キヴォトスには灯りがある   作:こいし

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小鳥遊ホシノの独白

 ソウせんぱいと出会ったのは、私が入学してから数ヵ月―――アビドス高校でユメ先輩と出会い、過ごして、ちょうどこんな学校生活も悪くないかな、なんて思い始めてきた頃だった。

 

 最初は怪しい大人が我が物顔で教室でくつろいでいたから、警戒心を最大にして銃口を向けたものだ。何者だ、なんて問い詰めても、せんぱいは表情一つ変えることなく鼻を鳴らすだけ。そのふてぶてしい態度がますます怪しいと思った。

 ソウせんぱいは普段通りだったのだろうけど、私とせんぱいは銃口を向けている側と向けられている側で膠着状態に陥って……結局ユメ先輩がわー! っと慌てて仲裁しにくるまでそのまま。

 

 そんなファーストコンタクトだった。

 

「えっとね、この人はソウ先輩。私が一年生の時の三年生で、アビドス高校の前生徒会長だった人だよ!」

 

 膠着状態が解かれ、ユメ先輩からそうして紹介された時は、そこはかとなく動揺した。前生徒会長の話は、ユメ先輩からもちらほら聴かされていたから。

 ユメ先輩がアビドスに入学したとき、このアビドスにはソウせんぱいしか在籍する生徒がいなかったそうだ。だから、必然的に生徒会長を務めており、卒業の前に当時一年生だったユメ先輩へとその座を引き継いで学校を去ったのだと。

 

 曰く、ソウせんぱいはとても聡明で、右も左もわからないユメ先輩に様々なことを教えてくれたらしい。

 曰く、多方面に優れた人物で、まさに生徒会長然とした人物だったらしい。

 曰く、曰く、曰く―――……

 

 それはもう話題に出てこない日がないくらい、ユメ先輩はことあるごとにソウせんぱいの話を聞かせてくれた。相当敬愛していたんだろうな、と顔も知らなかった私にもそう伝わるくらいに。

 ユメ先輩はソウせんぱいの話をするときにあまりに楽しそうだった。

 

 そんな人物が突然目の前に現れたと知って、動揺しない方がおかしい。

 

「っすみません……知らない男性だったので、つい銃を向けてしまいました」

「……んや、気にしなさんな」

 

 慌てて銃を下ろすと、ソウせんぱいは気にした様子もなく淡々とそう返してきた。

 まるで銃口を向けられることに慣れた風な様子だった。

 

「君が小鳥遊ホシノか……ユメからちょこちょこ話は聞いているよ。可愛い後輩が入ってきたって大層喜んでいたからな。俺は魅旅ソウ……ユメの言った通り、ここのOBだ。よろしくな」

「いえ、その……はい。小鳥遊ホシノです……よろしくお願いします」

「はは、良かったなぁユメ。しっかりしてそうな後輩が入ってきてくれて。お前一人じゃどうも不安が残ったからな」

「ひどいソウ先輩! 私だってやるときはちゃんとしてますからね! ね? ホシノちゃん!」

 

 私がぺこりと頭を下げながら挨拶を返す様子を見て、ソウせんぱいはカラカラと笑いながらユメ先輩をからかった。普段からおっちょこちょいだけど、それでも年上の先輩としての印象があったから、後輩のユメ先輩の姿を見るのは新鮮だった。

 だからだろうか、この時の私がほんのちょっとだけ、意地が悪くなってしまったのは。

 

「ユメ先輩はいつも頼りないです」

「ええええホシノちゃんひどーい!」

「はっはっは!」

 

 二対一で攻められたユメ先輩がいつものようにひぃんと泣き声をあげる。

 対してソウせんぱいはそんなユメ先輩を見て、ああ可笑しいとばかりに一層大きな笑い声をあげた。そんな二人の様子がおかしかったのか、つられて私も少しだけ気が緩んだのが分かる。

 

 その瞬間、ソウせんぱいとぱちっと目が合った。

 

「ふふ、どうやらユメは相当良い後輩に恵まれたらしい。アビドスに来てくれてありがとうな、小鳥遊後輩」

 

 そう言って微笑むソウせんぱいの優しい言葉に、私は思わず息を詰まらせる。

 ユメ先輩が敬愛する人にそう言われたのが嬉しかったのか、それとも褒められたことが単純に照れ臭かったのか、キヴォトスでは見慣れない大人の男性と目が合って緊張したのか、もしくはその全部か―――咄嗟に声が出なかった。

 

 かろうじて捻りだしたのは、か細く短い返事だけ。

 

