幕間 小鳥遊ホシノの変貌
―――シロコちゃんとノノミちゃんの入学式から、一年と少しの時間が経った。
季節は再度一周巡り、アビドス高校には新たに黒見セリカちゃんと奥空アヤネちゃんという二人の新入生がやってきた。ほんのささやかではあるけれど、少しずつアビドス高校にも活気が出てきたように思う。
ユメ先輩と二人だった頃に比べれば、雲泥の差だ。
現在のアビドス高校の在校生は、六人。
ユメ先輩は未だ目を覚ましておらず、結局二度目の留年処置となっているため、ついに私はユメ先輩と同学年になってしまった。
早く目覚めて欲しい―――このまま目を覚まさなければ、卒業と同時に私は先輩を追い越してしまうというのに……。
私の名前は小鳥遊ホシノ、このアビドス高校に通う唯一の三年生。
このアビドス高校廃校対策委員会の委員長だ。
アビドス高校の抱える借金問題も、復興対策も、まだまだやらないといけないことは沢山あるけれど……それでも後輩たちのため、アビドスのために、私はみんなの手を引いて導き守っていかなければならない。
そう、頼れる先輩として―――!
「うへ~」
「いつものことだけど……ホシノ先輩のあれは前からずっとそうなの?」
「あ、あはは……以前はあそこまでじゃなかったんですけど、年々距離が近くなってますね~☆」
「ん、ホシノ先輩はソウ先輩がいるときはいつもそう」
セリカちゃんやアヤネちゃんたちがこのアビドスに来てから少しの時間が経って、この生活にも慣れてきたように思う。
私は今、対策委員会の部室にあるソファに寝転がって溶けていた。
セリカちゃんが私の姿を見てどうにも呆れたような声で疑問を投げるも、ノノミちゃんやシロコちゃんには諦められているのか、その返答にため息をつかされるだけだったらしい。
「えっと、私が来た時には既にこうなってましたからね……あはは」
「でも、みんな揃いましたし、そろそろ起こしましょうか☆」
すると、ノノミちゃんがそう言って近づいてくるのが分かる。
彼女はゆさゆさと私の身体の
「ソウ先輩♪ そろそろ起きてください」
「んん? ……ああ、もうそんな時間か……ん? ホシノ、またお前」
「うへ~……ソウせんぱいが無防備に寝てたので」
「ねぇ、やっぱりおかしいわよね? ソウ先輩相手とはいえ男の人の上に寝そべってるのって」
「う、うーん……普段は真面目だから、ホシノ先輩にとってソウ先輩がそれだけ特別なんじゃないかな?」
後輩たちの呆れた声に、流石にだらしないかと起き上がる。
ソファに横になっていたソウせんぱいの胴体に馬乗りになった体勢で、私はぐいーっと両腕を上げて体を伸ばした。
「ん、ん~! はぁ、おはようみんな。おじさん、今日は早起きしちゃったから眠くってさぁ」
「ねぇアヤネちゃん、あんなこと言ってるけど絶対ソウ先輩にくっつきたかっただけよね?」
「思っても言わないのが気遣いだよ、セリカちゃん」
なにやらこそこそと話している一年生たちを横目に、私は自分の下にいるソウせんぱいの胸に再度頬を付ける。眠るつもりはないが、起き上がるつもりもないのだ。
「おい、ホシノ」
「なんですか?」
「いや起きたなら下りろよ」
「いやです」
「このっ……!」
「いーやーでーす」
ソウせんぱいが私を振り落とそうとするが、私は全身でソウせんぱいを抑え込む。ソウせんぱいは戦闘能力自体は非常に高いし、一対一で勝負すれば正直私も勝てるかわからないくらい、戦いにおける駆け引きが上手い。
けれど、とはいえソウせんぱいはヘイローを持たない身。
単純に力比べであれば、圧倒的に私の方が上なのだ。こうしてマウントを取った状態からよーいドンで始めるなら、ソウせんぱいは私の抑え込みから逃れる術はない。
その証拠に、歯を食いしばって全力で私を払いのけようとしているソウせんぱいに対し、私は笑みを浮かべる余裕すらある上に、抵抗受けてなお微動だにしないでいる。
「ソウせんぱい、力じゃ私には勝てないですよ」
「ぐぐぐ……っはぁ……はぁ……ったく背丈は伸びないくせに力ばっかり強くなりやがって」
ソウせんぱいは諦めたように脱力してため息をついた。
全力の抵抗だったのか、少し息を乱しているソウせんぱいは寝起きなのも相まってなんとなく色っぽい。
「ホシノ先輩、ソウ先輩に夢中なのは分かりましたからそろそろ対策会議を始めますよ」
