side タンザナイト
適当観へ帰ってみると、なにやら福福さん達は深刻そうな顔をしている。
「つまり現状――誰一人宗主と連絡が取れぬということかね?」
「そうみたいなんです……あたしも報告したいことがあって、何度か試してみたんですけど……」
「おれも電話してみたんだが……ダメだった。お師さん、どうしちまったんだ?」
「今までも、このような有事にあって宗主は常に慎重でふった。故意に連絡を絶つようなことはせぬはずだ……これは、何かあったとみて間違いあるまい」
どうやら、師匠と連絡がつかないようだ……確かに只事じゃねえな……
「とはいえ、我らが宗主はたとえ虚狩りに襲われようとびくともせん……おそらく、些事に忙殺されているのであろう」
「師匠に何かあったの?」
「一時的に連絡が取れないだけのことだ。おぬしが心配することではない。それよりも、おぬしら二人の慌てようはなんだ。どたばたしおって、雲嶽山の弟子として体裁という物がないぞ」
陸老師は眉間に深い皺をよせ、まず竣工に視線を向けた後、険しい目つきで俺を見る……まるで、箱入り娘を夜遊びに連れ出された父親のように……
「ご、ごめん陸老師。みんなに伝えなきゃいけないことがあるの……!」
そうして、瞬光さんと共にホロウであった出来事を雲嶽山の人々に伝える……
「それじゃあ、ラマニアンホロウがおかしくなってるのは、本当だったんですねっ……!」
「おいおい……そりゃあ、とんでもなく嫌な予感がするな……!」
「うん、私達もそう思ってるの!どうするか、すぐにみんなで話し合わないと―――」
「ふぅ……つまりなんだ。おぬしら、勝手にホロウへ入ったのだな?」
そう言うと、瞬光さんはタジタジなる……
「……ごめんなさい。でも……お兄ちゃんの手がかりを見つけた以上、どうしても自分の目で確かめずにいられなくて……」
そう言うが、陸老師は瞬光さんの話を聞いている素振りもなく、俺をじっと見つめていた。
「私は言ったな。おぬしの存在が、竣工にとってよきものであれと……彼女の悪戯に危険を晒すことを、望んでいたわけではないぞ」
「タンザナイトのせいじゃないわ、これは全部私のアイデア!この子を振り回したのは私なんだから、責めるなら……!」
「そうであるならば、なおのこと!葉瞬光、おぬしは我らの中でもとくに、身勝手の許されぬ人間なのだ。今一度自覚するがよい。青溟剣の剣主は、我ら雲嶽山にとってかけがえのない財産なのだ。その体に万が一のことがあってはなんとする!あまつさえ、それで雲嶽山の名誉を損なうことがあれば、おぬしにその責任が取れるのか!」
「……っ!ごめん……なさい……」
瞬光さんは悲し気に謝ってきた……なんか―――解せねぇな。
『陸老師、今の話を聞いてて、お前が心配してるのは瞬光さんじゃなくて、『青溟剣の剣主』の肩書のほうが心配してるように聞こえた……』
「……どういう意味だ?その二つは同じものだろう!」
『お前……本当は、瞬光さん個人のことじゃなくて、『青溟剣の剣主』の責務とか肩書しか興味がないんだろう?いくら特別な力があっても……特別な人なんていないんだよ!!ましてや―――たった一人の女の子に背負わせるものじゃねぇよ!』
「……!」
「おぬし……!言わせておけば、いい気になりおって。それとも何か!貴様はそうやって悪戯に青溟剣を使わせ、雲嶽山の名誉も壊す気か!!」
『本気でそう思ってんなら……カルシウム不足なんじゃねぇの?一回、その鋼鉄のような頭、柔らかくした方がいいよ』
辺りの空気が一気に悪くなるのを感じる……瞬光さんは唖然とこちらを見つめ、福福さんや潘さんはわたわたして、弟子たちもどうするか分からない状況だった。
まさに一触即発の事態―――その時、俺のスマホが突然鳴り出した。
