キヴォトスには灯りがある   作:こいし

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からかい上手の空崎さん

 それから、アビドス高校を襲撃したカタカタヘルメット団は、迎撃する対策委員会の一同によって掃討された。

 

 全校生徒が昏睡状態のユメを除き、たった五名しかいない学校にも関わらず、アビドス自治区の治安維持が出来ているという事実。それは、対策委員会のメンバーそれぞれが一騎当千の実力を持つことを意味している。

 中でもキヴォトス屈指の実力者に名を連ねる小鳥遊ホシノであれば、カタカタヘルメット団程度一人でも打ち倒すことが可能だ。

 

 加えて、今回は既にたった一度の戦闘でその戦術指揮能力の高さを証明した先生もいる。

 お互いに最低限フォローしてはいるが、基本的には各自の個人能力でごり押すスタイルの対策委員会が、今回は先生の指揮によってハイレベルの連携を行ってみせたのである。

 

 不良の集まりであるだけのカタカタヘルメット団には、勝ち目がなかった。

 

「ぐぅ……! くそ、なんて強さだ……!」

「これだけの戦力を投入して、戦車まで用意したのに……」

「きゅ~……」

 

 状況は終了。

 対策委員会の面々はほぼ無傷なのに対し、その目の前には黒い煙を上げて動きを止めた戦車が二台。その周辺にはボロボロになって目を回しているヘルメット団たちが転がっていた。

 

『周辺に新たな戦力は確認できません。戦闘終了、私たちの勝利です!』

「うへ、かなり楽に倒せたねぇ」

「ん、先生の指揮が良かった」

「かなり戦いやすかったですねぇ~☆」

 

 アヤネのドローンによる周辺確認を終えたところで、対策委員会の面々は一様に武器を下ろして警戒を解いた。

 やはり普段と感覚が違ったのか、口々に出てくるのは先生の戦術指揮についての感想である。後方からタブレットで状況を把握しつつ、的確に最適解へと生徒を導いていく指揮能力は、まさしく戦場を支配するかのようだった。

 

 先生はそんな感想を受けて少し照れくさそうに笑みを浮かべる。そしてみんなの姿を見ながら一応怪我はないかと聞いた。無事なように見えるが、少しでも負傷があるようなら手当てが必要だからだ。

 元々銃撃戦には縁遠い世界から来た先生からすれば、弾丸を受けて怪我がないことは未だに慣れない。生徒から見れば過度に心配してしまうように見えるのも仕方がないことと言えた。

 

「大丈夫だよ~、こう見えておじさんたち結構強いからねぇ」

「ん、被弾なし」

「先生の方こそ、お怪我はありませんか?」

「"うん、大丈夫だよ。ありがとうノノミ"」

 

 そう言ってお互いの無事を確認してから視線を移すと、少し離れたところにいたセリカが、カタカタヘルメット団の不良たちのリーダーを捕えていた。

 今回に限らず度々襲撃を掛けていたヘルメット団だったが、今回は戦車が二台という一般的な不良たちでは用意できそうにもない兵器がある。どこから調達してきたのか、問い詰める必要があると考えたのだ。

 

「さーて……色々話を聞かせてもらうよ?」

「ぐぅ……! バケモノどもめ……!」

 

 引きずられるようにセリカに連れられてきたヘルメット団のリーダーは、ホシノを前に悪態をつく。

 

「少し前から疑問だったんだけどねぇ……過去の出来事から、君たちはアビドスを襲撃する際はゴム弾を使っていたと思うんだけど……少し前から実弾に切り替わったよね? それはどうしてかな?」

「はん、別に……もう気にしなくてもいいだろって思っただけだ。そもそもの原因であるあの大人は実弾だろうがそうそう当たらねぇし、そもそもゴム弾じゃ何度襲撃しようが、タフなお前らには勝てねぇだろうが」

「それはそうかもだけど……じゃああの戦車はどこで手に入れたのかな? まさか真っ当な手段で購入したなんて言わないよね?」

 

 ホシノの問いかけに対して、そっぽを向きながらもぶっきらぼうに答えるリーダーだが、その言葉はどこか本当のことを言っているのではなく、事前に用意された回答を述べているような薄っぺらい空気感があった。

 そこでホシノは更に追及するように質問を投げるが、リーダーはそれも聴かれると思っていたとばかりに口を動かす。

 

