キヴォトスには灯りがある   作:こいし

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ホシノのわがまま

「―――なんでそうなるんですか!」

「あー……悪かったから、落ちついてくれよ小鳥遊後輩」

 

 そんな怒声が空気をピシりと凍らせた。

 今日にいたるまで聴いたこともないホシノの怒りに満ちた大声は、生徒会室の外にまで響き渡り、空間を揺らす。

 

「ど、どうしたんですか!? こ、これは一体……落ち着いてください、ホシノ先輩!」

 

 そんな怒声を聞きつけて生徒会室に駆け込んできたノノミが目にしたのは、ソウの胸倉に掴み掛かって怒りの表情を隠そうともしないホシノの姿だった。ギリギリと襟を締めあげんばかりの力に、さしものソウもホシノの腕をタップして落ち着かせようとしている。

 ノノミはそんな様子に状況はわからないものの、ひとまずはホシノを落ち着かせなければとホシノの両肩を引いた。

 

 暴れ散らかさないだけの理性はあるのか、はたまたノノミがやってきたからか、フーフーと自身を落ち着かせるように鋭い息を吐きながら、ホシノは一旦ソウの胸倉から手を放して一歩足を引く。

 

「一体何があったんですか―――あれ?」

「……ん」

「えっと、この子は?」

 

 状況が落ち着いたのを見てノノミはひとまず胸を撫でおろし、事情を聴こうとした。だが、その瞬間すぐそばに二人とは別の人物がソファに座っていることに気付いた。

 そこにいたのは灰銀の髪、ブルーの瞳、狼の獣耳が生えている少女だった。

 

「えっと……」

 

 余計に状況が分からなくなったノノミは困惑の声をあげる。

 この場がこうなってしまったのは、つい数時間前まで時間を遡る―――――

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 今日は冬も真っただ中、雪の降る肌寒い日だった。

 アビドスのみに関わらず、キヴォトス中でコートやマフラーといった防寒衣装がデフォルトとなっている季節。ホシノやソウも、制服や私服の上からコートやマフラーを身につけて過ごしていた。

 

 ホシノがソウに深く心を許すようになってしばらく、以前よりもソウと一緒にいる時間が増えたホシノは、本日もソウと共にアビドスで過ごすことになっている。

 先んじて生徒会室へと到着したホシノは、暖房を起動させながらソウの到着をまっていた。後々ノノミもやってくるとモモトークで知らせを受けていたが、彼女の姿もまだない。

 

「うへ~……さむさむ、雪も砂も積もっていやになっちゃうよ」

 

 暖房の温かい空気を若干手で仰ぎながら、ホシノは備え付けのブランケットを羽織って座る。いそいそと何かの書類を取り出して、確認作業を開始した。

 本来ならもう少し遅く登校してもよかったのだが、ソウと少しでもゆっくり長く過ごすために、ここ最近のホシノは朝早くから登校してある程度の仕事や作業は終わらせるようになっていた。

 

「え~っと……次は……」

 

 だんだん温かくなってくる部屋の温度を感じながら、ホシノは淡々と書類を片付けていく。アビドス自治区内に起こったトラブルや不良組織の情報整理、最近の収支の記録、今後片付けなければならない仕事の一覧、何度目になるかわからない連邦生徒会への支援要請書……諸々の情報を捌きながら過ごしていれば、時間はすぐに流れていく。

 

 ふと一段落してホシノが時計を見ると、登校してから一時間半ほど経過していた。そろそろソウが顔を出してもおかしくない時刻になっている。

 

「ん~……ふぅ」

 

 ぐいーっと身体を伸ばすようにして、ホシノは小さくため息をつく。

 すると、自分と同じく寒さの中やってくるわけだから、入ってきたときに温かい飲み物でも渡せるようにお茶を淹れる用意でもしよう、そう考えた。

 

 立ち上がり、お湯を沸かすために電子ポットに水を入れてカチッとスイッチを押す。そしてティーパックどこだったかなと戸棚を開けた。

 

「!」

 

 すると、廊下の方から足音が聞こえてきた。

 ソウがやってきたのだろうとすぐに表情を綻ばせるが、よく聞くと足音が二つある。ノノミが一緒なのだろうかとも思ったが、一方の足音は裸足なのかぺたぺたと肌を叩く音をしていた。ノノミなら靴を履いているだろうから、これはノノミではないだろうと思う。

 

 では誰が―――?

