The Beginning of the Fighters 作:黒冠
「嗚呼、そうかよ。…だったら、てめえの好きにしろ。俺にはもう、関係無い。」
───数日前。俺は、長い付き合いの‶盟友〟と、喧嘩別れをした。
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★???&???★
───ズドォォォンッ・・・!!
狐姿の青年は、全身を震わせる程の衝撃のお陰で回想に入り浸ることなく我に返った。此方へ向けて放たれる無数の弾丸と火球の軌道を即座に見切り、反射器具‶リフレクター〟を駆使しつつ全て受け流す。
思わぬ反撃に直面した敵襲二名が動きを鈍らせた瞬間、今度は青年の後ろに控えていた緑基調の衣服纏う剣士の青年が勢いよく姿を現す。
剣士は迷うことなく、畳みかけるようなスピードで標的二名に接近した。絶対に攻撃の当たる距離であると判断を下したところで、剣を素早く抜き、二名を地面へ叩き付けるような形で払い退ける。完全に身体の重心が崩れ、二名が倒れて行くのを目視するなり、剣を力強く握り直し、続けざまに首を跳ね除けた。逃れようのない致命傷を負った二名は、頭部を失った状態で地面に横たわり、やがて何の形も成さないホログラムへと戻り、消滅して行く。狐の青年も、緑の剣士も、ホログラムが完全に消えるその瞬間まで、警戒を決して解くことなく武器を向け続けていた。万一蘇って来ようものなら、一瞬で叩き潰す心算であることは、言わずとも伝わるだろう。
しかし、一度形を失ったホログラムが再構築されることは無かった。一時の安全が確認出来た途端、二人は同時に大きく息を吐き出し、それぞれ愛用の武器を引き下げた。…流石に、緊張しない方が困難である。
「…一先ず、凌ぎ切ったみたいだ。怪我は無い?『フォックス』。」
剣士に声を掛けられ、意識が漸く敵襲から解脱する。本当に、言葉で言い表せない程、現在に至るまで必死であったのだから、無理もない。…そう思うことで、何とか自分を納得させたかった、気がする。まだ見知って間もない彼に余計な心配を掛けたくない一心で、微笑と共にすぐさま応じた。
「嗚呼、俺は無問題だ。『リンク』、君は?」
「俺も問題無いよ、フォックスと遭遇出来たのが幸いだった。…一人だったら、今頃どうなっていたことやら。全く、マスターハンドとやらは、とんでもない場所に僕たちを招待してくれたみたいじゃないか。この借り、どうお返ししてやろうかなぁ。」
剣士リンクは、自分の無事を示しつつ、招待状の主に向けた文句を連ねていた。当然だ、見知らぬ地へ迷い込んで早々、これまた見知らぬ───そもそも生物かも怪しい敵襲二体に追い回されるとは誰も思わない。フォックスも、内心ではリンクの文句に深く同意していた。
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「嗚呼、そうかよ。…だったら、てめえの好きにしろ。俺にはもう、関係無い。」
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「…フォックス?」
「…ッ!」
リンクに名を呼ばれ、現実に戻る。我に返る。…またしても、後味の悪い記憶が思考を占領していたらしい。良くない。こんなことでは、どうしようもない。自嘲を以て強引に記憶を退け、心配そうにこちらを見つめる彼の方へ向き直った。
「えっと、…ごめんな、リンク!ちょっと考えごとをしていただけだから、心配しなくて大丈夫だ。この戦いとは、全く関係の無いことだし!俺ってば、もっとしっかりしないと…。」
それまで隣に感じていたリンクの気配が、不意に揺らぐ。ハッと目を見開く頃には、彼が目の前に立っていた。移動動作により生じた微風が、彼の髪を、フォックスの尻尾を撫でる。一瞬の出来事にも関わらず、やけに時間の流れが遅く感じる。瞬きの内に、リンクは真っ直ぐフォックスを見つめていた。
「ねえ、フォックス。君、…よく嘘が下手って言われない?」
透き通るように美しく、曇りなき双眸で見つめられると、何故だか誤魔化しが効かない。上手く言葉が浮かばずに、ただ視線を泳がせながら口ごもるのが精いっぱいだ。しかし、誤魔化そうとすればするほどに、空回りの自覚が強くなってしまって、…どうしようもない。不甲斐ない。情けない。色んな感情が、押し寄せる。きっと今の自分の表情は微笑でも何でもなくて、引き攣っているのだろう。…だから、彼にも見透かされた。理解は、している。ただ、認めたくないだけ。
リンクと目を合わせられず、気まずい空気が流れる。───かと思っていたら、彼は突如として小さく笑みを零した。叱るでも、呆れるでもなく。彼は、笑った。フォックスにはそれが何故なのか理解出来ず、気付けば疑問そのままを彼へとぶつけていた。
