The Beginning of the Fighters 作:黒冠
★サムス★
・・・───回想。
凡そ同職の人物として認識する男───キャプテン・ファルコンとは、宇宙保安と無関係な任務において邂逅を果たしていた。任務内容は、正直よく覚えていない。ただ、彼が終始騒がしく、お陰様で任務を久しく楽しめた記憶がある。
…と、言うのは、所詮口上に過ぎない。
職業柄、あるいは立場上、サムス自身、日々大量の任務を熟している。しかし、大半は危険なものばかりで、単独行動の方が気楽にやり過ごせる感覚が抜けない。時に同業者を伴う任務遂行もあるにはあるが、その全てを記憶しておける程器用な人間ではないことを、彼女自身、誰より理解している心算だ。
何より、「大切」だと感じた何かが、目の前で壊れて無くなってしまうあの光景が繰り返される可能性を考慮すると、そう易々と思い入れとして自分の中に落とし込んで良いものかと、躊躇いのあまり歩が止まる。ファルコンとの共同任務に関しても、例外では無かった。
気さくな彼は、場を和ませ円滑な作戦環境を整えようとしていたのだろう。よく回る口を動かし続け、自分の話を数多く披露した。かと思えば、此方の話も聞きたいと要求して来て、その時点で相当の物好きだと察しが着いた。そんな気がする。ただ、悪い気はしなかった。彼奴はあんなに喧しいものの、彼奴なりに配慮している。気を遣っている。何となくだが、彼の気遣いはサムスにも伝わっていた。
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───例の「手紙」を受け取った際、光渦を突き破り、得体の知れない男が姿を現した。
全身真っ黒なフード付ローブに身を包み、左手に独特な刺繍入の手袋を嵌めた、目つきの悪いその者は、マスターハンド同様、これまで目にしたことも聞いたこともない未知である。サムスは反射的に警戒態勢を取り、銃口を決して逸らすことなく男を問い質した。
「……貴様、何者だ。」
「そんなことはどうでも良いだろ、サムス・アラン。俺はただ、警告しに来てやっただけだ。」
「…警告?そもそも、何故私を知っている?」
底知れない不気味さだけを醸し出し、まるで意図的とでも言うように問答の機を計らう彼の口振りに乗っ取り、お望み通り問を突きつけてやった。あからさまな挑発と分かっていながら、胸騒ぎばかりが肥大するからだ。この胸騒ぎを治めるには、唐突に現れた不気味なこの男の素性を洗い出す他無い。
案の定、男は情報を明瞭に語りはしなかった。
「俺がお前を知ったルーツ?それこそ、どうでも良いだろうがよ。それで?警告の内容は気にならねえってか?へえ、随分と危機感の無いことで。」
「……貴様!!」
上手い具合に此方の要求を踏み潰し、論点を強制しようと目論む口上に無性に腹が立ち、構えていたアームキャノンを男の頬へ思い切り叩き付け、そのまま地表へ張り倒し、片腕を後方へ捻り上げるようにして、動作の自由を奪う。その間も、男は一切の無抵抗を貫いており、余裕飄々とでも言う風に、不敵なえみを浮かべるばかりだ。舌打ちは辛うじて噛み殺す。だが、眉間に寄った皴まで収める余裕は現状壊滅的に無い。…まるで、此方が追い詰められているかのような、不快感に歪む表情を見たからか、男は喉を鳴らして笑った。
「フ、ハハ!おっかねえな、‶英雄〟さぁん?危機感が無いって言ったのがそんなに癪かよ?嗚呼それとも、図星だったか?ハハ、どちらにせよ傑作じゃねえか。コレが、‶英雄〟ねえ?」
「随分と好き勝手言ってくれるな。…貴様に指図される筋合いは無い。さっきから何の話をしている?私の問いに答えろ…!」
腕を捻り上げる手に力を込めると、男の体躯の奥底から骨の軋む音が漏れた。痛覚は働いているはずなのに、それでも男は表情一つ変えない。
「悠長だなぁ、‶英雄〟さんよォ…。こうしている内にも、奴───マスターハンドの計画は進んでいるってのに。…その手紙、目を通したんだろ?」
