天には星を、人には愛を   作:厳冬蜜柑

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4-11. はじまりのばしょ

 星野ルビーにとって、それは一つの夢のようなものなのかもしれなかった。

 

 八月の末、夏休みもそろそろ終わりが見え始め、良くも悪くも「二学期」という勉学の季節が顔を覗かせ始めた辺りに、ルビーたち「新生B小町」のもとに一つの仕事が舞い込んできた。

 今のB小町は、二カ月足らずののちに二回目のワンマンライブを、すなわち武道館ライブを控える身である。だから当然にルビーたちはその準備に余念がない。今回新しく発表する新曲の振り入れやフォーメーションの確認も、当然に含めてだ。

 

 一方で、既に「大手Youtubeチャンネル」と自称するに十分な知名度を獲得しつつあるB小町ちゃんねるの動画撮影も、当然欠かしていない。最近で一番再生数が伸びたコンテンツと言えば、MEMちょが旧交を温めるという名目で引っ張ってきた、「今ガチメンバーとの同窓会」動画だろうか。

 ルビーとしても、かつてパソコンの画面の向こう側で見ていた「今ガチ」の面々と初めて対面した経験は、非常に感慨深いものだった。同時に、『自らの兄たるアクアと、初めてB小町ちゃんねるの中で共演した経験』も。

 あの時のことは、仔細まで思い出せる。が、それはいつかどこかのタイミングに取っておくべきものだろう。それこそ、あの動画のことでかな(先輩)をからかってやるとき辺りに。

 

 ともかくも、今のルビーのアイドルとしての毎日は充実している。「芸能人」としてのステップアップも、着実に果たしていると言えよう。武道館ライブを成功させた暁には、それはもっと確実なものとなるに違いない。

 そういう意味においても、今回ルビーたちにやってきた仕事というのは、間違いなく一つの画期だった。

 

 六本木にあるテレビ局からの、生放送の音楽番組への出演依頼。B小町に舞い込んできたのは、つまりそういう仕事だった。

 

 

 

 言うまでもなく、これは壱護社長の営業の成果だ。同時に、来る武道館ライブをより確実な成功へと導くための宣伝の意味も含んでいる。

 その話を聞いたときに、ルビーははっきりとテンションが上がっていた。B小町三人が勢ぞろいした場で明かされたものだから、思わずかなに飛びついて随分と鬱陶しがられたものだが、こればかりはルビーは悪くないだろうと思う。

 

 だってそれは、ルビーがルビーとして産まれてから、芸能界に復帰したアイが初めて受けた仕事であり、そして出演したテレビ番組であるのだから。

 

 

 

 未だにルビーは憶えている。忘れるはずもない。

 天童寺さりなとして潰えた命が星野ルビーとして繋がれた先で、「推しのアイドルの娘」として、母の雄姿を初めてテレビの中に見た、あのひとときのことを。

 

 興奮のあまり、横に自らの兄――あの時は、まさかそれが「せんせ」であるなどとは思いもしていなかったが――がいたというのに、我を忘れて画面に齧り付いていた。何か胡乱なことを口走り倒していた記憶はあるが、何を言ったかはもう全く覚えていない。それぐらい、ルビーは夢中になっていた。

 あの場所で、衆目を一手に集めながらも、それすら圧し潰す、押し流すほどの輝きを画面の中から放射していたアイに、目が釘付けになっていた。

 

 その時は未だ、アイに向ける自らの視線は純粋なファンのそれに終始していて、「自らが目指す先の存在」として意識することなどはなかった。確かに「さりな」としての自分は、吾郎にある意味おだてられるような形で「アイドルになりたい」などと思ってはいたが、しかしその夢ともつかぬほどの淡いビジョンと、己の最推しとしての強烈な光を宿す「アイ」という絶対的存在との間に、どこか隔絶と言うか、「世界の違い」のようなものを自分は感じていた。

 まさに、テレビの画面の中と外の、決して交わることのない距離のような何かを。

 

 そういう意味では、件の音楽番組というのはルビーにとってのある種「原点」のようなものだった。「素朴な憧れの原風景」ですらあったのかもしれない。ある意味では、「ドームライブ」よりもだ。

 

 だからルビーの個人的な考えとしては、現在のB小町というアイドルユニットが「その場」に立つことそれ自体は、やや早いのではないかとさえ思っていた。未だどちらかと言えばYouTuber側の知名度が先行していて、アイドルとしてのB小町の姿をどれほどみんなの前で見せられているかと問われたときには、些か首を傾げざるを得ない部分があるのは自覚しているからだ。