「なあ、リンク。君、どうして笑って…。俺、君に怒られても仕方ない誤魔化し方をしたって言うのに。」
「何でだろうなあ。俺もよく分からない。分からないけど、少なくとも君を怒る気にはなれなくて。だってフォックス、明らかに、誰かの為に悩んでますって顔をしてたからさ?」
「…誰かの、為に。」
はにかむ彼の、最後の言葉を小さく反芻する。同時に、喧嘩別れした‶彼奴〟の声が、顔が、姿が。鮮明に脳裏へと浮上した。どう足掻いても、表情が歪む。彼奴の言葉も表情も、よく覚えているから。
こうなってしまっては、仕方ない。自戒を含みつつ、フォックスは懸念の理由を明かす方向へ思考をシフトした。
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───1時間前。
突然自室に出現した光渦経由で送られて来た、謎の「手紙」。
どう考えても怪しいそれを一人で開封する気にはなれず、長らく共闘して来た盟友に、相談を持ち掛けた。
面倒ごとが嫌いで、群れることも同じぐらい嫌いで。集団行動も自分から参加しようとせず、独断で突っ走る。しかし、誰より命知らずなレベルの勇敢さを持っていて、本当は仲間思いで、頼れるチームメイト。
そいつに「手紙」のことを話したら、間髪入れず「破棄しろ」と一蹴された。…つい、ムキになって言い返した覚えがある。
「破棄しろって、お前…!一応これは、頂き物の部類なんだぞ!だから、開けず終いってのは流石に失礼な気がするんだよ。」
「でもお前だって、これが怪しいと思ったから俺のところまでわざわざ持って来たんじゃねえのかよ?だったら、答えは出ているも同然だ。」
「それは、そう…だが。俺が言いたいのは捨てる捨てないってことじゃない。開けるにせよ、少しの間協力して欲しいって言うか…。」
たどたどしくなる言葉尻を不憫に思ったのか、彼奴は結果的に「手紙」の開封に黙って立ち会ってくれた。文句一つ零すことなく、ただ黙ってフォックスの動向を眺めているように見受けられた。
盟友を傍らに、フォックスはゆっくりと封を剥がした。現状、何処からどう見ても、何の変哲もない単なる「手紙」である。フォックスは盟友に封筒を預かって貰い、谷折された紙一枚を広げた。目視一番に、整然と並んだ文字の羅列が飛び込む。
文字の羅列の冒頭は、どうやらフォックスの活躍を称賛している文面のようであった。つまり、送り主は完全に自分を知っている人物であると考えられる。…正直、少し気味が悪い。褒められているはずが、快さを微塵も感じないのだ。盟友をふと見れば、不快さを表情全面に押し出していた。隠す気さえ、無いらしい。
「…チッ。俺たちの活動を第三者が尾びれ背びれ付けて褒めちぎるってのは、どうもいけ好かねえな。此奴、現地に居た訳でも無いだろうよ。さては、お前を煽てて妙な計画にでも参入させる心算なんだろ。見え透いた策謀だな。」
「いや、まだそうと決まったわけじゃないだろう?この人は本当に俺たちの活躍を評価してくれている可能性だって、少しは…。」
「その割には、フォックス。お前も苦虫を嚙み潰したような顔してやがるぜ?どう弁明するつもりなんだよ?」
「一言余計って言う心算が、今の、絶対八割余計だっただろ!!はあ…、お前って奴は、本当に。」
「はは、悪かったなあリーダー。」
「…絶対、反省してないだろ。それ。」
「手紙」そっちのけで茶化し合っている場合では無い。二人はそれぞれ気を取り直し、「手紙」の解読に注力し始めた。賛美の先に綴られたメッセージを、一文字ずつ確実に読み解いて行く。
「…つまり、この手紙を綴った奴は‶終点〟という場所に居て。手紙の経緯を知りたいのであれば、自分の名前を呼び、直接会いに来いって話か…?ううん、随分遠回しな…。」
「殿様商売も良いところじゃねえかよ。勝手に手紙出して、挙句自分に会いに来いって、一体どれだけ御身分の高い御方なんだか、ねえ?」
「手紙」を完全に読み終えても、二人の口から零れるのは疑念が大半である。やはり、「手紙」自体が胡散臭いという予測は変わらなかった。フォックスは額に片手をあてがいながら、盛大にため息を漏らした。通読した時点での結論を、そのままの流れで口にする。
「…やっぱり、差し出し人がいるであろう‶終点〟とやらに、俺が直接出向くしか」
「本当にそんなことする意味、あるのかよ?」
不意に、盟友の鋭い一声がフォックスの鼓膜に届く。驚きつつも、盟友を凝視し、それから数秒後、やっとの思いで言葉を捻り出した。
「そ、そりゃあそう、だろ?これが万一俺たちの世界を脅かすような人物からの挑発なのだとしたら何とかしないと…だし。逆に直接会って、何事も無かったら安心要素が増えるし。」
「…放っておけば良いだろ。」