「…ッ!だから貴様は、先程から‶英雄〟を連呼しているのか?何を知っている?お前もこの手紙の関係者なのか?」
マスターハンドという実名が出たところで、サムスは手に込めていた力を若干緩めた。男が口にした人物の名は、手紙の送り主と一致していたからだ。少なくとも、この男はマスターハンドを知っている。唐突に名指しの「手紙」が送られて来たカラクリも理由も、この男は確実に知っている。そうでなければ、態々サムスの元へ姿を現すメリット等何一つ無い。余程の奇行嗜好者でも無い限り、法螺を吹く意味は非常に軽薄だ。深く考えずとも、推論を重ねて大まかに完成させるのは容易い。ほんの少し、男の話に耳を傾けても構わないかもしれないという気概が起きる。恐らく、気概の生起さえも男の想定内なのだろう。それでも、サムスには聞く権利と義務がある。
「…何を知っている、ねえ。そりゃあ、お前が直接出向いて確かめた方が早いだろうよ。ただ、お前にとっても、他の‶英雄〟にとっても。ゆくゆくデメリットを被る計画だ。早急に止めろ。それが、俺の警告さ。簡単だろ?」
現状、素性を一つも明かさない点において、マスターハンドもこの男も信用に値しないだろう。自分自身の立場や正体は平然と隠し、自分の計画だけを推し進めようと企む時点で、サムスには両者が同類に見えて仕方ない。
「手紙」の内容を、此処でもう一度回想する。
マスターハンドの「手紙」は、冒頭時点で、サムスのこれまでの活躍を称賛するような文面が綴られていた。加えて、自分を探しに「終点」まで来て欲しいという奇妙な依頼内容が記載されており、「終点」の存在する世界へ転移する為には、送り主の名を口にすれば良いのだと、ご丁寧に案内まで添えられている。肝心の目的は不明で、この「手紙」がサムス呑みに送られたものなのか否かを判断する材料も無い。ただ、別段悪意を含む文面には感じられなかった。
一方、この得体の知れない男は、マスターハンドが悪意をもってサムスを招集しようとしていると語った。誰がどう考えても、何の根拠もない言い掛かりにしか聞こえない。…聞こえないはずなのに、サムスにはそれがやけに引っ掛かる。本当に、何も心当たりが無いのに、態々こんな話を自分に持ち掛けてくるものか…?
虚偽の撹乱の可能性と、事実の警告の可能性の間で揺れ動くことさえも、この男の中でも想定内で、嵌められているのかもしれない。だが、聞かなかったことに出来る程、「危機感の無い」人間では無かった。もう少しだけで良い。彼から得られる情報は、今の内に引き出しておくべきだろう。
「…貴様が、マスターハンドとやらを疑う根拠は何だ?此奴とお前の関係性は?私怨ではあるまいな?」
───一瞬、余裕満面の男の表情に影が差した。
見間違いでは無い。見間違いとは、言わせない。
「矢張り、貴様の中でマスターハンドは縁ある人物なんだな?」
「……、…るせぇ。」
掠れた声が細い喉から零れたかと思えば、男は拘束された腕ごとサムスを振り払い、そのまま赤黒い光線を左手から放った。サムスは不意打ちによろめいたものの、アームキャノンで咄嗟に前面を庇い、何とか光線をやり過ごす。目の前に立つ男の表情はフードに阻害され良く見えない。しかし、彼が放つ殺気が異常なものであることだけは、表情を経由せずとも察しがつく。
「うるせぇ、……うるせぇ!!彼奴が縁ある人物?…笑わせんなよ。彼奴は、彼奴は…!!」
男が、其処で口籠る。恐らく、マスターハンドの話題は彼にとっての地雷源だ。だが、核心を突く為には更に踏み抜くしかない。どう考えても動揺し、取り乱している今こそが最大のチャンスだ。サムスはアームキャノンにエネルギーを装填しながら、思考を巡らせ続ける。
「……答えろと言っている!貴様にとって、マスターハンドとは何なんだ!奴は、何者なんだ!知っているんだろう!」