 つまりこれは、先代のB小町――アイのいたB小町の襲名ユニットとしてのネームバリューが上乗せされた、「下駄を履いた」形での扱いだと言えるだろう。自分たちだけでの実力は、そして評価も未だ途上、寧ろ「山のふもと」のあたりに辿り着いたばかりのところ、ぐらいにルビーは考えていた。

 

 だからこそなのだ。ルビーが今このときのことを「ある種の夢のようなもの」と感じているのは。

 どこか現実味に欠けたようで、「自分がそういう場に立つ日がやってこようとは」と、妙な感慨を懐かずにはいられない。

 

 そんな、ある種の「夢の具現」を眼前に控えて、ルビーは俄かに一つのことを考えるようになっていた。

 つまりそれは、「未来」のことだ。

 

 「新生B小町」という、ルビーがずっとやりたかったアイドルとしての将来展望は、今大きく開けている。

 音楽番組を経て知名度を上げ、武道館ライブを無事成功に導けば、次に見えてくるのはなんと()()()()()だ。壱護社長がそうやって気炎を上げているのをルビーは知っているし、それが無理な目標設定でないことは、ミヤコとアクアがまとめた「B小町ファンクラブ」の会員数推移とYouTubeチャンネルの登録者数推移からの「回帰分析」――また難しい言葉をせんせーは使うな、とその時ルビーは思った――の結果として、ある程度「統計的に確実」らしい。その辺りのことは全く以てルビーにはよく分からない世界だが、まああれだけ頭のいいアクアがそう言うのならば、そうなのだろう。

 

 それだけではない。その展開の先、全国ツアーを無事成功させ、十分な知名度を稼げた暁には、ルビーたちにはとうとう一つの大きな目標の達成が見えてくる。

 そうだ。『東京ドームライブ』だ。

 

 先代の、アイのB小町が叶えた夢の舞台に、今度はルビーたちが立つ。

 でもそれは、ただの『再演』でなど、ありはしない。なぜならアクアもルビーも、その日の母の雄姿を直接目で見ることなどできなかったのだから。

 

 のちにその様子をカメラに収めたDVDこそ共に見ることはできたが、しかしあの特別な場所に、東京ドームという場所に立つアイをこの目で見て、肌で感じることが出来なかったことだけは、未だにルビーにとって大きな心残りだった。「せめてアイの引退ライブツアーの東京公演ぐらいもう一度ドームでやってくれてもよかったのに」と、正直なところルビーは未だに思っている。

 

 だからこれは、ルビーにとって「忘れ物を取りに行く」感覚にも似ていた。多分、アクアにとってもだ。

 そして同時にそれは、ルビーが、そしてルビー()()が、朧気ながらもそんな将来展望が見えてくるぐらいには名の知れたアイドルになりつつあることを、この上なく示してもいるのだろう。

 

 ――喜ばしいことだ。嘘偽りなく、そう思う。

 けれども、それだけではない。そればかりではいられない。

 

 だって今、自分が気にしているのは、考えなければならないのは、ルビーという「アイドル」ではない、星野ルビーという個人のことなのだから。

 「星野家」という、家族のことなのだから。

 

 

 

 ルビーは知っている。今自分が立っているこの場所は、「アイドル」という光に彩られた「輝かしき夢」とはかけ離れた冷酷な現実とも、隣合わせなのだということを。

 

 高千穂から帰ってきて、ルビーたち家族の関係は決定的な変容を遂げた。

 いや、表面上はそうでもない。ルビーたち三人はともにずっと「仲良し家族」のままだ。表面と言うか、それもまた「本心」からのものではある。最低でも、ルビーはそれを信じることができていた。

 

 けれども、その内実における不可逆の変化もまた、ルビーにとっては当然に無視できるものではない。

 その中においてとりわけ大きいものであったのは、言うまでもなく「彼」のことだった。兄の、アクアのことだった。

 

 人知れずいなくなってしまったと思っていた「彼」は、ずっとずっと自分のことを見守ってくれていた。応援してくれた。たとえそれが「さりな」でなくとも、アクア(せんせ)はずっと優しいアクア(せんせ)であり続けてくれていた。昔と、何一つ変わることなく。

 しかし、そんな彼は今戦いのさなかにいる。

 いや、そうではない。きっと彼は、ずっと戦い続けていた。それこそあの十三年前のドームの日、他でもないアクアが、あの悲劇に見舞われてから。生死の淵を彷徨ってから。

 全てはあの日、アクアの、そしてアイやルビーの許に「死神(ストーカー)」を送り付けてきたのであろう「血縁上の父親」と、正面から対峙するために。

 

