警報が日常を切り裂く。ただそれだけで、俺たちは普通の高校生のままでは居られなくなった。
「セキュリティー3が突破されました。生徒の皆さんは、速やかに屋外に避難してください。繰り返します――』
事前に録音されたであろう女性アナウンサーの声が、キレイな日本語で非常事態を繰り返し伝える。そんなズレが余計に怖かった。
とはいえ俺に焦りはない。この学校で唯一、今何が起こっているのかを正確に把握しているから。
――死柄木だ。作戦通りあいつが雄英へ「宣戦布告」しにきたんだ。
「なあ、誰か、セキュリティー3って何のことだか分かるか?」
砂藤がキッと目に力を宿して俺たちに問いかける。
みんなは首を横に振った。
今頃、雄英の正門は死柄木の「崩壊」で食い破られ、ここぞとばかりに分別のないメディア連中が校舎内に押し寄せていることだろう。
つまり「セキュリティー3が突破」というのは「校舎内に何者かが侵入した」ということ。
そのことを砂藤たちに伝えることは出来ない。だから、俺も一緒に首を横に振る。
我ながら白々しさは一切ない完璧な演技。もう、慣れたもんだった。
「もしかしたら、侵入者なんじゃないかな。」
「えっ……雄英に?」
尾白くんが神妙な顔でそう憶測を述べると、葉隠さんはきゅっとその身を縮ませる。
「だとしたら、『屋外に避難』っつーのは、ヤバいんじゃねぇか。俺たちの教室は高層階、校舎の中にはもう侵入者が入り込んでるんだぜ。――わざわざ遭遇しにいくようなもんだ。」
砂藤がそう言うと、尾白くんは額に手を当てて考え始める。
砂藤の言うことには一理、いや十理くらいある。
もし侵入者が殺意マシマシの死柄木だった場合どうなる?
外へ避難しようと降りてきた生徒たちを、死柄木は粗大ごみを順々に粉砕機にかけるみたいにして崩していくだろう。大笑いしながら。
まさに入れ食い状態で、あとに残るのはパーツの足りない高校生の惨殺死体の山。
雄英の緊急時のマニュアルにはかなり疑問が残る。
けど、俺は事の顛末を予め全て知っている。
死柄木がこれみよがしに正門を破壊し、メディアの連中を使って雄英のセキュリティーシステムを作動させ、オマケに何者かが侵入した痕跡を校内へ残す。それが今日の段取りの全て。
そうすることでのちに「ああ、救助訓練の情報はあの時に漏れたんだ」となる。
つまりこれは、宣戦布告と俺というスパイ隠しを兼ねた一手だ。
襲撃は救助訓練の際が本番。だから、ここで何をしようがどうってことはない。誰も死ぬことはない。
けれど、やはりここは今後のために「青山翠」として少しでも頼りになるところを見せるべきだろう。
俺はあえて主導権を握りにいった。
「仮に、最悪の事態を想定するなら……みんな、オールマイトの戦闘訓練を思い出そう。――これは屋内戦だ。核兵器は僕たち自身。だとすれば、防衛側はどうすればいい?」
「――隠れるっ!」
いの一番にそう答えたのは葉隠さん。さすがは透明人間。
「そうさ、僕らは殺されなければ勝ちなんだ。この雄英にはプロヒーローとオールマイトがいる、侵入者が処理されるのは時間の問題なはずだよ。」
「……廊下で侵入者とバッタリってのは、マジで駄目だぜ。」
「つまり俺たちがするべきなのは待ち伏せ、だね? 戦闘訓練のときの砂藤くんみたいに。」
砂藤と尾白くんは俺の考えをすぐに汲み取ってくれた。
そう、このシチュエーションの最適解は篭城。守りを固めて、プロヒーローが事態を解決することをじっと待つ。
「砂藤、尾白くんは急いで机と椅子でバリケードを作ってくれ。簡単なものでいい。この教室が僕らの陣地だ。戦えない“個性”の人たちを教室で匿って、ヒーロー科の面々を中心に侵入者を迎え撃つんだ。」
「葉隠さんは透明になって他のクラスにいる人に連絡を頼む。一年生みんなでA組の教室にみんなで固まろうってね。危険な仕事をお願いして悪いけど、まだ侵入者はこの階まで来れていないはずだ。それから、もしB組に強力な初見殺しの“個性”持ちがいたらエレベーターと階段の前に来るように伝えてほしい。」
