殺して、青山。   作:armatum

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第七話 戦闘訓練

 

 

 とある公営住宅の一室。カーテンを朝日が貫き、そのリビングは薄ピンク色に染まっている。

 カーペットには至る所に黒い血痕。その血痕の上で幾つものヒトガタが白い紐で型どられていた。

 

 ごった煮の死臭が残るリビングの真ん中、金髪の巨漢とトレンチコートを着た男が立っている。

 

「手がかりは……娘さんは、まだ、見つかっていないのかい?」

「……ああ、残念ながら。鑑識も入れたんだけどね。粗雑な犯行に見えて、素人の犯行じゃない。」

 

 巨漢はグッと拳を握る。想像もつかないほどの大きな力がその丸められた手のひらの中に渦巻き、グルグルと行先を探す。

 

「……どうやら……まだ、この街に『私が来た』ってことが、分からん連中がいるらしい。」

「オールマイト、背負い込みすぎるな。……何でもかんでも、キミの責任じゃない。」

「違うんだ……塚内くん。」

 

「――私の、責任なんだよ。」

 

 

 

 *

 

 

「おっひさ~! 青山ぁ!」

「いやー久しぶり。実に小一時間ぶりの再会だよ。ランチラッシュの学食はどうだった?」

「メッチャおいしいよーアレ! 青山も食べればいいのにぃ。」

 

 昼休みも終盤戦、昼食を終えたクラスメートたちが続々教室に帰って来る。俺はといえば、自動販売機で買い込んだ果汁100%の果物ジュースと共に、昼休みはずっと教室に籠もっていた。

 

 胃腸が弱いというのもあったが、昨晩の夜更かしのせいで昼食を取ろうものなら午後の授業で船を漕ぐのは必至。二日目からそんな態度ではイレイザーヘッドに「抹消」されてしまうだろう。学籍を。

 

 だから俺は、こうして最低限の果物ジュースをちゅーちゅー吸って、二十分少々の仮眠をとって、今日の残りを頑張るのだ。

 

 ちなみにボッチだったわけではない。ありがたいことに砂藤が数少ない弁当派で、自分の机で鶏むね弁当――タッパーに入れたむき出しの鶏むね肉with岩塩&山盛りサラダを弁当と呼んでいいのかは甚だ疑問だが――を頬張っていたので、少しだけ彼とおしゃべりした。「俺は“個性”使用に糖分が必須だし、お菓子も好きだからよ、普段の食事で炭水化物を摂取すると摂り過ぎちまうんだよ。」とは砂藤本人の談である。

 

「昨日、興奮しちゃって寝付けなくてさ。お陰で食欲もないし、眠すぎるから仮眠優先。」

「そんなんでこの後大丈夫なの? だって午後からは……」

「ああ、オールマイトのヒーロー基礎学。まぁ大丈夫だよ。」

 

 ――予鈴がなる。

 生徒たちは昼休みの余韻もそこそこに、素早く席についた。なんだかんだ言って「良い子ちゃん」ばかりである。

 

「私、いま高校生活で一番ワクワクしてるかも、だってオールマイトの授業だよー!」

「どんな授業なんだろうね。オールマイトも教師としてはデビュー戦なわけだし。僕も結構気になるかも。」

 

 芦戸は面白いくらいにソワソワしていて、両手は胸の前でずっと細かく動き続けているし、その体全体が左右に揺れていた。それはまるでアニメの放送を今か今かと待ちわびる小さな女の子のようで、なんだか微笑ましかった。

 

 教室を見回してみれば、芦戸以外の面々も普段とは少し違った様子。ソワソワするもの、逆に緊張して固くなっているもの、色々居た。

 

 ――そして数分後。

 

「わーたーしーがー!」

 

 勢いよく開け放たれたドア。

 

「普通にドアから来たッ!!」

 

 No.1ヒーローを出迎えたのは歓声。クラスの皆は口々にオールマイトへの想いを零した。それを見て、彼らにとってオールマイトはまさに憧れそのものなのだと再認識する。

 

 オールマイトはその背に羽織ったマントを威風堂々なびかせながら、ノシノシと大ぶりに歩いて教壇へ向かう。その動きはどこかコメディアンっぽさもあり、見る人に笑顔と安心を振りまく。

