キヴォトスには灯りがある   作:こいし

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アビドスの希望

 ―――アビドス高校生徒会室。

 

 今や衰退の一途を辿るアビドス自治区。その管理者たるアビドス高校生徒会が、今もまだ活動を続けていると知ったのはいつのことだっただろう。

 

 私、十六夜ノノミは、セイント・ネフティス社の令嬢であり、現時点でもその後継者としてその能力を期待されている。突出した才覚がある、というわけではないけれど、それでも私にはおおよそ会社の手綱を握って導いていけるだけの能力はあったらしい。

 このままネフティス中学校を卒業してハイランダー鉄道学園へと進学すれば、後継者としての道は不動のものになることだろう。

 

 ただ、気がかりだった。

 今も尚根気強く活動を続けているアビドス高校生徒会のことが。

 

 アビドスが衰退した原因の大本は、自然現象である砂嵐などの影響で進行した大規模の砂漠化のせい。

 ただ、それ以上に致命的だったのは、アビドス自治区の経済全体を支えていたネフティス社がアビドス自治区復興に失敗し、さらには自社の倒産を防ぐためにアビドスを捨てて撤退してしまったことにある。

 ビジネス的な判断としては、正しかったのかもしれないけれど……その判断によってアビドスの経済は崩壊し、急速に衰退を進めた一手になったのは間違いない。

 

 今やネフティス社は、アビドス自治区全体からの嫌われ者だ。

 

「はい、お茶。淹れ方とかは知らないけど、トリニティで貰った高い紅茶だから多分美味い」

「あ、ありがとうございます」

「うへ……宝の持ち腐れですよ、ソウせんぱい」

「だからたまーにしか出さないようにしてるんだよ」

 

 そんな会社の令嬢である私は、そんな中でもアビドスを守るために活動を続けるアビドス生徒会にはどんな人がいるんだろうと気になって、卒業を間近に控えた今、こうして会いに来てしまった。

 渡された熱めの紅茶をふーふーと冷ましながら、おそるおそる唇をつけて一口。正直味なんて緊張もあってよくわからない。

 

 カップから口を放さずに、飲むふりをしながらちらりと目の前にいるお二人を見る。

 

「またちょっと髪伸びたか?」

「そうですか? 二週間ちょっとじゃ自分でもよくわからないですけど」

「そんなもんか」

 

 背はほどほどに高いという感じだけれど、なんというか存在感が大きいなという印象の大人の男性、魅旅ソウさん。

 そして現アビドス生徒会メンバーの一人、生徒会長である梔子ユメさんが入院されていることは知っているから、現在は唯一の生徒会役員である小鳥遊ホシノさん。

 

 この二週間でホシノさんとは度々接触しているものの、正直警戒されているのが分かって中々踏み込んだ話が出来ないでいた。今日だって、ソウさんが現れなければ今までのように曖昧な接触になっていただろう。

 

「それで、モモトークで報告は受けていたけど……小鳥遊後輩はネフティスのお嬢さんとどれくらい話したんだ?」

「うへ、これといったことは……最初に会ったときに結構強めに追い返しちゃったので、切り出しにくかったかな」

「い、いえ……警戒されても仕方ない立場だとは、自覚しているので」

 

 そうしていると、ソウさんが私とホシノさんの間にある緊張感に気づいてか話を進めてくれた。そういう意味では、大人が間を執り成してくれるのは本当にありがたい。

 

「それで……それじゃあここしばらくアビドス高校の周りをうろうろしてた理由はなんなのかな?」

「その、確かに私はネフティスグループの者です……でも、アビドスの現状は知っているつもりです。アビドス高校が抱えられている多額の借金……その返済に力になれたらと思いまして」

「……借金の返済に?」

「はい……私にはネフティスの後継として自由に使えるこのゴールドカードがあります。これで借金を返済してしまえば……!」

 

