―――生徒会室。
俯き、どこかふわふわしたような地に足のついていない足取りのホシノを連れて戻ってきたソウとユメ。ソウに手を引かれるままについてきたホシノだったが、その顔はまだ自分のしたことの罪悪感からか若干青褪めていた。
今は繋がれた手から伝わるソウの手の温もりだけが、どうにかホシノの心を落ち着かせてくれる。
ソウが備え付けのソファにホシノを座らせると、ユメはその隣に寄り添うように腰かけた。ホシノの肩を抱くようにして、落ち着かせるように頭を撫でている。
ソウはそんな二人を見てポリポリと頬を搔き、お茶でも入れるかと持ってきた自身のカバンの中からペットボトルのお茶を取り出した。どこから取り出したのか人数分の紙コップに注いで、テーブルの上にコトリと置く。
「そう暗い顔をするな小鳥遊後輩、お前も別にわざとじゃなかったわけだし、結果的には掠り傷で済んだんだぞ?」
「……すみません……わかってはいます。でも……危うくソウせんぱいを殺してしまうところでした……それにゴム弾の件だって、ソウせんぱいにヘイローがないことを考えれば、ちょっとくらい予想できたことだったかもしれない……!」
「そう自分を責めるな。お前の腕が凄かったから、銃弾は俺の背後にいたヘルメット団に当たっていたが、そもそも全弾俺に向かっていたところで、それならそれで俺は回避できた」
「でも! さっきは掠ってたじゃないですか!」
ソウが気にするなと言っても、ホシノは自分のしでかしたことに大きな罪悪感が止まらなかった。自分の愚かさにつくづく反吐が出るといった様子で、くしゃりと歪んだ表情のまま声を荒げる。
そんな彼女の固く握りしめられた拳に、ユメはそっとその手を置いた。
「ホシノちゃん……そんなに強く握ったら、手が痛くなっちゃうよ」
「……ユメせんぱ―――」
「あのね、ホシノちゃん……私のお話聞いてくれる?」
「っ」
そっと揉み解すようにホシノの拳を開かせて、ユメは優しく微笑みながらホシノの言葉を遮り、自分の話を聞いてとホシノの手を握った。
その柔らかな手のひらの感触とユメの優しい声に、ホシノは荒ぶる気持ちが落ち着いていくのを感じる。不思議と素直に、ユメの話を聞く姿勢になることが出来た。
ユメはちょっと恥ずかしい話なんだけどね、なんて前置きをして、思い出すように話し出す。
「私が今のホシノちゃんと同じ一年生の頃の話。三年生だったソウ先輩と二人でアビドス生徒会として今と同じようなことをしてた」
「……何度も聴きましたよ」
「そうだね。あの頃は毎日ソウ先輩と一緒にいろんなことをして、いろんなことを教わって、本当に楽しかったから……ふと思い出すたびにホシノちゃんにはいっぱい話を聞いてもらっちゃった……でもね、やっぱり楽しいことばかりじゃなかったんだ」
ユメは苦笑しながらそう言う。
自分が一年生の頃、それはそれは楽しかったのだという思い出話は、挙げようと思えば枚挙に暇がないほどだ。それこそ、ホシノの耳にタコができるくらいには何度も何度も話を聞かせてしまったくらいである。
だがそんな思い出の中にも、ユメがホシノに話していなかった苦い経験は、当然あった。
「借金を返すために私も力にならないとって息巻いてた私は、ある日怪しい儲け話に引っかかっちゃって……逆にかなり痛い出費をアビドスにもたらしちゃったことがあったの」
「え……」
「えへへ……私今でもこんなだからさ、一年生の頃はもっとダメで……本当に取り返しのつかないことをしちゃったって思ったよ。今まで先輩たちが積み上げてきた努力を無駄にしたと思ったし、アビドス高校にいられなくなってもおかしくない罪を犯したって自分を責めた……ソウ先輩は私を責めなかったけど、毎日毎日、隠れて泣いてた」
ユメの困ったような表情を見て、ホシノはそんなことがあったのかと驚きを隠せなかった。ホシノの考えるユメは、いつも馬鹿みたいに笑顔で、叶うわけもない理想ばかり口にして、悩みなんて何もないように毎日楽しそうで―――ユメの語るような姿は全然想像がつかなかったから。
もちろん一年生の頃なのだから今のユメと比べて多少未熟な部分が多かったのかもしれないが、それでも毎日涙を流していたなんて聞いても、まるで信じられない。
「そんなときにね、ソウ先輩が隠れて泣いてる私を見つけ出した」
「……」
「えへへ、いつまで泣いてんだって呆れられちゃったんだけどね……その時の私はソウ先輩が私を責めないことが心苦しくて、泣いているのが見つかったからか我慢できなくなって、どうして私を怒らないんだーって柄にもなく泣きながら喚き散らした」
それは、今のホシノと同じだった。
