数年書いてない他作品の執筆はどうしたと言われそうなんですが、許してほしい。
プロローグ
大きな弧がストンと手に収まった。
ぽーん、ぴゅーん、ぽーん、ぴゅーん、一定でなだらかな弧が行ったかと思えば、不規則で不格好な弧が返ってくる。どちらも一方の手に収まっては、景気よくもう一方へと返されていく。
「でね、ミドリったらひどいんだよ。私が買ってきた雑誌、まだ読んでなかったのに勝手に開いて先に読んでたの」
「ほーん……でもモモイ、お前買ってきてすぐ読まなかったのか?」
「うぐっ……ちょーっとゲームに夢中で忘れてたところはあるけど……」
「どれくらい?」
「……三日くらい」
不格好な弧を放ちながら愚痴を垂れるのは、桃色が差し色になっている猫耳ヘッドセットを付けた少女。モモイと呼ばれた彼女は、詳しく深堀されたことで墓穴を掘ったように口ごもった。
どうやら自身に非が全くないわけではないらしく、ぐぬぬとそれでも納得いかないような渋い表情。飛んできたなだらかな弧を危なげなく受け止める。
「それじゃあもう読んだと思って見てしまっても仕方ない部分もあるだろう」
「それはそうだけど、さっ!」
「お、いいコース」
ぱしん、と小気味いい音とともにモモイから放たれた速度の速いほぼ直線状の弧が一方の手に収まった。
拳一つ分の白いボール。彼女たちはキャッチボールをしていた。
モモイからの投球を受け取った人物は、今までと違ってまっすぐ飛んできたボールに、ボールではなく誉め言葉を返した。ふふんとどや顔をするモモイにカラカラと笑い声を漏らす。
ふと見上げればそろそろ日も落ち始め、あたりはだんだんと暗くなってきている。白いボールとはいえその暗さに少しずつ視認性は薄れ、キャッチするにも少々目を凝らさなければならなくなってきていた。
「そろそろ帰るか。お前も良い息抜きになっただろ?」
「え~もうちょっと遊びたいのに」
「締め切りだって近いって言っていたじゃないか。いつまでも怒ってないで、ミドリと仲直りしてやれ」
「ぶー」
その環境の変化に撤収を切り出すと、モモイは唇を尖らせた。
どうやら彼女の息抜きに付き合う形でこのキャッチボールは開始されたらしい。物足りないとこぼすモモイに苦笑した人物が、帰らねばならない理由は他にもあるだろうと指摘すると、更に不服そうにしながらもモモイは頷きを返した。
その返事にボールをポケットにしまった人物は、地面をぐりぐりとつま先で弄るモモイにゆっくり歩み寄ると、ぽんと軽く置くようにその頭のてっぺんに触れてさくさくと帰り道へと向かう。
「ほら、いくぞ『お姉ちゃん』」
「ふん! 仕方ないなぁ、私はお姉ちゃんだもんね。妹のちょっとしたやらかしくらい許してあげる」
「そのいきだ」
「あははっ!」
「そーい」
その背を追うようにたたたっと隣に駆け寄ったモモイは、実際にはもうそんなに機嫌は悪くないのだろうが、腕を組んで偉そうにする。それをカラカラと笑ってみせると、モモイもまた笑いながらその人物の腕に抱きついた。
だがそんなスキンシップは初めてではないのか、その人物は慣れた様子で抱き着かれたままの腕を上に振り上げる。そしてモモイもまた、いつものことなのかぶら下がった状態で楽しそうに笑っていた。
このやりとりからも分かるように、その人物はやや小柄なモモイに対し頭一つ半ほど背が高く、また少女一人片腕で持ち上げられる程度には力持ちのようだ。
「ねぇ、今度はいつ遊びに来てくれる?」
「そうだなぁ、またしばらくあっちこっちに行くから……まぁそのうち顔を出すよ」
「そう言って一ヵ月くらいどっか行ってたときもあったじゃん!」
「ははは、じゃあ次お前たちの新作ゲームが完成したらやりにいくよ」
「ほんと!?」
ぶらぶらとぶら下がったままそんな会話を繰り広げる二人。
そろそろ降りろと腕を下げると、モモイはすたっと着地して自分の足で歩き始める。並んで歩くには歩幅が違いすぎる二人だったが、お互いがお互いのペースに合わせようとしているのか、モモイの歩くペースにしては若干早く、もう一人の人物が歩くペースにしてはやや遅いような、そんなスピード感に落ち着いた。
とててとやや早足に歩くモモイの方へと視線を向けると、モモイは楽し気に鼻歌でも歌いそうな様子。
「ふふ、それじゃあ早く作らないとだね」
「ああ、楽しみにしてるよ。でもまた大騒ぎしてユウカを怒らせないようにな」
