ソウがホシノとユメのスク水姿を見た日からおよそ二週間ほど、二、三日おき程度の頻度でアビドスを訪れていたソウが、めっきりアビドスに姿を見せない日が続いていた。とはいっても、元々ホシノが入学してから数ヵ月の間は姿を見せていなかったのだから、この程度の間が空いてもなんらおかしなことではない。
だからかユメは特に気にした様子もなく普段通りに過ごしていたのだが、ホシノは今まで頻繁に来ていたソウが急に姿を見せなくなったことで不安になったのか、最近はどこかそわそわしている様子だった。
無論、借金返済のために依頼を受けたり賞金首を狩ったり、または校舎内の掃除をしたりとやるべきことはやっているのだが、それでも急におもちゃを取り上げられた子供が不貞腐れるような、そんなストレスを感じている様子。
ホシノとて分かっている。
ソウは卒業生で、本来このアビドス高校へ通う必要はない。今までも気が向いた時に訪れていただけで、話に聞いた限りでは色々仕事があって方々で飛び回っていることも知っていた。
だがそれでも―――……
「ホシノちゃん、大丈夫?」
「……何がですか? 大丈夫ですよ」
「でも最近のホシノちゃん、なんだか機嫌悪そうだし……」
「……はぁ……すみません。でも本当になんでもないんです。ただ、最近ちょっと気分が乗らないだけで」
不意に、ユメに声を掛けられたホシノ。
どうやら最近の鬱屈感が顔に出ていたのか、心配そうに顔を覗き込んでくるユメに、ホシノはなんでもないと答えた。心配を掛けてしまったことを少し申し訳ないと思いながら自然とため息を漏らし、視線を彷徨わせてしまう。
「ふふふ」
「……なんですか、急に笑って」
すると、ユメはそんなホシノの様子を見て得心がいったように笑った。
そのなんだか全てを見透かしたように笑うユメに少しムッときたのか、ホシノは少し食って掛かるようにユメを問い詰める。
「ホシノちゃん、最近ソウ先輩が来ないから寂しいんでしょ?」
「なっ!? そんなわけないじゃないですか!」
「えー? だって気づいてないのかもしれないけど、最近登校して生徒会室に来ると、今日はユメ先輩だけですか? って一番に言うようになったじゃない? 今も目を逸らした時にソウ先輩が置いてったものに目が行ってたし、時折校門の方を見たりもしてるよ?」
「ぅぐっ……それは……」
「すっかりソウ先輩に懐いちゃって~! ホシノちゃん可愛い! よしよし、ユメ先輩が一緒にいてあげるからね」
「違いますから! くっつかないでください!」
ユメからの強烈なカウンターを食らったホシノは、ぎゅっといつものように抱きしめられて頭を撫でられると、羞恥心からかイヤイヤとその拘束から逃れようと暴れる。
自分でも気づいていなかった無意識の行動や言動がそこまでわかりやすく出ていた、というのも非常に恥ずかしかったし、それを抜きにしても、自覚出来ていたストレスの理由を言い当てられたのも居心地が悪かった。
意外とパワー系なユメの抱擁は中々振りほどけず、結局なされるがままに可愛がられるしかない。
「そうだよねぇ、ホシノちゃんにとってはこんなに長い間ソウ先輩が姿を見せないのは初めてだもんね。大丈夫だよ、その内またひょっこり顔を見せに来てくれるから」
「……はい」
「ふふふ……でも嫉妬しちゃうなぁ、私だってホシノちゃんの先輩なのに~」
「そんな……別にどっちが上とかそういうことは」
ユメは可愛い唯一の後輩を取られたとばかりに残念そうな声をあげるが、ホシノにとってユメとソウどちらの方が大事か、なんて考えるまでもないことだった。どちらも大事な先輩で、今回はしばらく会えていなかったことが原因でソウのことが気になってしまっていただけ。
ホシノがユメを大事に思っていないというわけではないのだ。
「ふふ……ホシノちゃんの気持ち、よくわかるよ。私もホシノちゃんが入学してくるまではそうだったから……寂しいよね」
ユメの言葉にハッとなるホシノ。
そう、ソウが卒業してからホシノが入学するまでの一年間、ユメはこの学校で一人だった。その時もソウが今のような頻度で顔を出していたのだとすれば、彼が来ていなかった日はたった一人で過ごしていたということになる。
ホシノが感じている以上の寂しさが、そこにはあったはずなのだ。
「……今は私がいますよ」
「うん、ホシノちゃんがいてくれて本当に嬉しい」
「苦しいですよ……ユメ先輩」
自身を抱きしめるユメの手に自身の手を重ねて、ホシノがユメに声を掛けると、ユメもにこりと笑ってより一層ホシノを抱きしめる腕に力を込める。
少し苦しそうにするホシノだが、それでもユメの優しい温もりを振りほどこうとはしなかった。
「ねぇホシノちゃん、実はね、借金返済とはちょっと違うんだけど……アビドス復興のために出来そうなことを私なりに探してみたの」
「え、何かあったんですか……?」
すると、ユメはホシノを放して少し真剣な声色でそう切り出す。
アビドス復興―――借金返済とは別の問題として、砂嵐による砂漠化が進むアビドスを救うための手段を、ユメは普段から探し続けていた。
ホシノはユメの言葉に、何か光明が見えたのかと驚きの表情を隠せない。
「これ見て」
「これはアビドスの地図……この上に走ってる線は―――鉄道路線ですか?」
「そう、砂に埋もれた本校舎に行ってきたんだけど、風で砂が飛んだからかたまたま倉庫の屋根がちょこっと出てきてたの。だからどうにか天窓まで掘って中に入れたんだけど、そこで見つけたんだ」
「これは……」
