その日は校舎内の備品整理のため、ホシノとユメは各々アビドス高校の中をチェックしていた。確かに借金も大きな課題ではあるが、アビドスの抱える問題は他にもいくつかある。
砂嵐による砂漠化の侵攻、それに伴う自治区内の人口減少、もっと挙げるのならアビドス高校の壊滅的な生徒不足は、アビドスを復興するにあたって非常に大きな問題だ。
アビドス高校の校舎もまた砂嵐の影響によっていくつかの施設は砂に埋もれてしまっているので、現状使えるリソースのチェックはこまめに行わなければならない。いざという時にあれがないこれがないと慌てふためいていては、借金やアビドス復興など夢のまた夢なのだ。
そんなわけで、半ば倉庫代わりになっていたのか、いくつか段ボールが積まれていた空き教室をチェックしていたホシノ。ユメとは手分けをして行動していたので、現在この教室にいるのは彼女一人だ。
今日も鬱陶しいくらいの日差しが喚起のために空けた窓から差し込んでくる。幸い今日は風が少ないのか、風に乗って砂が入ってくるようなことはなかった。
「えーとこの箱の中は……文化祭か何かの備品かな……? クラッカーとか、使いかけの色紙……あとは文房具がいくつか……うーん、使えそうなものはなさそう」
バインダーに挟んだ書類に、箱の中身と数をメモしていく。使えそうにないものは処分する予定なので、別途持ってきていたゴミ袋の中へと容赦なく放り込んでいく。そうしていれば積み重なったダンボールも、作業開始時と比べればいくつか畳むことができ、教室のスペースが広がっていた。
手早く作業を進めていく内に、ホシノは今までと違ってやけにズシリと重量を感じるダンボールに手を付ける。おや? とこれは何か良いものが入っているかも、なんて期待と共にハサミでガムテープの封を切り離し、いそいそと中を確認し始めた。
だがそこに入っていたのは、
「―――これは、ゴム弾?」
銃撃戦が頻繁に起こるキヴォトスでも、あまり使われる光景をみないゴム弾のストックだった。それもかなり綺麗な状態でそれなりの量がある。
借金問題を抱えているアビドスとしては、時折自治区内で暴れる不良の鎮圧に出向くことがある。その際はもちろん鎮圧のために戦闘になるので、ホシノも愛用のショットガンや牽制用のハンドガンなどを使うのだが、そこで使用されるのは大体実弾だ。
それもそのはず、このキヴォトスに住む生徒たちには全員ヘイローがあるので、実弾であっても失神する程度で済む。仮に多少の傷を負ったところで、早ければその日のうちに、大体は数日で治るのだから威力を更に下げたゴム弾など使う機会は早々ない。
「……昔はそれなりに生徒がいたみたいだし、演習用とかで使っていた……とか?」
そんな当たり前のことに首を傾げたホシノは、少し頭を捻って実践で使うわけではなければどういう用途で使われていたものなのかを予想する。
思いついたのは、キヴォトスの警察組織として名高いヴァルキューレの射撃演習で使われるペイント弾のような役割。同じようにペイント弾を使うのであれば後々の清掃作業が手間になるが、ゴム弾なら回収するだけでいい。
中々悪くない推測ではないだろうか、なんて思いながらそう結論付けた。
「うーん……でも今は演習できるようなスペースも人もいないし、処分で良いかな。状態は綺麗だし、リサイクルショップとかで売れば多少のお金になるかもしれない」
そう思い、ホシノはポイポイと一旦処分用のごみ袋の中へとゴム弾のストックを放り込んだ。
ふぅ、と一息ついて一度立ち上がる。腰を逸らすようにぐいーっと身体をほぐすと、不意にポケットの中でスマホが震える。
「もうこんな時間か」
取り出してみれば、モモトークに通知。ユメからの休憩しようという内容の連絡だった。時計を見れば既に昼過ぎ。午前中から作業を始めてもう数時間経っている。
それに気づけば、途端にくぅと身体が空腹を訴えてきた。かなり集中していたせいで、空腹を気にしていなかったようだ。
すっかり重くなったゴミ袋を抱え直し、ホシノはスタスタと教室を後にした。
◆ ◆ ◆
生徒会室でユメと合流したホシノは、昼食を共にしながら休憩を取っていた。
ユメの方はかなり砂が入りこんでいる場所を整理していたのか、制服やら髪やらが若干汚れていたものの、疲れはないようで相変わらずの笑顔でおにぎりにぱくついている。
昼食をとった後は、各々が回収してきた処分品のチェックを始めた。