「ブラックマーケットに転がってた粗悪品を安く買って修理して使える用にしたんだよ。出所は言えねぇな」

「ふーん……なるほどね。とはいえ、こっちは別に物資が不足してるわけじゃないし、何度も返り討ちにしてるんだから、安い戦車を二台用意したからといってアビドスは攻略できないって分かると思うんだけど……それでも襲撃してきたのはどうしてかな? 何か奥の手があるのかと思えばそんなわけでもなかったし」

「……別に勝てないと決まったわけじゃねぇだろ」

 

 ホシノはリーダーの言葉に対してなるほどね、と溢してため息をつく。

 

「……そうかもね。まぁでも、もしあの戦車が君たちの虎の子だとしたら、今日が出し時だったとは思えないけど」

「……」

「うへ、まぁいいや。さっさと他の子たち起こして帰ってよね。戦車は……こっちで回収するから」

「なっ……!」

「ヘイローが無事だっただけ感謝しないとね。昔のおじさんだったら君たちのヘイローが無事だったかは保証できないよ~?」

 

 ジャキッとショットガンの銃口を向けられた瞬間、ヘルメット団のリーダーは悔しそうに歯噛みしながら立ち上がり、倒れているヘルメット団たちの方へと近づき、その体を揺すって起こしていく。

 戦車を失うのは痛手だろうが、命あっての物種だと判断したのだろう。

 そうしてゆっくりではあるが全員起こして、彼女たちは校舎から撤退していった。

 

「さて……それじゃあ部室に戻ろうか~」

 

 そうして少し思案を巡らせるような表情を浮かべていたホシノだったが、パッといつもの緩い雰囲気に戻ってそう告げるのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方その頃、ソウはゲヘナ学園へとやってきていた。

 今回の目的地は風紀委員会である。

 

 少し歩けば銃撃戦や爆発音が珍しくないこの場所では、ヘイローの守りのないソウからすれば危険地帯そのもの。少々の緊張感を持ちながら、ソウはゲヘナの街を歩いて風紀委員会のある建物へと辿り着いた。

 入口には風紀委員会の生徒たちの姿がちらほらと見える。何度か訪れているからか、すれ違えば軽く挨拶が飛んできた。

 

 それに簡単に返事を返しながら廊下を歩いていると、ふと前に知った顔が現れた。

 現れた少女はソウの姿を見て、少し表情を明るくしながら歩み寄ってくる。

 

「こんにちは、もう来る時間だったのね」

「や、風紀委員長……相変わらず疲れた顔をしてるなぁ。ちゃんと寝れてるか?」

「ふふ、まぁ忙しさは変わらないけれど、最近は四時間くらい眠れるようになったから」

「はっはっは! できればもう少し休んでもらいたいところだけど、まぁほどほどにな」

「……うん、ありがとう」

 

 現れたのは現在の風紀委員長であり、去年からゲヘナ最強と呼ばれるようになった空崎ヒナだった。

 自治区の治安維持を任されている風紀委員の長であり、治安の悪さならキヴォトスでも上位のゲヘナにおいてはかなりの苦労人である。睡眠時間の短さもあってか目元にうっすらと浮かんだ隈は、元々の鋭い目つきを更にやさぐれた印象にさせていた。

 

 そんな彼女に対して、ホシノと似た背丈だからか慣れた様子で頭をぐりぐりと揺らすように撫でるソウ。

 そしてヒナもまた、そんなソウの気遣いに対して嬉しそうに笑みを溢した。

 

「そういえば今日は何の用できたの?」

「ん、ああ……まぁちょっと話をしにな。行政官ちゃんはいる?」

「ええ、アコなら執務室にいると思う。口には出さないけれど、あの子も会いたがってたわよ」

「はっはっは!」

 

 再度歩き出したソウの横にぴったり並ぶヒナ。

 そうして少し歩けばすぐに執務室へと到着した。

 

 ガチャリ、と扉を開けてヒナを先頭に中へと入っていく。

 執務室の中は相変わらず広々としており、談話室のようなソファとテーブルがあり、そこから少し離れたところにヒナがいつも座っている執務机があった。机の上にはどっさりと書類が積み重なっており、その仕事量の多さが伺える。

 

