―――集中。
今、私……イズナは、森の中に息を潜めてただ静かに機を伺っています。
視線の先にあるのは、少し開けた場所に立つ師匠殿の姿。一見棒立ちのように見えて、一切隙が見えない佇まいにほんの少し気圧されてしまっているのが分かる。
現在イズナは、修行の一環として好きに師匠殿へ攻撃を仕掛けるという役目を担っています。
師匠殿曰く、忍の本領は忍ぶことにある、とのこと。
影に忍び、誰にも気づかれぬことなく任務を達成する。それが出来て初めて一流の忍者なのだと師匠殿は教えてくれました。無論、それが全てではないですし、忍者としての理想像は人ぞれぞれ……だからこそイズナだけの理想を追求していいのだとも、言ってくださいました。
しかし、思えばイズナの目指す忍の理想像は未だ具体的ではありません。
師匠殿と出会った時に見せていただいた躍動感溢れるあの動き……あれはまさしくイズナの理想とする忍者の姿でした。ですが、それは単なる一端でしかなく、大切なのは忍者としての揺るがぬ信念と矜持。
本質はイズナがどんな忍者になりたいのか――イズナはそれを見出すためにも、師匠殿の背を追いかけていきたいと思ったのです。
「……っ」
ごくり、緊張で唾を飲み込み、愛銃である機関短銃を構えた。
師匠殿にはヘイローがない。だから一発でも弾丸が当たれば大怪我を負ってしまうと聞きました。故に、今回使用する弾丸は師匠殿からいただいたゴム弾です。
流石に実弾でも問題ないと言われたとしても、もしも師匠殿に大怪我をさせてしまったらと考えたら、イズナには撃てなかったでしょう。
―――ッターン!
集中し、師匠殿の視線がこちらから切れた一瞬、引き金を引いた。
「躱された……!? 流石師匠殿、一筋縄ではいきませんね……!」
「そこか、狐っ子」
「くっ……!」
即座にその場を離脱。
これも師匠殿の教え。イズナの愛銃はサブマシンガンと違って連射性能に秀でているわけではありません。だからこそ取るべき戦術は、忍としての身体能力を活かして高速移動で相手を翻弄し、常に有利位置からヒット&アウェイで急所を狙うこと。
木々を伝って立体的に移動し、より静かに、より軽やかに、より気配もなく、相手に自分の居場所を悟らせないように。
「お覚悟―――!」
二発目を放った瞬間、一瞬だけ全力で地面を蹴って移動し、全くの別方向から三発目を放ちます。今のイズナに出せる全速力は、長くは続きませんが一瞬だけであれば師匠殿にも匹敵します。
故に、二発目の軌道から九十度……交差するように放たれた三発目に反応するのは至難の業のはず……!
「中々だが……まだ甘いな!」
「そんな! って、ひゃわっ!?」
「別方向からの射線展開は中々だが、移動先の選び方が安直すぎたなぁ狐っ子。二発目の位置からした音的に全力で跳躍したんだろうが、それじゃあ移動先が直線的過ぎてルートが見え見えだ」
けれど、師匠殿はどちらの弾丸からも身を躱してみせた。
解説を受けて、アイデアは良かったもののやり方にまだまだ稚拙さが残るという指摘に、イズナは反省する。
そして気づいた時には背後を取られていました。頭にポンと手を置かれた時点で、イズナの敗北……師匠殿がその気であれば、イズナは今の一瞬で意識を刈り取られていたことでしょう。
うぅ、悔しいです。
「で、ですが師匠殿……どうして初撃の一発を躱すことが出来たのでしょうか? あの初撃だけはイズナも可能な限り気配を殺して、師匠の視線が外れた一瞬の隙を狙いました。師匠であってもどこから撃たれるか予測するなど不可能なはず……」
「はっはっは! 教えてやろう……よっ、と……さっきまで俺が立っていたのはここだ」
師匠殿は頭上に置いていた片手でイズナの襟首をひょいを持ち上げると、そのまま先ほどまで師匠殿が立っていた場所へと戻る。
摘ままれたように持ち上げられたイズナは、師匠殿がほれと指差した方向へと視線を向けた。
「この場所から人が隠れられそうな場所は、そこの茂みや木の生えている位置的に枝葉が重なって隠れている木の上、岩場の後ろと……それなりに確認できるだろう?」
「は、はい……確かに」