 ルビーは、そんなことを何一つ知ることなく、ある意味で能天気なままに、ただ自分の人生ばかりを生きてきた。

 アクアの方は、寧ろ「そうあってほしい」と、「そうであるべきだ」と、たとえ今であってもルビーに向かって言うのだろうけれども。

 

 

 

 でも、そんなことでいいとは思わない。思いたくない。

 ルビーが考えているのは、アクアの未来だった。そしてアクアとルビーの未来でもあった。

 

 それはこの日より二週間ほど前、唐突にやってきたかなからの問いに端を発した「大事な話」とも、根を同じくするものだった。

 

 

 

 あの日、かなにそれを問われたとき、ルビーは戸惑いを抑えることができなかった。

 

 ルビーから見る有馬かなという人間は、良くも悪くも自己完結している。他者からの干渉を好まない代わりに、他者に干渉するつもりも基本的にはない。

 無論、面倒見は悪くない。いや、寧ろ「頼られれば憎まれ口を叩きながらも張り切ってくれる」タイプではある。おだてには弱いし押しにも弱い可愛らしい面があることも知っている。

 さりとて、自分から直接他人の事情に立ち入ろうとする有馬かなの図を、ルビーは見たことがなかった。

 彼女のそんなスタンスには、芸能界を独りで泳いできたことへのある種の矜持のようなものがあるのだろう。自立した女性だ、と言えるのかもしれない。

 

 しかしそんな彼女が、有馬かなが、ルビーに対して問うたのだ。苺プロのレッスン室の中で、ルビーとかなの二人だけの場所で。

 

 ――宮崎のMV撮影終わってから、アイツなんかずっと雰囲気違うじゃない。ルビー、アンタも。

 ――何か、あったの? アンタも、アクアも。

 

 「最近の調子はどうか」といった類の、取り留めのない世間話の延長線上のものでないことは、それを発してきたときのかなの表情を見れば容易に察することができた。

 一つの「覚悟」を、彼女は抱えていたのだ。そして同時に、ある種の確信のようなものさえも。

 

 「どうして、今更そんなこと訊いてくるの」。幾つかの押し問答の末にそう問うたルビーに対して、かなは言った。

 「今までアイツにはやってもらってばっかりで、アイツにしてあげられたことなんて一個もなかった」と。「それじゃダメなのよ」と。

 

「アイツのことを知らないと、私はこれからアイツとどうなりたいのかも決められない。『何を言えばいいのか』だってそう」

 

 「アンタのこともよ」、とかなは続けた。空調の音だけが静かに響くレッスン室の只中で、彼女の今まで見たことのない輝きを帯びた瞳に、ルビーは射竦められていた。

 

「知ってるでしょ? 私がミュージカルやることになったの、帝劇の。しかも主演よ? とんでもない話よね」

 

 どこかおどけて、小さく笑いながらもそう言って、しかしすぐに表情は真剣なものに戻る。

 

「私はアンタたちにここまで連れてきてもらったと思ってる。去年の、あの受験の日にアンタたちとあそこで会えなかったら、私はずっとあのままだった。終わってしまった元子役で、売れない役者のままだった。こんな景色なんて、絶対見られなかった」

 

 それに、ルビーは答える術を持たない。そんな彼女の認識を、ルビーは否定も肯定も出来はしない。

 

「本当に、アンタたちには感謝してる。今更何をって、言うかもしれないけど。……でも」

 

 少しだけ伏し目がちになって、しかしそこでまた、かなの目元に力が宿った。

 おそらく無意識に、彼女はじりっと一歩、ルビーの方に歩み寄った。

 

「だから、このままじゃイヤなの。ダメなのよ。何も知らなくて、ただ助けてもらうだけで、私だけずっと蚊帳の外なんて、そんなの」

 

 だって、と言葉が継がれる。

 

()()()()()()()()()()()()()()? アクアのこと。アイツが何考えてるのかも」

 

 それは一際強い語気と、そして鋭い眼光だった。

 

 なるほど、と思わせられるものがあった。

 どうしてかなが、今こういうことをルビーに向かって言ってきたのかも。彼女が「それ」に気づいたきっかけも。

 理由は一つではないし、要素は単純ではない。あかねへの対抗意識によるものだとばかり矮小化してよいわけでないことは、ルビーも分かっている。その部分をつついて揶揄おうという気も、最低でも今のルビーにはない。

 

 しかし何にせよ、一つだけ確かなことがある。

 かなはきっと直感しているのだ。今のままの距離感では、アクアのことを、アクアとルビーの「事情」を知らなければ、きっと自分は引かれた一線の内側に入ることはできないだろうと。

