殺して、青山。   作:armatum

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第五話『aero』

 

 

 個性把握テストを終え、砂藤や芦戸と一通り教室で喋った俺はふたりに「また明日」して学校を後にする。

 

 そして帰り道。俺は坂を下ってすぐのバス停を無視し、駅とは反対方向へ国道沿いに北上していた。

 

 とある周波数をキャッチしたからである。

 なんだか不思議ちゃんみたいなことを言っているが、本当の話だ。

 

 学校から歩き続けて、もう十五分は経っただろうか? 緩やかなカーブを抜ければ、正面に新幹線の高架が見える。

 

 よく晴れた空模様を眺めながら歩いていると――後方から重たいマフラー音。

 白い車がスッと俺の隣に並ぶ。

 

 それは落ち着いた光沢を纏ったパールホワイトのセダン、グロリアY33型。アイツの愛車だ。

 スタイリッシュな造形の白いボディと丸型4灯のヘッドライトは、まるでシオカラトンボのような底知れない美しさを感じさせる。

 

 窓はフロント含めたフルスモーク、車内の様子は伺えない。

 しかし俺はそんなことはお構いなしに助手席のドアを開けた。

 

 ちょうど仄暗い高架下での出来事。

 

 運転席には黒いフードを被った若い猫背の男。

 ドアを開けたというのに、こちらに一瞥も寄越さない。代わりに無言でアクセルから足を離した。

 

 男の色のうす白い横顔は、その半分を鼻先まで伸びた青磁色の前髪に隠されている。

 

 俺は一通り男を見る。上はややタイトでヘビーな黒色のジップアップパーカー。上の方で閉じられたジップは味気無かったが、代わりに鈍く光るヴィヴィアンのシルバーオーブが首元を飾る。下は着古したカーハートのペインターパンツ、暗いグレーの生地の所々に補修の跡がある。靴は履いていないようで、バギーなパンツの裾から病的に長く白い足の指が顔を出していた。

 

「……よぉ、クソガキ……学校は、楽しかったか?」

 

 俺は助手席に座ってドアを閉めた。

 

「ああ――お前みたいなのは楽しめないだろうけど、新成人。」

 

 グロリアは小気味いい音を響かせながらUターンし、セダンとは思えない出足でスピードに乗る。俺達を乗せたグロリアは、そのまま国道301号を浜松方面へ向かって進んだ。

 

「……なぁ死柄木、お前助手席のクッションの下に何入れてんだ? 何かケツで踏んでるんだけど。」

「はぁ……イチイチ聞いてくるな……自分で見ればいいだろ。」

 

 キレ症のオーナーの許可が取れたので、俺は助手席のクッションの下を漁る。そこから出てきた黒いプラスチックの塊。……これは。

 

「お前、何時もここにグロック隠してんのか。――ってバカ、これ、セーフティー掛かって無いじゃねーか!」

「あのさあ、掛けてたら撃ち返せないだろ。」

「ふざけんな、俺がケツで敷いたときに暴発したらどうすんだよ。」

「別に良いだろ。……ケツの穴が二つのカタワなんて笑えるぜ。」

 

 素知らぬ顔で車を運転する死柄木。

 

「死ね、クソ野郎。」

 

 信号が赤に変わり、車が急停止する。こんなクソ野郎でも昼間の国道であれば信号は守るらしい。

 

「――ちゃんと情報は集めてるんだろうな? プレアデス。」

「マスクしてないときにそのダサいヴィラン名で呼ぶな……集めてるよ。流石に一日じゃ完璧とはいかないけどな。救助訓練の方は詳細までほぼ掴めた。“個性”で職員室覗けば一発だ。」

「……今晩二時、黒霧に取りに向かわせる。」

 

 はぁ……つまり、今日はマトモに寝られそうにない。怨嗟の視線を死柄木に向けると、死柄木はダッシュボードから何かを口に放り込んだ後、うずくまって鼻を啜っている。

 

「――なぁ、さっきから何食ってんだ?」

「ハイチュウ、コーク。」

「そんなもんばっか食って……また先生に怒られるぞ。」

 

 信号が青に変わる。死柄木は鼻を強く擦ったあと、何も答えずにペダルを踏んだ。

 

「ゲホッ――あーっ、今日さ……お前に態々会いに来たのは理由があるんだ。」

「理由?」

「ああ。……まあ幾つかあるんだけど、まず俺は近々雄英を襲う。……これはいいよな? そのためにお前は雄英のガキ共の中に潜り込んでる。」

「ああ、分かってるよ。」

 

 死柄木は鼻を啜って続けた。

 

「先生には『オールマイトを殺す、だから力を貸せ』って言ってあるけど……俺は今回の仕掛けでオールマイトを殺せるなんて考えちゃいない。」

「……じゃあ何が目的だって言うんだ?」

「偵察だ。――アイツがどれだけ衰えたかを見極める。」

「オールマイトのデータなら先生がくれただろ? それじゃ不満だってのか?」

 

 国道脇に居並んだ街灯の影が死柄木の顔を交互に隠す。死柄木は暫し沈黙を保ったあとに、慎重にこう続けた。

 

「……先生は俺に負けイベをやらせたいらしい。」

「負けイベ? どういうことだよ。」

「先生は俺の鼻っ柱を折りたいんだ。敗北させて、自分に縋らせたいのさ。……先生の寄越したデータを見て笑っちまったよ。あんなにオールマイトが弱ってるなら、何で先生は今もみっともなく隠れまわってるんだ? あんなに弱ってるなら、今の先生でもすぐに消しちまえる筈だぜ? なあ、おかしいだろ!? ……って俺は思うんだよ、ミドリ。」