背を向け、早足にその場を去ろうとする盟友の腕を咄嗟に掴んで引き止める。引き止められた盟友は、腕を掴まれた状態で振り返るも、やはり鋭い目つきでフォックスを見るばかりである。引き止めたは良いものの、気まずい空気が流れる。何を言えば良いのか。何時もならすぐに返し文句が浮かぶのに、今日は何だか上手く運ばない。そんな彼の心情を察してか否か、沈黙を埋めるように盟友は口を開いた。
「…この手紙。読んだ感じ、お前の他にも受け取り手が居るようだ。だから、一先ずそいつらに任せておけば良いだろ。お前が一々首を突っ込む必要なんか何処にもねえ。そんな手紙、早く捨てちまえ。」
「…それは、出来ない。」
言葉が喉につっかえる様な感覚を押し切り、フォックスは盟友をまっすぐ見た。盟友もまた、変わらずフォックスを見据えている。フォックスは胸の内に籠っていた言葉たちを、夢中で彼にぶつけた。
「確かに、お前の言う通り。誰かが何とかしてくれるかもしれない。それでも、俺───やっぱり見て見ぬフリは出来ない。この手紙が俺宛に届いたのには、絶対、何か理由があると思うんだ。それは俺にとって不利益なものかもしれない。お前が俺を心配してくれているのも、…ちゃんと分かってるよ。」
「なら、尚更行く必要なんか───!」
「でも…!もしかしたらさ、この手紙の送り主…助けを求めているかもしれないじゃんか。そうだったらさ、俺。放っておけないよ。」
二人の視線が、真っ直ぐに交わる。フォックスの言葉を最後に、また長い沈黙に満ちた時間が過ぎて行く。
暫くして、盟友はフォックスの腕を掴み返した。
「…だったら。だったら、俺も行く。お前一人じゃ危険だ。」
「いや。お前は此処に残ってくれ。残って、俺が不在の間代理としてチームを守って欲しい。」
「…ッ!フォックス、てめえ!」
腕を掴んでいた手は乱暴に放され、よろけたところで今度は胸倉を掴まれる。今度は後方に若干反り返る形で、二人の視線が合致した。盟友は、…怒っている。目が合っただけで気持ちが伝わる。何となく、こうなることは予想していたが胸の奥が痛んだ。
「…ふざけるなよ。スター・フォックスのリーダーはお前だ!お前以外、認められねえんだよ!!俺がお前の代わり?冗談じゃねえ。お前以外のリーダーなんて、俺は…!!」
息を荒げる盟友に、負けじと喰らい付く。此処で食い下がっていては、意味が無い。
「勝手なこと言ってるのは、俺も分かってるよ。でも、どうしても目を背けることは出来ないんだ。それにお前になら、チームを安心して任せられる。信頼しているんだ、俺は誰よりお前を…!!」
「…チッ、何だよ。信頼を言い訳に、ヒーロー気取りってか?」
「…!違う、そんなつもりじゃ……!!」
「……もう良い。お前の気持ちはよく分かったぜ、フォックス。」
冷たく瞬く双眸に突き放されるような感覚。襟首に込められた圧力が抜け落ち、慣性の働くままよろけながら後退した。すぐに目で盟友を追うも、視界に捉え直す頃には彼の表情が伺えなかった。気まずい。空気が、重い。掠れ切った声で、彼を呼ぶ。
「…■■■■、俺…。」
「嗚呼、そうかよ。…だったら、てめえの好きにしろ。俺にはもう、関係無い。」
───これまでの中で、一番鋭利な声。言葉。表情。反比例して、言葉を失う。呼吸も止まり掛けた。表情筋が引き攣って、笑いたくないのに、笑える状況では無いのに、苦い笑みを浮かべることしか出来ない。やけに遠く思える彼の背中に向かって、手を伸ばす。…掴めない。届かない。
空を切る手の感触が、虚しく思えて仕方無い。彼は怒っている。…痛い程に、分かる。返す言葉を探している間に、彼の姿が視界から消えていることに気付いた。居ない、何処にも。さっきまで隣に居た彼が、何処にも。
彼はもう居ないのに、残された言葉が脳裏に焼き付いて離れない。暫く、フォックスはその場に立ち尽くしていた。
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───・・・現在。
「…そんな、ことが。」
経緯全てを包み隠さず話す中、リンクは終始何も言わずに聞いていた。フォックスは何とか不安の色を押し殺して話している心算なのかもしれないが、リンクには彼の苦悩や後悔が痛い程に伝わった。彼はずっと、冴えない顔をしている。出会った時から、ずっと。それが為に、話に区切りがついた時、たった一言しか返すことが出来なかった。下手な同調は、少し違う気がする。でも、聞いておきながら何も言わないのは、───もっと違う。少しだけ思考を挟んだ後に、描いた言葉を紡ぎ出した。
「……やっぱり、君だって‶英雄〟じゃないか。」
「俺が……、英、雄……?」
意外な言葉に不意を突かれ、フォックスは目を見開いた。息を飲み、ただ見つめる先に佇む彼は変わらぬ微笑みを浮かべている。
…対して、俺はどうだろう?今、彼と同じ柔らかで自然な、余裕のある表情を浮かべられているだろうか?