 そして、それではダメだと思っている。アクアの、アクアとの未来を考えようとするのならば。ルビーとの未来についても、また等しくそうなのだろう。

 そこにあるのは、単なる惚れた腫れたの感情ではない。そればかりではない。

 もっと純粋で、ともすれば崇高なものだ。真っすぐなものだ。そう、ルビーは思わされていた。有馬かなは、本気なのだと。

 

 

 

 結局ルビーはその日、かなのその問いを撥ねつけることはできなかった。嘘のない、本気を向けてくる相手を、ルビーとしては無下にできようはずもない。

 当然、アクアと何も話すことなく自分が勝手に明かしてよいものではないことは理解している。故にかなには「ちょっとだけ待ってほしい」と答えた。

 しかし同時に、ルビーは心のどこかで考えていた。

 きっと早晩、かなに対してもルビーたちの事情については明かすことになるのだろう、と。

 ルビーが、アクアが、有馬かなという少女と一緒の未来を歩んでいこうというつもりであるのならば。

 

 

 

 そうだ。だからこその、未来なのだ。アクアの未来なのだ。アクアとの未来なのだ。かながルビーにぶつけてきた真意と同じように。ルビーにとっても、それは今自らにかけるべき大いなる問いだった。

 もう一度、顧みる。自分は、星野ルビーは、星野アクアという一人の男の子と、どういう風にありたいと考えているのか。どういう未来を、彼に対して望んでいるのか、と。

 

 高千穂でのこと。そこから帰ってきてすぐに、「せんせ」として一緒に連れて行ってもらった渋谷のこと。そういう特別とは遠く離れた、「兄」としてルビーに接してくる日常のこと。

 ルビーにとって、その全てがアクアだ。しかし同時にそれは、ルビーがアクアに対して何を思っているのかさえも、モザイクのように分化できないものとなっていることを意味している。

 生きる意味をくれた「あなた」へと向ける、今も自分の胸に存在する強い思慕の念も、ずっと自分のことを大事にしてくれた、自分の味方でいてくれた、かけがえのない家族に、兄に対する情も。

 

 ――いや、そうではない。今のルビーにとっては、もっと優先すべきことがある。気にしなけれなならないことがあるのだ。

 かなに言われるまでもなく、ルビーは理解していた。ここ最近のアクアは、はっきりと様子がおかしいということを。

 何でもないように振舞っているのは分かる。しかしあれで誤魔化せると思っているのならば、アクアは我が兄ながら相当にルビーのことを見くびっているだろう。

 露骨に寝不足だし、思い詰めていそうな表情をふと漏らしてしまうことも少なくない。元々あまり身体が強い方ではないというのに、更に無理をしているのは、傍目から見ても明白だ。

 

 だから当然、ルビーはアクアに理由を聞いた。母の、アイの前でも、そして二人っきりの場所でも。

 それでも、どちらでもアクアは言った。

 

 ――今やってるドラマの役が難しくて。それでちょっと悩んでるっていうのはある。

 ――けど、まあ何とかするよ。心配してくれるのはありがたいけど。

 

 アイは、その言葉に納得した。アイが納得するということは、アクアのそれには嘘はないということだ。

 しかし、ルビーには分かる。アクアは確かに嘘『は』言っていない。ただ同時に、きっと『本当のことも言っていない』。

 

 その「本当」のところが何か、ルビーには分からない。

 何か、必要なピースが足りていないような気がしていた。自分が知らない何かが、今のアクアが確かに見せている「苦悩」の原因となっている。

 だから今のままでは、ルビーはそこには手が届かない。知ることが出来ない。

 

 ならば、届くようにすればよい。

 何となればルビーは、それに対する最も確実なアプローチがなんであるかは分かっているからだ。自分がそれを知りたいと思った時、一体誰と接触するのが最も確実な方法であるのかを。

 

 ルビーはこの日、音楽番組出演の一週前の週末に、一人の人物と顔を合わせていた。

 

 

 

 落ち合ったそこは、シックな雰囲気を漂わせるカフェだった。

 聞けば、『彼女』が「デート」の時に何度か使っている、お馴染みの店であるのだという。

 

 昼下がりということもあって、ルビーたちの前に置かれているのは「アフタヌーンティーセット」だ。

 よくテレビで見るような、銀製の三段皿――「スリーティアーズ」と言うらしい。そう、目の前の「彼女」がルビーに教えてくれた――を挟んで、今のルビーは待ち人と、すなわち黒川あかねと向き合っている。

 

「わっ、これめちゃくちゃ可愛い! あかねちゃん、いつもお兄ちゃんとこういうの頼んでるの?」

 

 本題はともかく、今自分たちの目の前にやってきたお菓子や紅茶の醸し出す雰囲気に率直な声を上げたルビーに、あかねはどこか小さな苦笑を浮かべながら頷いた。

 

