――――ユメ先輩が出かけてから、連絡がつかないまま行方不明になった。
その日は雲一つない快晴で、太陽から照り付ける日差しがかなり厳しかったのを覚えている。暑いね、なんて言いながら額に滲む汗を拭うユメ先輩に、念のために水分補給用の物資を持たせて、頼みましたよって言って見送った。
思えば、あの時にちゃんと情報を共有しておくべきだった。
ネフティスとの交渉はアビドス生徒会として行う以上、生徒会長であるユメ先輩が行うのが道理。だからユメ先輩が相談してこない限りは大丈夫なのだろうと思って、それらの連絡は全てユメ先輩に任せていた。
だから、ユメ先輩がネフティスの人間と何処で会談するのかを私は知らない。
アビドスの土地に関することだから、アポを取った際にネフティスの人間がアビドスまで出向いてくれるらしいとまでは聞いていたけど、その詳細な場所までは知らないままだった。
だからユメ先輩が帰ってこなかった時、私は酷く焦った。
会談で何かあったんじゃないか、突発的な砂嵐に遭って遭難したんじゃないか、そんなネガティブな事態を想像して、背筋が凍る。生徒会室で待っている間、あまりにも遅いと思った時点ですぐにユメ先輩にモモトークを送った。電話も掛けた。
でも、ユメ先輩からの応答はなかった。
「ユメ先輩……!」
すぐに学校を飛び出した。最低限の物資をカバンに放り込んで、武器装備を手に砂漠地帯へと捜索を開始した。地図を見て、虱潰しに探すしかない。
ネフティスの本社があるのはアビドスの外だ。そこからアビドスに向かう場合、会談の場に指定しそうな場所はどこだと考える。
そうしてピックアップした場所を、片っ端から探すしかなかった。
つくづく自分の馬鹿さ加減にうんざりする。
こんな時にソウせんぱいの力を借りられたら、なんて思った瞬間気づいたのだ。自分はソウせんぱいと連絡先を交換していなかったことに。
いつも気が向いた時に訪れるソウせんぱいと連絡を取り合う必要性はあまりなかったし、そもそも連絡先を知っているユメ先輩とてソウせんぱいと連絡を取り合う頻度はそう多くなかった。
「どこですか……! ユメ先輩!!」
大声を出して周囲を探す。
既に陽が落ちかけているが、砂が日中吸収した熱がじわじわと足元から立ち上り、まるでじわじわと火で炙られているような気分だ。こんな環境で倒れていたりしようものなら、脱水症状で最悪死に至る。
いや、そんなことにはならない。
それを避けるためにユメ先輩に大量の水分や物資を持たせたのだ。そうだ、大丈夫のはずだ。
そう自分に言い聞かせて、次へ次へと移動しては見つからないユメ先輩を探す。
気づけば夜が明け、日が昇りだしていた。
「はぁ……はぁ……一回、帰らないと」
どれだけ時間が経っていたかはわからないが、気づけば手元の物資も空になっていた。
これから日が昇ってまた日差しが厳しくなる以上、疲労と物資不足で砂漠をうろつくのは自殺行為だ。自分が倒れてしまっては、ユメ先輩を見つけ出すこともできなくなってしまう。
私はふらつく足をそのまま、じりじりと焦りの拭えない思考をどうにか紡いで、一旦アビドス高校へと向かわせる。
そうだ、もしかしたら入れ違いでユメ先輩が校舎に戻ってきているかもしれない。そうであれば、私の取り越し苦労で済む。
「ユメ先輩……」
けれど、そうであればモモトークに既読がつかず……着信もないのはおかしい。
それはつまり―――いや、考えるな。
「っ」
ぐっと唇を噛んで、私は足を動かした。
◇ ◇ ◇
二日目、三日目、一週間――――ユメ先輩の捜索は続いた。
連邦生徒会にも救援要請で連絡したけれど、結果は芳しくない。
仮に遭難したのだとして、ユメ先輩に持たせた物資量なら、上手く節約しても生存はギリギリ一週間が限界だと思う。だから、ここから先は少しずつユメ先輩の生存率が下がっていく境界線。
見つけるのが一日遅れるごとに、その生存率は大幅に下がってしまう。仮に今日見つけることが出来たとしても、既に手遅れになっている可能性だって―――考えるな。
違う、ユメ先輩は生きてる。
「はぁ、はぁ……」
雨の一つでも降ればまだ希望が見えるというのに、アビドスは今日も照り付ける日差しが鬱陶しい。この日差しが今もユメ先輩の命を削っているのだと思うと、憎悪すら覚える。
一週間、大声で呼び掛け続けたことで、私の声はかすかすだった。それでも呼び掛ける。
「ユメ先輩!! 返事をしてください……!」
砂漠の広がる景色に掻き消える私の声。それでもユメ先輩からの返答はない。
水を飲む。焦って飛び出した初日と違い、少しだけ冷静になった今ではもしもユメ先輩を見つけた際に衰弱状態だった場合を考えて、すぐに対応できるように救急セットや経口補水液などを持ってきている。
仮に――とは言ったが、未だに連絡がつかず行方知れずのままである以上、最早遭難は確定事項だ。
広大な砂漠地帯の中、人一人を見つけだすなど余程運がなければ不可能に近い。
「っ……く……!」
深い絶望に呑まれそうになる。
溢れそうになる涙をグッと堪えて、ひたすらに周囲を探して回る。泣いている暇なんてない。こうしている今もユメ先輩の命が危うくなっている以上、一分一秒が惜しい。
たった一人でも、見つけ出してみせる。
「あっ」
不意に、砂に足を取られて前のめりに転んだ。
どしゃ、と小さな砂煙を撒き散らしながら砂にダイブして、顔や服に砂が付く不快感を感じる。何もかもうまくいかない状況で精神が追いやられている時、ちょっとしたミスが感情を決壊させてしまうことがあるように―――私の心も折れそうだった。
上体を持ち上げて、なんとか立ち上がろうとする。
すると、視界に入る砂の地面に、ぽたりと汗ではない水分が小さなシミを作った。グッと堪えたはずの涙が、無意識のうちに溢れ出していたらしい。
自覚してしまうと、その涙を止めることが出来なかった。
「うっ……ぐしゅ……」
ユメ先輩が死んじゃってたらどうしよう。
ユメ先輩が死んじゃってたらどうしよう。
ユメ先輩が死んじゃってたらどうしよう。
ユメ先輩が死んじゃってたらどうしよう。
ユメ先輩が死んじゃってたらどうしよう……!