フルチャージ状態のレーザーショットも、男は左手で易々掻き消してしまう。しかし、怯むことなく、再び彼を拘束する為、間合いを詰める。地面を強く蹴り、みぞおちへ向け肘を突き出す。男はその腕を掴み、逆にサムスの自由を奪わんと工作するも、負けじと脛を蹴り上げ抵抗する。男は苦痛に顔を顰め、恨めしそうに鋭い眼光を向けているが、決して攻撃の手は緩めない。続けて足払いを繰り出し、今度こそ体軸のバランスを失わせようと試みる。だが、男は間一髪のところで後方へと飛び退き、サムスの猛攻を交わした。互いに、息が上がる。緊迫した空気が空間を満たしている。
「……お前に答えてやる義理はねえ。そんなに知りてえなら、彼奴本人に聞けよ!俺はあんな奴のこと、知らねえし、…どうでも良い。もう良いだろ。───警告はしたからな。」
「…!おい、待───…!」
手を伸ばすも、もう遅い。悟った頃には、男の姿は何処にも無かった。
……取り逃がしてしまった。
結局、男の素性を明かすことも、「手紙」やマスターハンドの意図を洗い出すことも叶わずに、この不気味な邂逅は幕を閉じたのであった。
─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───
───・・・数日前。
悶々とした感情を抱え、「手紙」の主に応えるか否かの答えを出せないままであっても、任務を熟す日々は続く。任務中はなるべく例の件について考えないよう努めたが、それでも悩みが小さくなることには繋がらない。
一人で悩み続けたところで行き詰まりが増すばかりだと判断し、サムスはファルコンにこの件について相談を持ち掛けた。
何故、彼を指名したのだろう?当時は深く考えてはいなかったものの、思えば彼の当たり障りない明朗な言葉を聞きたかったのかもしれない。仮に深刻な話をしたところで、彼はその場の空気まで深刻なまま放置しようとはしないから。身勝手な期待にも思えるが、漠然とした不安の払拭にも、はっきりした立場の意見を求めるにも、彼が適任であると合理的に判断した心算だ。
ファルコンには、マスターハンドから送られて来た「手紙」のことだけを打ち明けた。
…あの男のことに関しては、自分から進んで話す気には、どうしてもなれない。何となくだが、サムスの一存で明かしてはいけない事情を抱えているように見受けられたからだ。男はどれだけ問い質しても、自分の情報は愚か、マスターハンドの情報すらも吐かなかった。ただ保身を図り、相手を憎悪していると言うのなら、一方的な情報提供を行った方が優位に立てる可能性が上昇するはずだ。にも関わらず、あの男はそれをしなかった。意図的に避けているとさえ、思えてしまった。サムスには、どちらの話を信じて良いものか判断し兼ねた。
「…この人物について、調査したいと考えている。正当な待遇による招集とは断言出来ないからな。」
迷いに迷った挙句、どっちつかず、あくまで「中立」として行動したい旨を告げたが、幸いファルコンはその点に対して追及しては来なかった。彼は「手紙」による招集を受けていないにも関わらず、快くサムスの意向に付き合うと言ってくれた。この肯定が、賛同が。…本心では欲しかったのかもしれない。
「もし、マスターハンドの件が終わったら───お前はどうしたい?」
彼が難の前置きも無く自分に向けて投げ掛けた一言は、やけに鼓膜に残存し、サムスの思考を一時的に止めるのに過十分な働きを齎す。予想外の問い。例の件とは無関係な問い。しかし、冗談と見なしてあしらうには、やけに重く響くその一言が、本当に彼の放ったものなのかと疑い掛けた自分が居た。
常にしょうもない冗談や軽口で、サムスを笑わせようとお道化る彼が、やけに真剣なトーンで問うものだがら、思考へ新たに組み込むまでに少々時間を要した気がする。
…どうしたい?私は今、どうしたいと思っている?
「…どうしたいも、こうしたいも無い。私は私、お前はお前。我々は、我々個人の営みに戻る。…そうだろう?」
咄嗟に吐いた言葉は、どうにも他人事のように思えてしまう。何か考えて放った気がする反面、何も考えずに放った気もする。矛盾に気味悪さを覚えたものの、明瞭な答えを用意するには顕著に時間が足りないのだ。
第一、私がどうにかしたいのは、本当にマスターハンドのことなのか…?