 

 その答えが出る前に、ガチャリと生徒会室の扉が開いた。

 

「今日も早いな小鳥遊後輩」

「……おはようございます、ソウせんぱい……えっと、その子は?」

「……」

 

 姿を見せた二人の内、一人は予想通りソウだった。

 そしてもう一人。挨拶をしながら入ってくる彼の後ろ、背を押されるようにして部屋に入ってきたのはホシノの知らない少女。

 

 薄汚れた灰色の髪、狼のような獣耳、無表情だがブルーの瞳をした少女だ。

 

「校舎の近くで縮こまってたから、拾ってきた」

「拾ってって……そんな、動物かなにかじゃないんですから……えーっと、君名前は?」

「ん……砂狼、シロコ」

 

 砂狼シロコと名乗った少女は、ホシノに対して何か見定めるような視線を送りながらもソウの服の裾をぎゅっと握っている。

 

「なんかボロボロだけど、どうしたのこれ」

「ああ……それはちょっと襲い掛かられたから、軽く投げ飛ばしちゃって」

「え!?」

 

 想像していなかった事情にホシノは驚きの声を上げ、目を丸くしてシロコを見る。

 

「ん……私は私より弱い相手には従わない……なんど攻撃を仕掛けても歯が立たなかったから、仕方なくついてきただけ」

 

 すると、シロコは何でもないことのように戦闘民族のようなことを言い出した。

 どこの制服なのかもわからないぼろ布の隙間から見える肌は薄汚れていて、一件ホームレスのような出で立ちであるが、そんな状態でソウに襲い掛かったというのだからますます訳が分からない。

 

「えぇ……ま、まぁそんな恰好じゃ寒いでしょ。とりあえずこれ温かいお茶飲んで……ほら座ってブランケットも使っていいから……あとは、襟元心もとないし……このマフラーも巻いておきなよ」

「……うん」

 

 ホシノはとりあえず寒そうな出で立ちを見て、ちょうど入れるための準備をしていたお茶を渡しソファに座らせると、その首に自分の青いマフラーを巻いてやる。

 シロコはホシノの優しさを受けて無言だったが、巻かれたマフラーに触れると、温かそうに小さく頷いた。

 

「俺にもお茶貰えるか、小鳥遊後輩」

「はい、どうぞ」

「ありがとう……ずず……ふぅ……ちょっと話をしたんだが、どうやら名前以外の記憶がないみたいでな」

「き、記憶喪失ですか? うへ……最近の流行りなのか分からないですけど……私はそういうのには疎いんですが……」

「まぁ、実際見るとなるとそうそう体験するものじゃないしな」

 

 そうしてソウに向き直ったホシノに、ソウは知っている限りのシロコの事情を説明する。襲われて軽く投げ飛ばしたという一幕を聴きたいところではあったが、それ以上の重めな事情が出てきてホシノも困惑を隠せなかった。

 そんな事情を聴いて、おそるおそるといった様子でお茶を飲むシロコをチラ見しつつ、ホシノはどうしたものかと苦笑する。

 

「まぁだから、アビドスで面倒みるのがいいんじゃないかと思ってな」

「……ノノミちゃんと一緒でアビドスに入学させるってことですか?」

「あくまで選択肢としてな。少なくともシロコ自身がそうしたいって言うなら断る理由はないだろ?」

「確かにそうですけ、ど――――は?」

 

 ソウの言葉に若干複雑そうな表情を浮かべるホシノだったが、ソウの言葉に何か引っかかったのか、唐突に目を見開いてソウの顔を見上げてきた。

 

「ん? ……どうした?」

「今なんて言いました?」

「え? ……いや、あくまで選択肢としてアビドスで面倒見てやるのもいいんじゃないかって……」

「そのあと」

「? ……シロコ自身がそうしたいって言うなら?」

「は?」

 

 ホシノの目が一気に鋭くなった。

 ソウは急に怒りを露わにするホシノに少し気圧されながらも、何がホシノの癪に障ったのかと困惑する。

 

「……は? は?_は?」

「ど、どうしたんだよ小鳥遊後輩」

「!!!」

 