ユメが見せてきたのは、本校舎の中で見つけたというアビドスの土地全域の地図だった。その地図内には、今も残っている自治区が当然記載されており、本来は存在しない鉄道路線のラインが赤線で引かれていた。そして隅の方には『アビドス生徒会』と『セイント・ネフティス』の印が押されている。
――――『セイント・ネフティス』
それはかつて豊かで栄華を誇っていたアビドス自治区において、経済のほとんどを担っていた大企業。アビドスと共に成長し、今でも着実に影響力を増している会社だ。
だが衰退の一途を辿る現在のアビドスからは既に退いている。
ネフティス社がアビドス経済の大部分を担っていたこともあって、社のアビドス撤退がアビドス自治区衰退に多大な影響を及ぼしたことは間違いない―――……。
だが、そんな会社の名前が、アビドス生徒会と共に記載されたこの地図の意味。
「以前ソウ先輩が言ってたのを思い出したの。アビドス生徒会は借金返済のためにネフティス社と協力して『砂漠横断鉄道』を作ろうとしていたけど、失敗したって」
「『砂漠横断鉄道』……それがあれば」
「うん、アビドス自治区を蘇らせられるきっかけにならないかなって」
ユメの持ってきたこの一手は、かなり現実味のある一手なように思えた。
ホシノとしても青天の霹靂。この計画を再始動させてアビドスの交通の便を快適にして人の流通を増やすことができるとしたら……上手くいけば自治区は今よりも活性化させることができる。
確かな希望のように思えた。
「これっ……凄いじゃないですか!」
「ふふふ、でしょ? でもね、そのためには少し解決しなきゃいけない問題がいくつかあるの」
「?」
「まず、過去この計画が失敗したことで大打撃を受けたネフティス社は、既にアビドスから撤退してるの。だからただでさえ借金まみれで崖っぷちな私たちアビドス生徒会がもう一度この計画をやろうって言っても、受け入れてはくれないと思う」
「……確かに」
だが、ユメはそれを実現するには幾つかの障壁があることも理解していた。
「それと、鉄道を開通するためには、このキヴォトスで鉄道管理を担ってるハイランダー鉄道学園に協力を仰がないといけないよね?」
「そうですね。キヴォトスで鉄道設備を作れるのはあの学園だけですから」
「でも、今アビドス自治区に砂漠横断鉄道を開通できたとして、その施設を利用する権限が今のアビドス生徒会にはないみたいなの……記録によると、過去の計画を進めるとき、借金返済のため当時の生徒会がネフティス社に『砂漠横断鉄道の関連施設利用権』を売っちゃってた」
「えっ……!」
ユメが見つけた希望を実現するために解決しなければならない問題は二つ。
まずは、鉄道開設のためにハイランダー鉄道学園と『契約』を結ぶ必要があること。
そしてもう一つは、ハイランダーと契約して鉄道施設を開設できたとして、それをアビドス生徒会が利用できる『権利』を獲得しなければならないということ。
これを解決しない限りは、いかに見えた光明といえどすぐにかき消されてしまうだろう。
「じゃあどうすれば……」
「うん、だからまずはネフティス社から『砂漠横断鉄道の関連施設利用権』を買い戻す必要があるね! 弱みを突くみたいで可哀想だけど、かつてアビドスで事業失敗して大打撃を受けてから、まだそれほど体勢を整えられていないと思うし、なによりネフティス社はアビドスでの事業から撤退してるから持っていても意味のないものだもん。きっと交渉すれば安く買い戻せるんじゃないかなって」
「……鉄道施設を開通できるか否かはともかく、その計画を実行できたとしても利用権がなければ意味がないですからね……確かに、なら最優先はユメ先輩の言う通り権利の買い戻しですね」
だが、ユメはその道筋もきちんと考えていた。
必要なことの優先順位を定め、そのためにどう動くのかを用意していた。
ホシノはユメのプランを聴いて少し思案を巡らせると、うんと頷きながらその考えに賛同する。
何事も一つ一つ積み上げていかねば大きなことは成し遂げられない。ましてやアビドス復興という、誰もが匙を投げたことを成し遂げようというのだ。ユメのプランは、ホシノにとっても非常に魅力的なプランに思えた。
「よし! じゃあまずはアポを取って日にちを決めてから、私がネフティス社に行って交渉してくるよ!」
「ユメ先輩一人でですか? 私も行った方が……」
「えへへ……今回はそれなりにお金を使うことになるから、毎月の返済にも少なからず影響が出ちゃうかもしれないし、ホシノちゃんにはいつも通りお金を稼いできて貰えたらなって」
「はぁ……ユメ先輩に任せるのはちょっと心配ですけど、でも借金は借金でどうにかしないといけないですし……わかりました」
そうしてユメとホシノは今後の動きを決めると、気合いを入れる。
ユメが既に準備していたのであろう書類をまとめているのを横目に、ホシノは自分の中にあった憂鬱感が消えていることに気づいた。ソウが顔を見せないことで寂しさを感じてはいたが、今はそのソウが来た時に驚かせられそうな逆転の一手を見つけたことで、どこかわくわくしている自分がいる。
「ふふふ、もしこれでアビドスにまた人が来るようになったら、いつかアビドス砂祭りも復活できるかもしれないね!」
「そうですね……そうなるように、頑張りましょう」
「うん! 楽しみだなぁ~!」
ユメの言葉に、ホシノの表情も明るくなる。
二人で明るい未来を想像して、きっと今の苦しい状況を乗り越えられると信じて、楽しそうに笑い合った。
だがその数日後―――――ネフティス社へ向かったユメが行方不明になった。
始まったね、ホシノ。