「ど、ども……」

「まぁ、これからもちょくちょく顔出すと思うから、顔だけでも覚えてくれれば助かるよ」

「そ、それはもちろん」

 

 今思えば最初から、ソウせんぱいは不思議な人だった。

 私が大人に対して強い忌避感を抱いていることも、初めて会う人には人見知りすることも、分かっていたような気がする。

 

「そうだ、土産を持ってきたんだ」

「え! やったー! なんですか?」

「まぁ待て待て」

 

 この時の私は気づかなかった。普段の私だったらユメ先輩の知り合いだからといって、ここまで警戒を解くことなんてしなかったはずなのに。何故だかソウせんぱいに対しては、ほのかに心を開きつつあったんだ。

 ユメ先輩に沢山話を聞いていたからかと思ったけど、そうじゃない。

 

 きっとソウせんぱいは、私が近づいてくるまで待ってくれる人だった。

 

 それは大人の余裕だったのかもしれないし、単にコミュニケーション能力が高いだけだったのかもしれないし、もしかしたらこれがユメ先輩の言う生徒会長然としたカリスマ性だったのかもしれない。

 それでも思わずそばにいきたくなるような、そんな器の大きさを感じていた。

 

「ほら、トリニティに行ったときに買ってきたなんとかってお店のお菓子だ」

「えー! なんかおしゃれな包装! 見てホシノちゃん!」

 

 そっとせんぱいの近くに歩み寄る。

 

「どれですか? わ、ほんとですね」

「今日は小鳥遊後輩に初めて会えると思ったからな、先輩は少し奮発したぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 ソウせんぱいは傍に近づいてきた私を受け入れるように手元のお菓子を見せてくれる。なんだか絆されている気がするなぁと思いながら、それでもなんとなく嬉しさを感じている自分がいるのも確か。

 

「ソウせんぱい……って呼んでもいいですか?」

「ああ、好きに呼んでくれ」

「はい」

 

 そんな会話をする私を、ユメ先輩はニコニコと見つめていたと思う。思うっていうのは、照れ臭くてユメ先輩の方を見られなかったから。

 

 ともかく、初めてソウせんぱいに会ったときに私は、ユメ先輩が敬愛するソウせんぱいを目の当たりにして―――確かに、ユメ先輩がいうだけの人だったなと思ったんだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 唐突だが、私の通うここ、アビドス高校には―――莫大な額の借金がある。

 

 というのも、数十年前はキヴォトスでも一番力のある巨大な学校だったそうなのだが、突如として始まった砂嵐の影響で街は枯れ、人が去り、立て直そうにも財政に限界が訪れ、借金に手を伸ばすも立て直すことが出来ず、じわじわと衰退の一途を辿るばかりになってしまったのだ。

 そうして現在まで残ったのは広大な砂漠に呑まれた街と、莫大な額の借金。

 

 アビドス高校も本校舎が砂に埋もれ、今では旧校舎に通うしかないような状態だ。

 

 その額なんと、約3億5千万円

 一介の高校生たちが集まったところで到底稼ぐことなどできないような金額である。

 

「改めて……意識が遠くなるような話」

 

 私とユメ先輩はそんな借金を返すべく、様々な仕事をこなしているものの、私たちの稼ぎでは毎月利息分を返すので精一杯なのが現状。ユメ先輩の話では援助してくれる人もいて、おかげで少しずつ借金を減らせてはいるそうだが、それでも途方もない話なのは変わらない。

 どうやったらこの状況を覆せるのか、日々頭を捻って考えるものの……結局いいアイデアなんて浮かばなくて、時には苛立ちも覚える。

 

「入るぞー……小鳥遊後輩、一人か?」

「! ソウ先輩、いらっしゃったんですね。はい、ユメ先輩は仕事で出かけてます」

「そうか、相変わらず頑張ってるんだな。で、借金はどれくらい減ったんだ?」

「えと、まだ全然……3億なんて額どうやって返せばいいのか見当もつかなくて」

「なんだ小鳥遊後輩、しょげてるのか?」

 

 たはは、と苦笑しながら言うと、ソウせんぱいは何でもないことのようにカラカラ笑ってくる。しょげている……まぁ確かに気分が落ちているのは確かだ。

 でも仕方がないことだと思う。

 こんな状況で何をどうすればいいのかなんて、誰にもわかりっこない。

 

「良いこと教えてやろうか、小鳥遊後輩」

「……なんですか?」

「俺が在籍していた時の借金の額、知ってるか?」

「え……?」

 

 ソウ先輩がアビドスにいた頃は、ユメ先輩が一年生の時だから……二年前?

