを見る視線に含まれる色のことを、吾郎は気にせずにいられなかった。彼女は吾郎を通して、確実に自らの娘のことを、声すら聞いたこともない母のことを、見ていたのだから。
故に、どうしても思ってしまう。
雨宮吾郎とは、何なのか。何の必要があって、ここに産まれてきたのか。唯一の肉親にさえも、自らが犠牲として死なせてしまった母親の幻影を重ねられるばかりの自分は。その意味は。
生きる理由の一つもなければ、ただ死ぬのが怖くて、「死んでいないだけ」でしか、ないだろうに。
「幸い、彼は勉強だけはできた。だから進路は選べて、その中であの人は、医者になろうとした。けど、実のところ雨宮吾郎は最初から産医になりたいわけではなかった、らしい」
だから吾郎としての自分は、常に自らが生きるべき価値を探していた。そうしなければならないと思っていた。
勉強を頑張ったのも、それが理由の一つだ。何かを真面目にやらなければ、そこで結果を出さなければ、自分が世界にいる意味などない。せめてこの高千穂という小さな世界の中でぐらい、何かの頂点でなければならないと決め込んでいたのだ。
医者の道というのも、それと同じ欲求に端を発したものだった。
母を殺し、命一つを踏み潰して産まれてきたのが自分であるのならば、誰かの命を助けることで初めてそれを贖えるのではないかと、それが自分が今もなお生き永らえる意味になるのではないかと、そんな考えから生まれた将来展望であったのだ。
そこには、当時自分が好んで読んでいた小説も影響してはいる。その中に登場した外科医が、自らに託された命を冷静沈着に、時には大胆に、次々と救ってゆく姿が、吾郎にとってはどうしようもなく眩しく映った。格好良かったのだ。
自分も、そうなりたいと思った。そうなるべきだと。
「好きだった小説に出てくる医者がカッコよくて、そういう医者になりたかったんだって、言ってた。だから最初、彼は外科医になることを望んでた。けど」
そうだ。しかし、そうはならなかった。
吾郎が自らの進路を医大に決めたとき、それを祖母に伝えた日のことを、アクアは未だに覚えている。
まさに、この家の土間でのことだ。吾郎が言ったその言葉を受けて、祖母は目に涙を浮かべた。
吾郎の傍へと近寄って、彼女は自らの両手でもってこちらの両手を掴んできた。その形を確かめるかのように、愛おしむかのように、握った。
そして、言ったのだ。
――産医になろうなんて、お母さんのこと、ずっと気にしていたのね。
――やっぱり、あなたは優しい子だわ。私の誇りよ。
「拒めるはずもないよな、そんな風に言われたら。自分のお祖母さんから向けられた期待の目線は、裏切れなかった。だから彼は、流されるように産医を目指した」
他人事のように言うが、しかし実情は違う。
怖かっただけなのだ。自らを育ててくれた祖母の期待に背くことが。それによって、祖母からすらも祖父と同じような目で見られるのが、ただ恐ろしかっただけなのだ。
その程度の意思の力しか、自分は持てていなかった。所詮、他人の顔色を窺わなければ生きられない、そんなちっぽけな人間だったということなのだろう。
「じゃあ、その人――雨宮さんは、産医になるのは不本意だったってこと?」
「どうだろうな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、一応あの人は産医を続ける動機を見つけてはいたみたいだぞ? だから勤務態度は割と真面目だったらしい。研修医時代は、医局の指導医の長話がダルすぎてちょいちょい抜け出しては患者の病室で暇つぶしたり、してたみたいだけど」
そうだ。そしてその中の一人が、忘れもしない、忘れられるはずもない、あの女の子だった。天童寺さりなだったのだから。
彼女と過ごした一年にも満たない日々のことを、それでもアクアは忘れたことなどない。
その最後にやってきた、今際の際の時のことも。
アクアが――吾郎が天童寺さりなと面識を持った時、既に彼女の両親は彼女のところにはやってこなくなっていた。彼女の話を聞くに、かつてはさりなの親もある程度の頻度で彼女のもとを訪れていたらしいが、しかし治療が長引くにつれ、そして症状が悪化するにつれ、次第にその足は遠のくようになったのだという。
