爽快なのに鬱ゲー世界の敵役に憑依したからには、悲劇フラグを折って爽快無双ゲーにしなければ(使命感) 作:火星で1,000往復
部下にクリスタルスカルの足止めを託して通路の先へと走った先でアサヒが見たのは、破壊された部屋と腐敗が始まっている骨もろとも切り裂かれた人の死体……そして、最奥にて分厚い扉が破壊された誰もいない白い部屋だった。
──逃げられた。
大陸議会が移送したという線もあるが、アサヒは扉が外側から破壊されていること、クリスタルスカルが足を踏み入れていない箇所に最低でも数日は経過している破壊の惨状があることから、オーバードーズの保有者がすでに脱走していたことを察知した。
単独犯ではない。壊された拘束具はオーバードーズに対応して設計された特殊な設備である。扉も外から力ずくで破っていることから、協力者がオーバードーズの保有者を逃した可能性が高かった。
クリスタルスカルは脱走を知らなかったか、或いはすでに確保しているが情報の共有ができずに襲撃を仕掛けてきたのか。
ここを守っている大陸議会の守備隊は、おそらく証拠隠滅のために施設の後始末をしに来た部隊だった可能性が高い。もしくはすでに空となっていたことを知らずに守っているのかもしれない。
いずれにせよ、この施設はすでに空となっていた。
ならばこれ以上の戦闘は無意味。すぐにオーバードーズの追跡にかかる必要がある。
「──誰だ」
そのことを伝えるために無線機に手をかけた時だった。
部下たちが足止めをしている中、この部屋に足を踏み入れた人物に気づいたのは。
「この俺に気づくとは、さすがだ主人公。名を聞こう」
褐色肌に銀髪。
グランシャリオを保有するクリスタルスカルの幹部。
「……ダンデライオン」
「それは俺のコードネームだ。名前をとるなら俺がアサヒを名乗るぞ」
クリスタルスカルが有するパラディソスの保有者の1人が立っていた。
部下たちが足止めをしてくれたあの長い通路からこの部屋までは一直線。脇道はなく、別ルートから来たとは考えにくい。
ならば可能性は──この男に足止めを買ってくれた部下たちはやられたということ。
オーバードーズは既に無くこの場は空だが、部下をやられておきながらそれを戦う理由にしないほどアサヒは薄情ではない。
この敵はこの場で切り捨てると、クラウソラスのバスターを構える。
「私の部下が足止めをしていたはずだが」
返答次第ではすぐさま首を切る。
臨戦体制を取り部下の安否を尋ねるアサヒに、パーツを展開せず偉そうに腕を組んで対峙するダンデライオンは首を傾げてから、そういえばというかのように手をポンと打ち合わせてその問いに答えた。
「部下……? ああ、通路にいた連中か。そんなもの俺のグランシャリオの高速移動の前には無意味。二、三十発ほど被弾しシールドにぶつかって一度止められたが、華麗に回避しすり抜けてきたわ! 今は多分こっちの雑兵どもとまだ銃撃戦でもやってるんじゃねえの?」
「パラディソスの権能……なるほど、それなら突破できるか」
ダンデライオンの保有するパラディソス“グランシャリオ”は高速移動の権能がある。
それによって回避してきたらしく、向こうも向こうで大量の配下の兵隊を使って部下に追撃できないようにしてきたらしい。
この場に来たのがダンデライオン1人だったこと、シールドにぶつかった証拠が鼻血に現れていることから、おそらく本当なのだろうと推測がつく。
ひとまず、ダンデライオンにやられたというわけではないらしい。
直後に銃撃戦の最中なのだろう、背後に銃撃音を鳴らしながら無線に部下からの通信が入る。
「申し訳ありません隊長、1人抜けられました! 気をつけてください、ダンデライオンです!」
「ああ、分かっている。お前たちが無事ならそれで良い」
「分かってる──って、まさかもうそっちに!?」
「大丈夫だ。此方は私に任せてお前たちは責務を果たせ」
「──了解!」
それぞれの敵に集中するため、部下との通信を一旦終える。
ひとまず無事だったことに安堵し、そして部下たちの妨害をすり抜けてきたクリスタルスカルの幹部に改めて目を向け、クラウソラスの切先を向けた。
「この部屋を見れば分かるが、お互い目的の人物には逃げられた後だ」
「では戦う理由はないな。武器を下せ」
「断る」
オーバードーズはいない。
この場でクリスタルスカルが我々と戦う理由は確かにないだろう。
だが、ダンデライオンは国際指名手配中の危険なテロリストである。
市民を守る軍人として、この場で危険人物を逃がす道理はない。
ダンデライオンにアサヒたちと戦う理由はなくとも、彼女にはテロリストを討伐する理由があった。