「アコ、お客様よ」

「あ、委員長おかえりなさい……っ!? そ、ソウさん、いらしてたんですか」

「や、行政官ちゃん。しばらくぶりだな」

「な、なんですかいきなり! 来るなら来ると事前に言ってください! こちらも相応の準備というものがあるんですからね!」

 

 中に入ったヒナが、ソファに座って仕事をしていた少女に声を掛ける。

 青い髪に胸元がどこか際どい服装をした少女はヒナの声に振り返るが、そこにソウの姿を確認した瞬間慌てたように居住まいを正して声を荒げた。動揺を隠せていないのか、立ち上がった表紙にテーブルの上に置いてあった書類が倒れ、慌ててそれを戻す。

 

 少女の名前は天雨アコ。

 ゲヘナ学園風紀委員会の行政官であり、ヒナを支える秘書的存在であり、組織のNo.2。

 

「あれ? 今日行くって連絡してたよな? 風紀委員長」

「ええ、でもアコには伝えてないの」

「な、なぜ!?」

「……その方がちょっと面白そうだったから」

「委員長!?」

「はっはっは!」

 

 だがそんなアコも今回はヒナにからかわれたらしく、困惑の表情を浮かべてあわあわと身振り手振りし感情を表現するも、ひとまず冷静になろうとしたのか、こほんと一息置いた。

 

 そうして頭の中でやり場のない怒りをどこへ向けるべきか思考したのだろう。結果、その視線はじとりとソウの方へと向かった。

 

「絶対ソウさんの影響ですからね! たまに委員長が私をからかうようになったのは!」

「そうか?」

「そうですよ! 昔からソウさんが私をからかうから、それを見た委員長が真似するようになっちゃったんです!」

「そうなのか?」

「……さぁどうかしら」

「ぐぬぬ……!」

 

 アコの反応が面白いのか、ヒナは楽しそうにくすくすと笑う。

 そんなヒナの表情を見ると何も言い返せなくなるのか、アコは納めどころのない感情に歯噛みした。結果、ソウへの不満げな視線が強くなるという無限ループである。

 

「はぁ……それで、今日はどうされたんですか?」

「うん、連邦生徒会長が失踪した件と《先生》が来た件について、ちょっと話をしにな」

「! ……そうですか、ではこちらへおかけください。今飲み物をお出ししますので」

「ああ、ありがとう」

 

 こうなれば何を言っても敗色の濃い流れなので、さっさと本題に入ろうと切り替えたアコ。

 それに対してソウが述べた話題は、ゲヘナの風紀委員会としてもかなり気掛かりなものだった。連邦生徒会長の失踪による影響、そして新たにやってきた《先生》がもたらす影響、情報の少ない現状―――どちらも無視できない問題である。

 

 カチャ、と紅茶の入ったティーカップがソウとヒナの前に置かれ、アコはソウの対面へと腰を下ろした。

 

「連邦生徒会長の失踪については、ゲヘナの治安維持組織として、風紀委員会でも問題視されたことです。なにせサンクトゥムタワーの制御権をかの《先生》が取り戻すまでは、ゲヘナでも違法武器の流通量や犯罪率もうなぎ上りでしたからね」

「そうね……あの時は随分委員会のみんなにも無理をさせてしまったわ」

「委員長も相当動き回っていましたからね……私も随分徹夜を重ねました」

 

 先日の連邦生徒会長失踪事件において、もっとも被害を被ったのは風紀委員会といっても過言ではない。

 あの時期、キヴォトス中で犯罪率や違法武器の流通量が爆上がりしたのだが、ゲヘナは元々毎日問題が起こる治安の悪い自治区だ。その影響で暴れまわる不良生徒が増えるのは自明の理。当然、ヒナを始め、風紀委員会はひっきりなしにトラブル解決に追われたのである。

 

「とはいえ、その一件は《先生》が一旦事態を収拾させてくださったので、今は通常通りに動くことが出来るようになりましたが……」

「だとしたら、ソウさんが話したい内容って……例の条約に関わることかしら?」

「そう。連邦生徒会長が主導になって結ぶ予定だったが、彼女の失踪によって空中分解してしまった《エデン条約》のことだ」

 

 紅茶を一口飲んでから告げられたソウの言葉に、アコもヒナもピリッと緊張感を走らせる。

 

