殺して、青山。   作:armatum

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第六話『2 Of Amerikaz Most Wanted』

 

 

 玄関先に男がふたり。

 いや、ひとりと一頭。

 

 死柄木はフードの下に更にもう一枚、黒いビーニーを目深く被っていた。

 

「いいか? 墨入れたオッサンだけ殺すな。掃除する前にひん剥いてでも確かめろ。……そいつが今日の金づるだ。」

 

 死柄木が緑色の玄関ドアの前で、ちょっと屈んで靴下を引っ張り上げながら、念入りにプレアデスことドーベルマンに確認する。当の本人は分かったのか分かっていないのか、ソワソワと小刻みに身じろぎした。

 

 死柄木はしばらくドーベルマンのマスクをじっと見つめ、ため息をついてからドアノブに触れる。鍵はかかっていないようだった。それを確認した死柄木は慎重にドアを開け、ノブだけを器用に塵と化してからドーベルマンへ言った。

 

「先にいけ、静かに。」

 

 長身のドーベルマンは頭を下げて玄関へお邪魔する。

 

 そこには女物の靴に混じって、サンダルと趣味の悪いスニーカーがいくつか。その脇にはパンパンのゴミ袋がひとつ置いてある。ゴミ袋の一番外側には花束がひとつ、ふたつ……。

 横を見やれば郵便受けにはハガキやら茶封筒やらが山積みになっているし、追いやられるように隅に退けられた青いガラスの花瓶には何も挿されていない。

 

 玄関から繋がる廊下は暗く、その先のリビングからは微かに明かりが漏れていた。電気を付けているみたいだ。男と女の声もした。

 

「ちょっとくさいな。……酒と、生臭い。」

 

 死柄木が小声で心底嫌そうに吐き捨てる一方で、スタスタとドーベルマンは廊下を進む。そのまま、さも当たり前かのようにリビングへ入った。

 

 ――カメラを持った若い茶髪の男、パンイチの長身痩躯の男。ふたり共、リビングの真ん中に立っている。

 ――テレビの前の床には、組み合う入れ墨の男と、はだけた若い女。

 

 男たちはいずれも突如現れたドーベルマンを凝視しながら固まっている。

 

 固まった空気の中、後ろから死柄木が「あぁ、ピザお届けに参りましたぁ。」なんてふざけた口調で言った。

 

「あ、ピザ?……何モンだゴラァッ!」

 

 長身痩躯の男が最初に再起動してそう喚いた。次いで茶髪の男がカメラをあたふたとソファに置く。

 

 しかしドスの利いた声にピクリともしないドーベルマン、ニヤついた死柄木。

 

 段々と長身痩躯の男の顔色が変わる。長身痩躯の男は茶髪の男と入れ墨の男へ目配せした。茶髪の男は首を縦に振って答えたが、入れ墨の男は興味なさげに眉をクイッと上げただけだった。

 

「ガキどもがよぉ……大人を馬鹿にして、タダじゃ済まないってのはわかるよなァ!?」 

 

 長身痩躯の男が脅し文句を吐き捨て、茶髪の男と編隊を組んでずんずんとドーベルマンへ向かっていった。

 ドーベルマンは一言も返さず、右の拳を顔の横にくっと構え、先頭の長身痩躯の男へ狙いをつける。

 

「バウ!」

 

 バコン。長身痩躯の男は頭だけでぐるりと後ろを向く。左の頬は真っ赤にえぐれていた。男はフラフラと歩いた後、ぐにゃあと力なく倒れた。

 ――めちゃくちゃな軌道の、目にも止まらぬ速さのテレフォンパンチ。それが長身痩躯の男の首から上を百八十度回転させたのであった。

 

「ヒィィィッ――!」

 

 茶髪の男が尻もちを付いて倒れ込む。ドーベルマンはそんな茶髪の男へ右手をかざす。その拳骨はべっとりと赤に濡れている。ゆっくりと五指が形作ったのはピースサイン。

 

「バウ。」

 

 ドーベルマンがピースの人差し指と中指でクイッと空を掴むと、茶髪の男の頭蓋は内側から捲れ上がるようにして、パァンと破裂した。むき出しの頭頂部からは湯気が立ち上っている。それはまるで卵を電子レンジに入れたときのようだった。