「その上で銃で狙い撃つのなら、相当銃の扱いが上手い奴でなければそれなりに足場が安定している場所が好ましい。ましてや最初の一撃は、相手に気づかれる前に放てる唯一の攻撃だからな。確実性を上げるなら、可能な限り環境が良い方が良い」
「そう、ですね……」
そう言ってスッ、と師匠殿が指差したのは、先ほど最初にイズナが潜んでいた場所だった。
「俺なら、あの辺りが最適だと考える。事実狐っ子はあそこにいたしな」
「では、視線を外したのは……」
「わざとだ。他の場所にいる可能性も考えてあの位置だけを死角に、他の潜伏場所が全て視界に入るように位置取ったんだ。もしもその位置にいるのならこの機を逃す手はないだろ? そうして攻撃を誘ったんだ。攻撃のタイミングが分かっているのなら、死角からの射線から外れるだけで初撃を躱すことができるし、相手の位置も把握できる」
「な、なるほど」
恐ろしいまでに駆け引きが上手い。
あの位置に立つだけで、イズナが選ぶであろう潜伏場所から、こうして掴まるまでの全ての流れを操られてしまいました。
師匠殿の戦い方は、キヴォトスで行われる銃撃戦とはまるで別物です。ヘイローがない師匠殿だからこその、自身への一切の被弾を許さず、戦場を操って相手を制圧する戦い方。
それはまるで、戦国の世の
将が自陣の戦力を操り、戦場の流れを読み、駆け引きの末に盤面を支配し、敵を制圧する。それを個で行うか、軍で行うかの差ではありますが、師匠殿の戦い方は緻密に考えられた戦術が秘められている。そこには一種の美しさすら感じます。
「いいか狐っ子、戦いには情報というものが付きものだ。何の情報もない状態であっても、戦いが始まったのならその場で拾える全ての情報を拾い尽くせ」
「全ての、情報……」
「そうだ。そして乱れた戦場で真っ先にそれを行うことができるのは―――お前のように超高機動で隠密に動き回れる忍者だけだ」
「!!!」
忍者だけに出来る、役割。
「そうしてお前が掴んできた情報一つで、戦況がひっくり返ることだってあるんだ」
「な、なんだか、逆転の切り札って感じで格好いいですね!」
「そうだろうそうだろう! そうだ、忍者は格好いい……いいか狐っ子、キヴォトス一の忍者はな、場合によってはキヴォトス最強といっても過言ではない!」
「ふわぁぁぁぁぁ!!!」
キラキラキラキラとイズナの目が輝いてしまいます。
興奮に尻尾や耳が動くのを抑えられません。師匠の語る忍者の役割―――それがこれほどのものだったなんて、まさしく興奮冷めやらぬというやつです!!
「狐っ子がどんな忍者になりたいかはさておき、もしこの先、大事な仲間からそんな役割を任せられたとき、それを果たせるよう鍛えておくにこしたことはないってことだ」
「はい! イズナ、もっともっと頑張ります!!」
「いい返事だ」
ぐりぐりといつものように少し乱暴にイズナの頭を撫でてくださる師匠殿の手。
イズナの頭を鷲掴みにできるくらい大きくて、少しごつごつしていて、少し冷たいけれどきちんと人肌を感じられる優しい手。
「えへへっ!」
師匠殿にこうして撫でていただけると、イズナは心がぽかぽかと温かくなります!
「さて、そろそろ顔を出してやらないといけない場所があってな。今日はここまでだ」
「えっ! も、もう少し一緒に……もう少しだけ、イズナに修行を付けてくださいませんか?」
「はっはっは! そう言ってもらえるのは嬉しいが、悪いな狐っ子……また今度な」
「うぅ……そうですか……でしたら、仕方ありませんね」
「早くあのコースをクリアできるよう訓練に励むんだぞ」
「はい! 師匠殿のおかげで、三分の一くらいはクリアできるようになりましたから! これからもイズナ、頑張ります!」
そう言うと、ぐりぐりとまた撫でてもらえる。時折獣耳を触れられるのがくすぐったい。
ここ二週間の付き合いではありますが、師匠殿はイズナの尻尾や獣耳がお気に入りなのか、時折ジッと視線を送ってくることがあります。なのでおそらく元来動物好きな側面があるのでしょう。こうしてイズナを可愛がってくださるのも、そういう動物的な魅力を感じていただけているのかもしれませんね。
なんとなく女の子として見られているような感じではないので少々不服ではありますが、こうして可愛がっていただけるなら、今はこれで良いのです!
