続け(願望)
夜とあなたを おいかけて
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「起きて。」
チリン、と鈴の音があなたの耳に転がり込む。
「…ねぇ、起きてったら。」
→おきる おきない
気持ちよく眠っていたところに横槍をさされ、心地よい微睡みから叩き起こされたあなたは、うぐ、と呻きながら突っ伏していた机から顔を上げる。
枕代わりにしていたせいか僅かに痛む腕と頬を気にしつつ、自分を起こした相手を見れば、そこにはあなたの友人である少女、ことりの姿があった。
「部活が終わって教室に忘れ物をして戻ってきてみれば…まさか君、授業が終わってからこんな時間までずっと眠ってたの?」
「…こんなじかん?」
ことりの物言いに、あなたの頭にしぶとくこびりついていた眠気は霧散する。
…思えば窓から見える景色は今が夏であるにも関わらず薄暗く、バッ、と効果音が付きそうな勢いで顔を向けた時計はもうじき下校時刻の七時を指そうとしている。
「!?」
「全く…子供っぽいのは何時もの事とは言え、せめて寝落ちするなら家に帰ってからにしなよ?」
机から跳ね上がり、どたばたと教材や筆箱をカバンに詰め込んでいくあなたを見て、呆れたような、どこか慈しむような声色でことりは言う。
…仮にも同級生なのだから、年下や妹でも相手するような風なのはやめてほしい、と思ったあなただが、それ以上に自分が普段からだらしない事にも自覚はある。
せめてもの抵抗と言わんばかりに頰を僅かに膨らませつつ、荷物を詰め終えたカバンを肩から下げてあなたは立ち上がり、ことりの手を取る。
「…よし。うん、かえろ、ことりちゃん。」
「ふふ、もう暗いからね。急がなきゃだね。」
「…オバケが出てきちゃうから、ね。」
蛍光灯が照らし出す、それでも微かに暗闇が目立ち始めた廊下を、あなたとことりは二人、手をつないで早足で下駄箱まで歩いていく。
…僅かに開いた教室の扉から覗く生気の無い瞳や、トイレの暗闇の奥に見えた白いヒトガタは見えないフリをしつつ。
靴を履き替え外に出れば、日が落ちるのは早いもので、すっかり夜闇が辺りを包み、月と星、それから弱々しいだいだい色に光る街灯だけが道を照らしている。
「…参った、すっかり真っ暗だね…。」
「ぅ…ことりちゃん…」
「大丈夫。ほら、手を繋いだまま二人なら大丈夫だよ。」
あなたは夜が、よく見えない薄暗い影が、その奥の、何かの潜む真っ暗な闇が苦手だ。
見ているだけでも身が竦むような。
冷たい手が背中を這い登るような。
内臓をきゅっと締め付けられているような。
なにかを、おもいだしそうに、なるような。
…まっくらなどうろ。あかいひょうしき。まどをうつきのえだ
───いやだ。
やめて。みたくない。ききたくない。おもいだしたくない。
──ことりもあなたとはそこそこ長い付き合いである。怖がりなあなたに理解を示し、暗闇に怯えるあなたの隣に寄り添ってくれる優しい優しいともだちだ。
しっかりものな彼女のことだ。
今日も忘れ物をした、なんて言いながら、実際のところはあなたを取り残す事など無いよう、教室を訪れたのだろう。
ことりの手の温度、それから首に下げた御守りの感触に勇気づけられたあなたは、御守りを潰さないように気を配りつつ握りしめ、ぎゅっと口を固く横一文字に結ぶび、それを見て、ふふっ、と笑ったことりと共に夜の闇が包み込む町へと歩き出していく。
あなたたちの住むこの町。特に夜の町には、昼間の太陽の下では姿を現すことのない住人たちが居る。
それらは、様々な姿形、それぞれに特徴を持ち、
…そして、その殆どがあなたたち生者に対して敵対的である。
気を付けていたにも関わらず、うっかりマンホールを踏みつけたあなたの足を、蓋の下から這い出した腕が握り締める
ヒュッ、と空気が抜けるような音を出したあなたを見たことりがその手に鋭い蹴りを入れれば、手はびくりと震え、あなたの足を離していそいそと蓋の下へと戻っていく。
わんわん、ばうばう、と前方から一つ目の黒犬があなたたちへと駆けて──怯えて縮こまるあなたとは対照的に、なんとなく呆れたような目つきになったことりが何処からか取り出し、投げた石ころに気を引かれ、明後日の方角へと駆けていく。