 そんな大きくて暖かい存在感――その一対の丸太のような剛腕に、戦略級の超パワーを秘めているなどとは微塵も感じさせない。なるほど、彼はまさにスーパーヒーロー。

 

「オホン。……私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ。単位数ももっとも多いぞ!」

 

 そう言うと、オールマイトは教壇の脇に移動し、何やらグググっとボディビルのダブル・バイセップスのようなポーズを後ろ向きに取り始める。

 

「さっそくだが、今日はコレっ! 戦闘訓練!」

 

 マッチョポーズの状態からいきなり百八十度で急旋回したオールマイトがこちらに突き出したカードに記されていたのは「BATTLE」の文字。

 爆豪くんが「戦闘ォッ!?」と色めき立つ。

 

「そしてそいつにともなって――コチラッ!」

 

 大げさにオールマイトが指さした先、教室の壁からせり出した格納スペースと、そこにしまわれた出席番号の付いた銀色のケース。

 

「入学前に送ってもらった個性届けと、要望に合わせてあつらえたコスチューム!」

 

 それを見た瞬間、教室全体が「うおおおおおお!!」と今日一番大きく沸いた。

 

「着替えたら順次、グラウンドβに集合だ!」

 

 

 *

 

 

 俺と砂藤は早々に着替えを済ませ、グラウンドβに続く通路をふたりで歩いていた。どうやら俺達ふたりが一番乗りのようだった。

 

「なんかよ、俺たちIKEAみたいじゃねーか?」

「……せめて青空と向日葵ってことにしよう。」

 

 俺のコスチュームは水色のアメフトジャージと、白の三本線が入った水色のスニーカー。ジャージにデカデカと白で描かれた背番号は「23」。

 砂藤のコスチュームは原色に近い黄色の全身タイツ、それに白い手袋と長靴。

 

 砂藤は「子どもにもわかりやすい、ヒーローっぽい、イエロー」なデザインを所望した結果こうなって、俺は「動きやすい、アメフトジャージ、ブルー系」を所望した結果こうなったわけだが、確かにこうして並んでみると凄くIKEAなふたりだった。GUなふたりと言ってもいいかもしれない。

 

 とはいえ、ヒーローコスチュームというのは見た目通りの性能ではない。それはサポート会社の摩訶不思議な素材研究の成果がふんだんに盛り込まれた、高性能な代物に仕上がっているのである。どちらのコスチュームも、防水性能は言うまでもなく、防刃・防火性能までデフォルトで備えているというのだから驚きだ。

 加えて俺のコスチュームには、事前の要望通り急所の部分に、軽い新開発のアラミド繊維と強化プラスチックから成るプレートが仕込まれており、拳銃による銃撃程度なら命を守ってくれるとのことである。……何事も言ってみるものだった。

 

「あー! ちょっと待ってー!」

 

 そう言いながら後ろから駆け寄ってきたのは芦戸だった。そのまま彼女は俺達を追い抜き、くるりと回って俺達の前に登場する。

 

「じゃじゃーん。どうかな、私のコスチューム?」

「おー! めっちゃカッコいいじゃねぇか。」

「でしょっ! こだわりのデザイン!」

 

 彼女はシアン地にパープルのまだら模様が入ったスパッツのような生地で胸元までを覆い、その上からファー付きのベスト、足元は頑丈そうなブーツといったコスチュームを身に纏っていた。

 コスチューム全体のビビッドながらどこか大人っぽい色彩が、彼女の淡いピンク色の肌を上手く引き立ててデンジャラスな色気を演出し、さらにファー付きのベストやごつめなブーツといったカッコイイ系のアイテムが彼女の活発さをよく表現している。

 正直言って、とても似合っていた。

 

「そのファー、すごくいい味出してるよ。」

「えーわかる!? これまじでイケてるよね!」

 

 芦戸はニコニコでファーに頬ずりしながらそう答える。本人的にもファー付きベストはかなりお気に入りアイテムなようだった。

 

「はぁー、それに比べると、なぁ……俺のコスチュームも芦戸にデザインしてもらいたかったぜ。」

「えっ、なんでっ? 砂藤のも青山のも、めっちゃかわいいし似合ってるよ?」

「ホントか!?」

「うん!」

 