 私はここで早速本題に入る。

 このアビドス高校に残されている多額の借金……約3億5000万弱。その全てを返済できるだけの財力が、今私の手の中にある。このゴールドカードさえ使ってしまえば借金は全額返済できるし、アビドス復興に対しても本格的に取り組むことができるはずだ。

 

 そうすれば、アビドス自治区復興にも大きく貢献できる。

 

「必要ないよ」

「え?」

 

 けど、私の提案をホシノさんはそう言って一蹴した。

 

「ど、どうして……!? こうすれば今よりもずっと状況は良くなるはずです」

「……まぁ色々理由はあるけど……まず、そのカードで借金を返済したとして、その返済に充てられるお金はネフティスのものでしょ? となれば、アビドス高校の借金をネフティスが肩代わりした、とそう見られてしまってもおかしくない。事実はどうであれ、そうなればアビドス自治区の実権はネフティスに握られるようなものだよ」

「そ、それは……」

「君の自由に使えるからと言って、そのお金はどこが出しているのかよく考えた方が良いよ」

 

 自分の視野狭窄だった。

 ここにきて出たのは、後継者とはいえ中学生故の未熟さ。お金の流れや利権の位置、それによる立場の変化―――そういったことを考える視野が圧倒的に足りていなかった。

 一つ年上なだけなのに、目の前のホシノさんには私には見えていないものが見えている。経験の差以上に、アビドス高校に入ってからの一年足らずでそこまでの視野を獲得している事実に驚きを禁じ得ない。

 

 ゴールドカードが使えない。

 いや、違う……ネフティスの息が掛かったお金では、事実上借金を返済出来たとはいえない。

 

「アビドスの借金は、アビドスの力で稼いだお金で返済する」

「……ホシノさんがそうしているようにですか?」

「まぁ、気の遠くなるような額ではあるけど、それが真っ当な道だからね。それに、今はソウせんぱいもいるから……君が心配しなくても、きっと返済してみせるよ」

「!」

 

 魅旅ソウさん……ホシノさんが口に出した名前に、ふと視線をソウさんの方へと移す。

 彼はうーんと目を閉じながら、何かを思案するように腕を組んでいる。ホシノさんの言葉を否定しないことから、会話の流れ自体は特に修正するようなこともないのだろう。

 

 けれど何かが気に掛かっているのか、眉をひそめていた。

 

「どうしたんですか? ソウせんぱい」

「んや……そうだな、ネフティスのお嬢さん、今小鳥遊後輩の言ったことは間違っていない。アビドスの借金はアビドス生徒会が返済することに意味がある……だから、君がアビドスの力になりたいというのなら、アビドスの生徒にならないとダメだ」

「!」

「ちょっと、ソウせんぱ……」

「ネフティスのお嬢さんが抱いている心配も、罪悪感も、もちろんありがたく思うが……そこまでしてアビドスの力になりたいなら、アビドスの負債を共に背負う覚悟がないと、結局は他人同然だよ」

 

 ソウさんの言葉に、私は反論できなかった。

 それはそうだと思う。無論、支援するという意味ではアビドス高校に入らなくても出来るだろうけれど、だとしてもこの人達が目指している地点は、ただ単純に借金返済出来ればいいということではない。

 アビドス高校として、正しい手段で、正しい道で、正々堂々と借金を返済しなければ意味がない。自分たちが握っているアビドス自治区の実権を誰にも渡すことなく。

 

 ならば私が支援するとなれば、ネフティスに関与しないお金でなければならない以上、二束三文が精々だろう。アビドス復興のために少々募金する程度の力しかないのだ。それでは意味がない。

 

「……っ」

「ソウせんぱい……少し言い過ぎでは?」

「はっはっは! 事実は認識できてこと意味があるんだぞ小鳥遊後輩。時にはしっかり現実を向き合わないと、痛い目を見るのはお前たちの方だ」

「……それは、そうですけど」

 

 俯く私に、ホシノさんが気の毒に思ったのかソウさんを嗜めようとする。

 けれど、ソウさんは純然たる事実として突き付けなければならない時は突き付けるべきだと言い放った。その反論に、ホシノさんも言い返すことが出来ずに口ごもる。

 