「そうだね。アクアくん結構甘いもの好きだから。私もだけど」

「あ、それわかるー! お兄ちゃん結構食べ物の趣味が女子女子してるところあるよね!」

 

 兄のことを欠席裁判だからと好き放題言いながら、件の「スリーティアーズ」の上に載せられている焼き菓子の類を思い思いに皿の上に移す。そしてついでに写真も撮っておいた。当然ながら自撮りもだ。

 ここでする話の内実はともかくとして、B小町の一員として、そしてアクアの妹として、「兄の彼女」であり「ネクストブレイク女優の一角」である黒川あかねとのツーショットは需要がある。そのことは、ルビーとて意識していた。

 いくら「真っすぐ売れたい」と考えているルビーとて、流石にそれぐらいの『商業的思惑』は理解していたし、そこに対する忌避感まではない。「友達とのアフタヌーンティー」をSNSに上げるだけでもあるのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。

 

 しかし、そこまで食事を交えながら一頻りきゃいきゃいと姦しくやったところで、先にあかねの方が居住まいを正す。

 上品に持ち上げたカップの中の紅茶で喉と唇を潤してから、彼女は徐にその口を開いた。

 

「それで、だけど。そろそろ『お話』のほう、いいかな」

 

 つられるように、ルビーもまた背筋を伸ばす。そんなこちらのことをしっかりと見据えつつ、あかねは静かに身を乗り出してきた。

 

「ルビーちゃんは、『私に聞きたいことがある』って言ってたよね? やっぱり、アクアくんのこと?」

 

 いつものあかねの通り、優しく透き通って、落ち着いた声だ。

 同時に、芯の通った声だった。逃げることを決して許さない、透明な圧力さえも感じられる。

 もっとも、ルビーは逃げも隠れもするつもりはない。望むところである。すんなりと頷いて、問いに答えた。

 

「うん。お兄ちゃんのことっていうか、『お兄ちゃんとあかねちゃんが何をしてるのか』っていうか」

 

 単刀直入なその疑問を受けても、あかねには全く動じる様子はない。しかし纏う空気だけがほんの少し揺らいだように、ルビーには感じられた。

 構うことなく、ルビーはそのまま言葉を継いでいく。

 

「あかねちゃんもお兄ちゃんのこと見てくれてるから知ってると思うけど、最近のお兄ちゃん『あれ』じゃない?」

「『あれ』……あぁ、うん。そう、だね」

 

 皆まで言わずともルビーの謂わんとすることを理解したあかねに向かって、ルビーもまた身を寄せながら、声を潜めた。

 

「別にあかねちゃんを責めるつもりは全然ないんだけど、でもどうしても気になるって言うか。お兄ちゃん全然本当のこと言ってくれそうにないし。だから、あかねちゃんなら何か知ってるんじゃないのかなって」

「本当のこと……」

「うん」

 

 ルビーから少しだけ目を逸らして、呟くように口にした彼女に向かって、ルビーはきっぱりと頷いた。

 

「お兄ちゃんが、私たちの……なんて言ったらいいのかな、『遺伝子提供者』? を、探してるのは知ってるんだけど。けど、それがどうしてあんな風になっちゃうのかなって。お兄ちゃんは『ドラマの役が難しい』とか何とか言ってるけど」

 

 あかねならば、何かを知っているのではないか。だとするならば、それを知りたい。

 そういう意味でルビーはそこまでのことを言葉にする。

 

 しかし、あかねは予想外の反応を示した。

 目の前の彼女が、はたと顔を上げる。頤に当たっていた手が、するりと離れた。

 

「『ドラマの役』……」

 

 口の中で、言葉を転がすようだった。どこか呆然とルビーを見ながらあかねは呟いて、そのままどこか、何かに気がついたかのように目を見開いた。

 

「そっか。やっぱりそういうことなんだね」

 

 まるでどこか得心が行ったかのように、小さく彼女は頷く。

 

「あかねちゃん?」

 

 ともすれば勝手に自己完結を始めてしまいそうなあかねのことを呼び止めるように声をかけたルビーに、すっと視線が合わされた。

 

「ルビーちゃんは、アクアくんからどれぐらいのことを聞いてるの? その、ルビーちゃんたちの、『その人』を探す話」

 

 問い返される。真剣な眼差しだった。「正直に答えて」と、その目が言っていた。

 となれば、ルビーも嘘を吐くわけにはいかない。正直なところを、飾らずに答えた。

 

「え? いや、その話はまだ。あ、でも姫川さん? 舞台でブレイド役やった人が実は私たちのお兄ちゃんだったって話は聞いたかな」

「……そっか」

 