もっと撫でて欲しくて、撫でられる手に頭をぐいぐいと擦り付けてしまいます。
「ふふ、それじゃあまたな」
「……はい! 次回も楽しみにお待ちしてますね! 師匠殿!」
スッと離れていく手に寂しさを感じながら、イズナは笑顔で師匠殿を見送ります。師匠殿を見送る際は、いつも笑顔で密かに決めています。師匠殿とお会いできる頻度はそう多くないので、なんとなく最後の印象は笑顔で締めたいのです。
「ああ、俺も成長を楽しみにしてる」
そう言ってくださる師匠殿の言葉に嬉しさを感じながら、その姿が見えなくなるまで見送ります。
そして、一つ深呼吸をしたイズナは、次師匠にお会いしたときにより一層精進した姿を見せるべく、修行を再開するのでした。
◇ ◇ ◇
イズナと別れて少しの時間を掛け、久しぶりのアビドスへとやってきたソウ。
ホシノにも今から向かうと連絡を入れているので、おそらく校舎にいるだろうと踏んでアビドス高校へと足を運んだのだが……そこで校門の前で校舎の様子を伺っている女生徒を見つけた。
ベージュ色の長い髪、ホシノよりも背が高く、後ろ姿で見てもスタイルの良い女生徒。制服を見てその女生徒が私立ネフティス中学校の生徒だと把握したソウは、彼女の正体が十六夜ノノミであると理解した。
気配を消して、ノノミの背後に立つ。
「何見てるんだ?」
「ふわぁっ!? え、ど、どなたですか?」
「ん、俺は魅旅ソウ、ここの卒業生。そっちは十六夜ノノミさんだな?」
「な、なぜ私のことを……」
「はっはっは、ホシノから連絡が来てたからな。最近よく来てるんだろ?」
「そ、そうですか……」
ノノミは突如現れたソウの声にビクッと驚きに身体を跳ねさせたが、その姿を視界に入れる。自己紹介を受けて、かつ自身のことをホシノから訊いていたという事実もあり、少しずつ平静を取り戻していく。
すると、そんな二人の横……校門の中からヌッと人影が出てきた。
「なにしてるんですか、ソウせんぱい」
「んや、怪しい人影を見つけたからな。これは捕獲しないと思って」
「ええ!?」
「……また来たの? 君も懲りないね」
「あぅ……そ、それは」
出てきたのはホシノだった。
おそらく生徒会室から校門に近づくソウの姿を見て、出迎えにきたのだろう。ノノミの姿を見て呆れたような表情になるが、それと並行してスススとソウの傍に近づいて隣に立った。
ノノミとソウの間を割るようにして、ソウの腕とホシノの肩がくっつくくらいの距離に移動したホシノを見て、ノノミはホシノがソウに対して心を開いていることを理解する。
「それよりソウせんぱい、二週間もどこいってたんですか」
「え、モモトークで毎日連絡してただろ?」
「そういう意味じゃないです。二週間もアビドスをほったらかしてたことを追及してるんですよ」
「はっはっは! なんだ寂しかったのか小鳥遊後輩。悪かった悪かった、ほら外は肌寒いから早く中に入ろう」
「……はい」
ノノミは少し驚いていた。
自分に対してはあれほど冷静かつ鋭い目つきで対応してきたホシノが、打って変わって、突然目の前に現れたこの大人に甘えるような態度を取っていたから。言葉にこそ棘があるものの、ぶつぶつ文句を言いながらもソウの袖を摘まんでくいくいと引っ張る姿はノノミのホシノに対する印象を大きく揺るがすものだった。
―――それほど、この人を信頼しているのか。
アビドス高校の卒業生という大人に、ノノミも少しだけ興味が湧いた。
「ほら、ネフティスのお嬢さんも来い。校門からチラチラ見てるだけじゃ、不審者にしか見えないからな」
「えっ、あ、はい……お邪魔します」
「……変な真似はしないでね」
「うっ……し、しませんから」
ふいに掛けられたソウの言葉に、ノノミは慌てて校門を跨いで中へと入る。
ホシノからの睨みに若干気まずくなりながらも、ソウについていく形で校舎へと足を踏み入れたのだった。