――――――私のミスでした。
キヴォトスから、連邦生徒会長が行方不明になった。
そして超人と名高いかの連邦生徒会長がいなくなったことにより、キヴォトスの治安維持、行政機関、交通管理など、様々な機関へと多大な影響が及んだ。
各自治区で違法な武器の流通量が2000%上昇、犯罪は急増し、キヴォトス管理の中枢部であるサンクトゥムタワーへのアクセスが出来なくなるという事態に陥る。
この状況を解決するのはキヴォトス崩壊を防ぐため、連邦生徒会としては最優先の急務だった。
――――私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。
そこへ現れたのは、連邦生徒会長が失踪する前に手配していた《大人》である"先生"。
彼は現状混乱状態であるキヴォトスを正常に戻すためのフィクサーとなる存在だった。
ヘイローを持つ生徒たちと違ってヘイローを持たず、銃社会であるこの世界で一発でも弾丸を受ければ、絶命もあり得る弱い大人。
――――結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟だなんて……。
彼は傍にいた生徒たちと共に暴徒と化した不良生徒たちを鎮圧し、連邦生徒会長が残したオーパーツ《シッテムの箱》を用いてサンクトゥムタワーの制御権を奪還し、このキヴォトスの混乱を見事に納めてみせた。
中でも目を見張るのは、卓越した戦闘指揮能力。
指揮下の生徒たちが実感として理解できるほど戦場が優位に運び、最小の被害で最大の結果が手に入る。あまりにも優秀なそれは、たった一度の戦闘でその能力の高さを認めさせた。
――――ですから大事なのは経験ではなく選択。あなたにしかできない選択の数々。
そして"先生”は、連邦生徒会長が設立した連邦生徒会直轄の機関を拠点とすることになる。
その機関こそ、"先生"を顧問としてあらゆる生徒の相談に応じ、所属や学籍によらず不特定多数の生徒の協力を仰ぐことのできるキヴォトスの特異点。
学園それぞれが自治区を統治するこの巨大な学園都市において、連邦生徒会名義でも介入の難しい問題であっても介入を許される超法規的機関。
連邦捜査部S.C.H.A.L.E……通称シャーレ。
――――私が信じられる大人である、あなたになら、この捻じれて歪んだ終着点とは、また別の結果を……そこに繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。
生徒たちの統治する生徒たちのための学園都市に現れた一人の《大人》。
その存在が、一体このキヴォトスに何を齎すのか……それはまだわからない。
――――だから先生……どうか。
それでも、"先生”は一人の大人として、生徒たちのために全霊を尽くして動き出す。
キヴォトスに住まう全ての生徒が輝かしい青春を過ごせるように、大人として子供たちのために責任を負う存在として。
◇ ◇ ◇
シャーレで暴れていた不良たちは、先生の指揮の下その場で協力してくれた生徒たちによって制圧され、その首魁であった狐坂ワカモの逃走も後押しする形で各々ヴァルキューレへと送られていった。
事態は収拾し、サンクトゥムタワーの行政権も戻ってきた。ひとまずこれで、連邦生徒会長の失踪によって乱れていた秩序は統制されるだろう。
先生はふぅ、と一息つく。
手元のタブレット―――《シッテムの箱》を弄びながら、改めて周囲を見渡して状況を確認した。
すると、そこへ今回協力してくれた生徒たちが歩み寄ってくる。
「先生、今回はご協力ありがとうございました。おかげで事態は無事収拾を迎えそうです」
「"うん、力になれたようでよかったよ"」
「お疲れさまでした先生! 先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。すぐにSNSで話題になってしまうかもしれませんね!」
「"ユウカもみんなもお疲れ様、こちらこそ助かったよ”」
近づいてきたのは、今回の騒動で連邦生徒会を訪れてきていた生徒たち。それぞれが各学園の生徒会や治安維持組織に属する重役生徒といっても過言ではない。
トリニティより、《正義実現委員会》副委員長の羽川ハスミ。