 いわゆる“エレクトロニック・ハラスメント”の最たる例だった。

 

「――ッ。」

 

 入れ墨の男は息を呑んだ。その目はぎょろついて、血の上った顔は朱く、まるで水揚げされた真鯛のようだった。

 死柄木がスッとドーベルマンの陰から男の前に出る。

 

「はあ、くっさ――お前が倉又シトドだな? 元暴力団組員の。」

「……ああ、そうだ。」

 

 入れ墨男の声は、豚舎の中で泥にまみれた豚を蹴飛ばしたときの鳴き声みたいに濁っていた。

 

「プロ同士の話をしよう。有り金・ジュエリー・権利証……全部だ。それで見逃してやる。今後もお前と仲良くしたいんだ、俺は。」 

「わ……分かった。」

 

 入れ墨の男は膝を付いてからゆっくりと立ち上がる。女はそれまで股座の下でムッと押し黙ったままだったが、男が傍を離れると不思議そうな顔をした。

 

「外へ出ろ。……俺ひとり位ならどうにかできる、なんて勘違いはするなよ。」

「……ああ。」

 

 ふたりは玄関から出ていった。リビングに残されたのはドーベルマンと若い女。

 

「ぁ、あの。アタシはどうすれば、ヒィッ、た、助けてもらえますか。」

 

 喋るとえくぼの出る、顔の丸い女だった。ファンデーションを塗られて隠されては居たが、女の両腕の肘窩から二の腕にかけては夥しい数の紫色の傷痕があった。

 

「……I’MA Doggy(私はワンちゃんです).」

「ド――あっドギー? ドギーでいいんですか?」

 

 女は喜色を湛えてのそのそと四つん這いになる。

 そして何かを待つようにすっと目を閉じた。

 

 ドーベルマンは暫し沈黙した後、ぐぐぐっと股関節をストレッチして女に狙いを定めた。

 

「……バウッ!」

 

 鋭いサッカーキックだった。踏み込んでのアウトサイド。

 女の頭はよく飛んで、スイカ割りした後のスイカのように派手に壁にシミを作った。

 

 血の匂いがむっと充満するリビングに、ひとり立ち竦むドーベルマン。

 ――その時、隣の部屋で音がした。

 

 ドーベルマンはすすすっと引き戸を開く。

 その先は優しい匂いがする、布団の敷かれた和室。小さなちゃぶ台の上には開きっぱなしの絵本。部屋の隅にはおもちゃ入れになったベビーベッド。電灯にはビーズの飾りがぶら下がっている。

 

「――ワンちゃん?」

 

 足元に居たのは、小さな女の子だった。

 ドーベルマンは鼻白んでぱちんと指を鳴らす。

 

「あれっ、まえみえない。……まま? おじさん? どこぉ?」

 

 ドーベルマンは女の子と、その近くにあったリボンの付いたくまさんの人形を担ぎ、公営住宅の一室を後にした。女の子は最初はぐずったが、玄関を出て、ドーベルマンが彼女の視界をもとに戻すとすぐに大人しくなった。

 

 おどけた動きを続けるドーベルマンが死柄木と合流すると、入れ墨の男は助手席に座らされていた。

 

 ドーベルマンは後部座席のドアを掴んで……向こうの電柱の影をじっと睨み、指をひとふり。

 

 チ――ン。

 

 趣味の悪い花束を持った半可臭いジジイが、煙をくゆらせながら電柱の影からボロリと転び出る。そのジジイはアスファルトより黒かった。

 

 ドーベルマンは車に乗り込む。後部座席で女の子を膝に抱え、女の子の膝にくまさんを抱えさせる。死柄木はずっと黙っていた。

 

 走り出した車内で女の子をあやしていると、彼女はすぐにぐっすり寝てしまった。

 子供の体温は温かくて、彼女の身体は軽くて、重かった。

 

 

 *

 

 

 ひとり分の塵の山を海に捨てた。

 

 

 *

 

 

 三人で食事をとった。

 

 

 *

 

 

 寄り道をした。

 青山翠の家に付いたときには、俺はひとりだった。

 右手には残った取り分、三万円が握られていた。

 

 

 

 






 がっつり「殺人鬼探偵」オマージュのつもりです。
 狂気太郎先生マジで好き。

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