The Beginning of the Fighters 作:黒冠
10.逆手の着想
★リンク&フォックス&ネス★
先程より明らかに、遺跡の外が騒がしい。古臭いながらも頑丈な石造の中を進んでいる為、衝撃や騒音はかなり遠くに感じられるものだが、それでも認識出来る程度の変化である。三人は何時どのような非常事態に見舞われても対応出来るよう、警戒を解かずに進んでいた。
しかし、進んでも進んでも、同じ光景を見ているかのような感覚から抜け出せない。否、恐らくこの感覚こそが正常で、自分たちは創造主の功名な罠に掛かっている最中なのだろう。リンクは、この思考を態々言葉にせずとも、もう二人に伝播していることをよく理解している。
「…そう言えば。さっきネスとフォックスが話していた、この世界の仕掛けって言うのは一体何なんだ?」
先んじて生じていた疑問の解消を優先しようと、リンクは二人に話を振る。三者共に足を止めるこそ無いものの、話題は深堀の一途を辿る。初めに答えを、否、提案を出したのはネスの方である。
「…試してみるのが早いと思います。ちょっと待っていてくださいね。」
ネスは天井へ視線を向けながら、片手に光を放つエネルギーを集め始めている。その光景は実に怪訝なものであり、リンクはフォックスへ目配せを送るが、フォックスも何が起ころうとしているのか理解している様子で何も口を挟まなかった。今のリンクに出来ることは、ネスがこれから起こすアクションに注視するだけであると言うことだろう。
「……PKフラッシュ!!」
何の前触れもなく、ネスの掛け声と共に彼の手元を覆っていた光のエネルギーが、爆発的な威力を纏って天井と衝突する。「何をしているんだ!」と叫ぶより早く、天井が揺れ、大小さまざまな瓦礫が降り掛かる。剣で弾こうにも、盾で身を守ろうにも、この距離と地形の狭さでは絶対に間に合わない。強く瞼を瞑り、腕を頭上で交差させる形で咄嗟にダメージの軽減を試みる。
…しかし、身に降り掛かったのは、カツン…と何かを反射する音が数度程度。大した衝撃も損傷も受けることなくして、小さな瓦礫の落下は収まってしまった。リンクは目を開け、腕を降ろし、此方の様子を眺める二人へ更なる疑問をぶつけた。
「急に何をするんだ、ネス…!いや、それより、…あれだけ多くの瓦礫が俺たちに向かって降り注いだはずなのに全員無傷なのは一体どういうことなんだ…?さっき確かに身体に何かが当たる感覚はあったんだ。普通、あんなものが当たったら無傷じゃ済まないだろう?一体、どうなって…。」
「落ち着いて、リンクさん。そう、それだよ。それこそが、マスターハンドの用意した特別システムのひとつなんだ。」
疑問を浮かび上がるまま、次々と口にするリンクを制し、今度はネスが語り出す。
「僕たちが、損傷から免れようとした時に生じるバリアのような水晶質の円盤膜。僕はこれを『シールド』と呼んでいるんだ。これのお陰で、僕たちは如何なる攻撃であっても致命傷を免れることが出来る。…フォックスさん、試しに僕を、そのブラスターで撃って貰えますか?」
攻撃の要求には、流石のフォックスも瞬時に躊躇いを見せるが、彼を信じたのだろう。静かに頷き、腰のガンフォルダーに収まっている狙撃銃ブラスターをネスに向け、連射し始める。ネスが絶えず放たれる光線を前に防御姿勢を取ると、彼の目前にガラスのような形質の半透明な赤い円盤が姿を現した。其の円盤に光線が当たると、光線は彼の肉体に到達する前に宙へと散る。可視化されたことで、リンクは漸くシールドの存在を認識出来た。二人はどうやら、このシステムに気付いていたと言うものだから、感心してしまう。
このシステムがあれば、先程フォックスが火炎に焼かれても無傷で帰って来た理由に合点が行く。彼を見ると、深く相槌を打って返してくれた。
「さっきネスに不意打ちを喰らった時。俺も流石に火傷のひとつふたつは覚悟していたんだが…、マスターハンドとやらが俺たちを此処に閉じ込めて始末しようとしているのではない、という可能性に賭けて試してみたんだ。そうしたら、この通り。」
「ビンゴだったってことですね。」