「…………そんなわけ、無い。」
唇を震わせた音が、何に対する答えで合ったかは判断出来なかった。しかし、その一言をキッカケに、次々と、喉元のつっかえが嘘であったかのように言葉が溢れ出す。どうしようもなかった。リンクがどう思っているか、どう感じるか。気にしている程の余裕なんて、フォックスの中には残っていなかった。
「仲間一人尊重出来なくて…。その上、傷付ける俺は───‶英雄〟なんかじゃない!君たちと同じ土俵に立つ資格なんか無い…!!彼奴は、彼奴は…ッ。どんな状況でも、俺がピンチになれば必ず駆け付けてくれて、何時も俺や仲間のことばかり考えて無理をして……。俺は、誰より彼奴の優しさを知っていたはずなのに。無責任なこと言って、彼奴の気持ちを無碍にして…!そんな俺が、‶英雄〟を名乗る資格なんて……!!」
意図せずに、視界がすっかりぼやけてしまって情けない。本当に、みっともない。それでも決壊した涙腺は、感情の吐出を止めてはくれなかった。痛い、胸の奥が裂かれるように痛い。どんなに振り払おうとしても、染み付いた後悔は何度も何度も蘇る。
あの時俺は、何を言えば良かった…?俺が、全部間違っていた?どうすれば、彼奴にあんなことを言わせずに済んだ?渦巻く思考の中に、何も答えが見えない。冴えるどころか煮詰まり、濁りを帯びて行く。
「…フォックス。」
名前を呼ばれると同時に、ふわりと片腕を掴まれ───気付けばリンクの両腕に包み込まれていた。状況の理解が追いつかず、瞬きを繰り返しながら硬直した。反射的に、遠慮気味に、相手の名前を呼び返す。しかし、リンクの表情は依然として落ち着きを宿したままであった。問い掛け交じりに、柔らかな声音が耳を揺らす。
「リン、ク…?」
「…少なくとも、俺にとってフォックスは既に‶英雄〟なんだ。ねえ、覚えている?俺と君が此処で出会って間もない時のこと。」
・・・───約30分前。
リンクは故郷の誰にも相談せず、「手紙」に記された内容と人物を確かめるべく、わざと相手の術中に嵌った。
元の世界では、自分が居なくなったことが知れた仲にバレてしまった頃だろうか?きっと姫には後でお叱りを受けることだろう。しかし、どうにも不審な「手紙」を手にした時点で、リンクの中に他者を巻き込む選択肢は無かった。
目覚めた場所は、岩で構築された洞窟。壁に埋め込まれた小さな松明の灯だけを頼りに、宛無き道を黙々と進んだ。進んでも、進んでも、変わり映えのしない景色。来る場所を間違えた?それとも、初めから出口のない場所に閉じ込められた?色んな憶測が脳内を飛び交う度、打ち消すように首を横に振る。今は考えていてもしょうがない。きっと、何も解決しない。
気を取り直したところで、背後に殺気を感じ、背中に備えている剣を素早く抜いて応戦した。猛烈な負荷が刀身に掛かっているのが分かる。片脚を後ろへ下げ、重心を前へずらし、ずり下がり掛けた身体を何とか押し戻そうと剣に力を込める。負荷の正体を視認する以前に、何とか対象の攻撃を相殺することに成功した。
自分の前方に着地したのは、…ブーツを履いた、鼻の大きな、恐竜?故郷では見たことのない生命体と思ったが、よく見ると変形質のホログラムのようだ。実体はあるものの、時折ノイズが走る。地形が狭いからか、初めからそのような設定であったのか。幸いにも敵は一匹限りの様子であった。然程手こずる予感はしない。
「…5分で、片付ける。其処をどいてくれ!!」
自分への鼓舞を込めて叫び、下がったままの足に力を注いだ。勢いよく地面を蹴り、相手の懐へと潜り込む。途中、相手が長い舌を突き出してきたのが目に映ったが、焦ることなく盾で軌道を逸らし、盾によって起こった空気の流れを纏ったまま突進する。剣の一払いで、相手は忽ち体勢を崩した。───これなら、仕留められる。
「喰らえぇぇぇぇッッッ!!!!!」
払った剣を手元でクルリと回し、握り直して、そのまま鋭く突きを繰り出す。事前に間合いを詰めていたお陰で、相手にはリンクの攻撃を避ける時間が許されない。渾身の突きが腹部へ刺さったことで、相手は後方へと勢いよく投げ出された。しかし、リンクの攻撃はまだ終わらない。続けて地面を蹴り上げ、可能な限り上昇し、上空から空気ごと切り裂くような斬撃を下した。