『「コホン……どうやら、あまりいいタイミングではなかったようだ。すまない。現在ラマニアンホロウで起きている現象について、こちらでも認識が追い付いたと伝えるべく、連絡してもらった。情報を提供してくれたタンザナイト君には、感謝している。」』
『お前は――市長!?』
『「私のほうでも、関係筋から手がかりを集めているところだ。この場にいる各位においては、どうか冷静さを保ち、性急な行動は控えてもらうようお願いする。すでにこちらで専門の調査員を派遣した以上、間もなく具体的なデータが得られるだろう。何か疑問があれば、この場で聞いておきたいが……」』
すると、福福さんが市長に聞いてきた。
「市長さんっ!お師匠様なんですけど、今そちらにいらっしゃいませんか?なぜか連絡がとれないみたいで、ちょっと心配なんです……」
『「儀玄君が?以前、澄輝坪についての報告を直接してもらったが、次の用事があると言って早々に帰ってしまったよ」』
「そうですか……ありがとうございますっ!やっぱり途中で何かあったのかもしれませんね……あんまり市長さんのお邪魔をしてもいけないので、あたしたちはこれくらいで……!」
福福さんはそう言い、市長は俺たちに別れを告げ、電話を切る。
「……今日はもう十分だろう。市長がああ決断されたからには、我々もしばらく成り行きを見守るしかあるまい。宗主への連絡は私のほうで続けてみよう。そろそろ戻ってきて、この手に負えない弟子達をどうにかしてもらわねばな」
『あ゛あ゛?』
陸老師は去り際にも俺を不満そうに一瞥し……福福さんと潘さんは俺たちを慰めるような言葉を残して、立ち去る。
その後、俺も仕方なく、瞬光さんと一緒に部屋に戻る……っあの野郎、マジむかつく……
「さっきはありがと。私のこと、庇おうとしてくれたのよね……内心、分かってるの。本当に価値があるのは、『青溟剣』とその『剣主』っていう肩書……『葉瞬光』かどうかは、あんまり関係ないって」
『瞬光さん……』
「当然なんだけどね。青溟剣は雲嶽山の至宝……私なんかが選ばれたこと自体、達の悪い冗談っいうか……」
『……瞬光さん、そんな風に自分を卑下しなくていいんだ。誰にだって、話を聞いてもらったり、大事にしてもらう権利がある。そのことに剣主かどうかは関係ない!』
俺がそう言うと、瞬光さんの顔色が徐々に取り戻しつつある。
「……そう、よね。こんなんじゃ、また貴方に心配されちゃうよね。今はラマニアンホロウが大変な時だから……」
『まあ、市長さんがああ言っていたし……今はここで息抜きするチャンスなんかじゃない?何もかも自分でやんなきゃって思うんじゃなくて、誰かを信じて任せるのも大事だぜ?』
「うん。言われてみればそうかも」
『じゃあ、せっかくだし……気晴らしに一緒に散歩でもするか?』
「いいわね!ちょうど私も、息抜きするなら貴方とがいいなって思ってたの!じゃあ……着替えてくるわね?って言っても、貴方にはもうお馴染みのやつだけど!」
そうして、待つこと数分……部屋から出てきたのは、前に渡した服装だった。*1
『おっその服って……』
「前にこの服を着たら、褒めてくれたでしょ?だから……コホン!さっ、早く市場に行きましょ!」
と、少し照れながら先導する。
フフ……カワイイッ!
『瞬光さんも甘いもの好きだったよな?ここの糖水は旨いから、一緒にどう?』
「うん!金木犀があるといいな……大好きなの」
『本当、瞬光さんって金木犀好きだな~』
そう言い、俺たちは糖水を売ってるところへ向かった。
「いらっしゃい、お二人さん!けーむのレシピ改良キャンペーンをやってるんだけど、興味ないかな?」
「キャンペーンって……私達でレシピを改良して、新しい味のケーキを作るってこと?」
「そうだよ!うちの食材は自由に使ってくれていいし、自分で用意してもオッケー!もしウケのいい新しい味を作れたら、豪華報酬もあるからね!」
へー……そんなキャンペーンが……俺たちもやってみようかな?