「嗚呼、ネスの言う通り。発動したシールド機能が俺の身を守ってくれた。…とは言え、彼の攻撃は持続性があるから、だいぶ削れてしまったけどな。」
「……削れた?シールドには、制限があるのか?」
リンクの小さな呟きも聞き逃さず、ネスもとフォックスはほぼ同時にかぶりを縦に振る。試しにネスがもう一度シールドを発動させると、心なしか、最初の発動時より円盤の直径が小さくなっているように感じられる。
「これは僕の仲間が試して明らかになったことなんですが…。このシールドには、数々の制約とルールがあるんです。まず、見て分かる通り、シールドは攻撃を弾くと減少してしまいます。無限に使えるものでは無く、攻撃の回数や威力に応じて縮んで行くので、シールドが小さい状態で大きな攻撃を喰らうと、流石にダメージを無効化することは出来ないみたいです。」
ネスはシールド状態を解除しつつ、シールドに関して更に二つの仮説を並べる。
「それから、このシールドは完全に消費すると強い負荷を身体に掛け、暫く身動きが取れなくなってしまうみたいです。…脳震盪に近い状態、なのかな。その点を、クールタイムの回復で補填しているみたいなんですが、あくまで仮説なので全て合致しているかは…正直分かりません。」
「いや、此処まで明確な仮説があるだけで、俺たちの安心材料は確実に増えるよ。緊急事態に陥っても、命を守る手段があるだけで、作戦の幅は広がるし、死の恐怖に晒される心配だって軽減する。」
徐々に声のトーンが下がり、自信なさげに語っていたネスの肩を軽く叩きつつ、フォックスは微笑んだ。フォックスの主張には、リンクも同感する。仮にもこんな辺鄙な場所に幽閉されて、何も抵抗の術を持たされていないなんて仮説であったら、絶望して気力のほとんどを喪失していたことだろう。少なくとも、このシステムには現状デメリットを感じない。探索を前向きに進めて行く上で、ネスは功績を果たしてくれたのではないか。
同時に、システムから、マスターハンドの思惑の断片が見え隠れしているようにも感じる。
「…どうやら、マスターハンドは俺たちを騙し打ちで討ち取るつもりでは無いみたいだな。となると、……俺たちを集めるだけの深刻な理由がある、のか?」
考え込むリンクの傍ら、ネスとフォックスもじっくりと思考を挟んでいるように見受けられる。
別世界の、全く面識も接点も無い‶英雄〟を自分で作り出した世界へ連れ込み、わざわざ手の込んだ仕掛けや、‶英雄〟たちに無駄な負荷を掛けないよう想定されたシステムを張り巡らせる。どう考えても、打破の目的として解釈するには非効率的な上、少々友好的にさえ感じてしまうそれらには、疑いというよりも不思議さの方が募る。こんな回りくどい手法を好んで選択した意図として最も有効だと思われるのは───。
「…マスターハンドは、僕たちを試している?」
ネスの言葉を合図に、全員の視線が一点で交わり、仮説は全会一致を辿る。
「それなら辻褄が合うはずだ!マスターハンドにとって、危機的な何かが迫っていて、俺たちを呼び寄せて何とかしたいものの、その実力や実績は直接見て判断しなければ結果的に信憑性に欠けるから。だから、わざと俺たちをバラバラの場所に飛ばして、まずは個人の実力を観察していた。それで…。」
「今度は何人かが合流出来るよう、あのホログラムを使って俺たちを誘導。合流したら、今度は団結力や協調性を試している最中…ってことか。うん、これは結構良い推測な気がするよ。リンク、ネス。」
「僕も二人と同じことを考えていました。…情報提供者の話では、マスターハンドさんは奇妙なことを企んでいるみたいなニュアンスだったんですが、こうなって来ると益々、ご本人に会って確かめる必要がありますね。」
三種三様の表現とは言えど、理屈同士は見事綺麗に繋がり、同じ意見と思考で交わっている。
「しかし、マスターハンドを探す指標が定まったまでは良かったが…、二人とも、この遺跡そのものにも違和感を覚えないか?」
気付けば、フォックスが少しばかり前へ進み出て、何か確かめるように石造の両壁に触れている。何をしているのだろうと二人は疑問視していたが、フォックスの掌が不意に何も無い空間を掠めた際、ずっと感じていた違和の正体が明瞭になって声を上げる。