地面に亀裂が生じる程の、衝撃。ホログラムにそれを受け止め切れる程のスペックが搭載されているはずもなく、見事相手は跡形もなく消滅した。
「…ふぅ。これもマスターハンドが仕組んだ敵襲なのか?随分巧妙なつくりだが、まだ脅威にはなり得ないと見た。この先、もう少し進めば何かあるのだろうか?彼奴は、最深部を守る伏兵」
更に洞窟の奥へと足を進めようとしたその時、一歩踏み出したところで奇妙な音が聞こえた。
…何かの、起動音?軽いのに、やけに耳障りの悪い一音。
その出先を確かめる間もなく、足元がぐらつくのが分かった。ハッとして注意を払おうとするも、もう遅い。忽ち地盤が崩壊し、身体が宙に浮いたことでバランス感覚を失う。続けて、身体が重力に引かれるまま落下していく感覚。…間違いない。これは完全にトラップだ。こうなってしまっては、もう大人しく落ちるしか無いだろう。諦念を抱き、目を閉じる───。
しかし、全身は愚か四肢の一部にさえ、打撃に伴う痛覚は何時まで経っても働かなかった。代わりに、片手を何かに強く掴まれている感覚。
恐る恐る目を開けると、誰かが宙ぶらりんの自分の手を、懸命に握っている。その上、元居た場所へ引き上げようとしている…?
黒い指貫手袋を装着した、狐姿の青年。見たことが無い、完全に初対面の彼。にも関わらず、彼は必死にリンクへと呼び掛けている。
「君!大丈夫か!?怪我は!?今、助けるからな!!もう少しの辛抱だ!!」
あなたは?と問い返そうとして、真面に声が出ないことに気付いた。そこで初めて自覚する。
嗚呼、今の自分はこの危機に怯えているのだと。これまで数え切れない程の危機を乗り越えてきたはずなのに、この状況がやけに不安で、先ずもって足元に広がる奈落を覗くことなど絶対に出来ない。今唯一の頼りの綱は、見知らぬ青年が握り続けているこの手だけだ。この手を、信じるしかない。
…だが、リンクにはこの状況が不思議だった。リンクが彼を知らないように、恐らく彼もリンクを知らない。それでも彼は握った掌の力を決して緩めることなく、リンクを助けようと一生懸命になっているのだ。自分が彼の立場でもそうしていたに決まっている。でも、いざ自分が助けられる立場になってみると、途端に不思議に思えてしまうらしい。
一生懸命な彼の疲労を少しでも軽減する為にと、リンクは足を軽く動かし引っ掛けられそうな突起を探し始めた。リンクが踏ん張れれば、彼が引き上げに要する労力が多少減るはずと考えたからだ。
幸いなことに、突起はすぐに見つかった。片脚を掛け、青年に声を掛ける。
「…済まないが、俺が声を掛けるから、そのタイミングで思い切り引っ張り上げてくれないかな。何とかなりそうなキッカケを見つけたんだ。」
「…!本当か!?よし、分かった!!俺に任せてくれ!!絶対に助ける!!」
「…有難う!じゃあ、行くよ。せ~~~~~の…!!」
声の終わりと共に、突起を思い切り蹴った。握られた掌に掛かる圧力が上がると同時に、ふわりと身体が軽くなる。気付けば身体は奈落から離れ、元居た盤上に座り込んでいるのが分かった。…どうやら、助かったらしい。自力で立ち上がろうと地面に手をついたところで、目の前に指貫黒手袋に包まれた掌がするりと差し伸べられた。さっきの青年であることは、見ずとも分かるが、何となく視線を上げる。青年ははにかんだ笑顔を向けながら、口を開いた。
「…無事で本当に、良かった。さあ、俺の手を掴んで。立ち上がれそう、か?」
「うん、大丈夫だよ。有難う。」
青年に釣られ、口角の緊張をほどきながら、リンクは差し伸べられた手を自ら握り、立ち上がった。
誰にも明かさず、一人で歩んで来た中で初めて出会った───‶英雄〟。彼の自然な笑顔が、眩しい。陽光のように優しく、温かく、輝いて見える。