本来はごみと判断してもよさそうなものばかりだったが、たまにユメがそれは残しておこうよ! なんてもったいない精神を発揮するので、いくつかの品が処分を免れていく。
「あ、これは……」
「今度はなんですか? ああ……そのゴム弾のストック、捨てちゃダメなやつでしたか?」
「あ、えへへ……うん、これはね、必要なものだから置いておいて」
「そう、ですか……いいですけど、昔演習とかで使っていたにしたって、今のアビドスではあまり使い道がないのでは……?」
大事そうにゴム弾のストックを一つ一つ袋から取り出して、綺麗に別の箱に移していくユメに、ホシノは当然の疑問を投げかけた。少なくとも、ホシノには今のアビドスにとって無用の長物のように思えたから。
するとユメは、どう話したものかと眉をハの字にして唸る。そうして少しだけ考えをまとめ、口を開こうとしたその時。
「入るぞー」
「あっ、と、ソウ先輩! 最近よく来てくれますね!」
「ああ、なんとなく最近は気が向くんだ」
「ソウせんぱい、こんにちは」
「ん、小鳥遊後輩、今日も元気か?」
「うぁ……気安く撫でないでください」
期せず話を遮る形で入ってきたソウに、ユメは若干慌ててパタパタと駆け寄るように出迎えた。ホシノは疑問に対する答えをすかされたことで少し消化不良という感じだったが、それでもソウの来訪は喜ばしいことなのか軽い足取りで歩み寄っていく。
そうして声を掛ければぐりぐりと頭を揺らされるように撫でられた。ホシノはうぁーと声をあげながら文句を言うが、嫌ではないのかその手を払いのけるようなことはしない。
ユメもそんなホシノの様子をニコニコと笑みを浮かべながら見ており、ホシノちゃんすっかり可愛がられてるなぁ、なんてのんきに思っていた。
「今日は備品整理か?」
「あ、はい」
ソウは二人から視線を移し、普段の生徒会室にはない処分品やごみ袋、軍手や掃除用具なんかが並べられたテーブルを見て、二人がやっていた作業を言い当てた。
ホシノはぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整えながら頷き、これから午後も続きを行う予定だと告げる。
「そうか、なら」
―――刹那、爆発音が校舎内に響いた。
「ッ!?」
「何が……!」
瞬間、一気に警戒を最大まで引き上げたホシノは、俊敏な動きで窓際の壁へと身を移し、そっと窓の外を伺う。
そこには校門の外からぞろぞろと同じようなヘルメットを被った武装集団が入ってきていた。グレネードを投げたのか、校門付近の地面が砂煙をあげながら黒ずんでいるのが見える。
『おぉーーい! 聞こえてるか! 今日こそアビドス校舎を占領して、私たちカタカタヘルメット団の拠点にしてやるぜ!!』
拡声器でも使っているらしく、機械を通した大声が聞こえてきた。
カタカタヘルメット団―――このキヴォトスにいくつか存在する不良集団だ。基本的にヘルメットとゴーグルを身につけているので個々の顔は判別できないが、とにかく数が多く、所構わずやたらめったら暴れまわる無法者たちである。
「あいつらまた……」
「ははは、まだ来てるのかあいつら」
「あはは……流石にソウ先輩のいた時の人たちとはメンバーも変わってるとは思いますけど、時々来ますね」
「じゃあ撃退がてら、ちょっと挨拶しにいくか」
え、とホシノが思う前にソウは窓を開け、ひょいと飛び降りた。
「ちょ、ソウせんぱい!?」
慌てたホシノが窓から身を乗り出すが、地面を見れば危なげない様子で着地するソウがそこにいた。突然現れたソウに驚いたのか、ややざわつきを見せるヘルメット団たち。
だが、元々戦いを挑みに来たという意識のおかげか、すぐにヘルメット団から武器を手に持つ音が聞こえる。
「総員!! 武装変更だ!! 完了したものから―――撃て!!」
彼女がリーダーなのか、先頭にいたヘルメット団の一人が指示を出した。
ソウはOB故に彼を知らないメンバーもいるのだろうが、ガチャガチャと何やら武装を別のものに変えているのを見る限り、カタカタヘルメット団には対ソウ武装のようなものがあるのかもしれない。
ソウが危ない、と思ったホシノはショットガンを手に部屋を飛び出した。
「ホシノちゃん―――!」
背後からユメの呼び声が聞こえたが、ホシノの心は焦燥感でいっぱいで聞こえていなかった。
「(ソウ先輩にはヘイローがない!! だから銃弾一発でも当たれば大ケガするって……なのにどうして!!)」
