――――ゲヘナ学園
このキヴォトスに現存する数千の学園の中でも、トリニティ、ミレニアムと並んで巨大な影響力を持ち、自由と混沌を校風として掲げる学園である。
主に悪魔のような角や羽を持つ生徒が多いのが特徴なのだが、その校風故か治安自体は他の自治区と比べても非常に悪い。それというのも銃撃戦は日常茶飯事であり、自身の欲や目的のためにその他を蔑ろにしても、これといって気に留めない粗暴かつ破天荒な生徒が多いからだ。
一応治安維持のための組織はあるようだが、それらの対応が追い付かないほどの頻度でトラブルが起こるので、治安維持としてのキャパシティは不足しているのが現状。
そんな歩いていれば流れ弾が飛んできてもおかしくないゲヘナ学園の自治区内を、本日ヘイローを持たないソウは歩いていた。
時折遠くから、また近くでも爆発音が鳴り響くが、ソウはさほど気にした様子もなく悠々と歩いていく。
たまに飛んでくる建物か何かの破片をひょいひょいと躱しながら、ソウは目当ての場所へと辿り着いた。そこにはソウを待っていたらしいゲヘナ学園の制服を纏った人物が立っている。
「待たせたか?」
「いいえ、大丈夫よ。こちらも今来たばかりだから」
「ならよかった。こちとらヘイローがないもんでね、ゲヘナとなると歩くにも気が抜けなくてなぁ」
「それにしては余裕があるように見えるけど……」
「はっはっは!」
そこにいたのは、ふんわりした白い髪とこのキヴォトスにあっても異質なごつさを感じさせるヘイローが特徴的な少女だった。身長的にはホシノとトントンか少し低いくらいだろうか、背の高いソウからすればかなり小柄な少女だが、纏う雰囲気はピンと張りつめたようなものがあり、その佇まいからもかなり勤勉かつ真面目な印象を受ける。
ゲヘナ学園の生徒にしては珍しいタイプの生徒だが、会話を交わしてみれば適度に冗談も理解できる愛想も兼ね備えているようだった。
「それで空崎、その後調子はどうだ?」
「……悪くはないって感じ。彼女も色々派手に動きすぎたというのもあるけれど、連邦生徒会の動きもあって、今の状況から元の実権を取り戻すのは正直不可能だと思う」
「そうか……まぁ正直あれらの発明品が実用段階まで漕ぎつけられたら正直目も当てられないからなぁ」
「本来ならここまで早い段階で出る杭を打てるわけじゃなかった……ソウさんが早い段階で話を持ち掛けてくれたおかげ」
彼女の名前は空崎ヒナ……ゲヘナ学園一年生にしてゲヘナ学園風紀委員会の一員で、その内部にある情報部の人間である。
このゲヘナの治安維持組織の代表として挙げられるのがこの風紀委員会だが、ヒナの所属する情報部の仕事は戦闘や事態の鎮圧ではなく、あくまでゲヘナの風紀や秩序を乱しかねない存在や情報を集めるのが仕事。
普段問題を起こす面々の主だった人物や構成組織なんかは、彼女たちの情報収集によって風紀委員会に周知されているのだ。
「なりゆきだったけどな。本来ゲヘナに来たのは別件だったし、今回に関しては遅かれ早かれこうなってただろうし」
「過程はどうあれ、結果として実益を齎した最たる要因は貴方よ。そこは感謝しているのだから、素直に受け取って」
「真面目だねぇ~……ウチの後輩にちょっと似てるよ」
ソウはヒナの言葉に少々謙遜しつつ、その真面目な言動にふとホシノの顔が思い浮かんだ。そういえばあいつもお堅く真面目だったな、なんて思いながら苦笑する。
「後輩……? 小鳥遊ホシノのこと?」
「知ってるのか?」
「少し……最近情報部ではゲヘナ学園に対する潜在的脅威としてリストアップされたから。アビドスに収まっているからまだ静観出来ているけれど、個人的に見ても彼女一人の戦力はキヴォトス屈指だと思う」
「まぁかなり腕の立つ奴だけど、脅威だなんて……なんでまたそんな評価に?」
「ここ最近、不良生徒の集団やテロ組織なんかの賞金首を次々制圧しているし、その能力を買われて同様の依頼を受けたりもしているみたい……一般にはさほど有名ではないだろうけど、私たちみたいな学園の治安維持に関係している側からすれば、それなりに目立つの」