「…そうだ、お礼がまだだったね。先ずは、俺を助けてくれてありがとう。見知らぬ君。それから、初めまして。俺はリンク。此処とは全く別の世界から、手紙の差出人に会う為に来たんだ。」
お礼と自己紹介、ついでに目的の説明。これらを一括で済ませたのは時期尚早であっただろうか?過ぎたことはどうしようもないとは言え、流石に飛ばし過ぎた自覚が湧く。だが、青年は全く気にしていない様子でリンクの話を一頻り聞いた後、同じような内容で会話を持続させる。
「初めまして、リンク。礼には及ばないさ!途轍もない破壊音が聞こえて駆け付けたら、君が居て。間に合って、本当に良かった。俺はフォックス。実は俺もマスターハンドって奴に呼ばれて此処に来たんだ。だから、恐らく君と同じ状況に瀕していると、思うよ。」
「…!君も、マスターハンドを探しに?これは驚いたな、まさか俺だけじゃなかった上、知らない世界の人たちまで巻き込まれてただなんて。」
「そう、だよな。俺もちょっとビックリしてしまったよ。大胆な作戦だな…って。」
「大胆な、作戦…。ッはは、そうだね。間違いないや。」
何処かもの寂しく気味の悪い洞窟には似合わない、談笑の時が流れて行く。気付けば、会話の中で笑みが零れ始めていた。焦燥感や不安が、少しずつ遠のいて行く。
同じ境遇にある仲間を見つけられた安心感も、あるのかもしれない。一人の旅路に慣れていない訳ではないものの、やはり、未知の世界が舞台となればどうしても不安に駆られるものだ。お陰様でトラップを見誤る凡ミスを披露するに至ったものの、裏を返せばトラップが彼との出会いを運んで来てくれたのかもしれない。そう思うと、彼に免じて許してやれるぐらいの気概は支出出来そうだ。リンクは良き出会いに胸を膨らませながら、フォックスにある提案を持ち掛けた。
「もし、フォックスが良ければの話、なんだけどさ。…この先、一緒に探索するっていうのは、どうだろう?ほら、一人だとまた危険な場面が潜んでいるかもしれないし、…それにさ、フォックスが傍に居てくれたら俺、安心して進んで行けそうな気がするんだ。出会って間もない上、君に助けられた立場の人間が何ほざいてるんだって感じかもしれないけどさ!どう、かな。」
「実は、リンク。俺も今、同じ提案をしようと思っていたところなんだ。寧ろ、君が嫌じゃないなら。一緒に来て欲しい。二人で一緒に、‶終点〟を目指そう…!」
フォックスの答えは、何の躊躇いもない「yes」だった。彼の返答を受け取るや否や、安心感と歓喜が急激に増したのが自分でも感じ取れる。こんなにも心強い‶英雄〟が、これから終わるその時まで、隣を歩いてくれる。こんなにも嬉しいことが、そうあるものだろうか?まだ、夢を見ている気分であった。
・・・───現在。
「…あの時、君は何の迷いもなく俺に手を差し伸べ、助けてくれただろう?その姿が、俺には物凄く眩しくて。太陽のように映って。嗚呼、君はきっと誰もが認める心優しい‶英雄〟なんだって確信したんだ。」
「あ、あれは…!リンクが目の前で危険に巻き込まれているのが見えて、それで俺、放っておけなくて咄嗟に…!!」
「───その、咄嗟に示すことの出来る勇気と、優しさは。紛れも無い‶英雄〟なんだよ。フォックス。」
震える声で自分の行いを否定しようとするフォックスの声を、リンクは負けじと掻き消した。
「…俺が、言わせない。フォックスが‶英雄〟じゃないなんて絶対に。たとえ君自身が君を否定しようって魂胆でも、俺は絶対それを許さない。君は俺にとって命の恩人なんだから。」
「でも、…でも俺は。俺は、確かに君を助けた。でも、…彼奴のことは、傷付けた。本物の‶英雄〟は、誰であろうと絶対に助ける、そんな存在だろう?だから、俺、は…。」
本当に、彼は優しい。優し過ぎるのだと。彼の返し文句を聞き入れる度、実感する。
誰かの為を思い、誰かを助けたいと常に願っている。それが故に、力及ばない自分を否定しようとしてしまう。
でも、そんな部分だって彼を。俺の‶英雄〟を形作る一部なんだって。そう伝えたい、伝えなければならないとリンクは確信した。