「ねぇ、まってよ。それって青山くんは。」
「――いけんのか、青山。」
「ああ、無理をするつもりはないよ。もし侵入者がこの階へ上がってきたら初手『ブラインド』で安全に時間を稼ぐ。これは、僕にしかできない仕事だ。」
尾白くんはやや逡巡したあと、覚悟を決めた顔つきで俺と葉隠さんへ語りかけた。
「葉隠さん、青山くん、やばかったらすぐ大声で叫ぶんだ。絶対に、助けに行くから。」
「ありがとう、尾白くんっ。」
「――じゃあ、行動開始だ。」
各々が自分の役割を果たさんと動き出す。
砂藤と尾白くんは机を担ぎ、葉隠さんは制服を脱ぎ始める。
そして俺はと言えば、目的地まで全速力で走った。
途中、他の教室や廊下を見れば、案外みんな教室の中に留まっている。
避難指示への疑問ゆえか、あるいは純粋な恐怖ゆえかは分からないが、この様子なら葉隠さんの呼びかけはすんなりと理解を得られるだろう。
俺はエレベーターと階段の前までたどり着き、まさに今から避難しようとしている一年生数名へ声をかける。
「すみません! ここから下まで避難するのはかえって危険だ! 一年生みんなでA組の教室で篭城しませんか!? 今バリケードを作っています!」
「えっ……でも放送じゃ避難しろって。」
俺の言葉に、怪訝な表情で顔を見合わせる彼ら。ちょっと説得には時間がかかりそうだ。
けど――まあ、これも訓練のようなものだと思えば、こういうイベントも悪くないと思った。
この自分の役割をカンペキする感じ……A組のみんなと協力するのは、存外楽しい。
だから俺は、「青山翠」という役に入り込んで、必死そのものな顔で彼らへ言葉を紡いだ。
*
一連の騒動の幕引きは呆気なかった。
ミッドナイト先生による「校内に侵入したのはマスコミなので安心しなさいな」という旨の放送があって、あっという間に雄英高校は日常を取り戻した。
しばらくするとパトカーのサイレンがうるさく鳴り響いた。警察まで後処理に出張ってきたらしい。マスコミは何人かしょっぴかれたかもしれないな。
そして放送からすぐ、俺達四人が大急ぎでバリケードにした机やイスを片付けたのは言うまでもないだろう。
教室で机を運びながら「心配して損しちまったな!」と砂藤。
「でも、いい経験になったよ」と尾白くん。
「透明だったせいで全然話聞いてもらえなかったよっ!」と葉隠さん。
俺達教室の四人組はそんな感じだった。
そして一段落して午後の授業、どうやら学級委員決めの続きをやるらしい。
監督の為に相澤先生がやってきたが、教室に入ってすぐにこちらをチラリと一瞥しただけで、特に何も言われなかった。
完全に独断専行で篭城の呼びかけを行ったわけだから、相澤先生にそのことを知られていた場合ガッツリ絞られるのも覚悟の上だった。だから、なんだか拍子抜けだった。
実際、相澤先生も校外へ避難なんてバカらしいと思っているのかもしれないなと俺は思った。
委員決めは早速緑谷くんと八百万さんを中心に執り行うらしい。相澤先生は早々に寝袋にくるまった。
ふたりが教壇へ上がる。緑谷くんはガッチガチの顔でカタカタと武者震いしていた。まじでゼンマイ人形みたいだ。
「ほら、委員長。はじめて。」
「でっ、ででででっ、では、他の委員決めを執り行ってまいりますっ。」
――あのふたり、同級生なはずなのに、どうしてあんなにおねショタ感がスゴいんだ?
なんてバカなことを考えていると、緑谷くんが少し思い詰めたふうに俯き、やがてとんでもない事を口に出す。
「でも、その前に……やっぱり委員長は飯田天哉くんがいいと思います!」
「あんなふうにカッコよく人をまとめられるんだ……僕は、飯田くんがやるのが正しいと思うよ。」
……民主主義とは何だったんだ?
