殺して、青山。   作:armatum

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第十二話『Black Out』

 

 

 もう、たまらなかった。

 

  黒霧のゲートから放り出された先は、さっきまで救助訓練をしていた倒壊ゾーン。

 俺は崩れたビルの瓦礫の上を転がって、いろんなものが刺さって、凄く痛かった。

 ――そんなことは、もうどうでもいい。

 

 地球に引かれて落ちる重たい頭を、無理やり胴体にぶら下げて、俺はむくりと起き上がる。

 

 見渡す限り、冷たい灰色だった。

 人の営みなんて存在したこともない、人の営みを模した模造品の、無機質な灰色。

 ――もっと良い色を知ってる。

 

 俺は昨日から――いや、きっと団地にいた売女のガキが、クソなことにあの子に掠ったときから、柄にもなく色々なことを考えていた。

 友達に順序って有るのかな? とか、あの子はどう思うのかな、とか、あっちとこっちどっちが良いのかな、とか。ヘッドの上で、教室の中で、USJの中で。

 やっぱり頭を使うのは苦手だった。

 ――知恵熱が出そうだ。

 

 でも、さっきドクターの死体人形に殺されかけて、死体にされてしまいそうになって、それからかっこいいオールマイトを見て、楽しそうな死柄木を見て。

 

 いまは、手足が冷たくて仕方なかった。頭がぼーっとして、白い。

 温かいのは腹だけだった。じんじんと古傷が火照って。

 さっきからずっと、腹の底がグルグル、グルグル。

 ――熱くて仕方ない。

 

 マスクが必要だった。

 とびきりのマスクが。

 

「おい! ガキが来やがった! こっちだッ!」

 

 

 

 *

 

 

 

 仲間の声に駆けつけたヴィランが目にしたのは、異様な光景だった。

 

 つま先から首元まで、真っ赤な背の高い男。

 その頭にはおよそ四十センチ四方の、これまた真っ赤な肉塊。

 まるで巨大なブロック肉。バラ、ヒレ、ロースの抱合せ。

 ――新鮮な赤色が、女の唇みたいに、てらてらと優しく光る。

 

 それが、瓦礫の上にぽつんと立っている。あたりは明け方の四時みたいに静かで、ただ、焦げ臭い匂いが漂っていた。

 ――まるで、火葬場のような。

 

「……は?」

 

 あまりに異様な光景に、十余名のヴィランは意味もわからず立ち竦む。

 

 男はゆっくりと両手を頭の前に翳す。そしてゆっくりと人差し指を肉塊へ突き立てて

 ――両目を作った。

 

 その二つの真っ黒な穴の向こうで、何かが蠢くのを、確かにヴィランたちは見た。

 

「――ッ、こいつ。」

 

 ヴィランたちは今度こそ息を呑んだ。

 

「ムーっ! ンムムムー!」

 

 男は、くぐもった声で喚いて、やがて口が塞がれているのを理解したのか、口元であろう付近へ再び両手をやる。

 

 男の骨張った両手が、美人なその指が、万力の如き怪力で腹斜筋を掴み、潰し、引き千切る。

 ブチブチ、ブチブチ、ブチブチ、ブチブチ。

 ――口が出来た。

 

「……グゥッ……許して。」

 

 最初はひどく小さな声だった。まるで気取った歌手が喉の調子を確かめるような、ささやくような声。

 

「グゥッ、許して!」

 

 二度目に大きく叫ばれたそれが、正しく何なのか理解できたヴィランは、どのくらい居ただろう。

 

「……囲め。」

 

 ヴィランたちはワケもわからず男を囲む。それが彼らが知っていた、一番良い方法。

 あちらに、こちらに、四面楚歌。二流三流の犯罪者。

 

「グゥッ、許して。」

「ああ――ダメだね! キチガイ野郎ッ!!」

 

 ヴィランは一斉に得物を構える。つまりは武器や“個性”を、彼我の間に差し込んだ。

 それは殺すためか、怖いからか。彼ら自身も分かっていなかった。

 

 真っ赤な男はチラつかされたそれらを歯牙にもかけない。家で小便に立った時みたいにスタスタと歩いて、そばの瓦礫の山に素手を突っ込む。

 

 ガラリ。ガラリ。ガラリ。

 

「テメェ……シカトこいてんじゃねぇぞッ!」

 

 腕が四本有る異形型の男が精一杯凄んで、瓦礫に夢中になっている真っ赤な男へ向かっていく。

 真っ赤な背中に一番槍、やっぱり、怖がっていた。

 

 ズボリ。

 

 瓦礫から引き抜かれたのは――ひしゃげたカーブミラー。

 丸い鏡に明るいオレンジ色のそれは、正真正銘の得物。

 殺して、殺して、殺すための、大きな得物。

 

 真っ赤な男が肉眼では到底追い付けない速さで振り返る。

 異形型の男は、肉穴の向こうからじっと覗き込まれていることにも気が付けなかった。

 

「グゥッ! 許してッ!」

 

 ――全身を使った振り下ろし。

 

 ベチン。

 

 異形型の男の腕が二本になった。

 

 ベチン。

 

 異形型の男は、一本になった。

 異形型の男は口をぽかんと開けて、不思議そうにキョロキョロと左右を確認する。

 

 ベチン。

 

 異形型の男は、カーブミラーに張り付いてしまった。

 

「グゥッ……許してぇ。」

 

 振り下ろした体勢のまま、真っ赤な男がゆっくりと顔だけを上げる。

 目があった。

 

「――――ヒィィィィィッ!!」

 

