キヴォトスには灯りがある   作:こいし

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桐藤ナギサ

 私が最初にあのお方にお会いしたのは、私たちがまだトリニティ中等部の生徒として、今のようなティーパーティーなどの責任も背負っていない頃のことでした。

 

 私―――桐藤ナギサは、幼い頃よりトリニティでも有数の家柄である桐藤の直系として教育を受けており、品位あるトリニティの人間としての立ち居振る舞いやマナー、人の上に立つ者としての矜持を教え込まれました。

 ですがそこに父母の愛情がなかったわけではなく、私自身もそこに厳格さを感じすれど、理不尽や不自由さを感じたことはありません。

 まぁ、一般的な生徒たちが過ごす普通の日常と比較して、少々異なる世界で生きてきたということは、早い段階で自覚するところではありましたが。

 

 ともかく桐藤ナギサ(わたし)という人間にとっては、その世界はさほど生きにくい場所ではなかったのです。

 

 生まれた家柄の良さ、自然体となるほどに身につけられた品位ある立ち居振る舞いや、優秀な教育によって叩き込まれたマナーや所作。

 加えて自主的な訓練によって身につけた戦術知識、帝王学や政治の知識など……元々私は何かを学ぶことが苦手ではなかったのか、学んだものをしっかり理解し、それを活用できる程度には、優秀だった。

 

 だからか、あまり友人と呼べる方はいませんでした。思えば周りからは少々浮いていたのかもしれません。

 あとからミカさんに聞いた話では、周囲の方々からは自分たちとは違う遠い世界にいる人のように思われていたそうです。

 

 そんな私にできた最初の友人というのが、桐藤の家と懇意にしていた聖園家のご令嬢―――のちに私の幼馴染となる、聖園ミカさんでした。

 

 家同士が親しいのもあって、幼い頃から度々顔を合わせては、ミカさんの天真爛漫さに引っ張られて色々大変な目にあったというものです。

 本を読んだり、紅茶とお菓子でお茶会をする方が性に合っていた私にとってミカさんは、おおよそ名家の令嬢というにはあまりにもお転婆で、自由で、よく笑う、そんな子でした。

 

 おかしな話です。

 初めて顔を合わせた時は、まるで童話のお姫様かと思うほどでしたのに。

 

「ナギちゃん! あそぼ!」

「ミカさん……いいですけど、今日は何をするんですか?」

「ふふふ、今日はナギちゃんに見せたいものがあるの! ついてきて!」

「ちょ、ちょっと待ってください、お外に出るなら着替えませんと……」

「え~? いいじゃん、わざわざおめかししなくたって」

「いけません、桐藤の娘として恥ずかしくない格好をしないと」

「しらなーい! ほら行くよ!」

「ま、待ってください! ミカさん! もう……!」

 

 外で遊ぶのが好きだったミカさんにとって、本の虫だった私はあまり相性は良くなかったでしょうけれど、ミカさんはよく私を誘いに訪れました。

 多分ですが、ミカさんもその家柄や人並み外れた美しい容姿もあって、私と同様に住む世界の違う人間として近寄られがたかったのでしょう。

 

 自然と私とミカさんは幼い時期を共に過ごし、幼馴染として互いを大切に思える親しい関係になれました。同じ幼少期を過ごし、共にトリニティの初等部に入学し、共に中等部へと進学し、これからも一緒にいられればと、そう思うほどに。

 

 

 ―――《彼》と出会ったのは、そんな時のことでした。

 

 

 その頃の私たちはトリニティの中等部三年生で、学年全体が進路について考えていた時期でした。

 とはいっても、大多数の生徒は順当にトリニティ総合学園への入学を志望しており、あとは入試試験のための勉強をどれだけ頑張れるかという状況です。

 まぁ、私やミカさんは元々各々の家で叩き込まれた教養のおかげもあり、成長してもなお人より優秀でしたので、受験に関する不安は一切ありませんでしたが。

 

 問題だったのは、入学願書を提出した時点で、私たちはそれぞれティーパーティーから声が掛かったということでした。

 いずれはティーパーティーの後継にと期待され、今の内から唾をつけておこうという魂胆だったのでしょうが、今までと違う責任ある立場を意識した途端、私は少々自信がなかったのです。

 

 ミカさん以外に誰かと親しくなった経験の浅い私からすれば、いつか不特定多数どころか全校生徒を率いる生徒会長(ティーパーティー)になることを期待されるなど、誇らしさよりも不安が勝ってしまう重圧だったから。

 

「私はナギちゃんならできると思うけどなぁ~。私と違って勤勉だし、小難しい政治や学校運営のことだってしっかり考えられそうだもん」

「ミカさん……ですが、私は……」

「も~、自分が人より優秀だって分かってるくせに、変なところで自信がないんだから」

 

 そんな会話をミカさんとの会話をしていたのは、とある日の放課後。

 クラスの必要提出書類をまとめて委員会へと提出するために持っていく廊下でのことでした。

 