「……俺はまだまだ未熟者だが、これでも大人だ。だから時には子供を守り、間違った道に進みそうなら正してやる責任がある」

「……私は、間違えていると?」

「んや、間違えそうだったってだけだ。お嬢さんの考えた方法じゃ何も救えないということが事前に分かってよかったじゃないか」

「でも、ならどうすれば……」

 

 ぎゅ、と手に持ったカップを持つ両手に力が籠る。

 

「だからネフティスのお嬢さん、もしその覚悟があるのなら……全てを投げ打ってアビドスに来なよ」

「!」

「ソウせんぱい!」

「今は何もないこの学校も、いずれ借金を返済していろんなものを取り戻していく……それができると俺は確信している」

「それは……貴方がいるからですか?」

 

 ホシノさんが勢いよく立ち上がってソウさんを止めようとするけれど、私には彼の言葉に底知れぬ、強い力を感じた。

 なぜそこまで強く言い切ることができるのか。貴方の言う通り、この学校には現状何の力もなく、多額の借金があるだけの崖っぷちも崖っぷち。

 

 ホシノさんがソウさんを止めようとしているのだって、アビドスの未来を考えれば、ここに来ても時間を無駄にするだけで意味がないと半ば思っているからだ。

 

「違う。小鳥遊後輩がいるからだ」

「えっ」

「……ご本人は想定外という顔をされてますけど」

「お嬢さんが知っているように、アビドスの現状なんて入学前から分かることだ。それでもこいつは自分で決めてここにきた……まぁ事情は成り行きかもしれないがそれが事実。そしてアビドス生徒会に入るのを決めたのもこいつで、アビドスの復興のために尽力しようと決めたのもこいつだ」

 

 困惑するホシノさんの頭をぐりぐりと揺らすように撫でながら、ソウさんがどこか誇らしげな表情で語る。

 

「こいつは全部自分で決めてここにいる。辛いことも悲しいことも経験して、それでもここに残った……まだまだ寂しがりだが、それでも芯の強い奴だよ。だから、俺はこの後輩を信じてる―――こいつこそが、これからのアビドスを導く希望だ」

「ソウ、せんぱい……」

「それでも、人は一人じゃ立てない時がある……だから、これからのアビドス復興を信じられるなら……アビドスに入学して、こいつを支えてやって欲しい。他人ではない、後輩として」

 

 ソウさんの言葉にうつむいたホシノさんの肩は、少し震えていた。

 小さな肩に圧し掛かる責任はどれほどだろうかと思うけれど、それでもその震えは喜びを映し出している。ぎゅっと膝の上で握られた拳には、確かな決意の力が込められていた。

 

 後輩としてホシノさんを支えて……そして一緒にアビドスを変える。

 

 そんな未来を想像すると、不思議と胸が熱くなった。

 信じられるかどうか、というよりも、信じてみたいと思った。愚かだろうか? きっとそうだ。大多数の人が、その選択は愚かだと詰るだろう。

 でも、そんな未来を目指すことに私の青春を賭けたっていいじゃないかと、私は思ってしまった。

 

 誰かの意見でもなく、周りの視線や風潮でもなく、自分の意思でそう決めること。

 失敗しても誰かのせいにはできず、思ったようにいかなくても後戻りはできない。それを、人は責任と呼ぶ。私の人生の責任を、私は抱えて生きていかなければならない。

 

 それなら―――

 

 

「ならこれからは……ホシノ先輩(・・)って呼ばないといけないですね☆」

 

 

 ―――私は、私の心が熱くなる方へ進みたい。

 

「はっはっは!」

「……まったくもう……責任は取れないからね、ノノミちゃん(・・・・・・)

「望むところです!」

 

 この人を支えよう。

 この学校で生きよう。

 この道を信じてみよう。

 

 それが今私の決めた、人生の選択だ。

 

 

 




崖っぷちには変わらないけど
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