同じくトリニティより、《自警団》所属の守月スズミ。
ミレニアムサイエンススクールより、《生徒会セミナー》会計の早瀬ユウカ。
ゲヘナ学園より、《風紀委員会》所属の火宮チナツ。
どの生徒も各学園の治安維持に尽力している心優しい生徒たちだ。
先ほどまでの戦闘やここまでの経緯から、先生に対して尊敬の念を抱いた少女たちは、フと微笑みながら労ってくる先生に対してほんのり心が温かくなるのを感じる。
本日初対面の得体のしれない大人ではあるが、先生の声色や眼差し、その立ち居振る舞いから滲み出ている優しさが、彼女たちに非常に高い好印象を与えていた。
「では事態は鎮圧したようですので、私はトリニティへ戻ります」
「そうですね、私もミレニアムに戻って今回のことを報告しないと。先生! もし御用があれば是非ミレニアムサイエンススクールへいらしてくださいね、その時は歓迎しますよ!」
「トリニティへお越しの際も、是非正義実現委員会を訪れてください」
「ゲヘナ学園にお越しの際も、歓迎しますよ」
各々が先生に対する歓迎の言葉を口にしながら、各学園へと戻っていく。
先生は彼女たちに手を振りながら、その背を見送った。去り際に全員が先生とモモトークを交換していったので、今後何か助けを求めるときは力になってくれるだろう。
生徒たちの姿が見えなくなったあと、先生はぐっと身体を伸ばす。連邦生徒会の制服と同じ白い服が逸らした身体に合わせて引っ張られる。大きな胸がたゆ、と揺れた。
「"さて、それじゃ執務室に戻るとしようかな"」
「おや、もう終わってましたか」
「"! あなたは……"」
「貴女が先生、ですね……まさか女性だったとは。初めまして、俺の名前は魅旅ソウです」
「"魅旅、ソウさんですか……えっと、何か御用で?"」
そこへ現れたのは、おおよそ生徒とは違う大人の男性……魅旅ソウだった。
白い制服姿の先生とは対称的に黒基調で統一された衣装。
急いで来たのか若干額に汗を滲ませているが、息は切れていない。少なくとも敵意を感じないので、先生はソウに対してひとまずは友好的に接する。
するとソウはハハ、と申し訳なさそうに苦笑してその手をスッと伸ばしてきた。
「いや、連邦生徒会長の失踪でバタバタしてるっていうから助力に来たんだが……俺の力はいらなかったみたいだな」
「"ああ、そういうことでしたか……はは、優秀な生徒たちのおかげでなんとか"」
「ふふ……先生、キヴォトスではこれからきっと、貴女の常識を超える出来事の数々が起こる。どうにも力不足を感じることもあるでしょう」
「"……かもしれませんね”」
ぎゅっと伸びてきた手を握り返し、先生とソウは握手を交わす。
おおよそ敵対的な人物ではないのだと判断しての握手だったが、手を離しながら告げられたソウの言葉に、先生はスッと背筋が伸びるような緊張感を抱いた。
まるでそういった力不足を感じる経験をしてきたような、どこか言葉に重みが感じられたからだ。
「それでも貴女は先生として生徒たちが困ったときに手を差し伸べる立場にある。こうして向き合ってるだけでもわかる……貴女はきっといざという時、危険だと分かっていても生徒のために突き進める人だ」
「"そうありたいと思ってますよ"」
「だから、貴女が困ったときは……俺が力になりますよ。同じ大人としてね」
「"!"」
「これ俺の連絡先です。普段は主にアビドス高校にいるので、いつでも来てください」
そう言うと、連絡先の書かれたメモを渡してソウは去っていった。
先生はその連絡先を手早く端末に登録すると、ふむと考える。
そうして《シッテムの箱》を起動させると、その中にいるサポートAIである少女へと声を掛けた。
「"アロナ、魅旅ソウって人のこと調べてくれる? そうだな……アビドス高校の卒業生かもしれないから、そのあたりからお願い"」
『承知しました先生! アロナに任せてください! ちょっと待ってくださいね』
「"うん、お願いね"」
勝手に調べるのはちょっと申し訳ないけれど、なんて思いながら、先生はアロナにソウのことを調べるように頼む。サンクトゥムタワーの行政権を容易く奪い取ることが可能なほどの高性能AIであるアロナの手に掛かれば、キヴォトス中の生徒情報にアクセスすることが可能なのだ。