「そういえば聞いた? 今日はティーパーティーに他校からお客さんが来るんだって」

「ああ……そういえばそうでしたね。なんという名前の学校でしたか……それほど規模は大きくない場所だったと思うのですが」

 

 渡り廊下に入ると外の空気がふわりと流れてくる。

 まもなく冬に差し掛かる間際、身体に触れる適温というべき風は、秋の過ごしやすさを感じさせてくれます。

 

 ミカさんから投げられた話題に、なんとなしにど忘れしてしまった学校名を思い出そうとしていると、不意に私たちの後ろから声が掛かった。

 

「―――アビドス高校だよ、お嬢さん方」

「!」

「!?」

 

 キヴォトス内では獣人やアンドロイドタイプの大人がいるので聞き覚えがないわけではないものの、生徒ばかりの校内では滅多に聴こえては来ない、低く悪戯な男性(・・)の声だった。

 

 ミカさんと一緒にバッと勢いよく振り返ると、そこに立っていたのはどこかの制服を着た背の高い男性―――いや、この場合男子生徒が正しいのだろうが、それでもどこか達観しているというか、自分よりもずっと大きな存在解を持った雰囲気が、目の前の男子生徒をそれでも男性と思わせた。

 

 それが彼―――魅旅ソウという人物に対して私が感じた、最初の印象。

 

「あ……ぅ」

「! えーっと、どちら様かな?」

 

 背の高さや体格の良さもあるけれど、存在に厚みがあると言えばいいのだろうか、まるで巨大な力をギュッと人の形に凝縮したかのような存在感は圧倒されてしまうほどで、初対面の人間に人見知りしてしまう私は萎縮してしまっていた。

 だからだろう、それを見かねたミカさんが私を隠すように一歩前に出て対応を変わってくれた。

 

 この頃から、ミカさんは強かった。

 トリニティ広しといえど、当時からミカさんの強さはトリニティの上澄みに入ると思っていたし、銃などなくてもミカさんに力比べで勝る人間など想像できないほどだった。

 

「驚かせてすまないな。俺の名前は魅旅ソウ……ティーパーティーにお招きいただいてやってきた、アビドス高校の生徒会長をやっている者だよ」

「ふーん、そうなんだ……」

「生徒、会長……」

 

 彼の、ソウさんの自己紹介を受けて、その素性が怪しいものではないことを理解すると、ほんの少しだけ私たちに走っていた緊張が解ける。

 そして、ふと穏やかに笑みを浮かべるソウさんが一学校の生徒会長であると知れば、その存在感の大きさにもなるほどと納得がいった。

 

 このキヴォトスにおいて生徒会長とは、一つの自治区を統治する領主といっても過言ではない。

 学校の納める自治区の中の治安維持や問題解決を始め、自治区全体に影響を及ぼすことのできる存在。

 

 そしてトリニティにおいては、ティーパーティーと同格の人物ということになる。

 

「そのアビドスの生徒会長さんが、なんでこんなところに?」

「はっはっは! 実はティーパーティーの方からはトリニティ総合学園校舎前でお待ちしてますって連絡を貰ったんだが……いやぁトリニティは広いな。校舎らしき建物を目指して来てみれば、中等部の校舎だってんだから困った困った」

「ああ……なるほどね」

 

 どうやら彼は道に迷っていたらしい。

 困ったとはいうものの、どこか楽しそうな笑みには焦りや失敗したといった感情は感じませんでした。

 

「よければトリニティ総合学園の校舎がどこなのか教えてもらえないかな? えっと」

「……私は聖園ミカだよ。分かった、私が案内してあげる……ナギちゃん、この書類一人で委員会まで持っていってくれる?」

「えっ……」

「大丈夫、この人を送り届けたらすぐ戻ってくるからさ!」

 

 すると、ミカさんは未だに萎縮していた私を思ってか、彼を私から遠ざけるべくその道案内を買って出た。

 私はそそくさと渡されたミカさんの持っていた分の書類を受け取ると、さぁさぁこっちだよと歩きだしていくミカさんの背中に、なんと言うべきなのかと躊躇してしまう。

 

「はは、良いお友達だな。悪いね、少しの間あのお姫様を借りる」

「え、ええ……私は桐藤ナギサと申します」

「桐藤のお嬢さんか。機会があったら改めてお礼をさせてくれ……それじゃ」

 

 彼は苦笑しつつもそう言うと、こっちだよと呼ぶミカさんの方へと歩いて行ってしまいました。

 その背中を見て、私は余計に感じてしまう。

 

 トリニティとは違う学校ではあるけれど、あれが一つの学校の生徒会長たる格なのかと。

 

 あまりに大きく、あまりに濃く、あまりに高い。

 仮に私が高校三年生になってティーパーティーのホストになったとして、彼ほどの格を得ることができるだろうか。現状では、無理な話だと思った。

 

「……あれが《生徒会長》……ですか」

 

 不安が増す出会いでした。

 けれど、この時のその認識が大きな間違いであったことは、そのしばらく後になってから理解することになったのです。

 

 ―――《生徒会長》だから、その存在が大きくみえたのではなかったということを。

 

 

 




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