なるほど、とソウは納得した様子で頷く。
確かにホシノは相当な戦闘能力を持った少女だが、ソウとの会話を経て借金返済のためにより気合いが入っているらしい。それはそれとしてかなり目立ってしまっているようだが、アビドスという衰退ギリギリの学校に所属しているから静観されているようだ。
ソウはヒナからの情報を頭の中で咀嚼すると、まぁ特に問題はないかと結論付ける。
「それで……現状報告が目的なら別に直接会う必要もなかったと思うのだけど、あえてゲヘナに来たのは何故?」
すると、元々の疑問だったのかヒナからそんな問いが投げかけられる。
事実気になっても仕方がない部分ではあったのだろうが、その疑惑に反してそこにはほんの少しの期待のような色も感じられた。
「一応それなりの段取りを敷いているがやってることは外部への内部リークだからな、それなりの綱渡りをさせているし、空崎は頑張り屋でなおかつ真面目だからな、こうして仕事として連れ出せば多少の息抜きも出来るだろ?」
「……そう」
その期待にそぐう内容だったのかはさておき、ヒナはそう言って笑うソウにほんのり笑みを返した。
かつてソウがゲヘナに訪れた理由は別にあったようだが、そこは流石ゲヘナ学園というべきか……想定外の事態が起こったなりゆきで、ヒナと現在までの関わりが生まれたのだ。
その過程で空崎ヒナという人物の気真面目さやある種のワーカーホリックぶりに驚いたソウだったが、結果的に大人として度々休息を取らせるように立ち回るようになったのである。
情報交換が主な目的なのは確かだったが、今回はその気遣いの一つとして、仕事を名目にヒナを連れ出したらしい。
「その気遣いはありがたいけど……正直、貴方といると距離感が測りにくいわ」
「……距離感?」
「その……貴方とは一応仕事相手ではあるし……けれど、こうして気遣ってくれるから、どこか友人のようにも感じていて……でも貴方は大人でもあるから……なんというか、どう接するのが適切なのか……」
だがそんな気遣いを受けたヒナは、先ほどまでの仕事の話をしていた時のキリっとした表情と打って変わって、気恥ずかしいといった表情を浮かべてそう言う。
「ははは! そんなこと気にしていたのか」
「……本来なら敬語を使うべきところを止めさせたのも貴方でしょう?」
「まぁそうだが。大人といっても年齢だけだ……個人的には、さほど大人らしくなったとも思えちゃいない。だから、俺もまだまだ色々頑張ってる最中。敬語で話されるほど尊敬される人物じゃない」
「……じゃあ、私と貴方の関係はどう表現するのが適切なの?」
「さぁ? でも最初の頃よりは気心の知れた仲になったかもな。はっはっは!」
そう言ってカラカラと笑うソウに、ヒナは余計訳が分からないといった表情で眉をひそめる。とはいっても、悪い気はしていないのか肩の力が抜けた様子だった。
わざわざ出てきてもらった礼に飲み物でも奢る、と言って近くの喫茶店を指さして歩き出したソウの後ろを、遅れて付いていくヒナ。
別に疲れを自覚していたわけでないが、多少気晴らしをしたかったのも事実なのだ。ヒナとしては自己許容範囲ではあったので、仕事に追われるのも別に苦ではなかったが、こうして休息をくれようとするソウの気遣いは嬉しく思う。
距離感を測れないとは言ったものの、ソウの言う気心の知れた曖昧な関係はヒナにとって、特別なのかもしれない。
「ほら、お疲れさん。遠慮せず飲んでくれ」
「ありがとう……いただくわ」
まして、こうして何の含みもなく自身の頑張りを認め、労ってくれる相手というのは、何より得難いものだから。
◆ ◆ ◆
そうして小一時間程度ヒナとのティータイムを過ごして解散したソウは、喫茶店で購入したお土産のお菓子を手にアビドスへと向かった。
アビドス校舎に到着した際、いつもの生徒会室の中に二人の後輩の姿はない。クーラーをつけて部屋が涼しくなっていくのを感じながら、部屋の中を見渡す。するとテーブルの上にアビドスの地図が置いてあり、その一ヵ所に赤い円で印がついているのを見つけた。