「…この場所。歩いている内にトラップが発動した場所じゃないですか…?シールドについて話す数分前。突然崩れて来た壁の残骸と形状が酷似しているような…。」
「俺もネスと同意見だ。何か可笑しいとは思っていたんだが…。もしかして、俺たち、同一の順路を永遠に歩かされているんじゃ?」
二人の反応は、フォックスにとって予想通りのものであったのだろう。彼は虚無空間と化した漆黒の先を見つめ、その内部へと手を伸ばす。しかし、漆黒は空虚なまま彼の腕を呑み込むだけであり、特別何か変化を齎すものでは無かった。成果が得られないと判断し、フォックスは漆黒から腕を引いた。
「…損傷も、手ごたえも無し。やはり、風穴の先は空間維持の為に気流が発生しているに過ぎないのか。全てのトラップを起動させることが先に進む為の手順とは考え難いな。とは言え、他に俺たちが出来ることは現状何も無いだろうから。どうすれば…。」
「…遺跡外部を探索している仲間に、助けて貰う他なさそう、ですね。」
ネスの発現には、二人も賛成だ。しかし、方法が思いつかない。リンクもフォックスも魔法使いの類ではなく、物理行使でこの遺跡内を探索して来た身だ。壁を壊しても道筋が変わらないのであれば、何も出来ないと言って過言では無いだろう。
「ネス。確か君は元々『手紙』以外の手段を使って此処に来たんだろう?それなら、転移能力的なものを持っている…なんてことは、無いだろうか。」
フォックスの提案に、ネスは力なく、申し訳無さそうに首を横に振ることしか出来ない。
「…実は、その手は既に試したんです。そもそも、この世界に入り込んだのもテレポートを応用した手段でしたから。でも、この世界はどうやら外部から侵入しても内部から脱出出来ないように対策されているみたいで。すみません、僕がもっと大きな力を扱えれば…。」
「いや。ネスの所為じゃない。しかしそれなら、一体どうやって仲間たちと連携を取っていたんだ?この世界の外側で事前に面識を持っていた訳でも無いんだろう?」
その問いこそが、ネスにとって最大限のヒントであり、活路となった。
そうだ、その手があったんだ。
─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───
・・・───数日前。
謎の情報提供者は、突如、ネスの前へと姿を現した。ところどころ赤いメッシュの通った黒髪を、短く項辺りでひとつに束ね、恐らく後髪同等の長さを持つ右前髪のせいで、片目が完全に隠れている。裾の長いローブには若干亀裂が入っている場所があり、目深に被ったフードと奇妙な刺繍の入った左手の手袋が、怪しさと気味悪さを醸し出している。悲しき宿敵、愛憎の果てに狂ったギークを想起し、ネスは多少の息苦しさを感じつつも、その者に勇気を出して声を掛けた。
「…あの。見掛けない方ですけど、一体この村に何の用ですか。」
少し冷たく感じただろうか。切り出しに何とも納得が行かず顔を顰めるも、黒ローブはネスが想像していたより現状の態度を気に留めていない様子であった。彼はやけにぎらつく双眸をフード越しに向けている。否、フードで顔の半分以上が隠れているのだから、そんな状態でネスに瞳孔の有様を判断出来るはずがない。しかし、黒ローブが放つ異様な気配と気迫は、ネスに形容し難い畏怖と警戒心を与えるに十分なものであった。
…ダメだ、怖い。距離を取らないと。
防衛本能が、足を半歩だけでも下げてくれれば、少しは畏怖を遠ざけられたのだろう。しかし、無情にも、まるで両足がその場に貼り付いてしまったかのように、身動きが取れない。金縛りにあっている気分だ。気持ちが悪い。
「…おい。お前がネスだな。俺の用事はお前だ。餓鬼。」
「……ッ!?な、なんで…僕のことを、知って………。」
背筋にゾクリと寒気が走るも、矢張り動けない。後退りするどころか、視線は黒フードの釘付けになるばかりだ。怖い、逃げたい。でも、何とか話をしないと。