いやだ、いやだいやだ、そんなのはいやだ。
折角これからだったのに、これからアビドスを盛り返して、借金だって返して、この先も楽しく過ごせるはずだったのに。
どうしてこうなるの。
「ユメ……せっ……ぱい……! だれか……たすけて」
立ち上がって、探さないといけないのに……足に力が入らない。涙が止まらない。
最悪を想像して、それが現実的な実感として迫ってきて、希望が少しずつ絶望に浸食されて、喪失する恐怖が私を追い立ててくる。
こぼれた言葉は、涙と一緒に砂に浸み込んで誰にも届かない―――
「―――泣くな小鳥遊後輩。まだ諦めるには早いぞ」
聞こえた言葉に、バッと顔を上げた。
声のした方へと振り向き、そこにいた人を見る。
「ソウ、せんぱい……?」
「悪いな遅くなって。こんなことなら連絡先を交換しとくんだった」
「なんで……ここが」
そこにいたのは間違いなくソウせんぱいだった。
突然現れたソウせんぱいは何故か事態を把握しているみたいで、座り込んだ状態の私に手を差し伸べて立ち上がらせてくれる。
「お前、数日前に連邦生徒会に連絡しただろう? それで連邦生徒会伝いに俺に情報が回ってきたんだ。ユメが行方不明になったってな」
「!」
連邦生徒会……救援要請をしたのに中々返答がなかったのに、実際には巡り巡ってソウせんぱいに事態の伝達がいっていたのだ。あの時連絡する判断は間違っていなかったんだ。
でも、ならどうしてソウせんぱいは私の居場所が分かったんだろう。アビドス高校には私がどこにいるかの情報は何もなかったはず。
そんな私の疑問を汲み取ったのか、ソウせんぱいはいつものように私の頭をぐりぐりと撫でると、そのままスッとその体を私の視界から横にずらした。
「ほら、見てみろ」
「え……これは……!?」
ソウせんぱいの身体で見えなかった後方―――そこには、大勢の生徒とドローンがいた。制服を見れば、そこにいたのは主にミレニアムとヴァルキューレの生徒たち。あとはちらほらとヘルメット団の姿も見える。
ソウせんぱいが手を挙げて何らかの指示を出すと、即座にドローンが全方位へと拡散していき、生徒たちもチームに分かれて方々へと散っていった。
「本当ならすぐに駆け付けたかったんだが……俺と小鳥遊後輩の二人だけで探すとなると見つかるまで時間が掛かりすぎる。最悪一ヵ月掛かってもおかしくない……だから、伝手を駆け回って協力を漕ぎつけてきた」
「伝手って……」
「ミレニアムやヴァルキューレには仕事の関係で色々と懇意にしていてな、その伝手で捜索用のドローンや救急医療の人材を派遣してもらったんだ。ああ、ここにいるメンツだけじゃないぞ、既に他の場所にも大勢人員を割いてもらっている」
「じゃ、じゃああのヘルメット団たちは……?」
「あいつらは……まぁ買収した。ユメを見つけて救助した奴には追加で報酬を支払ってやるって言ったらすぐに乗ってくれたよ」
そんなことが出来るのだろうか……いや、ソウせんぱいなら出来たのだ。
現に今、目の前には百人程の生徒たちがユメ先輩の捜索のために力を貸してくれている。ソウせんぱいの話が本当なら、これ以上の人員が動員されていて、アビドス砂漠内の一斉捜索が開始されているのだ。
これならば―――これならば見つかるかもしれない。
「あぁ……っ……!」
「よく頑張った小鳥遊後輩。だがまだ油断できない状況には変わりない」
「ぐすっ……ハイ!」
希望が見えたことで更に涙を流す私の肩に手を乗せると、胸に抱き寄せてソウ先輩が私の頑張りを認めてくれる。辛い時、苦しい時に助けにきてくれたことが、本当に嬉しかった。
でも、ソウせんぱいのいう通りまだユメ先輩は見つかっていない。
足を止めている暇がないことは確かだった。
「行くぞ……一刻も早くユメを探しだす」
「はい!」
ソウせんぱいの言葉に気合いを入れ直し、私は歩き出したソウせんぱいについていく。その頼れる背中が私の心を奮い立たせてくれる。真っ暗な絶望の中差し込んだ一筋の光……それがソウ先輩だった。
きっと見つかる。
きっと生きている。
待っててくださいね……ユメ先輩。
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