階段を勢いのまま飛び降り、壁を蹴るようにして踊り場を折り返す。ホシノの高い身体能力は、彼女をすぐさま玄関口まで運んだ。
既にドガガガ、と連続する発砲の音が聞こえている。それがホシノの焦りを増大させた。
玄関口から飛び出して、ソウを取り囲もうとしているヘルメット団員を確認し、ショットガンの銃口を向けた。そのメンバーは今にもソウの背後から発砲しようとしている。
―――勢いのまま飛び出したからか体勢が悪い。
「ぐ……!」
このままではソウの命が危ないと思ったホシノは、焦るその手でなんとか照準を合わせヘルメット団員に向けて発砲した。
その弾丸のほとんどがヘルメット団員の後頭部を捉え、その身を失神させることに成功する。だが、拡散した弾丸のほんの数発が―――その奥にいたソウへと向かった。
危ない、ホシノがそう声を出す暇もなく、その弾丸がソウの横っ面へと届く。
「―――っと!」
瞬間、まるで分かっていたかのようにソウは頭を傾けることでそれを紙一重、躱した。
だが完全に躱し切れなかったのか頬を掠めたらしく……その頬からつぅーっと赤い血が流れる。
「あっ……!」
大事にはならなかった。
だが、ホシノは自分が焦りのままに放った弾丸がソウの命を奪うところだった事実に、一気に背筋が凍った。気づけばソウの出血に動揺したのか、ヘルメット団たちの攻撃の手も止んでいる。
へなへなとへたり込んだホシノだったが、大きく見開かれた瞳はソウの姿をジッととらえ続けていた。頬を手の甲で拭いながら、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。
「いやぁ、想定外とはいえ久々に被弾してしまった。小鳥遊後輩、大丈夫か?」
「そ、ソウせんぱい……傷、血が……!」
「はは、気にするな。反射的だったがそれでも割と余裕もって避けたんだぞ?」
「はぁ、はぁ……ホシノちゃん! ソウ先輩!」
大丈夫だ、とホシノの震える手を包むソウに、ホシノは少しずつ気持ちを落ち着かせていく。そこへ遅れてユメが盾を持って追いついてきた。
状況は理解できているのか、ユメはホシノを後ろから抱きしめて安心させるように頭を撫でる。そして、ごめんねと一つ謝罪を告げた。
「なんで……ユメ先輩が謝るんですか……」
「ちゃんと説明してなかったから……あのね、さっきのゴム弾はソウ先輩がいた時に使っていた備品なの……昔、ソウ先輩が初めて今日みたいな襲撃を受けた時、当時のヘルメット団の攻撃を受けて大怪我をしたことがあったんだって」
「えっ……!」
「それを見て、当時のヘルメット団の人たちも人を殺しかけた事実にひどく動揺したらしくて……トラウマになってしまった人もいたみたい……だからそれからは、襲撃に来る人たちはソウ先輩と同じようにヘイローを持たない人がいたときに、非殺傷用のゴム弾を使うようになったの……」
ホシノはその説明を受けて、視線を地面へと移す。
そこには、確かに実弾の薬莢ではなくゴム弾の残骸がいくつも転がっていた。ソウの姿から被弾はしていなかったようだが、それでも当たっても大怪我することはないような配慮があった。
つまりこの場で実弾を使ったのは、先ほどのホシノの一撃のみ。
その一撃が、軽度とはいえソウに傷を負わせてしまった。
「……全員撤退だ。今は攻め時じゃねぇ」
すると、不意にヘルメット団のリーダーが撤退を指示する。
ホシノの心境を察したのかもしれないが、ヘルメット団側にも少なくない動揺が走っていたからだ。ユメの語った事情を知る者は問題なくとも、知らなかった新人たちの中には血を流すソウの姿に発砲の躊躇が生まれてしまっている。
こんな状態で攻撃を続けても、無駄だと判断したようだ。
「悪いな」
「ハン、今回は間が悪かっただけだ。そもそも実弾使ったってアンタに当てるのは至難の業なんだ……次は容赦しねぇからな」
ソウは苦笑しながらも撤退に感謝すると、最後尾―――殿の位置に残っていたリーダーはそう悪態をついた。校門から去っていき、やがてヘルメット団の姿は見えなくなる。
「さて……それじゃ一旦中に戻ろう。立てるか? 小鳥遊後輩」
「は、はい……」
ソウに手を引かれて立ち上がったホシノだったが、頬の傷を直視すると罪悪感が抑えられず……結局生徒会室へと帰ってくるまでの間ずっと、ソウの目を見ることができなかった。