思考と感情が掻き乱される様を嘲笑うかのように、黒フードはなりふり構わず言葉を続けた。
「ハッ。そんなことは今はどうでも良いだろ。てめえの大好きなこの世界を守りたいって言うなら、俺の話を黙って聞け。」
「そんな、身勝手な!何処の誰かも分からない、どう見たって怪しい人の話なんか誰が───」
「…へえ?なら、てめえは自分の世界を見殺しにしたって構わねえってか?薄情だなあ!ネス!」
「…ッそ、れは……。」
咄嗟の反論も、見透かされていたのだろう。刺々しい言動に塗り潰され、ネスの主張は目の前でへし折られる。その上、「見殺し」等という返す言葉に困る文句を連ねて、ネスから更に余裕を奪い去って行く。
怖い、怖い。この人が、怖い。
騒ぐ胸の内を収める為、無意識に作った握り拳の裏側に力が籠る。冷静になれ。あからさまな挑発に乗じるな。何度も自分自身に言い聞かせ、次の言葉を慎重に選び出す。
「……この世界を見殺しには、したくありません。でも、一体どういうことなんですか…?この世界に、何かが起ころうとしているんですか…?説明、してください。」
恐らく、この手の人間は無償で情報提供に踏み出すことは無い。下手すれば武力行使の強硬策に出て来る可能性だってある。仮にも、逆上させて大切な故郷や人に手を出されてしまったら…想像しただけで、恐ろしい。ネスは黒フードがどんな行動に出たとしても対処出来るよう身構えたものの、やはり黒フードは嘲笑うような態度を崩さずに語る。
「そう身構えんなよ、俺を侵略者とでも思ってるんだろ。」
「最初の脅し方、どう考えたって善良な人には見えないじゃないですか。」
「まあ、そうだろうな。何も善良アピールの為にこんな場所まで足を伸ばしたワケじゃねえんだから。俺がてめえに伝えるべきことは、ただ一つ。───世界を守りたいのなら、俺に協力しろ。それだけだ。」
突拍子も無い、誰が如何解釈しても怪しい打診に、二つ返事で了承を示すことは出来なかった。余りに根拠に欠けていて、内容が見えない。奇妙な計略に、知らず知らずの内に加担する事態になるのだけは、何としても避けたい。思惑は、またしても相手に見破られる。
「やっぱり一筋縄じゃあ行かねえよなあ。具体的に何が起こりそうか、知りたいんだろ?」
「…当り前じゃないですか。会って間もない見知らぬ貴方を、それも世界の命運を易々語る人を、名乗りもしない人を。すぐに信用なんて出来ませんから。」
ネスが僅かに震える声で反論すると、黒フードは少し考えるような仕草を経た後に、漸く真面に取り合う言動を挟んだ。
「詳細は俺も把握し切れてねえが、各世界のヒーローとやらを掻き集めて、とんでもねえことを目論む馬鹿が居る。その馬鹿の名前は───マスターハンド。奴の目論見が拡大すれば、間もなく世界全部が滅茶苦茶になるって話だ。」
「各世界の、ヒーロー…?マスター、ハンド…?世界が、滅茶苦茶に…なる…?」
情報と情報に、整合性が壊滅的に無い。文脈を汲み取ることは愚か、その意味を端的に捉えることさえも覚束無い。漠然とした不安の要因は、恐らく世界崩壊を示唆する相手の一言にある。その上、黒フードは確かに、「各世界」と口にしていた。誤認でなければ、ネスの住む世界以外にも何かしらの世界が存在していると言うことだ。何から何まで、信憑性が不足している。しかし、男の語り口はどうにも悪ふざけには感じられなかった。先程までの威圧的な態度とは一変して、真剣なトーンで情報を吐いた気がしたのだ。きっと、ネスの気の所為では無い。この人物を完全に信頼した訳では無いものの、もう少しだけ話を聞く余地を持とうと考えを改める。
「…話の内容は、正直よく見えないですけど。ただ、他の世界に、そのマスターハンドさんが危害を加えかねないという可能性が少しでもあるのなら。それを僕なら、止められると言うのなら。確かめに出向くことは、可能だと思います。…交換条件と言うには大袈裟かもしれないですけど、…他のヒーローが呼ばれた経緯や、事が行われようとしている場所について情報をいただけませんか。今のままでは、行動を起こそうにも立ち行かないと思いますから。」
