朝のホームルーム。予鈴とともに現れた相澤先生は、どこか気怠げに、しかしテキパキとホームルームを進める。
必要な通達を手短に済ませた先生は、戦闘訓練の内容へのお小言を言い始めた。そのラインナップに、俺が気絶したことに関しては含まれていなさそうなことに少し安心する。
主にチクチクされていたのは緑谷くんと爆豪くん、それからほんの少しだけ芦戸。
爆豪くんは小言を言われても「わかってらァ」とでも言いたげにムスッとしていたが、緑谷くんと芦戸は相澤先生にチクチクされると目に見えてしょんぼり落ち込んだ。
ふたりとも萎れたアサガオみたいだった。
けど、見かねた相澤先生が最後にふたりに対してフォローをいれると、ふたりともみるみる元気になった。素直な奴らだ。俺はニヤつきそうになるのを必死に堪えた。
ちなみに爆豪くんは自分にだけフォローがないことに分かりやすくイライラして両目を釣り上げていた。今度こそ俺は小さく笑った。
お小言コーナーも一段落し、ふうと一息ついた先生はこう続ける。
「ホームルームの本題だ。急で悪いが、今日はキミらに――学級委員長を決めてもらう。」
「委員長やりたいっす! オレオレ!」
「俺もー!」
「うちもやりたいっす。」
先生が言うや否や、我先にと立候補するクラスメートたち。見れば、あの奥手な口田くんでさえもおずおず挙手して立候補している。
「私、リーダーやりたーいっ!!」
後頭部をビリビリ揺らすほどの大声で立候補する芦戸。ちょっとうるさい。
俺が振り返って彼女のハツラツとした顔を見ると、彼女は荒っぽいウインクを俺に返した。
俺は――正直驚いた。学級委員長なんて、かったるいだけの仕事なはずだ。
「青山翠」になるために潜り込んだ中学時代だって、クラスに委員長をやりたいやつが居なかったので、転入生の俺が簡単に学級委員長になれてしまった、という程度の役職である。俺はそう思っていた。
流石はヒーロー科、めっちゃ意欲が高い。
「静粛にしたまえッ!!」
教室の後ろからよく通る大声、飯田くんだった。
「他を牽引する責任重大な仕事だぞ。やりたい者がやれるものでは無いだろ。周囲からの信頼あってこそ務まる聖務。」
「民主主義に則り、真のリーダーをみんなで決めるというのなら」
「――これは投票で決めるべき議案ッ!」
……そういう飯田くんの右手は誰よりも高く挙げられていた。
すぐさま「腕そびえ立ってるじゃねーーかっ!!」というツッコミが四方八方から入る。いや、ほんとだよ。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん。」と蛙吹さん。
「そんなん、みんな自分に入れらぁ。」と切島くん。
至極真っ当な意見がバッサバッサと飯田くんを斬り伏せる。
「だからこそッ! ここで複数票とった者こそが真にふさわしい人間ということにならないかッ!?」
ひるまずに食い下がる飯田くん。まぁ彼の言うことにも一理はあるのだが、みんな自分に入れて一票ずつになったらどうするつもりなんだろう。
……というか、教室の様子を見る限り、殆どのやつは自分に票を投じるであろうこの状況。
そんななか、学級委員長という仕事に一切興味のない俺。
つまり、俺の一票は、とてつもない影響力を持っている……よな?
そう考えれば、なんだか他人事で頬杖付いていられるような状況でもなくなってきてしまった。
むしろ、これは自分に都合の良さそうなやつを委員長へ強力に推すことのできるチャンス。
「時間内に決めりゃあ、なんでもいいよ……」
相澤先生はそう言ってミノムシモード。完全に生徒に丸投げするつもりらしい。
プロヒーローのくせに省エネ社会人だった。
うおー! と意気込む芦戸を他所に、俺は眉間にシワ寄せながら投票先を考えるのであった。
*
A組のみんなが一斉に黒板を見る。
黒板には投票結果。
「僕――三票ッ!?」
投票結果は――緑谷三票、八百万二票、轟〇票、麗日〇票、俺〇票、その他皆一票。
「んなッ、なんでデクに!? 誰がッ!」
愕然としながら立ち上がる爆豪くん。自分が落選したことより、緑谷くんに票が入ったことが気に入らないらしい。
瀬呂くんが「まぁ、お前にいれるよか分かるけどなぁ」と茶化した。……悪いやつめ。
「ッ、んだとコラァッ!! 俺のどォこが悪いって――」
めっちゃ巻き舌でキレる爆豪くん。
瀬呂くんは「まあまあ」といったジェスチャーをしながらニヤニヤしていた。
……白状すると、実は最初は爆豪くんに一票投じるのもありだなと思っていた、主に爆豪くんならクラスをめちゃくちゃにしてくれそうだなという、愉快犯敵思考で。
しかし、もしクラスの中で俺だけ他人へ投票した場合、俺が爆豪くんに投票したことが丸わかりだ。
クラスの皆に俺が頭のおかしな人だと思われる可能性、そして委員長となった爆豪くんにしつこく「ありがとうなァッ!」と絡まれる可能性を考えた結果、俺の「ハチャメチャ!? 爆豪くん委員長大作戦」は見事廃案となった。
結果、俺は無難に飯田くんに一票を投じる事になったのである。
飯田くんの分かりやすい秩序をクラス全体に行き渡らせる方が、爆豪くんのようなセンスマンに好き勝手に行動されるより、有事の際に何かと動きやすくなると考えての投票だった。今度は知能犯敵思考だ。
ここまでの様子を見る限り、飯田くんなら爆豪くん含めたクラスの我の強い面々をある程度抑えられるだろうし、仮に俺が飯田くんにいれたことが露見しても誰もが納得の一票だろう。ヘタに仲のいい相手にいれるよりよほど心象が良いはずだ。
……なんて皮算用していたのだが。はぁ。
マジでなにがしたいんだ飯田くん!?