『瞬光さん、これやってみます?』
「え?私……私は……コホン、まずはここのケーキを味見してみよっかな……」
そう言い、瞬光さんはケーキを試食する。
「うーん……口当たりはもちもちしてて、香りも丁度いいわ。ただ、その……なんだかちょっと味が薄いような……?」
「お客さんってもしかして超がつくほどの甘党?このケーキには氷砂糖をたっぷり使っているんだ、それこそ前は他のお客さんに『甘すぎる』って言われちゃったくらいにね」
「そ、そうなんだ……!じゃあ、私の好みの問題なのかも……でも、氷砂糖を使っているなら……改良のレシピ、思い付いちゃったかも!ちょっと待っててね、タンザナイト!」
『瞬光さん?』
そう言って、瞬光さんは何か思い付いたのか一直線に駆けだした……
しばらくすると、瞬光さんは一袋の飴と、金木犀のドライフラワー?を抱えて帰ってきた。しかも、その隣に見知った顔がいた。間違いない、良い品屋のルイドさんだ。
『瞬光さん、これは……?』
「ルイドさんがね、金木犀の飴とドライフルーツをいっぱいくれたの……これを使えば、金木犀のケーキを作れるはずよ!」
『何故それがここに?』
「大昔は売ってたけど、とっくに前から取り下げたんだ。でも個人的に好きだから、自分用に買ってあるよ。ちょうど彼女が欲しがってるみたいで、少し分けてあげたんだ。ついでに使えるだろうと思って、家にあった金木犀のドライフルーツも持ってきたのさ。ここでケーキの新しい味を開発するキャンペーンがあるって聞いたけど、金木犀飴と同じ味が食べられたらなあって思って、ついてきたわけさ」
ああ……だから一緒についてきたんだな……納得。
「それ欲しがって私、ちょうどそうしてみようって思ってたところなの!」
「ほほう、じゃあ楽しみにしてるよ!あっ、そういえば最近の澄輝坪って、見たことない種類の白い花が咲いてるんだっけ?結構綺麗だし、お菓子とかにできたりしないかな?」
『それは絶対止めたほうがいい。うん。ガチで』
「え?そ、そうなんだ……覚えておくよ」
ルイドさんに白い花の危険性を注意した後、瞬光さんは金木犀のケーキを作る……すこしぎこちない動きで瞬光さんの傍に付き、手伝い等をした……
そうして、金木犀のケーキができあがると、一気に香りが広がって、金木犀の清らかな香りが糖水屋を丸ごと包み込む。エリナーは真っ先に一口試食した……
「ん~!お客さん、この金木犀のケーキ……お店に出したら、大ヒット間違いないレベルだよ!もしよかったら、これを今日の限定メニューにして、原価で皆に試してもらいたいんだけど……いいかな?」
「え?私が作ったもので……いいの?」
「もちろんだよ!ほら見て、もうお客さんが惹きつけられてきてる!」
うおっ!?本当だ……後ろに沢山の人がこっちを見ている……
そう思っていると、あっという間に行列ができあがり、糖水屋が賑わってきた。
それを見た瞬光さんはなにか輝いた目でそっと呟いた。
「そっか……こういう感じなんだ……私が作った者は、誰かを喜ばせることができて……その顔を見て、私も嬉しくなる……こういう小さな、平凡な幸せって、素敵……皆がずっとこうして、幸せでいられたらいいな……!」
『……そうだね、俺もそう思う』
そうして、瞬光さんが作った金木犀のケーキは売り切れ、エリナーは満面の笑みを浮かべ、今日の売り上げを全て瞬光さんに渡そうとすると、瞬光さんはただ笑顔で断った。
「ほんっと~にありがとう!こんなにも愛されるお菓子を作ってくれた上に、レシピまで全部教えてくれたなんて……あなたのその手には、幸せを生み出す魔法が宿ってるみたい!」
「私の方こそ!こんな機会をくれて、本当にありがとね。みんな、私が作ったお菓子、本当に気に入ってくれるんだ……」
「会ったり前でしょ!こんなにおいしいんだから、もっと自信を持っていいんだよ!」
「うん……!それじゃ、私達そろそろ行くから、またね!」
瞬光さんは手を振って、エリナーに別れを告げた。時間を確認すると……ふと、何かを思い出した。
そうだ……こんな時間に良い場所があったな。
『瞬光さん、ちょっと来て!』
「えっ?あ、うん……」
俺は、瞬光さんの手をとり、とある場所まで一緒に歩き出した。