「フォックスと、その盟友との関係とか付き合いの長さとか。出会った経緯とか、助けられた経験とか。…出会ったばかりの俺じゃあ全てを正確に想像することは出来ないし、その人に比べたら俺、フォックスのこと全然理解出来てないと思うんだ。でも、…そんな俺でもしっかり伝わったんだよ。フォックスが、仲間を命と同じぐらい大切にしていること。その気持ちはきっと、盟友にも伝わってる。だから彼は、君以外をリーダーと認めたくなかった。君を一人で危ない場所へ行かせたくなかった。そして君も、───大切な仲間の彼を、私情に巻き込むのは違うと思った。」
「……ッ!」
「……考えていることは、お互い一緒なんじゃないかな?大事だからこそ、同じ気持ちだからこそ、ぶつかり合った。」
罪悪感から小刻みに震えていたフォックスの身体が、ぴたりと動きを止めたかと思えば、心なしか呼吸のテンポが穏やかになったように感じた。鼓動に合わせ、寄り添うように、ゆっくりと背中をさすりながら語り掛ける。
「…仲直り、したいんでしょ?」
「……嗚呼、勿論、したい。したいに決まってる。このまますれ違ったままなんて、俺は絶対に嫌だ…!」
「……きっと、大丈夫だよ。フォックス。だって、互いを思い合う気持ちは同じなんだからさ。」
一度密接した状態から離れ、リンクはフォックスへと視線を送った。そして、気付く。
彼の双眸を染めていた陰りが、薄れていることに。心から、安堵する。僅かであっても、彼の心が軽くなったのだろうと、安堵する。フォックスが、微笑みを零した。リンクを助けてくれた時と、同じ、あの微笑みを。
「───有難う、リンク。君だって、俺にとっての‶英雄〟だよ。」
─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ─── ───
★???★
現在地:‶終点〟。
「…ほう。遂に戦士候補が全員出揃ったようだねえ。めでたい、めでたい!」
モニターだらけの薄暗い空間にて、白いフードの男は純白の背凭付き回転椅子に収まり、ふんぞり返って盛大な拍手を送っていた。12枚のモニターに映る‶戦士〟たちを眺めるその目は見るからに好奇心に満ち溢れ、ぎらつき具合は気味が悪い程度に達している。しかし当の本人はその自覚が無いのか、表情を変えることなく饒舌に語り続ける。
「助け合い、支え合い、励まし合って数々の困難を乗り越える戦士たち───!嗚呼、実に美しく素敵だとは思わないかな?私は思うのだよ、諸君。これこそが、‶戦士〟の真髄であると、ね?」
依然として、空間には彼以外誰も居ない。それでも、彼の一人芝居は続投していく。留まることを知らない。
「しかし面白い。…どうやら一部、イレギュラーが発生している様子でね。私の権限があればイレギュラーなんて全て抹消出来るんだが───折角の出会いだ。此処はひとつ、イレギュラーたちのことも観察してみよう。もしかしたら、イレギュラーたちにも、‶戦士〟としての素質が潜んでいるかもしれないだろう?そう、これはエンタメだ。まず、支配人たる私が楽しみ、続いてオーディエンス諸君が楽しむ為のものなのだ!」
高らかに笑いながら、継ぎ接ぎのように生み出された新たな4枚のモニターを引き寄せる。既に3枚にはイレギュラーが映し出されているものの、1枚は暗転したままだ。白いフードの男は、目を細める。
「…おやおや。気配は感じるけれど、識別センサーは‶君〟を感知していないようだね。可笑しいな、君はまさか、私の能力をすり抜けられるのかい?それとも、単純に素質が壊滅的に無いのかい?…どちらにせよ、ワクワクしてしまうね!」
ノイズで埋め尽くされたモニターを暫く見詰めた後、漸く全てのモニターを展示し、自身を取り囲むように円状へと整列させていく。完成すると、白いフードの男は満足そうに笑みを浮かべた。
「さて、さて。‶戦士〟諸君。これはまだ、始まりに過ぎないんだ。…私も、オーディエンスも、そして───君たちも。もっと楽しめる素敵な演出をご覧に入れようじゃあないか!さあ、もっと戦え!もっと私に‶戦士〟としての雄姿を示してくれ!そして───いずれ、私に会いに来てくれたまえ。」