彼女の親がそうなった理屈は、理解できる。治る見込みのない娘を直視することが、日に日に病状が悪化し、元の日常には決して戻らないことを思い知らせてくるその姿を受け入れることが、彼女の両親にとってはあまりに苦しいことだったのだろう。
だから、彼らは逃げたのだ。天童寺さりなの入院費用は変わらず賄っているのだからと、そういう理屈で自らを納得させて。
その心理を、吾郎は必ずしも否定できない。人間は、いつも強くあれるわけではない。全てをありのままに受け止められるわけでもない。
しかし、そんなことはさりなからすれば何も関係ない。
「自らのもとに、いつしか両親が訪れなくなった」。それが彼女にとっての全てである。
故に吾郎の知るかの少女とは、常に孤独で、そして親というものの存在を失った子供であった。文字通り、その命の果てる時でさえも、そうだった。
天童寺さりなの容体が変わるほんの数週間ほど前のこと、吾郎は一つのプレゼントを、『クリスマスプレゼント』を、彼女に手渡した。
『B小町の、宮崎ツアーライブの公演チケット』。忘れるはずもない。それと共に交わした、約束のことも。
――B小町が、アイのB小町が宮崎にライブにやってくるから、それを一緒に見に行こう。
今にして思えば、あれは逃避だった。彼女の「終わってしまう」日がそう遠からずやってくるであろうことは、ずっと分かっていたはずだった。
退形成性星細胞腫は
だから吾郎が彼女に、さりなに出会った時点で、彼女はすでにいつまで生きられるか定かではない身であったのだ。そのことを、自分はもっと深刻に考えなければならないはずだった。
そうすれば、そうやって彼女の『兆候』を見逃さないようにしていれば、さりなは最期の日、最期の時に、ああも孤独に旅立っていくことなどなかったかもしれないのに。
吾郎だけではなく、彼女の両親も寄り添う形で、終わりの時を迎えることができたかもしれないのに。
その後悔は、ずっとずっと吾郎の胸に強く残り続けている。彼女と過ごした、輝かしい日々の記憶と共に。
斯くして、その記憶は以降の吾郎にとって、強い意味を持つようになった。
彼女が病室に残していた、吾郎に宛てたメッセージカードと共に。最期の力を振り絞るように渡された、「アイ無限恒久永遠推し」のアクリルキーホルダーと共に。
親を得られず、その情の何たるかを何も理解できずに育って、他人に迎合することでしか己の生きざまを確立できなかった吾郎。
高千穂などという僻地に捨て置かれ、悪化する病状と、近づく刻限の中に親の声を聞くことすら叶わず、かつてはあったかもしれない「親からの愛情」たるものを失くして、その末に終わりの時を迎えざるを得なかった、天童寺さりな。
重ねてしまうのは、どうしようもなく烏滸がましいことなのだろう。しかし、だからこそ吾郎は、その時思ったのだ。
罪のない、穢れもないあの少女がこれほどに希って、それでもついぞ最後まで得られなかったものは、愛というものは、一体何なのか。
自分の中にもそれを向けられた記憶などなく、その何たるかを知ることもできず、世の人々はその存在を高らかに歌うけれども、果たしてそんなものが実在するのかどうかすら、疑わしく思えてしまう。
でも、それは確かにこの世にあるものだ。たとえどれほど朧気でも。無形であっても。そうでなければ、それを信じ、求め続けたさりなが報われない。
「所詮、人間の信仰によってしか存続し得ない蜃気楼に過ぎぬ」と、「そんなものは幻想だ」と、そう断じてしまいたくはない。そんな冷たい言説で、彼女が全力で生き抜いた十二年を無意味な営為へと零落させてしまうなど、あってはならなかった。
だから、それこそが吾郎にとっての「意味」になった。産医として生きることに、モチベーションが生まれた。さりなの命を背負うことを、勝手ではあっても、自らに任じたのだ。
それを知ることで、その答えを得ることで、自らが産まれ出るに当たって犠牲にした母親に対して、初めて「吾郎を産んだ意味」というものを与えられる気も、していたから。
「そうなんだ。……なんと言うか、努力してきたんだね、その人」
アクアの、最後の冗談めかした一言にくすりとだけ笑って、あかねがそうまとめる。
「……さあ、どうなんだろうな」
対するアクアは、そう返すのがやっとであった。