自分の失敗で迷惑を掛けたのに、誰にも責められない。それが心苦しくって、辛くて、どうしたらいいのかわからなくて、自分で自分を責めるしかできない。
ホシノにはその時のユメの気持ちが今、痛いほどよくわかる。
「そしたらね、どうしたと思う?」
「それは……」
「ソウ先輩がね、私のミスで発生した負債をチャラにするための仕事を取ってきてくれたてたの」
「!」
「アルバイトや個人依頼みたいなお仕事じゃなくて、本当にアビドス高校名義で真っ当な企業から契約を取ってきてた。どうやったのかはわからないけど、簡単にできることじゃないことは、当時の私でもわかった。でもソウ先輩は何でもないことのように笑って契約書を渡してきたんだよ?」
ふとソウの方へと視線を移すと、ソウは気にした様子もなくお茶を飲んでいる。
ホシノと目が合うと、ソウはふふんと普段の調子のままどや顔を向けてきた。凄いだろう、と言わんばかりのその姿に、ホシノは素直に―――凄いと思った。
ユメの失敗を気にした様子もなく、責めるわけでもなく、単純にリカバリーできる手段を提示する手腕。まさに端倪すべからざると言わざるを得ない。
「失敗を反省するのは結構だが、責任を感じすぎるのは無意味だ。まぁ、取り返しのつかない失敗も世の中にはあるが……それでも何もかも投げ出すには世の中そんなに理不尽でもない」
「責任……」
「いいか小鳥遊後輩、失敗は失敗だ。どうしたって過去は変えられない……だが、これからのことは変えていける。今こうして生きている一分一秒で変えられることが沢山ある」
ソウはお茶の入ったコップをテーブルに置きながらそう語る。
それはまるで、ソウ自身にも過去に大きな失敗を犯した経験があるかのような口ぶりだった。それでも、ソウは今を見ている未来を見据えている。決して立ち止まることなく、よりよい日常を作っていくための一秒を積み重ねているのだ。
ホシノはそんなソウの生き方を知って、そこにどこか見覚えのある眩しさを感じた。
「(ああそうか……この人の背中を見てたから、ユメ先輩は今のユメ先輩になったんだ)」
今を精一杯楽しもうとする姿勢も、未来を諦めない気概も、まるで悩みなどないと言わんばかりに日々笑顔でいられるのも、全部ソウの背中を見て成長した結果なのだと、納得せざるを得ない。
今の自分にとって、たった一人の先輩がユメであるように、ユメにとって唯一無二の先輩がソウだった。
時に手を引き、時に背を押してくれる、頼れる先輩がいたのだ。
「お前の失敗も成功も、お前のものだ。けど、それで発生した責任や負債はみんなで抱えるもんだ。それが仲間ってことなんだ」
「仲間……ですか」
「そう! ……やっちまったと思うなら、次は全弾あいつらに当ててやれ」
「なんですかそれ……ふふ……でも、はい」
「あ、ホシノちゃんが笑った~! じゃあもう大丈夫だね!」
ぐりぐりとユメに撫でまわされるも、ホシノは困ったように笑うだけで抵抗はしない。
失敗は自分のもの―――だから、やってしまったことは反省しようと思う。でも、きちんと今後同じ失敗はしないと決心した。
きっとユメも同じように一つ一つ失敗しながら、『先輩』になった。
だから自分がいつか後輩を持った時は、この先輩たちと同じような頼れる先輩になりたいと心からそう思う。
「よし、じゃあ気を取り直して備品チェックの続きだな。俺も手伝うから、さっさと終わらせて飯でも食いに行こう」
「その前にソウ先輩! 手当てしないと! 絆創膏くらい張った方が良いですよ!」
「ほっとけば治る」
「ダーメーでーす! ほらホシノちゃん! 私が抑えておくからこの絆創膏貼ってあげて!」
すると、しんみりした空気を晴らすようにソウが立ち上がり、本来の予定だった備品チェックの続きをしようと言い出した。そういえばまだ途中だったのを思い出し、ホシノはスンと鼻をすすって気を取り直す。
だが、ユメはそうはいかないとばかりにソウの腰に飛びついて、無理やりソファへと座り直させると、手当てが先だと頑なな姿勢を崩さない。普段重たい盾を持っているからソウより力があるのか、ソウに離れろと引っ張られてもまるで根を張ったように動かない。
不意に渡された絆創膏を手にホシノは少し困惑したが、ソウがため息をついて観念したのを見ると、クスリと笑みがこぼれる。
「動かないでくださいね」
「はいはい……」
ぺたり、とその頬に絆創膏を貼る。
おとなしく手当てを受けるソウの姿はどことなく先輩らしくはなくて、なんだか可笑しい。
ニコニコと笑うユメと目が合い、お互いに声を出して笑った。
キラキラの青春だね、ホシノ