 

「―――9億円あったんだ」

 

 ガタン、と音を立てて私は立ち上がった。

 9億? 聞き違いかと思うような話だった。私たちが今苦しんでいる額の約3倍の借金が、ソウせんぱいのいた頃には残っていたという。

 

 それを、卒業までに三分の一にしたってこと?

 

 どうやって?

 

「ははは、凄いだろう? もちろん、犯罪や法外な仕事に手を染めたわけじゃない。いたって真っ当な方法で、俺はおよそ6億円の借金を返済した」

「そんな馬鹿な……どうやって」

「それはまだ秘密だ。色々事情があってな」

 

 けれど一番聞きたい部分は秘密だと言って教えてはくれないせんぱい。

 あまりにも衝撃的な事実に、私は開いた口が塞がらなかった。

 

 だがせんぱいは意地悪でどうやってそれをやったのか教えてくれないわけじゃないと、真っ白な頭でもなんとなく理解できる。ならば何故その事実だけを教えてくれたのか、だんだんと冷静になってきた頭で考え始めた。

 

「いいか小鳥遊後輩―――借金を返す方法は、探せばあるんだ。俺はその中で実現できそうな手段を探して実行した」

「探せば、ある……」

「そうだ。まぁ色々大変だったけどな……」

 

 遠い目をするソウせんぱい。

 よくわからないけど、きっとそれを成し遂げるには並々ならぬ努力があったのだろう。今の私にはユメ先輩がいたけれど、当時のせんぱいには、ユメ先輩が入学するまで仲間はいなかったと聞く。

 たった一人で9億円の借金を抱えたアビドス高校を支え、そして見事に負債を大きく減らした状態でユメ先輩へとタスキを繋いでみせた。

 

「学べ小鳥遊後輩。お前にはまだいろんな知識や力が足りていないだけで、このアビドスにはまだ、チャンスを生み出すための力が残ってる」

「……はい」

 

 学ぶ。

 そうだ、私たちは今、この手の中にあるものではどうしようもできない問題を抱えている。ならば、この手の中にないものにがむしゃらに手を伸ばさないといけない。

 チャンスを、選択肢を生み出さなければ未来を拓けないんだ。

 

 ソウせんぱいが聡明なのはきっと、それだけ多くを学んだからだ。

 

 私たちがまだ知らない方法を知るべきなんだ。

 

「ありがとうございます。ソウせんぱい……ちょっとだけ、やる気が出てきました」

「ふふ……これはユメには卒業する時に言ったんだけどな」

「?」

「俺は中途半端は嫌いなんだ……だからやるなら最後までやる。あんまりもたもたしてると俺が借金をどうにかしちまうから、できるならぜひ在校生の力でどうにかしてくれ」

 

 いたずらに笑うソウせんぱいは、言葉通り本気で自分が残した借金問題をどうにかしてしまえるようだった。

 じゃあソウせんぱいが全部やってくれたらいいのに、なんて思うけど―――きっと、ソウせんぱいは私たちの努力が報われることも、同じくらい願ってくれているのだ。

 

 だからきっと、これは競争だ。

 

 私たちアビドス生徒会が返すか、卒業生であるソウせんぱいがどうにかしちゃうのか。

 

「……ふふふ」

「ははっ、借金なんて大したことない問題に思えてきただろ?」

「そうですね……どちらが成し遂げるにしたって、結局いずれどうにかできてしまえる問題なら、なんてことないですね」

「そうだ。折角の高校生活なんだ―――楽しまないとな!」

 

 一人で9億の借金を抱えたソウせんぱいを想像して、さっきはきっと過酷な日々だっただろうな……なんて考えた。

 けど違う。

 きっとソウせんぱいは今と変わらず、借金を返せるかどうかに不安を抱くんじゃなく、どう返すかを試行錯誤する日々を楽しんでいたのだろう。

 

 だから私達にもそうあって欲しくて、ユメ先輩にも、私にもこの話をしてくれた。

 思い悩まず、日々を楽しんで、高校生活がつらく苦しい時間だったと思い返さないで済むように。

 

「つくづくソウせんぱいは……先輩ですね」

「? どういうこと?」

「なんでもないですよ」

 

 私は本当に恵まれていると思う。

 いつだってキラキラした夢や理想を語って、温かな笑顔で私の手を引いてくれるユメ先輩がいて、つらく苦しい現実や不安をその背中でかき消して、いつだってこちらを安心させくれるソウ先輩がいる。

 

 こんな素敵な先輩たちがいて、不満なんかありえない。

 

 

 ―――アビドス高校に入って、本当によかった。

 

 




幸せそうだね、ホシノ。
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