ネスが咄嗟に編み出した交渉内容は実に合理的なもので、黒フードも異論を唱えはしなかった。持ち得る情報源を指折り数え、思い当たるものから順列していく。
「まず、各世界のヒーローってのは、マスターハンド直筆の『手紙』で異空間に転送される。その異空間ってのが何なのか、俺も詳細は知らねえが、何かしらを試す為のモンってのは見当がついてる。それから、ヒーローってのが全員集まるとマスターハンドの計画は進行しちまう。だから俺は、その阻止をてめえに依頼しに来たって訳だ。協力者が必要なら、良いツテを紹介してやる。類似した話を既に持ち掛けた人奴が二人居てなあ。てめえと似たような反応を寄越しやがったんだ。気が合うと思うぜ。」
───。
結局、黒フードは終始自分の素性を明かさなかったし、これ以上の情報を置いて行ってはくれなかった。ツテの詳細も問い質そうと奮闘したが、甲斐なく、得られた答えは「お前の能力で呼び寄せてみろ」の一言のみだ。これが真面なヒントだと思い込んでいる相手には、少々呆れたものだが、今のネスには得られた情報を可能な限り確かめ、真偽を確かめることが最重要事項であるのは言うまでも無い。
後に協力関係を結ぶに至る、ファルコン、サムスとの出会いは、黒フードの男が作り出したキッカケ由来のものであった。
─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───
黒フードが立ち去った後、ネスは「自分の能力」で思い当たる節を、脳内へ羅列した。とは言え、そう多いものでは無い。共通しているのは、どれも「PSI」───いわゆる超能力に起因する能力であると言うことのみだ。確か、彼の言うツテとは他の人間の存在であったはず。となれば、攻撃型の能力は一旦除外すべきだ。自ずと、直接会いに行く「テレポート」か、声の伝搬を行う「テレパシー」に絞り込まれる訳だが、流石に何の面識もないであろうツテの元へ前触れ無しび出向くのは気が引ける。
熟考の末、ネスが選んだ方法は後者であった。テレパシーに捜索条件として「同じ目的を持ち、黒いフードの男を知る人物」を付与し、全神経を集中させ、感覚を研ぎ澄ます。強く掛かったノ砂嵐のような音のノイズの向こうに、僅かながら、人気を感じた。更に感覚を鋭利に澄ませ、目を閉じながら声を手繰るイメージを描いて行く。次第に、鮮明になった二つの声が、脳裏のイメージに重なった。
「(…男性が一人と、女性が一人…?やっぱり、どっちも僕が全然知らない人だ…。一体、どうやって語り掛けるのが正解かな。)」
いきなり、元気に挨拶!流れで自己紹介!というのは、どう考えても違う。今回の通信は、そんな穏やかな空気で進めてはいけないものだ。黒フードについて知っているか否かを問い、知っていると答えた場合は速やかに情報を共有し、マスターハンドなる人物を探し出す為に行動を起こさなければならないだろう。この二人にその気があるのなら、同伴を依頼した方が事は早く進むかもしれない。
…いずれにせよ、二人に話し掛けないことにはお話にならない。ネスは一度深呼吸を挟み、余念を一切合切捨て去った上で、言葉を自身の声を、イメージとして脳裏に送信した。
((あ、あの…_突然、ごめんなさい…!お二人とも、僕の声が聞こえますか…?))
イメージ世界の中、二人の動作が確実に一時停止した。訝しむような表情を浮かべた後、男性は持ち前の拳を、女性は愛用のショットガンを構え、周囲に警戒を配る。…当然の行動だ。いきなり、耳覚えのない声が直接脳内に響き渡るだなんて、超常現象以外の言葉で説明のつく状況ではあるまい。しかし、何処かしらで、誰かが発声しているものだと考えている二人に、カラクリの全容を話している時間も許容されないだろう。矢張り、テレパシーだけでは不足が多過ぎる為、テレポートと併用して何とか話の機会を作る作戦に切り替える方が現実的である。
ネスは今一度思考を整理し、二人に要点だけを懸命に伝えた。
((急に、すみません。驚かせてしまいましたよね…。今は少し、時間が無くて。お二人とどうしても、話がしたいんです。どうか、僕を信じて貰えませんか…!))