「……一票……くッ、俺のことを評価してくれた者はいた。だがこの飯田天哉、あと一歩及ばず。……無念だッ、流石は聖職といったところか……」
悔しがる飯田くん。
見事に俺の一票は死票となったのだ……主に彼が恐らく緑谷くんへお友達票を投じてしまったのを理由にして。
……まぁ飯田くんには昨日の帰りに良くしてもらったから、そのお返しということで。
「じゃあ委員長は緑谷、副委員長は八百万だ。」
相澤先生がムクリと起き上がって結果を総括した。
みんなの反応を見れば、割とこの結果は受け入れられているようだった。
「ねーねー青山ぁ、委員長やりたくなかったの?」
芦戸が相澤先生の手前、小声でそう聞いてくる。だから俺も小声でこう返した。
「……クラス委員長の僕が爆豪くんを注意したときの、爆豪くんのモノマネ。」
「は? 爆豪?」
俺も瀬呂くんには負けていられない。
だって、あぶないやつをおちょくってきた歴で言えば俺に勝てるやつは存在しない。
ベテランの技を見せてやろう。
芦戸には急で悪いが、俺はモノマネと顔芸には自信があった。
絶対に笑ってはいけないタイミングで死柄木を笑わせるという遊びにハマっていた時期があるからだ。
成功するたびに殺されかけたのは言うまでもないだろう。
俺はバッと勢い良く振り返る。
芦戸は咄嗟に吹き出しそうになるのを手で抑え、ひとりで窒息しそうなくらいむせた。
恐らく目撃してしまったであろう上鳴くんも机に伏せた。
ちなみに爆豪くんとは一ミリも関係ないモノマネをした。
もぐもぐと反芻するアルパカのモノマネだ。
満足した俺はアルパカのままゆっくり正面に向き直る。
ぎろり。こちらをロックオンする相澤先生。
その隣の八百万さんは呆れ顔。
緑谷くんはアワアワしている。
俺の反芻するアルパカは一瞬で「抹消」された。
マジの真顔なうだ。ちょっと死語過ぎるか。
そして俺と芦戸は――ちょうど鳴り響いたチャイムの音に命を救われた。
*
昼休みも後半にさしかかった頃、俺は砂藤と教室でちびちび昼飯を食べていた。
砂藤の机に、俺がイスを持ってお邪魔している状態だ。
砂藤の昼飯は相変わらずヘルシーな鶏むね肉弁当。そのヘルシーさは刑務所の飯にも劣らないだろう。
そして俺の昼飯は、今日はゼリー飲料。今日は栄養バランスに気を使ってコンビニで全部の色を買ってきた。タンパク質、ビタミン、鉄分、それから食物繊維まで、何でもござれだ。
――ランチラッシュがこれを見れば卒倒するだろうなとは思う。
そんなことを考えながらゼリーを吸っていると、砂藤が急にキョロキョロとあたりを見回し始める。そしてでかい図体で、コソコソとこちらへ身を寄せた。
「あのよ、尾白がトイレ行って、ちょうど教室に誰も居ねぇから聞くんだけどよ。」
「ん。」
「ぶっちゃけ誰がタイプだ?」
……面白いことを言うやつだ。
「そういうのは自分から言うのがマナーだよ。砂藤力道くん。」
「えーっ、おほん。――八百万さんだ。」
この男、そこはハズさないのか。全く意外性のない答えに少し白ける。
砂藤は秘密をゲロってしまって気が軽くなったのか、ひとりで盛り上がってペラペラと続けた。
「やっぱよ、お嬢様には憧れちまうよ。すっげー美人だし。あんな子これまで見たことねえって。」
「……理由はそれだけ?」
「まあ、それもあるぜ。もちろんな。でも、付加価値だぜ? あくまで。」
「はあ、つまらん。」
ここもハズさない。砂藤はどこまでも純情な男子高校生だった。
……ちょっと可哀想になってきたな。
「さあ、聞かせてもらうぜ。青山翠のタイプな女の子についてよ。」
「ああ……葉隠さんだよ。」
「――はあっ!?」
ガタっと音。砂藤が勢い良く立ち上がった。
それから砂藤は太い眉をグニグニと動かして「あなたが何を仰っているのか分かりません」って顔をした。
