キヴォトスには灯りがある   作:こいし

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忍び寄るやみ

「いやはや……そちらから持ち掛けていただいたお話ではありましたが、結果を見ればこちらとしても大変利になる話でした。我々からしても、あの男は非常に大きな目の上のたんこぶでしたからな」

「いえいえ、当社としてもかのカイザーグループとご縁を繋げられたというだけで、十分見返りのある話でしたから」

 

 とある一室にて、二人の大人がそんな会話をしていた。

 片方はロボットの身体でありながらも恰幅の良い佇まいの男で、もう片方は動物の身体を持ち、にやついた笑顔を貼り付けた男。どちらも大人ではあるが、どこか怪しげな光を瞳に滲ませる様は、どうしようもなく悪人的だった。

 

「魅旅ソウ……数年前に奴がアビドスへ現れてからというもの、我々カイザーコーポレーションの目的遂行のための事業がぴたりと進まなくなった。挙句の果てには当時9億もあった借金を約3億円になるまで返済してくる始末……学校を卒業し大人になってからも、アビドスにしつこく根付いてあの学校を守り続けている……まったくもって忌々しい」

「ですから、それをどうにかするために我が社と秘密裏に手を組んだ……そうでしょう? 理事」

「その通り……今やアビドス高校の抱える借金など、奴がいる以上あってないようなものだ。利率を何倍に引き上げようが、その気になれば今すぐにでも返済できるだけの蓄えがあるに違いないからな」

 

 動物顔の男に『理事』と呼ばれたロボット顔の男は、アビドス高校が借金をしているカイザーコーポレーションの経営する企業、カイザーPMCの代表取締役を務めている大人である。

 

 通称、カイザーPMC理事。

 

 カイザーコーポレーションの幹部として、衰退しかけていたアビドス高校からの要請により多額の借金を貸し付けた側の人間だ。

 

「にもかかわらず、いつまでも借金を返済しないでいる理由を考えれば、奴の狙いは容易く見抜くことができる……そう、そこが私が見落としていた点だな。そちらからこの話を持ち掛けられなければ、相当手痛い被害を受けるところだった」

「こちらとしても彼には恨みを持つ者は多いのですよ。ですがこちらは比較的新しい企業に過ぎません。彼を脅かせるほどの力はない……故に、利害の一致というやつです」

「何を言う……新参企業でありながら、一部市場においてはカイザーインダストリーですら抜いてトップへ躍り出た新進気鋭の技術力を保有しているのだぞ?」

「いやはや……幅広い事業を展開している大企業であるカイザーコーポレーションが存在している以上、新規企業で成功するなら何か一つで突出しなければ突破口は開けませんでしたから」

 

 フン、と理事は鼻を鳴らす。

 彼の目の前に座っているのは、先の言葉の通り、カイザーPMC理事が今回協力関係を結んだ別企業の代表取締役の男。

 

 企業の名前は―――『リヴァースインダストリー』

 

 無論幅広い範囲での製品やサービスを生産してはいるが、こと重火器産業において、カイザーコーポレーションを抜いてキヴォトスNo1と言っても過言ではない技術力を保有する新進気鋭の企業である。

 重火器を所持するのが常識となっているこのキヴォトスにおいては、その分野でトップを取る意味は非常に大きい武器となる。

 

「さて……この協力関係は、カイザーコーポレーションがアビドスを手に入れるため、全ての憂いを振り払うためのものであり……なおかつそちらにとっても目の上のたんこぶである魅旅ソウを排除するためのものだ」

「ええ、そのために彼の『目的』を事前にこちらに移動させておくことで、彼がカイザーコーポレーションへ攻勢に出た時の隙を生み出す致命的な一手となる……そうですね?」

「その通り……奴の『目的』は徹頭徹尾アビドスにある。であれば、この協力関係が奴にとって致命的な痛手となるのは自明の理だ……クックック」

 

 二人の代表取締役がこうして秘密裏に会談を行う理由は、たった一つ。

 

