「―――砂漠横断鉄道?」
「はい……ユメ先輩が偶然本校舎から見つけてきた計画書類に書いてあって、アビドス復興のためにもう一度その計画をやろうと」
ソウと二人、協力してくれているミレニアムやヴァルキューレの生徒たちとは別でユメの捜索を再開したホシノは、そもそもこうなった経緯をソウに説明していた。
偶然見つけた鉄道計画のこと、そのためにかつてネフティスに売却してしまっていた鉄道施設の利用権を買い直そうとしていたこと、その話し合いを行うためにユメがネフティスとの交渉の場へ向かい、結果遭難してしまったこと――全てを詳らかにする。
するとソウはホシノの言葉を受けて少し眉を顰めた。口元に手をやり、数秒思案する。
そんなソウの様子を見て、ホシノはどうしたのかと目を向けた。
「どうしたんですか……?」
「……その砂漠横断鉄道計画は、十数年前のアビドス生徒会とセイント・ネフティス社の合同で行われた事業計画で、結局急激な砂漠化の影響で大爆死した計画だった」
「十数年前? で、でもあの計画書に描かれていた地図は、今とそれほど掛け離れてはいませんでした。そんなに昔の計画なら、ここ数年で砂漠化された場所はまだ残っていたはずですが……」
「そうだな……それというのも、アビドス生徒会とネフティスの間で行われた計画はそれだけじゃなかったんだ……おそらくお前たちが見つけた地図は十数年前の計画とは別の計画の資料だろう」
ソウはそう言ってコンパスを取り出すと、方角を確認して行き先を定めたらしく、ミレニアムやヴァルキューレの面々と一緒に持ってきたらしい車に近づく。
気になる話題ではあったが、ユメの捜索にはあまり関係ないと判断したのか多くを語ることはせず、運転席へと乗り込んだ。ホシノもまた、ソウに促されるままに助手席の方へと乗り込んでいく。
エンジンを吹かして、車は勢いよく走りだした。
「っと……どこへ行くんですか?」
「一週間前は雲一つない快晴だった。午前中の内に出発したなら、アビドス高校には一応車もあるし、ユメは十中八九ネフティスとの交渉の場に到着出来たはずだ」
「それは……確かに」
「だから遭難したとするならその交渉が終わったあとってことになる」
ソウの言葉を聞き、ホシノは自分の推測が甘かったことを知る。
ユメの居場所はネフティスとの交渉の場の付近だと考えていた故に見当違いの場所を探しており、だからこそ目星を付けて一週間探し回ったというのにユメを見つけることができなかった。
「だとしたらどこに……?」
「アビドス高校には借金を返すために資金に余裕はないが……その計画書類を見つけてすぐに鉄道施設の利用権を買い戻す行動に踏み切った以上、ユメは毎月の利息返済に充てる金とは別の貯金を用意していたことになる。予想ではあるが、最低でも五百万……多くて一千万円ってところか」
「それが何か……?」
「それだけの金が用意出来ていると知れば、ネフティスもすぐに権利の売却に頷いたはずだ。今のアビドスの現状を見れば鉄道施設の開通は出来るかどうかわからない。なら現状架空の施設の利用権なんて持っていても無用の長物だからな」
それはユメも想定していたこと。
今のネフティスの状況とアビドスの状況を鑑みれば、未だ作られてすらおらず、作れるかもわからない施設の利用権などあってないようなも代物だ。そんな何の金にもならない権利にも拘らず、大金はたいて買い取ろうというのだから、断る理由はないだろう。
「じゃあユメ先輩が遭難したのはその帰り道……?」
「いや違う。ユメは分かってたはずだ……権利を買い取ったところで鉄道を開設するためにもまた相当な金が要る」
「あっ」
「つまりユメは権利を買い取ったあと、その権利書を持って鉄道開設計画のための融資を得るために、さらに遠方にある銀行に向かったんだ」
ホシノはその話を聞いて、すぐにスマホを取り出し地図アプリを起動させた。
そして銀行を検索し、アビドス自治区の中でも未だ機能している地区に点在する銀行をピックアップする。中でも、ネフティスとの交渉の場として予想した場所から近く、鉄道開通計画などという大きな計画に融資できるほどの大きな銀行は―――。
「ソウせんぱい!」
「ああ、おそらく――――この辺だ」
ソウは既にその場所の目星をつけていたのだろう。ホシノの呼びかけに呼応するように、猛スピードで走っていた車が急ブレーキ。砂煙を上げて止まった車から、二人は扉を蹴り開けるようにして外へと飛び出した。
車から降りてすぐ、砂嵐によって巻き上げられた砂に埋もれている道路の一部を見つける。この周辺で最近砂嵐があったことは明確だった。となれば、砂嵐が起こった瞬間この場所は砂煙に包まれ、視界は悪天候……遭難の一つや二つは起こってもおかしくない。
「ユメ先輩!! ユメせんぱーい!!」
ホシノはすっかり枯れ気味になった声をそれでも張り上げ、ユメを呼ぶ。砂を蹴って、あちらこちらへと動いて探した。
今日も日差しが熱い……既に遭難から一週間。ホシノがユメに預けた物資を節約して使ったとしても、おそらく生き残れるギリギリの時間が経過している。
刻一刻と、ユメの生存確率が下がっているのだ。
「ユメ先輩! どこですか!!」
探す、探す、探す。
汗を拭い、きょろきょろと首を振ってユメの姿を探す。
「小鳥遊後輩!」
すると、必死に探すホシノの後ろからソウが大きな声で呼び掛けてきた。
すぐさま振り返ると、ソウが別の方向を指差している。その方向へと視線を向ければ、少し遠くの方に見覚えのある人影が倒れているのが見えた。
あれは―――あれは!!