白いフードの男は、高らかな笑い声を空間中に張り巡らせながら姿を消してしまった。
空間に残されたモニターが主を認識出来なくなったからなのか、投影していた映像にノイズが生じ始める。
───まるで、これから戦士たちの身に降り掛かる不吉な予感を、暗示するかのように。
今回も読了頂き、誠に有難う御座います。黒冠です。
早くも、第1編第1幕が終了してしまいました。夢中で書き進めていると、あっという間の出来事に思えますね。遂に第1編メイン戦士が出揃い、皆がそれぞれの区域から‶終点〟を目指して前進しているようです。
今回は第1幕終了に伴い、各コンビ(チーム)の現在地と状況を纏めてみようと思います。1~5話のあらすじ代わりと認識して頂ければ。
①マリオ&ルイージ
▶安定の兄弟コンビ。
▶キノコ王国に起きた異変?を突き止めるべく光渦の元へ戻ったところ、マスターハンドの名を口にしたことで別空間に迷い込みました。
▶元々マリオ単騎の予定でしたが、見事ルイージは巻き添えを喰らっています。頑張れ、緑の英雄。
▶現地到着早々、二人でクレームを言いながら進むこと数十分後。二人の間をカービィが猛スピードで通過!それに何とか気付いた二人は、現在カービィの後を追っています。
②ヨッシー&ドンキーコング
▶通称動物コンビ。
▶別空間に辿り着いた経緯は現状省略していますが、その内明記するつもりでいます。
▶ヨッシーがピカチュウのホログラム二体に追われていたところにドンキーが助太刀する形で合流。お互い同じ世界の仲間に会えたことで安堵しています。
▶現状、調査の目途は明確に立っていませんが周辺を歩き回り手掛かりと仲間を探す予定。
③カービィ&ピカチュウ(&プリン)
▶通称子どもコンビ。
▶二人ともホームタウンに突如出現した光渦の前でマスターハンドの名前を口にし、別世界に迷い込んでいるため、①と類似しています。カービィはメタナイトとデデデに制止されたものの、自分の意思で突撃。ピカチュウはプリンが先に別世界へ転送されてしまったため、彼女を追い掛ける形で突撃。
▶何処からか現れたワープスターに捕まり彷徨っているうちに、カービィが(カービィのホログラムに)奇襲されているピカチュウを発見。助太刀する形で合流しました。
▶ピカチュウの目的であるプリンの行方を捜索すると共に、マスターハンドの元へ行くための手掛かりを探す予定。
④リンク&フォックス
▶暫定:大人コンビ。
▶リンクの方は「手紙」のことを誰にも言わないまま、別空間へ乗り込んで来ています。詳しい回想は書くかもしれないし、書かないかもしれません。一方、フォックスは盟友■■■■に状況を明かすも、ほんの些細なすれ違いにより喧嘩別れの状態で別空間に。この二人をコンビにすることで起こる対比にはかなりの皮肉が込められていますね。
▶偶然近いポイントに飛ばされた二人は、それぞれ探索を始めていました。リンクの方はヨッシーのホログラムに奇襲されるもすんなり片付けます。しかし、その後トラップが作動し、フォックスに救われる形で合流。
▶一先ず、洞窟からの脱出を検討しています。現状、‶終点〟への手掛かりが隠されたチェックポイントに最も近いと思われます。
~番外編~
⑤サムス&ネス&キャプテン・ファルコン
▶イレギュラー組。
▶各々が別世界に潜入するに至った経緯は後話で。キーパーソンはレギュラーであるサムスです。
▶三人が協力関係を築くに至った経緯も同様に後ほど。是非、お楽しみに。
▶サムスは①を、キャプテン・ファルコンは③を、ネスは④を追っています。果たして、吉と出るか凶と出るか。
以上が、各コンビ・チームの動向です。どの集団も結束を強めているように思われますが、マスターハンドもまた、そんな彼らに向けた次の仕込みを発動した様子。波乱が待ち受けていること間違いなしの第2幕。───是非、立ち寄りお読み頂けると嬉しい限りです。
皆さんをお待ちしております。では、また次回。