((そんなに知りてえなら、彼奴本人に聞けよ!俺はあんな奴のこと、知らねえし、…どうでも良い。))
あの男の声が、苦悩に歪む顔面が、脳裏から離れない。
そんな、自分らしくない思考回路を、一時的に切断したい一心で、本心か否かも判別出来ない独白を紡ぎ出したのかもしれない。
─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───
★マリオ&ルイージ&サムス★
───・・・現在。
「サムス!お~~い、サ、ム、ス!」
我に返ると、マリオがサムスの顔を覗き込み、呼び掛けていた様子であった。長らくの回想に耽る内に、すっかり意識が他所へと移行していたらしい。彼の呼び掛けに気付くまで、どれ程の時間が経過していたのか、推測しようにも意識が他所へ向いた切れ目が不明な以上、無駄な行為だと納得した。
「良かった。戻って来たみたいだな。…長らく考え事をしていた様子だったが、平気か?」
隣を歩んでいるルイージにも、知らず知らずのうちに心配を掛けてしまったと悟り、返って恥ずかしくなった。自分で想定していた以上に、時間が経過している。その証拠に、一度分断された後に修復された例のトラップ地点は、振り返った先に視認出来ない程、遠く離れている様子であった。
回想にばかり浸ってはいられまい。気を取り直し、首を横に振って否定する。
「問題無い。…個人的な事だ。君たちに負担を掛ける程のものでも無い。」
「水臭いぞ、サムス!俺たちもう仲間なんだし、悩んだら遠慮なく頼ってくれよ~!なあ、ルイージ?」
「…まあ、兄さんの考え方は最もだが。時には言いたくないことだってあるだろう?言いたくないなら、無理に言う必要は無いと思う。」
兄弟の意見には若干の相違点があるものの、双方とも優しさに満ち溢れた人格の持ち主であることに変わりない。「仲間」だから、遠慮なく。…ファルコンやネスも、同義のことを自分に向けて言っていたものだと、自然に想起されて、サムスは胸の奥が僅かに痛むのを感じていた。
決して、言えない内容じゃない。寧ろ、懸念点を減らすあるいは照合する為の情報として、隠すことなく明かすのが正解であると、頭では理解しているのだ。───ただ、個人の一感情が、開口を拒んでいるに過ぎない。彼らの優しさは実に有難いものだが、どうしても、今すぐ甘えようと割り切れる自信は無い。苦い笑みを浮かべ、一先ず、二人の言葉に感謝を添えた。
「有難う。二人とも。もし、私一人ではどうしようもないと判断した場合は、頼らせて貰おう。」
「嗚呼!その時は俺たちに任せておけよ、サムス!一から十まで話聞いて、一緒に解決策を探してやるぞ~!」
「ッたく、…兄さん、気が早いんじゃないか?サムスが困ってるだろ。はしゃぐのは程々にしておけって。」
「何だよルイージ、ノリが悪いぞ!仲間の為なんだ、寧ろ自信満々ぐらいが丁度良いに決まってるだろ?」
「何も自信が無いなんて言ってないだろ!俺はただ、先走り過ぎて彼女を返って困らせるなと言っているだけで───!」
嗚呼、よく似ている。
ファルコンと再会し、その後ネスと合流し、三人で他愛もない会話を重ねていたあの時間によく似ている。
くだらない言葉に内心で笑って、時には揶揄を挟んで、二人が楽しそうに笑っている姿を眺めているのが、私は好きなんだ。
この兄弟にも、それと酷似した感情を抱いている。
小競り合いも、揶揄い合いも、談笑も。どれも我々にとっては当たり前の「日常」が、絆を深める中で続いて行くその変遷に、居心地の良さを感じずには居られないんだ。
彼らが笑い声をあげる度、楽し気に歩む度、その背中も仕草も全てが微笑ましく映る。
…同時に、少しずつ、自分との間に隔たりを生じさせて行く。
彼らが自分と違うから?
否、違う。とうに理解している。彼らが自分と違ったとして、それが納得の行く理由に足らないものであることを、サムスはとうに理解している。
───この「当たり前」を失うことが、何よりも怖いんだ。
足が、止まりそうになる。声が、遠のく。…ダメだ、今は、ダメなんだ。振り払え。全部を振り払え。
忍び寄る崩壊の記憶を引き下げて、不確かに思える大地を踏み締める。
今はそれで十分だ。
───((皆さん、聞こえますか……!!))
曇った思考を晴らすかのように、聞き覚えのある声が脳内へ直接流れ込む。この感覚は、既に何度も体験している。間違いない。この世界を調査する為、協力を約束した同志の少年だ。
彼は今、「皆さん」と口にしていた。もしかして、と思いマリオたちの方を振り返ると、二人は困惑しているようで、周囲へ視線を配っていた。妥当なリアクションだ。彼らは少年───ネスの「テレパシー」を初めて受信したのだから。流石に説明が必要不可欠であるが、先ずはネスの伝達内容を把握する方が優先だ。サムスは二人を諭すよう、人差し指を立て、口にあてがう仕草を見せた。
「…色々気になることはあると思うが、私の仲間からの情報伝達だ。耳を貸してやって欲しい。」
サムスの端的な説明を経て、二人は状況に納得したようで黙って相槌を返して来る。サムスは周囲に通信妨害になり得る要素が無いことを確認した上で、改めて続く言葉を待った。