「ユメ先輩!!!」
ホシノ自身も驚くほどの力で地面を蹴った。
この一週間で疲弊していたはずなのに、万全の時以上の速度が出ていただろう。だが、ホシノの思考速度はそれよりもずっと加速しており、相当な速度で走っているにも関わらず、それでもユメの元までが非常に遠く、到着までがスローに感じるほどだった。
そうしてどうにかユメの元まで辿り着いたホシノは、すぐさまユメの身体を抱え上げて声を掛ける。
「ユメ先輩! ユメ先輩! しっかりしてください!」
声かけても返事はなかった。
すぐさまホシノはユメの身体に触れて生きているか確認する。脈は、呼吸は、心臓は動いているのか……そうして確認していく。
焦っているからか、自分の心臓の音がうるさいからか、脈を測っても上手く感じ取れない。ホシノはユメの胸に顔を当て、心臓の音を直接捉えようと強く耳を押し当てた。
―――とく……とく……
心臓は、まだかすかに動いていた。
「小鳥遊後輩、代われ」
「ソウせんぱい! ユメ先輩が……」
「分かってる」
かろうじて生きているのを確認出来たが、それでもこの暑さにも関わらず最早汗が出ていない。脱水症状が出ているのはもちろん、汗が出ていないということは体温調節機能が死んでいるも同然だ。瀕死も瀕死、あと一日……いや半日でも遅れていれば命はなかったと言っても過言ではない。
ソウはホシノからユメを受け取り、そのまま横抱きにして持ち上げた。
「状態がかなり不味い……ひとまずクーラーの効いてる車内に運ぶぞ。小鳥遊後輩、先に車まで走って後部座席の椅子を倒してユメを寝かせられるようにしてくれ」
「は、はい!」
ホシノとソウは駆け出した。
そしてホシノがソウに言われたとおりに車内の状況を整えると、ユメを抱えた分遅れて到着したソウが車内にユメを寝かせる。そしてすぐさま首の裏や脇の下に持ってきていた保冷剤を挟み、額には冷却シートを貼った。この高気温の中に晒されていたことで、ユメの体温は非常に熱くなっていたのだ。
「あとは水分補給だな……意識がないから点滴を使うぞ」
「ソウ先輩、救護手当の経験があるんですか?」
「まぁ、ヘイローがない以上病院に世話になることも多いからな」
ホシノの疑問を払拭するように、ソウは手慣れた様子で救護セットの中から点滴を取り出し、迷いのない動きでユメの腕に取り付けた。
あまりに淀みのない動き故に、ホシノはソウの頼もしさをより強く感じる。ユメの命が失われるのか、それとも助かるのか、それだけが不安で、手当ての間もずっと張りつめた糸が緩まないまま。
そうしていくつかの手当てを済ませると、ソウがフーと息を吐いた。
「キヴォトス人だし……よほどのことがない限りはひとまず、これで命は大丈夫だろう……あとは、病院に連れて行かないとな」
「えっ……あ……」
その手当てをおとなしく見つめていたホシノは、ソウから掛けられたその言葉にハッと顔を上げた。
ひとまず命は大丈夫――その言葉を理解するのに数秒掛かり、ユメの命が助かったのだと理解した瞬間、ホシノはドッと体の力が抜けるのを感じる。ピンと張りつめた糸が緩んでいくのを理解した。
そして自分の目の前に横たわる意識のないユメの手に触れ、そのぬくもりにふと顔が綻んだ。涙がポロポロと溢れ出し、ユメを失うかもしれなかったという恐怖がようやく身体に追いつき、震えとなって表れる。
「うっ……うぅ……まったく……!」
ホシノはなんて言葉にすればいいのか、なんと言葉を掛けたいのかわからないままに口を動かした。
「―――ここに、いたんですね……ユメ先輩……!」
瞬間、ホシノは声を上げて泣いた。