 ヴィランたちは我先に、蜘蛛の子を散らすみたいに逃げていく。

 瓦礫に足を取られ、転んで、そんなこともお構い無しで逃げていく。

 

 ざりざりとカーブミラーを引きずって、真っ赤な男がゆっくりとそれに追い縋った。

 

 真っ赤な男の視線の向こう、ひとりで腰を抜かしている、女。

 

「やめて……許して! イヤぁ――アンタッ、見逃してぇ……」

 

 もう三度目はなさそうだ。

 

 真っ赤な男が刺激しないようにゆっくりと女に近づき、両手でカーブミラーを潰しそうなくらいに握り込んで、頭の右隣に構えて、ぐぐぐっと胴体を捻る。

 

「グゥッ! 許してェッ!!」

「イヤっ、イヤ、イヤイヤイヤ――」

 

 ベチン。

 

 女の腹は、横殴りのカタヌキになった。

 綺麗にくり抜かれた、カーブミラーのカタヌキ。

 カケラがカーブミラーを振り抜いた先に散らばっている。

 これは、何円だろう?

 

 あっ、こぼれた。

 

「グゥッ、許してぇ。」

 

 ぐいと頭を回した真っ赤な男の視線の先には、女の声で振り向いてしまった男達三人。彼らは一部始終を目撃し、最後尾でギョッとしている。

 そして彼らは、真っ赤な男がざりざり、ざりざり、カーブミラーを引きながら向かって来ているのを見て。真っ赤な男がいよいよ走り出したのを見て。

 ――耐えきれなくなった。

 

 男たちは半狂乱で、不明瞭に喚き散らした。そうせずには居られなかった。

 一人は軽機関銃を乱射し、一人は熱線を照射し、一人は幾つものナイフを操りながら飛ばす。

 

 化け物の身体を穴だらけにして殺すために。

 化け物の身体を焼き切って殺すために。

 化け物の腹を掻っ捌いて殺すために。

 

 けれど、まばたきする間に真っ赤な男は居なくなった。

 

 ぶんっと一閃。

 雨粒を弾いたワイパー。

 カーブミラーが倒れたビルの壁面に激突する。

 

 ――彼らはもげた自分の背中を見た。

 

「あ、れ?」

 

 彼ら三人は、串団子みたいに、仲良くカーブミラーの鏡面上に並んでいた。カーブミラーのつばに引っ掛かっていた。

 

 声を上げられたのは一人だけ。

 風通しの良くなった喉奥に、いまだ声帯が引っ付いて、肺臓がぶら下がっていたのは、一人だけだった。

 

「グゥッ、許して。」

 

 真っ赤な男は器用にそれを空に放る。

 空でほどけて、ころころと自由落下するそれらを

 ――逃げ惑うヴィラン目掛けて打ち込んだ。

 

 バコン。

 バコン。

 バコン。

 

「グギッ!」

 

 あ、一人当たった。

 

 大柄な男が後頭部にデッドボールを浴びて、そのまま顔から瓦礫の山に激突した。

 その大柄な男はビクリと身体を一回跳ねさせて、動かなくなる。

 

 けれど、大柄な男は倒れない。

 突き出た細い鉄筋が彼を、彼の頚椎を支えていた。

 

 真っ赤な男は、カーブミラーを掲げて見つめた。

 カーブミラーは、今にも折れてしまいそうなほどひしゃげている。

 ひしゃげ方がひどくなっている。

 

  真っ赤な男は大きく振りかぶって。

 ――ひしゃげたカーブミラーをぶん投げる。

 

「グゥッ、許してッ!」

 

 風より速く飛行したそれは、クルクル、クルクル、五人ほどの集団へ着陸する。

 ひしゃげたカーブミラーは一層ひしゃげながら、五人をあやとりみたいに絡ませた。

 

 …………。

 

 ぼろり。

 

 ひしゃげすぎたカーブミラーの頭が落ちて、転がった。

 

 真っ赤な男は、それをじっと見て、どこか満足気だった。

 

 満足気になって、あたりに溢れた赤色の上をデタラメに踊った。

 ステップを踏んで、踏んで、踏んで、踏み躙った。

 瓦礫の灰色が、ますます赤で塗りつぶされていく。

 

 やがて踊り疲れた真っ赤な男がゆっくりと大きく、その両手を満天に掲げる。

 

 雄英高校周辺、およそ半径五キロ。

 ――太陽を奪われた。

 

「グゥッ、許してェ。」

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 再び太陽が地上を照らす。

 ガラスの天蓋には小さな穴。

 

 その時には、倒壊ゾーンに血痕は無かった。

 その時には、倒壊ゾーンに死体は無かった。

 その時には、倒壊ゾーンにヴィランは居なかった。

 

 燦々と注いだ陽光の束。

 ――みんな、みんな、蒸発して、焼き付いて、ススになった。

 

 その時、倒壊ゾーンに居たのは真っ赤な男と

 

 ――ガタガタと震える、透明少女。

 

 彼女は、何も知りたくなかった。

 何処で、誰が、誰と、どうなっているのか。

 目を覆って、耳を塞いで、嗅覚を噛み殺して。

 彼女はじっと耐えて、ガタガタと震えていた。

 冷え込んでいく身体を一人でかき抱いて、暗がりに溶け込んで、何もかもが終わるのを待っていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 生まれて初めて、ウォータースライダーに乗った。

 冷たい水が気持ちよくて、勢いが凄くて、最後に水の粒が沢山顔を叩いた。

 ああ、さっぱりした。

 

 

 

 

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