「なるほど?」
どうやらどこかから探してきた宝の地図を元に、二人で宝探しにいったのだと推測するソウ。いつにもまして日差しの強い日に元気なことだ、とソウは思いながら苦笑した。
胸元をパタパタと揺らしてクーラーの冷たい風を送り込みながら、ソファに座って一息。
「……」
そうしてしばらくまったり過ごしていたのだが、ふと思い立ったのか後輩たちがいないのならと、お土産をテーブルに置いて簡単なメモを残す。
そのまま生徒会室を出て、懐かし……というには度々訪れているのでそうでもないのだが、かつて通っていた母校の廊下を歩き去っていった。
◇
「……はぁ、はぁ……あついよ~」
ソウが部屋を後にしてからすぐ。
入れ違いになるように、当の後輩たちは帰ってきた。何故か二人とも学校指定のスクール水着を着て汗だくになっているが、のろのろと生徒会室に入ると出発時には切っていたクーラーが稼働しており、部屋が涼しい状態で迎えてくれた。
「ふぁ~……涼しぃ~」
「生き返りますね……」
どうしてクーラーが? と考えるより先に、生き返るような冷気に身を晒して気持ちよさそうに声を漏らした。
手持ちのタオルで改めて汗を拭きながら、二人はテーブルの上のお土産とソウの残したメモに気づく。
「あ、ソウ先輩来てたんだ。わぁ、美味しそうなお菓子だ!」
「ゲヘナ自治区のマークの入ったお店……以前のトリニティのお菓子といい、ソウせんぱいって行動範囲広くないですか?」
「うん、お仕事の関係でいろんなところに出向いてるみたいだよ? この前はミレニアムにも行ってたみたいだし、ちょっと前は山海経の方にも行ったって」
「どんな仕事ですか……」
呆れたような表情を浮かべるホシノだったが、ソウのことだから自分の想像を超えるような何かをやっているのだろうと思い、ため息をつく。
元々アビドスの借金を三分の一にまで減らした手腕を持つのだから、仕事においてもその手腕は大いに振るわれているに違いないのだ。
お土産の箱を開いてみれば、中にはいろいろな味のマドレーヌが入っていた。
メモを見れば、少し席を開けるからお土産は勝手に食べててくれといった内容の文面。ユメもホシノも、宝探しをしてきたのもあって疲労から身体がちょうど甘いものを求めていた。故に本来ならソウが帰ってくるのを待ってからいただきたいところではあるが、今回ばかりはソウの言葉に甘えてありがたく頂戴することに。
「おいしー♪」
「染み渡ります……」
もぐもぐと二人してソファに腰かけ、マドレーヌを頬張る。
疲れがじんわりと解れていくような錯覚を覚えるが、実際急速に補充された糖分が精神的な活力を取り戻してくれるようだった。
そうしているとマドレーヌだけだと飲み物も欲しいという欲求も生まれ、ユメがお茶を淹れるねと立ち上がる。
「私がやりますよ」
「いいのいいの! ホシノちゃんも頑張ってくれたからね、今日は私が淹れるよ」
「そう、ですか……ありがとうございます」
そうしてお茶を淹れるためにユメが戸棚へと近づいたところで、ガチャリと生徒会室の戸が開いた。
「あ、ソウ先輩おかえりなさい!」
「お菓子いただいてます」
どうやらソウが帰ってきたらしい、そう二人が視線を向けると、そこには予想通りソウが扉を開けて入ってくるところだった。ユメもホシノも、ソウに対して慣れた様子で挨拶をする。
だが、自分たちと目が合ったソウは、扉を開いた動作のままぴたりと動きを止めたまま動かず、言葉も返してこない。
「?」
何故? と首を傾げる二人だったが、ソウは大きく息を吸うと困ったように声を出した。
「……なんでお前たちスク水なんだ?」
「「あっ」」
途端に恥ずかしくなった二人。ユメは手に持っていたコップを落としてしまい、ホシノも手に持っていた食べかけのマドレーヌをテーブルの上に落とした。
急速に顔を赤くした二人は、わたわたと慌ててカバンの中に入れていた制服を取り出して水着の上から着ていく。
ソウはそんな二人に気を遣って、そっと部屋の外へと出て扉を閉めるのだった。