 そう言われた砂藤は頭に手をやって、かなり嬉しそうだった。というか俺もちょっと安心した。異性からの服装評価が一番しっくり来るというのは、ここヒーロー科においても変わらないみたいだ。……時折、率直すぎる意見が思春期の心を大きく傷つけるケースも散見されるのが玉にキズではあったが。

 

 そうこうしているうちに、俺達三人は通路を抜け、演習場の中に入った。そこは本物の市街地と遜色ないほどの、市街地の実寸大模型。イメージは地方都市の駅前といったところだろうか。無機質なテナントビルが所狭しと立ち並び、その間隙を碁盤の目状の道路が埋めている。

 

 そして俺達生徒を仁王立ちで待ち構えるは、オールマイト。

 

「格好から入るってのも大切なことだぜ、少年少女! ……そうやって、自覚するのだ。今日から自分はヒーローなのだとッ!」

 

 クラスメートたちは続々と演習場の中へ入ってくる。やがて揃い踏みしたA組一同に向かって、オールマイトはその口を開いた。

 

「いいじゃないかみんな――カッコいいぜ!」

 

 その言葉に砂藤は「へへっ」と得意げにし、芦戸は自慢げに胸を張る。見れば、クラスの面々は一様にそんな感じ。憧れの存在からの称賛の言葉にクラスは意気揚々、益々この後の戦闘訓練へのやる気も湧いているに違いない。

 

「さあ始めようか、有精卵どもッ!!」

 

 

 *

 

 

 いよいよ幕を開けた戦闘訓練。その内容はヒーローチーム・ヴィランチームそれぞれ二対二で分かれての屋内戦だった。ペア分けとマッチアップはいずれもくじによって決定し、状況設定はビル内の何処かに隠されたヴィラン側の核兵器を、突入したヒーロー側が制限時間内に奪取するというもの。相手に対する直接の攻撃も可能で、さらに確保テープなるものを相手の体に巻きつけることで行動不能にすることもできる。

 初めての授業にしては、中々どうして本格的な訓練である。

 

 先述の通りペア分けおよびマッチアップはくじで決まった。俺のペアは芦戸。俺達ふたりは便宜上、チームEとしてこの戦闘訓練で扱われることになる。そして対する俺達の対戦相手はチームF、砂藤と口田くんのチームだ。俺達がヒーロー側で、彼らがヴィラン側での訓練となる。

 ……芦戸がペアで、砂藤が対戦相手だなんて少々出来過ぎな感じもするが、くじで決まった以上仕方がない。なんだかんだ砂糖にはまだ青山翠の“個性”については教えていなかったので、俺が砂藤の“個性”の内容を知っているというのはそれなりのアドバンテージになるだろう。 

 

 現在、既に四組の戦闘訓練が終了している。特に印象的だったのは一組目、緑谷くんと爆豪くんのマッチアップ。どうも因縁の仲らしいふたりは派手に“個性”を使って暴れ周り、最終的に緑谷くんは大怪我をしながらもペアの麗日さんをサポートして勝利した。あの組の激しいぶつかり合いは相当クラスに刺激を与えたようで、それに続く組でも激しい戦闘と出し抜き合いが繰り広げられて大変参考になった。主にデータ収集的な意味で。

 

 そして次はいよいよ俺と芦戸の出番。ヴィランチームの砂藤たちがビルの内部でセッティングを行っている間、俺と芦戸は外で待機していた。

 

 ここまでの訓練の様子と訓練後の講評を聞く限り、「大怪我につながるような行動は禁止」「核のダミーを本物の核兵器と想定して行動すること」「よく戦術・連携を練ること」などが大まかな訓練の要点になると思われる。

 

 そのことを踏まえて、いまは芦戸と作戦会議をするべきだろう。

 

「とりあえず、お互いのできること、それから相手チームの情報についてのすり合わせから始めよう。」

「さんせいっ! じゃあ私から――私の“個性”は『酸』、身体中から酸性の液体をびゃーっと出せちゃう“個性”! 酸度とか粘度はある程度調整できるけど、あんまり使いすぎると私自身の皮膚がやられちゃう。」

「僕の“個性”は前にも軽く話したけど『ブラインド』だ。僕は目視した相手の視界を真っ暗にできる。目視さえ出来れば距離関係なく目眩ましできるし、人間相手だけじゃなくて動物だとか、カメラとかにも効果がある。効果時間はおよそ十五分で、僕が任意で解除する事もできる」