「トリニティの生徒会《ティーパーティ》には知り合いがいるから、ある程度その内部の動きは把握しているけど、ゲヘナの生徒会《万魔殿(パンデモニウム・ソサエティ)》の動きは正直突拍子がないから予想するだけ無意味だろ? だからせめて風紀委員会の考えくらいは聞いておこうと思って」

「無意味……まぁ、否定はしないけど」

「……そうですね、確かにあの条約は今宙に浮いている状態です。ゲヘナとしてもトリニティとしても、下手に動けないのは同じでしょう。だからこそ、超法規的機関として巨大な権力を持つシャーレの《先生》は、二校間で無視できない変数です」

 

 ソウの言葉を受けて、アコは真剣な表情で現状の整理を行う。

 先ほどまでからかわれて動揺していた姿とは打って変わって、頭の回転が速く、客観的視点における状況把握能力を垣間見せた。行政官の立場は伊達ではなく、非常に優秀である。

 

「風紀委員長としてはどう考える?」

「……私たちはあくまでゲヘナ自治区内の治安維持に努める組織であって、政治を考えるのは上の仕事。変に状況を掻き乱すような行動を起こすつもりはないわ」

「ですが委員長、このまま例の《先生》を放っておいて、トリニティに身柄を寄せるようなことがあれば……ただでさえ強大な権力を持つ存在が敵に回りかねません。非常に危険です……ゲヘナの治安維持を考えるのなら、先生をこちらに抱き込んでしまった方が予防策としては安全じゃないでしょうか……?」

「だとしても、そういった政治的判断を下す権利は私たちにはないわ。私たちは今できることをやるだけ……そうでしょう?」

「……はい」

 

 ヒナの意見を聞く限りでは、風紀委員会としては政治的な問題に干渉するつもりはないという姿勢。

 だが行政官であるアコとしては、《先生》の存在を非常に危険な変数としてとらえているようだった。現場で暴れる生徒を鎮圧するヒナたちと違い、アコは行政官としてオペレーターや事務処理を専門に行う役割についている。

 

 だからこそ、危険な目を事前に摘む意識、問題を未然に防ぐ策を講じる意識が高く、その真面目な姿勢が故に《先生》を危険視していたのだ。

 ヒナに窘められて肩を落とすが、拭えぬ不安が表情に浮かんでいるのが伝わってくる。

 

「行政官ちゃん、その《先生》のことだけどな……あの人はどこか一つの学校を贔屓するような小さい人ではないと思うよ。実際に話をしてきたが、まっすぐに全ての生徒たちのために何ができるかを考えるようなお人好しだった」

「ソウさん……でも……」

「今回俺が来た本題はここなんだ。確かに不安に思う気持ちはわかるが、ひとまず先生には手を出さないでおいてくれないか? もちろん、この話は《ティーパーティ》にも持っていくつもりだよ。それで先生が原因で何か悪い事態になるようなら―――責任は俺が取る」

 

 そんなソウの言葉に、ヒナはふ、と笑みを浮かべ、アコは不承不承とばかりに唇を尖らせた。何か言いたげな表情でぐっと拳を握っていたものの、大きなため息と一緒にその拳が解かれる。

 

 そして紅茶をグイッと飲み干すと、少し呆れたような声色で小さく呟いた。

 

「……ソウさんにそこまで言われたら、そうするしかないじゃないですか」

「はっはっは! 悪いな、いつも面倒掛ける」

「なんですか……あなたに頼まれたら私が断れないのを知ってるくせに」

「ああ、いつも感謝してるよ」

「んあー! なにするんですか!」

 

 立ち上がったソウは、ぐりぐりと先ほどヒナにやったのと同じに、アコの頭を揺らすように撫でる。アコは不満そうな声をあげながらも頭を差し出すように身体が前のめりになっているのに気づいていない。

 アコの横に座っていたヒナは、不満を漏らしながらもアコがソウに甘えているように見えて、なんだか可笑しかった。

 

「……アコはソウさんに憧れているものね」

「なっ……! い、委員長!!!」

「ん? なんだって?」

「なんでもありません!! いつまで撫でてるんですか!! セクハラですよ!!」

 

 だからこそ、アコには聞こえるように、ソウにはギリギリ聞こえないようにぽそりと呟けば、予想通りアコが顔を真っ赤にして大声を出す。

 首を傾げるソウに対し、大きな身振り手振りで必死にごまかそうとするアコに姿がおかしくて、ヒナはケラケラと笑うのだった。

 

 

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