えーんえーんと、子供のように泣きじゃくった。あまりに不安だったから、あまりに怖かったから、押し殺していた感情を爆発させるように、誰に憚ることもなく大声で泣いた。
「……ったく」
ソウはそんなホシノの泣き顔を見ないように運転席へと移動し、未だ聞こえるホシノの泣き声に苦笑する。
そしてあまりに過酷な経験をした後輩たちを気遣うように、安全運転で車を発進させた。
「可愛い後輩泣かすんじゃねぇよ、ユメ……」
自身も安堵に胸を撫でおろしながら。
◇ ◇ ◇
それから、ユメ先輩はすぐに大きな病院に運び込まれた。
今はソウ先輩がお医者さんから詳しい話を聞いている最中だ。
病院に向かう最中、私はソウせんぱいがいるにも関わらずびーびー泣いていたからあとから凄く恥ずかしくなったけれど、その間にソウせんぱいは協力してくれたミレニアムやヴァルキューレの人たちにも連絡を飛ばしていたらしい。私たちが病院に到着したときには、大部分が撤収を終えていた。
それに病院にユメ先輩を引き渡す時も、医者がユメ先輩に施された手当の正確さに驚いていた。特に点滴の取り付けは経験を積んだ医者と遜色ないと判断されるほど。
ソウ先輩って一体何者なんだろう、なんて思うくらいだった。
けれど、そのおかげでユメ先輩を救助することが出来た。
私の話からユメ先輩の動向を正確に予想し、一発でその場所を割り出してみせた洞察力。そしてユメ先輩を見つけてからの救護技術。何でもできる、と言われても驚かない程度には、私はソウ先輩のマルチプレイヤーぶりを垣間見ていた。
「……」
今思えば、今回ソウ先輩のやったことは想像以上に凄いことだ。
連邦生徒会に連絡したのは私だけど、そこからダイレクトにソウせんぱいに情報が回ってくるだろうか。明らかに連邦生徒会との間にコネクションを築いている証拠。
もっと言えば、今回ミレニアムやヴァルキューレから、衰退したアビドスの生徒一人捜索するためにあれだけの人員と設備を引っ張ってこれるのも異常だと思う。
仕事柄懇意にしていると言っていたけれど、連邦生徒会の組織下にあるヴァルキューレはともかく、他学校のミレニアムからも人材を引っ張ってこれるのはどういう伝手なのだろうか?
「ソウせんぱい……」
あまりに色々な力を持っているソウせんぱいの背中が、私の中でどんどん大きくなっていくのを感じた。
「小鳥遊後輩」
「!」
すると、待合室の椅子で待っていた私に声が掛かる。視線を向ければ、そこにはソウせんぱいが立っていた。
「どうでしたか? ユメ先輩の容体は……」
「ああ、命に別状はないが……しばらく入院が必要みたいだ」
「一週間も遭難していましたし……まぁ、当然ですよね」
「……それでな小鳥遊後輩」
「はい?」
ソウせんぱいから告げられたのはユメ先輩が無事命を救われたことと、しばらくの入院が必要であるということ。脱水症状と栄養失調、熱中症もあっただろうから、それだけで済んで御の字と思うべきだろう。
ホッと胸を撫でおろしていると、ソウせんぱいは少し言いにくそうな表情で私の名前を呼んだ。返事を返すも、次の言葉まで少しの間を置くソウ先輩。
ほんの少し、嫌な予感がした。
「どう、したんですか?」
「……ユメなんだが、知っての通り脱水症状に加えて栄養失調、そして重度の熱中症に掛かっていた。意識は当然戻っていないし、なんならまだ体温を下がりきってないくらいだ」
「はい……」
「だからな可能性の話、なんだが―――」
そこからソウせんぱいが口にした言葉は、掻き消えた筈の不安をほんの少し呼び戻してしまった。
――――脳になんらかの後遺症が残るか……最悪の場合目覚めない可能性もある。
足元が崩れかかるような、そんな感じがした。
七転八倒