「うっ! それはわかってるよー……いつもだって別に悪さしようと思ってやってるわけじゃないんだよ? ただよくわかんないうちに変な方向に話が転がってっちゃうだけで」
「はははっ、まぁそれはそれで見ていて面白いんだけどな。ユウカには悪いけど」
カラカラと笑う人物に、モモイは笑いごとじゃないよー! と過去に怒られたことを思い出して渋い顔をする。
並んで歩いていけば、もうすぐそこに二人の目的地が見えてきていた。
そこにあったのは学校だった。
モモイの着ている白い制服と似た雰囲気を持った白くやや近代的な校舎。
ここ、学園都市キヴォトスでも三大校と評されるミレニアムサイエンススクールの校舎だった。
「じゃあまたなモモイ」
「うん! ゲームが完成したら連絡するからね! ソウ!」
モモイを送り届けたことで解散と、ソウと呼ばれた人物は別の道へと歩き始めた。
その背中にモモイが声をかければ、振り返ることもなく後ろ手にひらひらと手を振って去っていく。
モモイはその背中が見えなくなるまでぶんぶんと大きく手を振って見送ると、そのまま軽い足取りで校舎の中へと入っていった。
◆◆◆
―――俺には物心ついた頃から、前世の記憶があった。
この世界に生まれてから頭の片隅にずっとあったそれは、夢で見た話のように儚く淡い記憶。
だから前世の記憶と言っても本当にあった前世なのかは分からない。正直、ただの夢として処理してもよさそうなものだったけれど、そうと判断するには正直実体験と思えることが多く、また学んだはずのない知識や常識がそれを前世と確信させた。
かつての自分は少年兵だった。
どこの国かとか細かいことは覚えていない。おそらく当時の自分にとってはどうでもいいことだったのだろう。どこの国と戦っていて、どこの国のための少年兵だったのかはどうでもよく、ただその瞬間瞬間を生き抜くこと以外のことを考える余裕がなかったのだ。
戦場を生き抜くための立ち回り方、戦い方、敵を殺すための手段、武器の使い方、血と硝煙の匂い。そんな血生臭い記憶と感覚だけが記憶としてあった。ささやかな幸福の記憶として強いて挙げるのならば、戦場を共にした仲間の少年兵たちとの思い出くらい。だがそれも、より強烈な喪失の記憶が塗りつぶしている。
おそらく前世の自分は、戦場に生き、戦場で全て失い、戦場で死んだ。
最後の記憶というか、実感として遺っていたのは、圧倒的な孤独感と虚しさだけ。
「ぼーっとして、何か考えごとですか? ソウせんぱい」
「んや、ぼーっとしてるだけだよ。どうした小鳥遊後輩」
だがそれはそれ。
今の俺の名前は魅旅ソウ、このキヴォトスで生きている一人の大人だ。
数千の学園が連邦を形成する超巨大学園都市キヴォトスでは、その学園都市の名前通り多くの生徒がいる。その他には前世にはいなかったような、動物やロボットの顔や身体をした人(?)たちがおり、大体はそういう人達が都市内の飲食店やショッピングモールなどの経営を行っていた。
「ユメ先輩を見ませんでしたか? 姿が見えなくて」
「さぁー……そういえば見かけないな。まぁ少し待ってればひょっこり顔を出すだろ」
「そんないい加減な……」
ぼーっとしていた俺に話しかけてきたのは、小柄でピンク色の短髪の少女。瞳の色が左右で違うのも相まって、前世では見かけない中々ファンシーな容姿をしている。
とはいえ、この世界では髪や瞳の色のバリエーションが豊かなのが普通なので、そんなに珍しくはない。
彼女の名前は小鳥遊ホシノ。
今俺がいるこの場所、アビドス高校の一年生だ。
戦場に生きていた俺にとって学校という場所に馴染みのない場所だが、このアビドス高校は俺がこのキヴォトスに生きてきて通っていた母校である。つまり今の俺は彼女から見てかつての卒業生、OBというわけだ。
とはいえ、俺がこの学校にいたのはもう3年前。
一回留年したから合計4年間所属していたが、アビドスに通っていた頃の俺を知っているのは当時一年生だった後輩、ホシノが探していた梔子ユメただ一人だ。
「ソウ先輩! ホシノちゃーん! いたー!」
「あ、ユメ先輩」
「噂をすればなんとやら」
ホシノの後ろの扉から慌ただしい足音と共に現れたのがその梔子ユメ。
薄緑色のふんわりしたロングヘアーに、凹凸の激しいスタイルが特徴的な後輩だ。人懐っこい性格だからか、主にホシノを中心によく人にくっついていく大型犬のような奴だ。