 魅旅ソウの排除だ。

 

 彼がとっている何かしらの行動が両社に対して邪魔になっており、それを取り除かない限りカイザーコーポレーションは目的を達成することが出来ず、またリヴァースインダストリーも損を得るということなのだろう。

 故にこそ、彼が知らない場所で―――この二社が協力関係を結ぶことになった。

 

「では頼んだぞ……いずれ全ては我々カイザーのものになる」

「はい。その際は是非、我が社との関係が良好になることを願っております」

 

 理事からリヴァース代表取締役へ何らかの書類が手渡され、お互いに握手を交わす。

 ここに二社間の協力関係は成った。

 

 これが今後のアビドス……ひいてはキヴォトスへどのような影響を及ぼすのかは、未だ誰にもわからない―――

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「今日はこんなものかな……」

 

 ノノミちゃんがアビドス高校への進学を決めたあの後から、彼女は一度きちんと卒業するまでに色々やることがあると言ってしばらく顔を見せていない。

 ソウせんぱいも顔を出すようになったから、今まで通りの日常が戻ってきたという感じ。とはいえユメ先輩はまだ目覚めていないから、本当に私の日常が帰ってきたというわけではないけれど。

 

 今日はいつもどおり、お金が稼げそうな仕事を見つけてはこなすだけの一日。

 アビドスは衰退したということもあって、よからぬ輩が色々な場所を拠点にしている。ゲヘナの風紀委員やヴァルキューレといった治安維持組織が機能していないということもあって、荒くれ者も多い。今も尚アビドスに暮らすわずかな人々の平穏を守るためにも、そういった暴れ者を制圧する仕事はやってもやっても終わりが見えないくらいだ。

 

「……」

 

 今日もいくつかの拠点を壊滅させてきた。

 自慢ではないけれど、私は一人でそういった輩の集団を壊滅させられるくらいには強い。ソウせんぱい曰く、キヴォトスでも屈指の実力だという評価だけど、そこまでではないとしてもある程度強いのだという自負はあった。

 

 ふとスマホを取り出して、モモトークを開く。

 ソウせんぱいに仕事が終わった連絡を送って、一度アビドス高校へ帰ることにした。もうじき暗くなるから、このまま帰宅してもよかったのだけど、今日はソウせんぱいがきているから、どうせなら顔を出していこうと思ったのだ。

 

「……うへ、ちょっと疲れたかも。はぁ……あ、おじさんみたいなため息ついちゃった」

 

 とぼとぼと歩く。

 怪我はないけれど、何度も戦いっぱなしだと疲労も溜まるというものだ。弾薬の残りも少ないし、今はゆっくりソファで寝転がりたい気分。

 

 それで、ソウせんぱいにも労ってもらおう。

 

「うへへ」

 

 ふと、ソウせんぱいに言われた言葉を思い出す。

 

 

 ……俺はこの後輩を信じてる―――こいつこそが、これからのアビドスを導く希望だ。

 

 

 嬉しかった。

 あの(・・)ソウせんぱいが、私のことをそう言って認めていてくれたことが、本当に嬉しかったんだ。ノノミちゃんの手前我慢したけれど、あの時は思わず泣いてしまいそうなほどに心が震えていた。ユメ先輩を失いかけたあの日から、私なんてちっぽけで無力な存在なのだと思っていたから。

 

 ソウせんぱいは、それでもそんな私を認めてくれていた。

 

 私がいつか、アビドスを導く希望になっていくのだと……そう信じてくれている。

 

「ソウせんぱい……」

 

 分かっている。

 私の心は今、ソウせんぱいに依存している。

 今の私がまともに立っていられるのは、ソウせんぱいが一緒にいてくれているからだ。ソウせんぱいが明日からアビドスからいなくなったとしたら、きっと私はもう立ち上がれなくなる。アビドス高校のために何かする気力も湧かず、ユメ先輩の病室で虚ろに過ごすだけの抜け殻になるだろう。