それ以上の何かを口にしようものなら、「他人の半生」の体で語っている吾郎の内心のことすらも、ぶちまけてしまう気がしてならなかったからだ。
「まあ、雨宮吾郎の話はこれぐらいにしよう。ここに来た時点で目的は九割達成したみたいなもんだし、これ以上この場所にいる用事はない」
故にそう言って、アクアはあかねの方へと振り返る。
「時間ももう結構行ってるだろ? そろそろルビーたちのところに行かないと」
問いかけてみれば、あかねは灯り一つない家の中を検めるためにか点けていたスマホのライトをそのままに、画面の方も起動して時刻を確かめている。程なく、そのバックライトに照らされた彼女の顔が、こくりと縦に振られたのが見えた。
「そうだね。もうそろそろ六時になるし、行かないとだよね」
「ああ。それと、自転車も返さないとだしな」
「……確かに。すっかり忘れてたよ」
苦笑を浮かべてアクアに同調したあかねに頷いて、アクアはこの場から去るために歩き始める。
その途上、横に広がる炊事場を、ちらと見た。
かつてどこまでも見慣れて、日常の一部であったその場所は、過ぎ去った時の長さを証明するかのように汚れ毀れて、昔日の姿など見る影もない。
それでも瞬間、アクアはそこに祖母の姿を幻視した。振り向いて、吾郎の名を呼ぶ声さえも、耳に聞こえた気がした。
頭を振る。それは、この場所に置いておくべきものだった。目を瞑り、少しだけ俯きながらも歩を進めて、そして出入り口に立つあかねの横で立ち止まる。
アクアは、口を開いた。
「ありがとうな。ここに付き合ってくれて」
「え? ううん、全然。ここに来るまで、私の行きたいところ全部連れてってくれたし」
「それでも、だよ。あと」
言葉を切って、あかねを見る。視線を向けられたことを察した彼女も同じくアクアの方に顔を向けた。
結ばれた視線の先を見据えて、言葉を継ぐ。
「話。聞いてくれて、ありがとう」
あかねの目が、見開かれた。
果たして彼女は、今のアクアの言葉から何を読み取ったのだろう。しかしそれを、アクアとしては聞こうとは思わなかった。
あかねの前を通り過ぎ、振り返って扉を閉める。この家の中で起きた何もかもを再び記憶の中に封じて、アクアは玄関の傍に置いていた自転車に徐に跨った。
遠く見える稜線の向こうを、仰ぎ見る。今紫紺から漆黒へと移り変わらんとしている高千穂の空の只中には、しかしかつて吾郎が見上げていた宵の明星の輝きを、見つけることはできなかった。
一話の時点でチラ見せしてはいましたが、本作におけるアクア(吾郎)の基本スタンスの開示になります。
あかねがアクアのことを「アダルトチルドレン」と評していたのは、実のところ「転生要素を見抜けなかった誤謬」とも言い切れないところがありました。どちらかと言えばこの前世由来の歪みがアクアの行動には影響しています。
ただ原作のあの末路を見るに、正直本作の設定でなくとも、アクアは自らの生い立ちに対してこれぐらいの歪みを抱えていた可能性がありますが……。
そしてもう一点、本話については、ちょっと今までの描写との矛盾ととられそうな点(襲撃事件がアクア三歳のクリスマスであったという描写)があるので、そこの部分の説明を。
原作においても、アイが殺されたドームライブの朝にアクアとルビーが四歳だったと描かれていますが、正確には三歳と八か月(ないし七か月)であったと推測されます。
推しの子の各キャラクターには公式に誕生日は設定されていません(カミキヒカルの7/27ぐらい)が、アクアの今ガチのタイミングでの年齢に関する描写(焼肉帰りの会話の中でアクアがすでに十六歳と描かれている)から、双子が生まれたのが四月(ないし五月)であることはほぼ確定しています。
そしてアイが生まれたのは12/25、クリスマスです(こちらは作中における完全なる確定情報)。
となると、アイとアクア/ルビーの年齢差は正確には十六年と四(五)か月であり、ドームライブの日(=アイの二十歳の誕生日)に起きた襲撃事件のタイミングでは、必然的にアクアとルビーは三歳八(七)か月であることが導き出せます。
とは言え「それはだいたい四歳だろ」ということも事実なので、本作においては以降も精密な時系列に関する言及が必要な時を除けば、「アイがリョースケに襲われてアクアが刺されたのはアクアが四歳の時」という描写はそのままで行きます。
以上、長々と失礼しました。