「ん、そうだねぇ。おじさんちょーっとふざけすぎちゃったかも」
アヤネちゃんの声にハッと我に返るも、表情には出さないようにして苦笑する。
流石にこれ以上は威厳ある先輩のイメージが崩れかねないと判断して、ソウせんぱいの上から下りる。結局下りるんじゃないかと呆れた様子でソウせんぱいも体を起こし、ソファから足を下ろして座りなおした。
「それじゃあ、始めようか」
「はい、では改めて―――アビドス高校対策委員会、対策会議を開始します!」
全員の準備が出来たのを見て、一年生ながら会議を取り仕切るアヤネちゃんが会議の開始を宣言した。
◇◇◇
会議の結果、対策委員会は借金を解決する逆転のアイデアが浮かぶわけもなく、結局はいつも通りにバイトや治安維持による報奨金でお金を稼ぎつつ、校内の事務仕事などを行うことで落ち着く。
ソウはその会議の結論を見守ったのち、用事があるとアビドス校舎を出ていき、ホシノもまたパトロールをしてくるとソウの見送りついでにそのあとをついていった。
部室に残されたのはホシノを除いた対策委員会の四人。
部屋を出ていったソウとそれを追いかけるように出ていったホシノを見送った四人は、少々の沈黙のあとにくすくすと笑いだした。
「ほんと、ホシノ先輩ってばソウ先輩のこと大好きよね」
「ん、最近は特にそれが顕著に出てる」
出てくる話題はやはりというか、ホシノとソウの関係性についてだった。
ホシノがいない場においては、この話題が会話に挙がることが非常に多い。恋バナというには少々ずれている気がしないでもないが、それでもこういった話題を好むくらいには彼女たちは女子校生なのである。
「私とセリカちゃんが入学したときにはもうあんな感じでしたけど、いつからああなんですか?」
「うーん……この中では私が一番古い付き合いですけど、初めてお会いしたときにはホシノ先輩はソウ先輩にべったりでしたよ?」
ノノミの返答にそうなんだ、と神妙に頷くセリカ。
同じ二年生であるシロコもまた、初めて出会った日のことを思い出して、今でも印象的な出来事を語る。
「ん……私が初めて会ったときは、ソウ先輩が私のことを最初から名前呼びしてたから、ホシノ先輩が嫉妬して怒鳴り散らしてた」
「ああ、そんなこともありましたね~☆」
「ええ!? ホシノ先輩が怒鳴るなんて想像つかないですけど……」
ホシノの意外なエピソードに驚きを隠せないアヤネ。
シロコは今ではホシノの人となりを深く理解しているからこそ、当時を思い返すと、あの時のホシノは本当に激怒していたんだなと分かる。それこそシロコやノノミの目が合っても抑えきれないくらいには、譲れない逆鱗に触れてしまったのだ。
「そういえばソウ先輩ってホシノ先輩とシロコ先輩以外名前で呼ばないわよね。なにか理由でもあるの?」
「特に深い意味はないらしいですけど、シロコちゃんを除けば、それなりに親しい関係にならないと名前呼びしないみたいですよ?」
「なにそれ、じゃあ私たちとは仲良くないってこと?」
「ん……そういうわけじゃないと思う。ソウ先輩は後輩の私たちのことを大事に思ってくれてる」
「ですね~、単純に年下の女の子を名前で呼ぶのは気が引けるだけかもしれませんよ☆」
話題の流れがホシノからソウの名前呼びしない理由に切り替わっていく。
とはいえソウの心の中が分かるわけでもないのでその理由については想像にすぎないのだが、未だソウと関わる期間が短いセリカからすれば、自分たちに対して心を開いてくれていないのかと不満を抱くのも仕方がない。
そんなセリカの溢した不満に対して、シロコやノノミが苦笑しながらもそうではないとフォローを入れた。
そうすると、今度はホシノのことに話題が戻っていく。
「にしたってホシノ先輩よ。ソウ先輩のいない時だと頻繁にソウ先輩の話をするわよね」
「ふふふ、ソウ先輩があんなことをしたとか、こんなことをしてくれたとか、事細かに話してくださるから、入学したばかりの私たちもすっかりソウ先輩に詳しくなってしまいましたね」
「ん、ホシノ先輩はソウ先輩大好きだから」
「でもホシノ先輩もユメ先輩から頻繁にソウ先輩の話をされていたらしいですし、それだけソウ先輩が先輩方に愛されてるってことですね☆」
対策委員会の後輩たちは、唯一の三年生であり、自分たちのリーダーである委員長のホシノに尊敬の念を抱いている。