「待て待て待て! そちらの任務はココの捕獲であって、俺みたいな中ボス狩りじゃないだろ!」
「ほう、オーバードーズの保有者は“ココ”というのか。情報を握っているならば余計に見逃す道理はない」
「あ、やべっ」
アサヒとやり合うつもりはなかったらしいダンデライオンが、テロリストを逃す道理はないと出した刃を収めようとしないことで慌ててしまい、思わず情報をこぼす。
オーバードーズの保有者の情報は上層部も握っていなかった。
個人名を知っているということは、この男はまだ情報を握っている可能性が高い。
それを吐かせる上でも、ますますタダで逃すわけには行かなくなった。
「ええい、戦意なき者に剣を向けるとはバトルジャンキーめ……流石は無双ゲーの主人公と言ったところか。知りたいことを言えば見逃してくれるのか?」
「捕らえて全て吐かせる方が確実だ。逃すつもりはない」
「ぐぬぬ……ならば金を出すぞ。さあ幾らで見逃す?」
「生憎、軍人の職責を放棄する気はない。市民の安全を金と天秤にかけるつもりはない」
「公務員の鑑だな。職務に忠実なのは良いことだ」
「褒め言葉はありがたく受け取ろう。しかし逃すつもりはない」
「一応確認だが、俺は市民に入らないのか?」
「テロリストは対象外だ、諦めろ」
「どうあっても俺と戦う気か?」
「大人しく逮捕されるならば手荒な真似はしない。私としてもその方が望ましいが」
「人と会う約束がある。大事な要件だ。それを果たすまで拘束されるわけにはいかんのだよ」
「ならば実力行使しかないな。覚悟しろ!」
「嫌だと言ったら嫌だぁ!」
抵抗しないならば手荒な真似はしないと、一応降伏を勧めてみたものの、ダンデライオンの返答は拒否。
情報を売ろうとしたり、金で釣ろうとしたり、人と会う約束があるから見逃してくれと懇願したりと、よく回る口先で逃げようとするが、全て却下してもはや問答無用と切り掛かる。
「シールド展開!」
クラウソラスに間合いは関係無い。
パーツを展開されたり高速移動で逃げられる前に両足を切り落とすつもりで仕掛けた先制攻撃は、咄嗟に展開されたシールドに阻まれた。
「やはりお前は俺にとって死神だ!」
「テロリストにとっての死神ならば望むところだ!」
「聞く耳持たずめ、聖母様を見習えバーサーカー!」
「誰がバーサーカーだ! アーツ展開!」
死神だのバーサーカーだの、散々なことを言ってくる失礼極まりないテロリストに対し、アーツを展開する。
クラウソラスのアーツは複数展開される光の矢で、任意のタイミングで標的に向けて高速で発射され直撃箇所を高熱により蒸発させて抉り取る武器である。
「俺の高速移動を舐めるな! ハエと呼ばれる中ボスだぞ!」
「誇るような異名ではないだろ!」
言動はふざけているが、グランシャリオの高速移動は絶え間なく飛ばされるクラウソラスのアーツを悉く躱す。
向こうは反撃せず徹底して逃げに徹する為、ハエを自称する通りなかなか攻撃が当たらない。
加えて先ほどから言動がふざけているので、まさにハエを彷彿とさせる鬱陶しさがあった。
「飛べばハエ、走ればゴキブリ、回避においてこの紙装甲に勝るものなし! だから攻撃をやめろ! 掠っただけでも大ダメージになるんだよ俺の方は!」
「つまり一撃当てればお前を落とせるわけだ!」
「流石に1発くらいなら耐えられるわ! でも痛いから当てるな! 人は暴力で対話するのではない、議論で対話するのだ! 矛を収めて話をしよう!」
「断る!」
「拳で解決しようとするな! 脳筋! ゴリラ! 暴力女!」
「誰がゴリラだ! 女性に対する口の聞き方を矯正してやる、そこに直れ!」
対話を望むとほざきながら、口八丁で逃げるチャンスを見出そうとしていることは明白。そんな妄言に惑わされず拒否したところ、幼稚な罵声を飛ばし始めいよいよ鬱陶しくなった自称ハエ。
仕舞いにゴリラ呼ばわりしてきたことに流石のアサヒもカチンときて、アーツだけでなく近場に転がる機材の残骸を投げつける。
「淑女は武器を振り回す前に対話するものだ! 相手の価値は品性と順応で測るもの、拳で測るのは男のやり方だ! そして壊れているとはいえ機械を乱暴に扱うな!」
「生憎、私は女の前に軍人だ。職務に殉じ市民を守る。脅威となるものはテロリストもフォーリナーも等しく駆逐する!」
「カッコいいけど哀しい生き方!」
「テロリストの同情など要らん!」
「そして強情!」
強情で何が悪い。
職務に忠実で何が悪い。
彼の望みは人々の平穏。それを守るためなら、他者から見れば哀しい生き方でも決めた道を進むだけだ!
バスターを握る手に力が籠る。
その苛立ちは、ダンデライオンの幼稚な罵声か、ハエのように飛び回り当たらない攻撃か、それとも……。