「なっるほどねー。……正直、青山の“個性”さえあれば楽勝じゃない? ヴィランチームが目が見えなくなって困ってる隙に、ぱぱぱぱっと確保しちゃおうよっ。」

 

 そういいながら確保テープをくるくると指で弄ぶ芦戸。

 ……それができれば苦労しない、というやつだな。

 

「そう甘くはないさ。目が見えなくたって音や気配は感じるんだ。確保しようとしたときに、強化型の砂藤に至近距離で暴れられたら僕たちふたりはどうしようもない。それに口田くんの“個性”が不安要素過ぎる。」

「うう、それは、ごもっとも。砂藤が強化型なのはなんとなく分かるけど……口田くんって、確かボール投げで鳥さんにボールを運んでもらってた人だよね?」

「そう、恐らく彼の“個性”は生き物を操ることができる。そうなると心配になるのが――僕らは口田くんに操られないのかってことだ。」

「……たしかにそれやっばいかも。」

 

 口田くんは彼が引っ込み思案なこともあって、あまり情報がない。夜なべして作った資料には、彼のことはひとまずの要注意人物として記載してる。

 未知数なことほど恐ろしいものはなかった。

 

「まぁ無制限にどんな生き物でも操れるってワケではないのは確かだよ。だって、もしそんな事が可能なら、実技入試のトップは確実に口田くんだ。きっと何かしらの条件があって、それを満たすことで“個性”を発動させることができるんだろう。……個人的に怪しいと思っているのは『音』かな。彼が鳥を操っているときに口元が動いているのが見えた。」

「つまり、口田くんの声を聞いたらアウトってこと?」

「そう警戒するに越したことはない、かな。」

 

 難しい顔をする芦戸。まあ、ともかくお互いの情報のすり合わせが終わった。さあいよいよ作戦を詰めていこう。

 ――その矢先だった。

 

『それでは、屋内対人戦闘訓練、スタートッ! ――気張っていけよ、少年少女!!』

 

 スピーカー越しのオールマイトの声……ちょっと悠長が過ぎたようだ。仕方ない、ここからは逐一やっていくしか無い。

 

「芦戸、僕たちはこれから敵の陣地に乗り込む。つまり警戒すべきは初手全力の――」

「奇襲と初見殺し。」

「そうさ……もし砂藤か口田くんがいきなり姿を見せたら、口田くん優先でふたりで一斉に飛びかかろう。僕がブラインドを掛けるから、二対一で確実に仕留めるんだ。」

 

 特攻めいた作戦だが、口田くんの“個性”が推測通り音を媒介に生物を操作する“個性”なら、それしか方法はない。運良く操られなかったほうが拳で口田くんを黙らせるのだ。

 

 俺達は覚悟を決めてビルに乗り込む。照明のついていない薄暗い室内。しんとしたそこでは足音すら大きく響いた。

 

 ……さっさと話すことは話してしまったほうが良さそうだ。

 

「近接戦闘は自信ある?」

「うーん、まあそこそこって感じ。砂藤みたいな強化系とパンチ合戦は無理。出来るとすれば、ヒットアンドアウェイで、薄ーくした酸を砂藤にかけることくらいかも。」

「……僕も近接戦闘に関しては正直芦戸と似たようなものだと思う。音を鳴らさず動くのには慣れてるから、ブラインドを使えば砂藤相手でも足止めはできるはず。」

「りょーかい。……うーっ、緊張するぅ。」

 

 先頭は俺。しっかりと索敵をしながら俺と芦戸は奥へ進んでいく。

 

 おっかなびっくりな芦戸を鼓舞しながら一階をクリアし、ふたりで階段を登る。予想はできたが、やはり一階には核兵器は無かった。

 

 さあ次は二階。多少慣れてきた芦戸と一部屋一部屋を確認し、二階の制圧もあと半分ほどといったタイミング。

 俺は異変に気がつく。

 

 それは微かな物音。断続的に、しかし確実に。

 間違いなく俺達の事を追い回す何かが存在する。

 

「僕達のうしろ、何かつけて来てる。」

 

 追跡者を察知した俺は、すぐさま芦戸にささやき声で耳打ちした。

 だか、何も返事をしない芦戸。

 ――まさか。

 