 

 確かにそれは、一理ある。

 でも、それはつまり。

 

「――お前は負けたくないし、『先生に縋りたくない』ってことを、俺に言いたいのか?」

 

 死柄木の口は真っ赤な三日月を描く。

 

「そうだ。」

 

 車内は驚くほど静かだった。

 死柄木が黒霧を介さず、わざわざ自分の車で俺を拾いに来た理由が分かった。

 

「なぁ、ハッキリ言えよ。お前はどこを見てる? お前が今回オールマイトを偵察して、その先は?」

「……最近さ、うるさいんだよ。オールマイトが目障りで仕方無かったのはずっと昔からだけどさ、先生がうるさいんだ。……アレをするなコレをするなって、目障りで仕方がない。」

 

 

「だからさ――目障りなジジイはみーんな消しちまおうぜ。」

 

 

 死柄木の顔は本当に楽しそうだった。ガキが虫で遊んでいるときのような、無邪気な顔をしていた。

 

 いつの間にか車はスピードを上げ、速度計は法定速度を大幅に振り切っている。信号なんて無視で追い越しは当たり前。

 ――「事故ったら死ぬ」ということか。

 

 取り敢えず、いつものクセで車を「モザイク」しておいて良かったな。

 

「……でも、どうやって消すんだ?」 

「先生はきっと、俺をRPGの主人公か何かだと思ってる。だから俺を育成して、コマンドを押し付けて――でも、ははっ、全然違う。俺は指し手になるんだ。戦略ゲームの軍師になるのさ。――駒は俺以外すべて、大将はOFAとAFO。このゲームのプレイヤーはもう先生じゃない! ……あいつらの望み通り消し合わせてやるよ、ジジイ同士。」

 

 俺は、なんて返せば良いのか少し迷った。ここから先は、俺らにとって大事なんだと、なんとなく思ったから。

 

「じゃあ――俺もお前の捨て駒か?」

「おい勘繰るな……もちろんお前はクイーンだ。最強の駒を、俺は捨てたりしない。」

「クイーンって……俺の“個性”『イルミネーション』だけど。」 

「……世界中探しても、お前のほど名前詐欺な“個性”は無いだろうぜ。」

 

 車内に俺らの影が伸びて、縮んだ。

 俺と死柄木を乗せた車は国道を外れ、横道に入った。スピードはむしろ上がっていた。

 

「それでミドリ、お前の答えは?」

「――乗った。けど、条件がある。」

「条件? なんだ?」

 

 死柄木の声に微かな不機嫌さが混じった。

 

「お前はきっと先生も、ドクターも、黒霧も……みんな消すつもりだよな?」

「……ああ。」

「ドクターだけは攫っちまおう。あのしみったれたジジイの、いかれた研究ごと俺らのものにするんだ。」

 

 死柄木は少しだけ固まり、哄笑。

 がしがしとハンドルを叩くもんだから、車が右へ左へ不規則に揺れる。

 

「――ハァハァ、まさか、俺より欲張りなやつが居るとは思わなかったぜ。」

「クイーンってのは我儘なもんだ。」

「幼卒だから知らなかったよ。――まったく、お互い、名付け親には思い入れがあるな?」

「……先生と違って、理系ジジイは風流がないんだ。試験管ベビーに髪が生えて、それが緑色だったから俺は『ミドリ』なんだ。きっとアイツはそうやってラベルを付けたのさ。クロとかキイロは捨てられちまったんだ。」

 

 俺達はティッシュ箱みたいな公営住宅が立ち並ぶ団地に入った。

 白い壁に反射する光が眩しかったけど、この団地はうす暗かった。

 

「それで? 当面の間、俺は何をすればいい。」

「……しばらくは先生のシナリオに乗っかる。お前は雄英に潜り込んで、予定通り情報を流してくれればいい。俺も上手く先生に流されているようにする。」

「そうすると、直近の襲撃じゃあ、俺は様子見か?」

「ああ、ガキ共と金で集めた兵隊、それからドクターの改造人間で時間を稼いで、機を見て俺は離脱する。お前は最悪、離脱支援だけしてくれればいい。先生や黒霧から何を言われても気にするな。」

「分かった。」

 

 死柄木はとある公営住宅の前で乱暴に車を停めた。

 太陽が低くなってきた十七時過ぎ、公営住宅は地平線まで伸びているかのような長い影をつくっている。

 

「じゃあさ、折角だしサブクエ手伝ってくれよ。――金が足りない。」

「まあ、いいけど。服と靴、それからマスクは?」

「後ろのボストンバッグに入れてある。ははっ、今日のはきっと気に入るぜ。」

 

 そう言うと死柄木は再びコークをのみ始めた。

 俺はため息をついてから立ち上がってボストンバッグを取り、着替えのために外へ出る。

 

 バックの中に入っていたのはケチャップのついたピザ屋チェーンの制服、ヨレヨレの革靴、それからドーベルマンのマスク。マスクはパーティー用のフルフェイスマスクだ。

 ――確かに好み。

 

 俺は“個性”で衣装室用の「カーテン」を作り、手早くブレザーを脱ぐ。明日も着るものだから丁寧に畳んで、ピザ屋の制服に着替え、革靴を履いて、髪をまとめて――ドーベルマンのマスクを被った。

 

 

 バウ。

 

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