 あかねが、小さな頷きをもって返してくる。

 

「アクアくんは、ルビーちゃんには『確実になったこと』しか言ってないんだね」

「確実なこと?」

「そう」

 

 ルビーがオウム返しにした問いかけに応じながら、あかねは視線を紅茶の上に落とした。

 皿の上の焼き菓子を一つ摘んで、それをしっかり咀嚼して飲み込んでから、続きを口にし始める。

 

「多分、間違ってるかもしれないことをルビーちゃんに話して、ルビーちゃんを混乱させたくないんだと思う、アクアくんは」

 

 だけど、と彼女は言葉を繋いだ。

 

「ルビーちゃんは、アクアくんのことが心配なんだよね?」

 

 ルビーは、無言で頷く。それ以上の何かを言う必要性すらないと思っていた。

 果たして、あかねもそれに頷き返す。

 

「わかった。じゃあ、アクアくんには内緒だよ」

 

 そして、彼女はいよいよ彼の「真相」についてを話し出した。

 

 

 

「ルビーちゃんはさ、アクアくんが出てるドラマ見てる?」

 

 あかねの話は、そんな問いから始まった。

 

「うん。当然」

「じゃあ、ルビーちゃんのお母さん――アイさんは?」

「ママ? ママかぁ」

 

 首肯したルビーに、あかねが矢継ぎ早に訊いてくる。

 その内容に、ルビーはおそらくあかねが何か確信を持っているのだということを察した。

 

「ママは、一応見てるよ。ただなんと言うか……」

「乗り気じゃない?」

「うーん……そういうわけじゃないんだけどね」

 

 あかねへの答えを考えつつ、ルビーは思い起こす。

 アクアの、地上波という意味では初めての晴れ舞台だ。割と恥ずかしがりのところがあるアクアは「俺の見てないところで見てくれ」と言って早々に引っ込んでしまうが、あのドラマはアイもルビーも、当然に毎週欠かさず見ている。

 初回から暫くの間は、アイはアクアの演技に、「二面性を持ったダークなカッコよさ」を帯びた演技に黄色い声を上げていた。「やっぱり、アクアはすごい役者さんになるって思ってた通りだ」などと、まあ聞く人が聞けば親バカにしか思えないような手放しの賞賛を彼に対して加えていたほどだ。

 が、ドラマが中盤になるあたり、アクアの演じている主人公の一角、「杉原司」がどんどん冷酷さと狂気を隠さなくなってきたあたりから、アイの口数が俄かに大きく減るようになった。

 真剣な目で、テレビの画面を見ている。そしてほとんど言葉を発さなくなった。

 

 アクアの演技の迫力に呑まれている、とは思えない。そんなことに影響されるアイではない。

 だから確かに、ルビーはそのことを少しばかり不思議に思うようにはなっていた。

 そしてそれと、アクアの顔色が少しずつ芳しくなくなってきたのが、大体同じぐらいの頃のことである。

 

「そっか。なるほどね」

 

 その辺りのことをすべて伝えるや、あかねはどこか得心が行ったように頷いた。

 彼女には、心当たりがあるらしい。どういうことか、と問いかけるより先に、目線がルビーに向けられた。

 

「まずは、だけど。アクアくんと私は、実はもうほとんど目星はつけてるんだよ、『その人』のこと、誰なのかは」

 

 飛び出してきたのは、予想外の言葉だった。

 まあ、確かにもうあの高千穂から八か月ぐらい経っている今、そういう話になっていてもおかしくはない。しかし水面下でそこまで事態が進んでいるとは思っていなかった。

 

「そうなの?」

「そう。だけど、まだ決定的な証拠がないんだ。だから、それを確保するためのタイミングを窺ってるところ」

 

 そんな風に語るあかねは、どこか女優とは違う何かのように見えた。

 探偵というか、警察官のような冷静さと冷徹さが見え隠れしていた。

 

「それでね。アクアくんが入ってるドラマの現場は、実は『その人』と交流がある女優さんがいるんだよね。『片寄ゆら』さんって人」

「『片寄ゆら』って、もしかして主演の女優さん? あのドラマの」

「そうそう。あの現場には姫川さんもいるから、多分近いうちに姫川さんの方から動くことになると思う」

 

 だけど、と、あかねはそこで話の方向性を変えてきた。

 

「まあ、そっちの話はたぶんあんまり関係がなくて。問題は、今アクアくんがやってる役の方なんだよね」

 

 表情を深刻なものに変えて、あかねは更に声を潜めた。

 

 

 