二人がネスを拒絶してしまえば、話は其処で途絶えてしまう。完全にイチかバチかの賭けになってしまうが、今のネスに思いついた言葉としては、これが精一杯であった。祈るように両手を組み合わせ、脳裏にイメージされる二人に思念を飛ばしてみる。
((……状況がよく分からないが、私は構わないぞ。…それで?お前はどうなんだ、キャプテン・ファルコン。))
((嗚呼、私も構わないとも。声の調子からして、君、困っているようだからな。見過ごすことは出来ない!それで?我々はどうしたら君に協力出来るかな?))
懸念は、一瞬にして消し飛んだ。二人とも、二つ返事で了承してくれた。
嗚呼、なんて良い人たちなんだ。感銘を受けずには居られない。ちゃんと、思いが届いた。
しかし、感激に浸っている時間は無い。幾らPSIを使いこなすネスであっても、発動していられる時間には限りがある。時間が空いてから話をするのでは、手遅れになるかもしれない。一先ず、全員を一か所に引き合わせなければ───でも、一体何処に?三人の内誰かの世界が早いだろうか?初歩的なところで、思考が詰まる。すると、女性の方が助け船を出してくれた。
((全員を一ヶ所に集めたいのなら、私の移動戦艦を使えば良い。声の主、…君が私の居場所を特定出来ないのであれば、座標を指定してくれ。迎えに行こう。キャプテン、お前は自力で合流出来るな?))
((無論だ。専用の移動機があるのでな。これで集合に関しては問題ないだろうか?))
((で、でも。お二人を呼んだのは僕ですし、手を煩わせるわけには…。))
((何。心配するな。この程度朝飯前だ。それに、事は一刻を争うのだろう?なら、自由に動ける我々が協力的に動くのは至極当然だ。))
何処までも心優しい二人のことを、あの黒フードが頼れるツテと呼んだ理由が何となく分かった気がした。
もしかしたら、この二人もマスターハンドとやらに呼びつけられた「ヒーロー」なのかもしれない。…だとすれば、この二人まで奇妙な計画に組み込まれる可能性は確実に潰したい。見知らぬ自分に、こんなにも優しくしてくれた二人を、守りたい。決意が固まれば、それまで抱いていた緊張や不安は遠のいた。
((…有難うございます、お二人とも。では、イーグルランドの…オネットまで。詳細は、合流してからお話ししますね。))
─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───
・・・───現在。
あの時、二人に情報伝達を行う為、テレパシーを発動した。
二人に語り掛ける意義をイメージし、捜索範囲を極限まで拡大し、遠く離れた二人の声とイメージを拾い上げた。あの時はまだ、二人のことを全く知らなかった。それにも関わらず、二人と対話を成すことが出来たのだ。
イメージを描き、強く願い、想いを通じ合わせた。声が届いた。だからネスも、此処に居る。
この世界に潜入して以降も、彼らとは定期的に連絡を交わしていた。つまり、内部からでも能力を有効化出来ることはとっくに証明されているのだ。…迷っている時間は無い。
今傍に居る仲間からの問いに、強く頷いて返した。
「…僕は皆さんを熟知している訳でも、正確な位置を把握している訳でも無いですけど、でも、二人が協力してくれれば、きっと遺跡の外側に声を飛ばすことが出来るはずです。僕を信じて、力を貸してくれますか?」
ネスに同じく、立ち並ぶ二人の‶英雄〟の目にも、迷いや曇は一切無い。
「勿論さ、ネス。俺たちに出来ることなら何だってする!リンクもそうだろう?」
「当たり前だよ。だから、ネスも俺たちを信じて。きっと、大丈夫だ。上手くいく。いかせてみせるから。」
今度の深呼吸は、恐怖の抑制では無い。
気持ちを改め、二人への信頼を胸に、ネスは自身の能力を喚起した。
二人の想いと、自分の想いを重ね合わせる。次第に大きくなる想いの波に、身を委ね、そっと目を閉じた。