 またばきを一度した程度の刹那――――ホシノの両手がソウの胸倉を掴んでいた。

 

「うげっ」

「―――なんでシロコちゃんは名前呼びなんですか?」

「え、ええ? いや、なんとなく……?」

「私の時も、ノノミちゃんの時も、初対面の時は名前呼びじゃなかったじゃないですか。ユメ先輩だって最初はそうだったって……なのになんでシロコちゃんだけ?」

「お、落ちつけよ小鳥遊後輩……別に特別な意味はないし……」

 

 声色自体は、いつもどおり落ち着いているホシノ。だが、その表情や言葉の端々から感じられる圧力に、ソウは珍しくたじろいでしまう。

 ホシノが引っ掛かったのは、ソウがついさっきであったばかりのシロコのことを名前で呼んでいたことだった。

 

 ホシノ自身もそうだが、ユメもノノミも、初対面時から変わらずソウから名前で呼ばれたことはないと、彼女は認識している。またユメが名前呼びになるまではそれなりに時間が掛かったと聞いていた。

 だからホシノは気長に待ちながらも、ひそかにソウには名前で呼んで欲しいと思っていた。最近は特にソウに対して心を許してきたこともあって、その気持ちがより強くなっているのも自覚している。

 

「どうして……?」

 

 ノノミもシロコも、ソウとの付き合いは自分より圧倒的に短い。

 だから次に名前呼びに変わるのは自分だと思っていた。事実呼んでくれとストレートに言ってもホシノやノノミに対する呼び方は変わらなかったし、ソウの名前呼びに対する意識は本当に親しくなった人限定のものなのだろうと思っていたから。

 

 なのに、出会ったその日の内にシロコのことは名前呼び。

 

 納得がいかなかった。

 

「シロコちゃんが良いなら、私だって……私、名前で呼んでくださいって何度も言いましたよね」

「いやまぁそうだけど……特に意味はないって」

 

 ソウはどうどうと手で落ち着かせるようにそう言ったが、それがホシノの怒りのスイッチを完全にオンにするきっかけになってしまった。

 

「―――なんでそうなるんですか!」

「あー……悪かったから、落ちついてくれよ小鳥遊後輩」

 

 ―――そして時間は現在へと戻ってくるのである。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ノノミはなにがあったのかの事情を知って、呆れたように大きくため息をついた。

 要するにソウのデリカシーが欠けていたせいで、我慢の効かなくなったホシノが激怒したということなのである。

 

 確かにノノミとしても、ソウから名前で呼ばれないことの疑問はあった。

 だがしかし、付き合いの長さで言えばさほど気になるような事柄ではない。むしろ、もう一年弱と付き合いの長いホシノがいまだに名前で呼ばれていないことの方が、疑問に思えてしまう。

 

 ソウ自身の意識の問題なのか、それとも何か名前で呼べない理由があるのかそれは定かではないが、さすがにホシノが可哀想かなと思ったノノミは、そっとソウに声を掛けた。

 

「ソウさん……ここはホシノ先輩を名前で呼んであげてもいいのでは?」

「まぁ……そうだな……そろそろ、いいかもな」

「!」

 

 ソウの言葉に不貞腐れたように俯いていたホシノがバッと顔を上げた。その表情は期待に満ちており、念願の欲しいものを目の前にした子供のようにキラキラした目をしている。

 

「……悪かったよ、ホシノ……これからは名前で呼ぶから、機嫌を直してくれ」

「……うへ、わかりました。私こそ、癇癪起こしてすみませんでした」

 

 お互いにぺこりと頭を下げる二人。ソウは気まずそうにしているが、ホシノの表情は初めて見るくらいに上機嫌な様子だった。

 ノノミはそんなホシノを見て、微笑ましいとばかりに笑みを浮かべる。

 ホシノが自分と一緒にいるときには見せないような姿。

 

 ―――ソウに対してだけ行われる、ホシノのわがまま。

 

 それはまさしく、ホシノがソウに対して本当に心を許しているのだろうなとノノミに感じさせる光景だった。

 

「ん……これおかわり欲しい」

「あ、はい……ちょっと待っててくださいね☆」

 

 だからだろう……少しだけ、ホシノがその余韻に浸る時間を作るように、ノノミはシロコの相手をするのだった。

 

 




嬉しいね、ホシノ
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