 そして、ルビーはあかねから、彼女の「推測」を聞いた。

 その人――「カミキヒカル」という人物が、どういう半生を歩んでいたと思われるのか。

 ルビーたちの血縁上の父親に、本当に彼が当たるのだとすれば、ルビーの異母兄であるところの姫川大輝の父親でもあるのだということを。

 それが、どういうことを意味するのかを。

 

 あのドラマで、アクアが演じている役のことを思い返す。

 アクアが演じている通り、目が覚めるような美貌を持った男として描かれている「杉原司」という人間の、過去のことを。確か、先週放映された「過去回」が、そのことに言及していた。

 同時に、ルビーは思い出す。いつも絶対にアクアの出演するドラマだからと鑑賞を欠かすことがなかったアイが、あの回だけは()()()()()()()()()()ことを。

 

「『罪悪感』、なんだと思う」

 

 あかねは、そうルビーに説いた。

 

「何に対してか、っていうのは、ちょっと分からない。もしかしたら私の推理は間違ってるのかもしれない。だけど」

 

 いつの間にか、また伏し目がちにルビーへと語り掛けていたあかねの顔が、ゆっくりと上がる。

 

「今のアクアくんは、多分『役』に影響されてる。アクアくんがすごい役者さんだからってのもあるけどね」

 

 小さく笑い、アクアのことを賞賛してみせたあかねが、ふるふると首を振った。

 声色が、表情が、元に戻る。

 

「でも、とにかく今のアクアくんは、あの役に『共感』しちゃってるんだと思う。……いや、もしかしたらそこから更に行って、『カミキヒカル』のことまで自分と重ねちゃってるのかも。役を通して」

「『カミキヒカル』の、こと……?」

 

 どこか重々しく、あかねが頷いた。

 

「根拠は、ないけど。でも、今のアクアくんからは、そういう空気を感じるんだよ。……アイさんのことを殺そうとしたかもしれない人間に、『カミキヒカル』に共感しちゃうような『何か』を持ってる自分のことが、気に入らない。許せないんだって」

 

 何とかしてあげたいとは、思ってるんだけど、と。

 

 あかねのその言葉に、ルビーは俯いてしまう。

 反射的に、頭に思い浮かべていた。

 高千穂の夜、アクアと膝を突き合わせて話をして、せんせと「再会」した時のことを。

 

 「自分のことが許せない」。それと似たような言葉を、あの時にもアクアから聞いた。

 ずっと、アクアは悔いていた。「天童寺さりなに、自分は何もできなかった」と。言葉には出していなくても、ルビーには分かる。正確には、今あかねの言葉を聞いたことで、分かってしまった。

 

 ――あれは、昔の後悔なんかじゃない。きっと、今も続いているものだ。せんせは、多分ずっと、そもそも最初から、自分のことを許せないでいるんだ。

 ――多分それは、私のことがあったから。私に何もできなかったって、そうやってずっと思い込んで、抱え込んで。

 ――そんなこと、私は望んでなんていないのに。

 

 膝の上で、手を握っていた。

 

「あかねちゃん」

 

 そして、そう呼び掛けていた。

 

「あかねちゃんは、お兄ちゃんのことどう思ってるの?」

 

 へ、と言う声が聞こえた。顔を上げる。あかねのことを、じっと見た。

 浮かべている表情は、戸惑いのそれだ。まあ、当然かもしれない。ルビーの問いは、あまりに唐突なものではあったから。

 

「えっと、それは……」

 

 どういうことかな、と続けようとしたのだろうか。しかしきっと、自分のことを見つめるルビーの目を見たことで、何か悟るものがあったのだろう。

 顎を引く。静かに目を瞑った。手に持っていた紅茶のカップを、ソーサーに置いた。

 

 一瞬、沈黙がやってくる。しかしそれもそう時を置かずのことで、あかねの方から小さく息を吸う音が、ルビーにも聞こえた。

 そして、目が開く。

 

「最初はね、多分恩だったんだと思う。恋リアのことで、アクアくんにはものすごく迷惑をかけたし、ものすごくお世話になったから。……『お世話になった』なんて言葉じゃ、ちょっと届かないかな」

 

 だけど、と彼女は続けた。まるで歌うように。

 

「恋リアでカップルになって、そこからアクアくんとずっと一緒にいて、アクアくんが背負ってるものが何か分かって、それでもアクアくんは優しくて。無理してるはずなのに、でもずっと表に出さないようにしてて。何かあったら人の為に動いちゃうところがあって」

 

 それは、ルビーが思うアクアの「アクアらしさ」と、どこまでも重なった。同じことを思っているのだと、気がついた。

 「だからね」、と、あかねは小さく微笑んだ。どこか、慈しみの情すらも滲ませて。

 