先生は生徒を大事に思っているし、これから出会う全ての生徒たちの良き導き手でありたいと考えている。
だが、それはそれとして事前に迫る危険や問題に対して何の予防策も考えないのは、無責任というものだ。まして先ほどのソウは、危険な人物にこそ思えなかったが見知らぬ大人だ。
であれば、先生に対する友好的な対応が、そのまま生徒たちのためになる思想から来ていると考えるのは早計というもの。
少なくともどういう人物なのか、経歴を探るくらいのことはするべきだと判断したのだ。
『でました! 魅旅ソウさん。現在は卒業されていますが、元はアビドス高校の生徒会長を務めていた方ですね。卒業されてからはなんらかのお仕事に就いているようですが、詳しくはわかりません。ただ、そのお仕事繋がりなのか、連邦生徒会の業務や議事録に度々お名前が挙がっていますね。もしかしたら生徒の皆さんの中にはお知り合いという方もいるかもしれません』
なるほど、アビドス高校にいるというのはそういう経緯があるからか、と考える先生。
となれば、アロナの言う通りアビドス高校の現生徒たちとは大なり小なり関わりがある人物なのだろう。
連邦生徒会ともつながりがあるというのであれば、少なくとも生徒たちから見て悪人という振る舞いを取っているわけでもなさそうだった。
先生はならばひとまずもう十分だろうと判断する。ソウに対する警戒心を払拭し、アロナにこれ以上の調査は必要ないことを告げる。
「"まぁこれから先、またお話する機会もあるだろうしね"」
先生はそうつぶやき、シャーレの中へと戻っていく。
これから先どんな仕事が待ち受けているのかわからないが、今日のところは良い滑り出しが出来たと言ってもいいだろうと思いながら、笑みを浮かべるのだった。
◇ ◇ ◇
「そうですか……連邦生徒会長の失踪は本当のことでしたか。何はともあれ、事態が収拾したようでなによりです。報告ありがとうございます。ご苦労様でした」
「いえ……では失礼します」
騒動の後、トリニティへと帰還した羽川ハスミより報告を受けたのは、トリニティ総合学園の生徒会組織《ティーパーティー》の一人、桐藤ナギサだった。
部屋を出ていったハスミの背中を見送りながら、静かになった空間でスッと紅茶を口に含む。
報告内容を加味して、トリニティに対してどのような影響があるのか、変化するキヴォトスの状況の中で自分たちティーパーティがとるべき行動は、と思案していた。
「……まぁ、現状は様子見ですね。連邦生徒会が機能を取り戻した以上は問題ないでしょうし……目下気になるのは―――新たに登場した《先生》なる人物でしょうか」
「ナギちゃんはどう思うの?」
ぽつりと呟くように口にした言葉に反応したのは、同じティーパーティーの一人である聖園ミカだった。薄いミルクティー色のロングヘアに白い翼を持つナギサと違い、ふんわりとウェーブの掛かった桃色の髪に金色の瞳を持つ少女だ。ナギサと同じ白い翼には、いくつかの装飾品が飾られている。
「キヴォトスでは大人の人間は珍しいですからね……ハスミ副委員長の報告では善良な人であるようですが、まだ判断を下すには情報が不足しています」
「だよねぇ……まぁでも、あの人と同じ大人ならちょっとくらいは信用してみてもいいんじゃないかな?」
「……私はあの人好きじゃありません」
「またそんなこと言って」
ティーパーティーの一人として、真剣に物事を考えていたナギサではあったが、ミカの言葉で途端に張りつめた緊張感が解れるように雰囲気が軽くなる。
再度紅茶を口に運びながら、ミカのいう《あの人》という言葉に眉をひそめて不機嫌になった。
「ちょっと前にモモトークが来ててね、近々またこっちに来るんだって。その時は私がお出迎えしてもいい?」
「……好きにすればいいじゃないですか」
「もう、ナギちゃんってば別に嫌いじゃないくせに、なーんでそんなに嫌煙してるのかなぁ」
「知りません」
ぷいっとそっぽを向いてしまったナギサに、ミカは呆れたようにため息をついた。
そしてふとティーパーティーのテラスから見える空を見上げながら思う。
「《先生》……か、どんな人なんだろうね」
テーブルに頬杖をついて、ミカはそう呟いたのだった。
この作品の先生は女先生。