「いたーって、探してたのはこっちですよ。一体どこに行ってたんですかユメ先輩」
「えへへ、ごめんね。でもほら、今日はいつにもましてすっごく暑かったから、みんなが涼しくなるようにアイスを買ってきたんだよ!」
「またのんきな……借金をどうにかする対策を考えないとなんですから、あんまりちょこまか動き回らないでください」
「ひぃん……でもでも、アイス美味しいよ?」
「それは貰いますけど……」
貰うんかい。
ユメの持ってきたアイスを一つ受け取りながら、ホシノは椅子に座る。この後輩、言動のしっかり者感に反して意外とノリがいい。つんけんしているように見えて、割とユメに懐いているのだ。
「ソウ先輩もどうぞ!」
「おーありがとう」
そんなことを思いつつ、ユメが差し出してくる棒アイスを受け取り、俺もまた口の中をアイスで冷やしていく。美味い。
「それにしても、来るなら来るって連絡くださいよ~ソウ先輩」
「そう言うなよユメ。いつも気分でどこに行くか決めてるから、今日も行き当たりばったりだ。俺の神秘がそうした方が良いって言ってるんだよきっと」
「……ソウ先輩ヘイローないじゃないですか」
「ははは!」
ホシノのジトっとした目線を笑い飛ばしながら、アイスを頬張った。
ヘイロー、と呼ばれるホシノたちキヴォトスの生徒の頭上に浮かぶ幾何学模様の何か。
これはキヴォトス人特有のもので、意識があるときは頭上に浮かんでいる天使の輪のようなものだ。そしてこれがあるからかなのかはわからないが、キヴォトスの人間は前世では考えられない無類の身体能力を持っている。
最たる例としてはその耐久力。
弾丸を食らっても多少痛いで済み、ほとんど無傷でいられるというぶっとび耐久力が基本性能なのである。故にか、このキヴォトスではほぼ全ての生徒が思い思いの重火器を所持している。自販機で弾丸が買えるほどに、銃撃戦の発生は日常茶飯事だからだ。
そんなキヴォトスで、俺はヘイローを持っていない。
そしてヘイローを持たない故に、俺は前世と同様、当たりどころが悪ければ銃弾一発で即死亡の普通の人間である。まぁとはいえ俺もキヴォトス人には違いないので、完全に普通の人間というわけでもないのだが。
「まぁ、気を付けるよ」
「……それで、今日は何をするんですか? ユメ先輩」
「うん! 今日はプールの掃除をしようかと思ってたんだけど、ソウ先輩が来てくれたから遊びに行こう!」
「ユメ先輩?」
「ひぃん……でもいつも頑張ってるし、こういう時くらい息抜きしないと息が詰まっちゃうよ?」
「ユメ先輩がソウせんぱいと遊びたいだけでしょ」
「そ、そんなことないよ! ホシノちゃんだってソウ先輩と遊びたいでしょ?!」
「……」
「ほらー! 素直になろうよホシノちゃ~ん!」
「わ、わかりましたから、抱き着かないでください!」
ぺろぺろとアイスを舐めながら、暑いのにいつにもましていちゃいちゃしてるなぁと思う。
とはいえ、最初に会った頃はかなり警戒されたというのに、最近はこんな光景をよく見るようになった。なんだかんだホシノからも信用されてきたのか、割と隙の多い姿を見せてくれる頻度も増えたように思う。
悪い気分ではないが。
おそらくユメが影で色々フォローしてくれているのだろう。
「じゃあ柴関ラーメンでも食べに行くかぁ」
「さんせー!」
「はい」
口の中からアイスの消えた棒を引き抜き、そばにあるゴミ箱に捨てながら立ち上がる。
まぁ既に成人している身として、この学校のOBとして、可愛い後輩にラーメンの一杯や二杯奢る程度の甲斐性はあるのだ。お金に困っているわけでもないからな。
部屋を出て廊下を歩く俺を追いかけ、俺の左右にそれぞれユメとホシノが並ぶ。
なんで俺を挟んで歩くんだ。
「あ、そうだ。ソウせんぱい、そろそろ名前で呼んでくださいよ」
「小鳥遊後輩は小鳥遊後輩だろ」
「……」
隣で唇を尖らせるホシノに、俺とユメはクスクスと笑う。
可愛い後輩は先輩に弄られるものなのだ。
魅旅(みたび)ソウは在学中1回留年している。
ユメが入学したのが四年目の三年生の時。
なのでユメが二年生が上がった時にソウは卒業しています。
現在ユメが三年生、ホシノが一年生。
留年のため19歳で卒業、そこから更に2年経っているので年齢は20もしくは21歳。
でも年齢は物語に大して関係ない。