ソウという支援者がいたとはいえ、彼女たちにとってはたった一人でアビドス高校を支えてきた偉大な先輩だ。もっと言えば不良学生たちの襲撃に対しても、いつだって最前線に立って戦い、その小さくも大きな背中で自分たちを守ってくれているのも大きい。
小鳥遊ホシノという先輩を尊敬し好意を抱いているからこそ、その感情を前提に敬愛する先輩の可愛らしくも困った一面を愚痴るのが楽しいのだろう。
「ただ、失礼かもですけど、ソウ先輩の後ろをちょこちょこついていくホシノ先輩はちょっと可愛らしいですよね」
「ふふふ、そうですね~……ホシノ先輩は威厳のある先輩らしくいたいみたいですけど、どうしてもソウ先輩が傍にいると甘えたい欲が出ちゃうんでしょうね☆」
「ん……私達相手だと一人称がおじさんなのに、ソウ先輩相手だと一人称が私になるのも面白い」
「わかる! 敬語になるのはまぁ先輩だからだろうけど、一人称がおじさんじゃなくなるのって絶対意識しちゃってるわよね?」
「ソウ先輩にはおじさんとして振舞いたくないってことなんでしょうね~!」
きゃーきゃーとホシノが自分たちには見せない乙女な一面を挙げてははしゃぐ後輩たち。まるで推しのアイドルに対する扱いのようにホシノについて話す光景は、花の女子校生としてはありふれた青春のワンシーン。
すると、不意にシロコがその話題に一石を投じる疑問を口にした。
「ん……結局ホシノ先輩がソウ先輩に対して向けているのって恋愛感情なのかな?」
瞬間、沈黙の時間が数秒訪れる。
スゥー、と息が擦れる音を溢すと、全員がうーんと腕を組んだり天井を仰いだりしながら考え出した。
「恋愛感情……で、いいんじゃないの? 好きじゃなきゃあんなに不用意にくっついたりしないだろうし……」
「でもなんというか、甘酸っぱい雰囲気というよりは仲のいい兄妹みたいな空気感なんですよね~」
「わかります……大好きなお兄ちゃんに甘えている妹というか、男女の関係って雰囲気ではない印象です」
「ん……じゃああれはただ先輩に懐いてるだけ?」
「うーん……にしては距離が近いし、さっきだってソウ先輩を抑え込んでる時のホシノ先輩の表情、ちょっと影があったような気もするし……うーん……」
うんうんと唸る後輩たち。
だが、いかに考えようとホシノの心の内はホシノにしかわからないので、どれだけ考えたとしてもあくまで推測にしかならないのだ。
だが、そういうことに興味津々なお年頃。
彼女たちはホシノが戻ってきたらその件について追及してやろうと決めた。
「いやぁ~、歩き回って疲れた疲れた。おじさんももう歳かなぁ」
するとそこへ丁度というか、タイミングよく帰ってきたのは、話題の中心である小鳥遊ホシノである。
扉を開けてけだるげに入ってきた彼女に対し、恋バナで盛り上がっていた後輩たちは一斉に視線をホシノへと向けた。
「えっ……ちょ……な、なに?」
「確保!」
「えっ! えっ!?」
ノノミの号令に対して素早く動き出すセリカ、アヤネ、シロコの三人。
シロコとセリカが素早くホシノに組み付いたかと思えば、アヤネが扉の鍵をガチャリと閉める。困惑するホシノを置きざりに、ぐいぐいと引っ張って椅子に座らせるまでに数秒と掛からなかった。
突然襲い掛かってきた様子のおかしい後輩たちに動揺を隠せないホシノは、椅子に座った状態で立ち上がれないように肩を押さえつけてくるシロコやセリカ、目の前で尋問するように座るノノミ、その後ろに立つアヤネの姿を見て、得体のしれない圧力に冷や汗を流す。
「ど、どうしちゃったのさみんな……なんだか怖いよ?」
「ホシノ先輩にお伺いしたいことがあります☆」
「な、なにかな? おじさんにわかることならいいんだけど」
「ホシノ先輩にしかわからないことなので大丈夫です」
「う、うへ~……」
窓から差し込む光が逆光となり、ノノミの表情に影を落とす。
ホシノの気分は取り調べを受ける容疑者だった。
そして、
「ずばり! ホシノ先輩って、ソウ先輩のこと恋愛的にお好きなんですか!?」
ノノミから出てきたその質問を受けて、ホシノは目を白黒させる。
そしてその質問の意味を理解すると、顔を真っ赤に染めた。
「う、うへ~! きゅ、急になんなのさ~~!!」
その後、結局ホシノははっきりとした答えを出すことはせず、全力で後輩たちの追求を逃れたのだった。
もうすぐ先生がやってくるよ。