それからも、投げつけた石ころに気を取られた白い影の背後を駆け抜け、白い頭にニヤけたような顔と、手に提げた大きな鉈が特徴的なオバケの脇を、音を立てないよう息を潜め、道を塞ぐ大きなオバケに対しては、何処からか取り出した鈴の音を響かせて退かし、ことりはあなたの手を引きながら通学路をするすると歩いていく。
「…すごいね、ことりちゃんは。」
「慣れてるだけだってば。転校してくる前の町にも居たんだ、ああいうのが…。」
「………今夜は少し多い…?」
しょんぼりとしたあなたに対し、あっさり…と言うには少し、疲れたような、何かを懐かしむような表情でそう語ることり。
…あなたは、と言うよりも。
あなたたちは、互いに相手の過去について、詳しい話を知らない。
相手の過去は気になるものの、なんとなく、聞かれたくないような、人に掘り返されたくないような過去であることを察しているのだろう。
子供っぽいあなたでは有るが、人には皆、触れない方が良い場所が存在する事を理解していた。
そう、ちょうど。
あなたにとっての、あのよるのような───やめて。
やめてやめてやめて。
──そんな事を考えながら歩いていれば、いつの間にかあなたの住む家の前にあなたたちは着いていた。
「よし、着いた。それじゃあまた明日ね。…早く寝るんだよ?怖がりなクセにいつも遅くまで教室で寝てるんだから。」
「うぐ…わかってる。いつもありがとう、ことりちゃん。バイバイ、またあしたね。」
こちらへ後ろ手に手を振りながら夜の町へ去っていくことりへと手を振り返しつつ、ガチャリ、と音を立てて扉を閉め、ただいまー、と声に出しながらあなたは二階の自室へと戻り、カバンを下ろす。
返事はない。
制服を脱ぎ、私服に着替えたあなたはリビングに入り、電気を付ける。
「えへへ、ごめんねおとうさん、おかあさん、おねえちゃん…、きょうもおそくなっちゃった。ごはん、つくらなきゃだね!」
テヘペロ、とでも形容されそうな表情をしたあなたは、エプロンを巻き、トトト、とキッチンへと歩いていく。
返事はない。
「きょうはね〜、う~んとね〜…、うん、カレーにしよっか!みんなすきだもんね!」
包丁で具材を切り分ける音は、やがてジュウジュウ、と鍋で具材を炒める音へと変わっていき、換気扇のたてるごうごうという音と、グツグツ、と具材の煮込まれる音ばかりがあなたの家に響いている。
「…よし、できたよみんな!ほら、これがおとうさんので、おかあさん、おねえちゃん…よしっ。」
カレーの盛られた皿を机に4つ並べたあなたは、パンッ、と手を合わせ、いただきます!と口に出す。
「んぐ、んぐ…。おとうさん、そんなりょうでだいじょうぶ?…そっか、やっぱりほしかったりしたらつたえてね?」
「そうだ、おかあさん!きょうはがっこうのしょーてすと、まんてんだったんだ!えへへ、すごいでしょ!!」
「…おねえちゃん、わたしののこしてたぷりん、たべた?」
あなたは家族へと、今日あった事についての話や、何気ない雑談を投げ掛ける。
返事はない。
「ごちそーさま!あれ、のこしちゃったの?…そっか、れいぞうこにしまっておくから、おなかすいたらたべてね!」
返事はない。
…あなたは、風呂で身を清め、歯を磨き、ちょうど放送していたテレビのお笑い番組で一しきり笑った後、家族にそろそろ寝ることを伝え、自室のベッドへと潜り込む。
目を閉じたあなたの瞼の裏に、休み時間のことりとの雑談や、授業の内容、それからことりとの恐ろしい帰り道のこと…。今日もトラブルこそあったものの、楽しい一日だった。
また明日も。明後日も。その次も。
きっとこんなまいにちはつづいていく。
そうにきまっている。
…そんな事をぼんやりと考えながらあなたの意識は夢すら見ない微睡みへと堕ちていく。
…何事もない、平穏な生活。
そんなものは最早あなたには有り得ない。
夜が、あなたを見つめているのだから。
あなた
白くスベスベな髪と小柄な身体、色白な肌が特徴の今作の主人公。
中学生ながら子供っぽい話し方と行動が目立つ少女。
運動神経はどちらかと言えば低く、頭は中の中程度。
ことりとは一応友人であるものの、普段から迷惑をかけている、と少し負い目を感じている。
かなりの臆病者であり、高い所や速い乗り物などは駄目で、特に暗闇が非常に苦手。
今話では呼ばれていないが、名前はマユ。