「おい、おいっ! 芦戸」

「……ねぇ。耳、くすぐったいかも。」

 

 まさかの返答に、呆気にとられてしまう。こいつ、このタイミングで何を……。

 

「――ふざけては、ないよね?」

「真剣だってば! ……それで、後ろヤバそう?」

 

 小っ恥ずかしそうにしながら、努めて何も無かったかのように、そう言う芦戸。

 その気持を汲んで俺もこれ以上の追及は無し。切り替えて、相棒へ自分の考えを端的に共有する。

 

「恐らく監視役の小動物か何かだと思う。音的に確実に砂藤では無い。――今から三秒後、ふたりで一気に後ろに走って直接確かめよう。戦闘の準備はしておいて。」

「ん、オーケー。」

 

 俺は後ろに見えないようにハンドサインを出す。

 さん……に……いち。

 

 ――今だっ。

 

 俺と芦戸は同時に後ろへ走り出す。ふたりで並んで走って、五十メート走を思い出しているのは俺だけだろうか。

 部屋を一つ、二つ、三つ通り過ぎ、もう二十メートルほど走ったが、まだ追跡者は姿を表さない。音的にはこのあたりに居たはずなんだが……。

 

「ッ青山! うえ!」

 

 芦戸の声に天井を見上げる。そこに居たのは。

 

「――カラス!?」

 

 それは一羽のカラス。俺達の上空、天井すれすれを器用に輪を描いて飛んでいる。 

 やがてそのカラスは徐々に高度を下げて、芦戸の頭上へ。

 ――そのまま鋭いくちばしを突き立てようと急降下してくる!

 

「いやああああああああッ!」

「おいっ! この鳥ッ。」

 

 俺はカラスを手で払い落とそうとそうとする。何度も何度も。

 しかし何度やっても、手のひらが通る頃には既にカラスはそこには居なかった。驚くべき野生の三次元運動。クソカラスはカーカーと鳴きながら得意げに空中で踊っている。業を煮やした俺はカラスに“個性”を使おうとするが

 

 ――その瞬間、高速で芦戸の胸元を通り過ぎる、もう一羽のカラス。

 そのくちばしには、芦戸の確保テープが咥えられていた。

 

「やば! 私の確保テープッ!」

 

 反射的に芦戸が飛び出し、カラスの後を追う。

 

「おい待て! ――クソ。」

 

 こんなところでバラバラになるわけにはいかない。

 すぐさま俺も芦戸の後を追った。彼女は焦りでパニックになっているようだった。

 

 カラスのスピードは凄まじく、俺と芦戸は距離をぐんぐん離されていく。

 

 芦戸は自分が今、未制圧の地点を走っていることに気がついているのだろうか? 

 

 カラスが廊下の端にまで到達しようとした瞬間、ちらとこちらを見て――大きく鳴いた。

 

 このとき、俺は初めてカラスの知性というものを肌で感じた。あの鳥公の目にあったのは、安堵だ。

 ――でも、一体何の?

 それはきっと、自らの仕事を完遂したことへの安堵。

 俺の第六感がガンガンと警鐘を鳴らす。

 

 ――右から轟音。

 

 コンクリの壁をぶち破って突貫してきた巨大なイエロー。

 それとほぼ同時、俺は芦戸を突き飛ばす。

 

「――芦戸ッ!」

「へっ!?」

 

 俺はすぐさま砂藤に“個性”を発動して余った手で辛うじて頭部を守って――巨大な拳が俺の右腕を細枝の如くへし折った。

 

 やや高めに振り抜かれた砂藤の右ストレートが、俺の片腕ごと脳髄を揺らす。

 クソ――意識が。

 

 ぶち上げられ、俺は派手に宙を舞う。

 ――反対側の壁に衝突して、全身に強い衝撃。

 息が、出来ない。

 

 俺は壁をずり落ちて床に沈み、飛んできたコンクリ片に埋まって。

 遠くで甲高い叫び声が聞こえる。芦戸の声も聞こえ

 ――俺の意識は真っ暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 






 “個性”「イルミネーション」
 電磁波を感知し、直感的に操ることができる。
 あくまで、そこに有るものを、どこかへ「飾る」だけ。無から電磁波を生み出す事はできない。
 なお、ここでいう電磁波とは、可視光・電磁放射線・マイクロ波などを過不足なく含む。

 

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