という感じは否めないけど、正直飯田くんは適任だ。
飯田くんはもう、魂の形から学級委員長って感じだから。
緑谷くんがふさわしくないというわけではないけれど、フィット具合では飯田くんが一段も二段も上だと俺も思う。
飯田くんを見れば彼は口をぽかんと開けて呆然としている。
彼の角張った眉毛だけがぐいっと上がって、反射で白塗りになったメガネのレンズからはみ出していた。
「俺はそれでも良いぜ。……確かに飯田、食堂でちょー活躍したしな!」
切島くんはそう飯田くんに太鼓判を押す。
どうやら俺の知らないところで飯田くんが活躍していたらしい。
ふむ、なるほど、その流れあっての緑谷くんの提案というわけか。
「それに、なんか非常口の標識みてーになってたよなぁ。」
「時間がもったいない。何でもいいから――」
急かそうとした相澤先生を遮ったのは、校内放送。
『大至急、教職員は職員室へ集まってください――繰り返します――至急、教職員は職員室へ集まってください。』
俺はきっと死柄木のお土産が炸裂したんだろうなと思った。
「……お前たちは委員決めを進めておけ。少し空けるぞ。――八百万、とりあえずこの場はお前に任せる。」
「承知いたしました、先生。」
相澤先生はそう言って教室を飛び出していった。
「では……飯田さんの委員長就任に異議のある方は挙手を。なければ、このまま緑谷さんから飯田さんへ委員長の役職を引き渡し、ということで進めさせていただきますわ。」
誰も手を挙げる者はいなかった。
それはつまり。
「――不肖、飯田天哉! この度譲り受けた委員長の大役、誠心誠意勤めさせていただきますッ!」
そう言う飯田くんのピンと伸びた背筋も右腕も、これまでで見たことがないくらい真っ直ぐだった。
それ以降、きびきびとした飯田くんの進行によってあっという間にクラス委員が決定した。
ちなみに俺は保健委員になった。冬の教室の湿度管理は俺に任せろ!
……なんて張り切っているわけもなく、保健委員が忙しくなる冬には恐らく俺はココには居られない。石鹸の点検くらいはやろうか。
つまり、ほとんど無職なのだ。
これこそ先生から学んだヴィラン流のクレバーさだ。せこいだけとも言う。
そんな時、がらりとドアを開けて相澤先生が帰ってきた。
「お前たちにいくつか伝えなければいけないことがある。」
教壇に立つ相澤先生の表情は、いつにもまして真剣そのものだった。
「ひとつ、今日は集団下校となった。下校ルート別にプロヒーローの教員が引率する。」
教室がどよめく。みんなは口々に疑問をこぼす。
相澤先生は一通り落ち着くのを待ってから口を開いた。
「誰がどう動くかは後で貼り出すからそれをよく確認するように。」
相澤先生はいったん天井を見上げ、短く息をついてから続けた。
「ふたつ、そうなった理由だが……校内へ侵入したマスコミの中に小さな女の子が紛れていた。」
「その女の子はすぐに雄英で保護されたが……警察が身元を確かめた結果、一昨日の団地の一室で男女数名が殺害された事件で、現場から連れ去られたと見られていた女の子だということが判明した。」
「先生、それって……」
あまりの衝撃に静まり返った教室。
思わずといった感じで呟いた上鳴くんの横顔は引きつっていた。
「ああ、犯人であるヴィランが、彼女を連れて雄英までやって来ていた可能性がある。……現時点ではそうとしか言えない。」
――殺人事件の犯人がずっとここにいる。
ちらりと芦戸を伺う。彼女は少し怖い顔をしていた。
彼女だけじゃない、砂藤、飯田くん、緑谷くん、尾白くん。
みんながみんな。
「さあ、行動開始だ。……既にお巡りさんとプロヒーローが警戒に当たってるからそう心配することはない。ヒーロー科として毅然とした態度で帰れよ、お前ら。」
俺はなんだか、胸に何かがつっかえたような気持ちのまま、集合場所として指定された教室へ向かい、セメントスに護衛されながらバスに揺られて、家に帰った。
途中で八百万さんと話したような気がしたけど、全然上の空で中身が頭に入らない。
*
晩になって、かたいシーツにくるまって俺はひとり。
寝られなかった。
感想・評価・お気に入り・誤字報告等々ありがとうございます。
とりあえず誤字脱字のポンコツ具合にびっくりしました。指摘してくれた方本当に助かります。至らぬ点多々ありますが、がんばります。