「私は、アクアくんは幸せになるべき人だと思う。……ううん、それだけじゃない」

 

 また、そこで一呼吸入る。どこか覚悟の存在さえ覗かせる表情を、彼女は浮かべた。

 

「私は、アクアくんと今の近さで一緒にいられるのが、幸せなんだ。だから、アクアくんにも幸せになってほしい。できれば、幸せにしてあげたいって、思う。これが『好き』ってことなのかは、分からないけど」

 

 「男の人と付き合った経験、アクアくんしかないから」。言いながらどこか照れたような笑みを浮かべたあかねを正面にして、ルビーは思った。

 思ったことを、言葉にした。

 

「そっか。あかねちゃん、()()()()()()()()

 

 自然と、目に力が籠っていた。

 互いに、透明な視線を向け合う。言葉など、きっと必要ではなかった。

 

 アクアに対して抱えていた気持ちが、あかねのおかげで言語化できた気がした。

 ずっと、一緒にいたいと思う。彼の隣にいられるだけで、ルビーは幸せを実感できるから。

 でもそれと同じく、ともすればそれ以上に、アクアが幸せに生きていられる未来が欲しいと思った。

 その未来の中で、アクアの傍に自分の居場所があれば、それ以上の喜びはないだろうと、考えていた。

 

 外から見れば、だからルビーとあかねの関係は、ともすれば同じ相手を慕う「恋敵」なのかもしれない。

 でも、ルビーはそうは思わなかった。思いたくなかった。

 「この人となら、私は同じ未来を見ることができる」。それを、ルビーは素朴に信じられる気がしていたから。

 

 

 

 だからその日、ルビーとあかねとの間で、一つの「協定」が結ばれた。

 

 

 

 

 

 そして、時は今に至る。

 六本木のテレビ局のステージの一つ、生放送の音楽番組のライブパフォーマンスが行われる場所だ。その上に、今ルビーたちB小町はスタンバイしている。

 

 収録スタジオの方では、つい先ほどまでルビーたちともトークをしていたこの番組の名物司会が場を繋ぎ、その間にパフォーマンスに向かっての準備が、この場所では急ピッチで進められている。

 それをしり目に、ルビーたちはバミリの上で最初のポーズを取る。互いの間に、もはや会話はない。

 スタッフの忙しなく動き回るさまと、その傍らで微動だにせず「始まりのとき」を待っている自分自身との温度差に、思考がふっと周囲を俯瞰し始めた。

 

 これから臨むのは、生放送でのパフォーマンスだ。当然一発勝負で、やり直しは利かない。

 が、それがなんだというのか。

 そもそも、ライブなどいつもそうではないか。一期一会、失敗したらリカバリーするのは自分の責任。もう、そんなことに動じることなどありえない。

 

 自分たちを見てくれるファンは、この場所にはいない。

 それだって、なんてことはない。

 だったら、ここにいる撮影スタッフ全員を、ルビーたちでファンにしてしまえばよい。かつてこの番組で、アイがやってみせたように。

 

 スタッフの配置が終わる。照明が光を増す。この場の注目が、一気に集まる。

 そして告げられるのは、カウントダウンだ。

 十から数えられ、容赦なく減ってゆく数字と共に、ルビーの気持ちは急速に研ぎ澄まされてゆく。

 

 さあ、始まる。かつてアイ(ママ)が立った場所で、その「はじまりのばしょ」で、ルビーたちのパフォーマンスが。

 ルビーとして初めてテレビの向こうに見た原風景は、すなわちルビーとしての「未来に向けての原点」だ。

 ここからアイが飛躍していったように、自分も止まるつもりはない。

 ルビー自身も、アクアのことも。そしてこのB小町全体のことも。

 

 ルビーはルビーのできることをする。きっとアクアも、ルビーにそうあってほしいと思っているのだろうから。だから――。

 

 ――見ててね、お兄ちゃん。

 

 内心の呼びかけと共に浮かべた笑顔が、歌い始めと重なる。

 ステージライトが作り出す逆光の中、ルビーたちのための時間が、そこで始まった。

 

 

 

 斯くしてその日、新生B小町は更に一つの階梯を登った。

 その伝説の再演を、テレビの向こうの数多の人々の目に焼きつけながら。




現実からの追突案件、その2でした。
このタイミングでルビーたちB小町が(想定)Mステに出るということはプロットにあったのですが、まさか現実の方でも(実写の)B小町がMステに出てくるとは……不思議な巡り合わせもあったものです。

ついでに、B小町ちゃんねるの「今ガチメンバー襲来編」に関しては、どこかで番外編的に取り扱うかもしれません。
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