 

 だから、ソウせんぱいという心の支えがなくては……私はいつも通りを保てなかった。

 

 けれど、いつまでもそうではいけない。

 いつかは自分の足で立たないといけない。そうでなければ、ソウせんぱいの信じてくれている、アビドスの希望になんてなれやしない。

 

「ユメ先輩……」

 

 いつかユメ先輩は、私のことを奇跡だと言った。

 ソウせんぱいが卒業してから、誰も足を踏み入れなかったアビドス高校にやってきた唯一の新入生。こんな奇跡みたいなことがあるのかと思ったって、そう言った。

 

 二人の尊敬する先輩が……私のことを奇跡と、希望と……そう呼んだ。

 

 嬉しい。嬉しいけど、あまりにも重たい評価だった。

 私は弱いんだ。どれだけ戦いに強くても、私の中身はまだまだ……弱い。

 

「強くならなきゃ……」

 

 先輩たちが信じてくれているように。

 ソウせんぱいのおかげで、アビドスにも少しずつ光が差している。

 借金もソウせんぱいと一緒なら返済していけるだろうし、来年にはノノミちゃんという後輩も出来る。なら私は、頼れる先輩にならないと。

 

「ソウせんぱいは……大丈夫。きっと、いなくならない」

 

 ああ、まただ。

 足元がぐらぐらする。私の心はまだ、不安定だ。かろうじて、均衡を保っていられるだけのつぎはぎ状態。

 

 私にはまだ―――ソウせんぱいがいないと、ダメだ。

 

「ほい、小鳥遊後輩」

「ッ!? そ、ソウせんぱい?」

「仕事お疲れさん。疲れただろ、飲みな」

「あ、ありがとうございます」

 

 そんなことを考えていたら、不意にソウせんぱいが現れた。

 アビドス高校で待っているかと思っていたら、どうやらそうではなかったらしい。

 

「ソウせんぱい……どうしてここに」

「ん? 困った後輩を気遣いにな」

「!?」

「今にも倒れそうな顔だ」

 

 この人は―――大事な時にいつも、傍にいる。

 

「……どうして、わかったんですか?」

「はっはっは! 俺は何でも知ってる……といっても、今回に関してはそう難しい話じゃない」

 

 ちょっと座るか、とすぐそこにあったベンチを指差して、ソウせんぱいは私に座ることを促した。素直に私はそのベンチに座る。

 

「ユメが倒れた後……俺はお前の傍にいるようにした。お前の心が不安定なこと、自責の念に苛まれていること、真面目なお前の性格を考えればすぐに分かったから……そして、そうすればきっとお前は俺に依存するだろうことも、想像ができた」

「……私のこと、よくわかってるんですね」

「はっはっは! 俺じゃなくてユメでもそれくらいのことは分かったよ……それでも、あの時のお前には支えが必要だったし、その形が依存であっても、ああすべきだと思った」

「……」

 

 ソウせんぱいには、たくさんのことが見えている。

 あの状況で、ユメ先輩の病状や私の心理状態、今後のアビドスの運営、周囲の悪い大人たちへの情報封鎖、おおよそ考えなければならない全てのことを想定していたんだ。

 そんな中で最善を尽くしていた。大人になると、これほどまでのことができるようになるのだろうか。

 

「ネフティスのお嬢さんが後輩に入ってくれることもあったし、最近は少し心が安定してきたように見えたから本当ならもう少し早めに話をしたかったんだが……お嬢さんに話した言葉が、お前の重荷になっているんじゃないかとも思って、ちょっとタイミングを見計らってたんだ」

「全部お見通しですね……ちょっと怖いくらいです」

 

 ぽふっと頭に手が乗せられる。

 いつもの揺らすような撫で方じゃなくて、優しく髪を梳くような……そんな撫で方。

 

「さて……何を話したものかな」

 

 ソウせんぱいの声がいつもより少しだけ真面目なトーンに聞こえた。

 




闇と病み
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