「いや、なんつーか、失礼なこと言うつもりはないけどよ、タイプかどうかすらわかんねーだろ! 葉隠さんはよ!」
「いや、それは砂藤が分かってない。彼女はすごくかわいい!」
ガタガタっと音。砂藤は狐につままれたような神妙な面持ちで首をひねった。
「――だよね? 葉隠さん?」
「ひゃっ!?」
「盗み聞きはよくないよ。」
教室の斜め前の角席、その机の下から観念したかのように空っぽの制服が浮かんでくる。
「――はあああああああああ!?」
「もしかして……青山くんっ、最初っからバレてた?」
「もちろん、ハッハッハッハッ!」
がらり。扉を開けて尾白くんが教室に入ってくる。
「青山くん……まじでいい性格してるよ。」
「ありがとう。秘訣を教えようか?」
「いや、俺にはまだ早いみたいだ。」
砂藤は必死こいて葉隠さんにさっきのことを口外しないように頼み込んでいる。
葉隠さんは白々しく「言うわけないよぉー」なんて言っちゃいるが、無論そんなわけなかった。
言わない奴は盗み聞きをしないのだ、そもそも。
砂藤が話し始めたときにゆっくりと制服を机の下に隠した時点でギルティである。
――ちなみに葉隠さんはマジでスーパーかわいい。
ちょうど、俺がスーパーかっこいいのと同じくらいかわいい。
初日、この教室に入ってすぐ。可視光線をめちゃくちゃに屈折させている奴がいることに気がついた。
まあ、それで、個性把握テスト中に見てしまったのだ。彼女の顔を。
我が“個性”「Illumination」(英語にするとかっこいい) にかかれば、彼女が屈折させている可視光線を掌握し、無理やり彼女色を俺の網膜へ届けることなんて造作もないことだった。
――ちなみに、見たのは顔だけだ。
俺は人殺しだが性犯罪者ではない。嘘じゃない。死柄木のキンタマをかけてもいい。
ともかく、“今日も彼女とふたりで学食へ行ってきた”尾白くんだけには、何とかしてこの重大な世界の真実を教えてあげたいが……俺は老婆心と悪戯心に厳重に封をする。
今の俺は「ブラインド」の青山翠。クラスの連中に俺の“個性”をバラすわけにはいかないのだ。
許せ、尾白くん。
俺は席を立って、砂藤と葉隠さんの元へ歩み寄る。
「あのさ、砂藤ばっかり損しちゃ悪いから、僕のタイプな女の子が誰か、ふたりとも聞いてくれない?」
「えっ――いいのか青山?」
勢いよくこちらを振り向く砂藤。その目は大きく見開かれている。
「うん。減るもんでも無いしね。だから、申し訳ないけど尾白くんは少し離れててくれないかな。ふたりにだけ聞こえる声量で話すから。」
「まあ、俺は全然構わないよ。」
「ありがとう。」
尾白くんは快く了解し、少し後ずさって俺達と距離を置いてくれた。
「なんか私だけ聞いてばっかりでさっ、悪いよー!」
「でも、葉隠さんのタイプは聞いても……ねぇ?」
「まぁ……だな。聞くまでもないっつーか。」
彼女と尾白くんが“やけに”仲がいい、というのは恐らくクラス全員が思っていることだろう。
葉隠さんは「ねえっ、どういうことー!」なんて言っているけど、等価交換が成立しないのだ。彼女とは。
「じゃあ言うから、よーく聞いてね。」
俺は口に手を添え、ささやき声でふたりに「好きな人」のことを伝える。
それは青山翠としてだけでなく、俺の本当のこと。
砂藤は怪訝に眉をしかめ、葉隠さんは驚きすぎてブリッジしそうなくらい仰け反った。
「お前――すげぇな。」
「そんなコト、ありえていいのーっ!?」
随分度肝を抜かれたらしい。
……このくらいサービスすれば砂藤の暴露と釣り合いが取れるだろう。
なんて考えた矢先。
――ジリリリリリリリリリリリリ。
警報が日常を切り裂く。
それだけで、俺たちは普通の高校生のままでは居られなくなった。
書き上がったので投下!