「...んー?」
ピビピ、ピビピ...朝の到来を告げるアラームが、枕元のスマホから放たれる。
普段なら煩わしいこの音も、妙に心地よく感じるのは、気のせいではない。
「...睡眠って素晴らしいな」
久しぶりに、俺は八時間睡眠を遂げた。
ほんと久しぶり。最後にキチッとした睡眠を取ったのはもう何年も前になる。
なにこれ。これまでは起きたら全身の血液が水銀に置き換わったみたいなダルさを感じていたはずなのに、そんな倦怠感がまるでない。
調子が良い。
なんなんだこれぇ!!
それは、俺が闇バイトに切り替えてからの事。
これまでとは打って変わり、一度の仕事で信じられない金が入ってくるようになった。
ギヴォトスの闇深さにはまったく感謝するばかりだ。
お陰で昨日は夜間のバイトを入れる必要がなかったため、このようにぐっすりと睡眠に耽ることが出来たのだ。
やっぱりちまちま普通のバイトで稼ぐなんて時代遅れなんだな...
抜けられない底なし沼に片足を突っ込んでしまったような気分だ。
でももうそれでもいい。
俺にはもう、この道しかないんだからな。
・・・
「前と比べて、別人かと思うくらい顔色が良くなったな」
補習授業部にて、開口一番アズサに言われた。
あぁそうだ、そうだろうとも。
何せ俺は八時間睡眠男。
体の何処にも不調なんぞござらんのだよ。
「ふふふ、実はドーンッと稼ぐ手段を手に入れたんでな。ちまちま夜勤とかいれる必要がなくなったのだよ」
「そうか、それは良かった。ヒフミが来たらその顔を見せてやれ。ずっとお前のことを心配しているようだったからな」
「そうする。アイツには世話になってるからな」
ここには、まだ俺とアズサしか来ていない。他三人はそれぞれ用事があるらしく、遅れるとのことだ。
ハナコは水着徘徊の罪でまた捕まって、コハルは正義実現委員会に行っていて、ヒフミはティーパーティの桐藤ナギサとお茶をしているとか。
え?なんなのアイツら?ヤバくない?
ハナコは安定してヤバいけど、他二人は別ベクトルでヤバい。
桐藤ナギサと言えば実質この学園のトップだよな?
ヒフミさんアンタ...どういう突飛した人脈の持ち主なんですか?
やっぱアイツ自称平凡の非凡人だわ。平凡の定義に失礼だ謝れ(?)
ヒフミもヒフミだけど、コハルもなかなかだよな...正義実現委員会って普通にエリートじゃねぇかよ。
「まさかあのコハルが正実だったとは、このリハクの目をもってしても....」
「うん?リハクってなんだ?お前はリハクだったのか?」
「違います。ただなんとなく言ってみただけ」
「そうか」
「...うーん」
にしても、掴み所ないよな、こいつ。
ふと俺は、そんなことを思った。
白州アズサ。
出会い頭に俺をゾンビ扱いして拘束した奴。
ヒフミはトリニティトップと面識があって、コハルは我らが正実の一員(補習授業部にいる間は外されてるらしいけど)で、ハナコは変態で。
こいつだけなんかよく分からん。
あの制圧術を持ちつつ、こいつだけ何の属性も持たない一般的な生徒なのおかしくない?
絶対何かある気がする。
実はマジで傭兵上がりだったりするんじゃない?
「...どうした?私の顔をジロジロ見て」
「なんでもないよ」
「なんでもない割りには顔が近いぞ」
「いや、うん...なんでこいつこんなに掴み所がないんだろうなぁって考えててさ」
「...??」
属性の有無はまた別としても、アズサとの会話はどこか底が抜けている感じがする。
拭えない謎の違和感が常にあるんだ。
要領は得てるし、会話内容自体に何かあるわけじゃない。それ以外の要素....
「あ!分かった!!」
「何がだ?」
こいつ、あれだ。
感情の起伏がないんだ。そういうことだ!
俺と話してるとき、ずっと無表情なんだよ。表情禁が死んでると言うか、機械的な受け答えと言うか。
でもそれは俺とのマンツーマンに限定されてる。ヒフミやらと話してると、ちゃんと笑ったりしてるし。
じゃあ、もしかして....
「俺ってまだお前に警戒されてたりするの?」
「それはお互い様じゃないか?」
ピシャリと言われた。
おっと。なかなかに言いよりますねこの子。
「それはその、あれだよ。これまで心の余裕ってのがなかったからさ。極端にネガティブな思考回路だったって言うかね。うん、そういう感じ」
「.....」
「今はヒフミのお陰で割りと心に余裕があるからさ、ちゃんと皆と仲良くやりたいなって思ってるよ」
「そうか?私からしてみれば、お前はそんなこと欠片も考えているようには見えないぞ」
「...えー、それはどういう意味?」
「お前の目は、私達を上手いこと利用しようとしてる者のそれだ。表面上は取り繕っているが...ヒフミに対しても、都合のいい奴程度にしか思ってないだろ?」
「...またまた何をおっしゃいますやらぁ。めちゃめちゃ感謝してるよ?マジマジ」
「...だとしたらお前は、感謝の仕方を知らないんだろう」
「...ハハハー。え、アズサってそう言うの分かるんだね。心理学的な?」
「...昔、お前と同じ目をした奴を見たことがあるってだけだ」
アズサは、忌々しい何かを思い出すような面持ちで、俺を見ていた。
利用なんてそんなつもりないんだけどなー。
流石に邪推が過ぎるんじゃないかぁ?
生まれつきそういう目つきなだけかもしれないぞぉ?
「無理に感謝しろなんて言わないが...ヒフミを傷つけることは許さない」
「あははぁ...うんまぁ、肝に銘じておくよ」
なんだか、嫌われてしまったかもしれない。
自分を利用しようとしている目、か。
やっぱこいつ傭兵上がりだろ。
・・・
(...ど、どうしよう)
下江コハルは、教室の扉の死角に身を潜め中の会話に聞き耳を立てていた。
(シンタロウが私達を利用しようとしてる?そ、それってどういう意味なの?ま、ま、まさか....)
もわもわもわ~っと、コハルの妄想ワールドが展開される。
そこに映し出されたのは、コハル達四人がシンタロウに対してエッチなご奉仕をする光景だった。
コハルは途端に真っ赤になって、ふるふると頭を振って妄想を四散させる。
(え、エッチなのは駄目...し、死刑なんだからッ!!わ、私がビシッと言ってやらないと。正義実現委員会の一員として!)
コハルは今自分が正実の活動を禁止されていることをすっかりと忘れ、固く決意した。
・・・
『前回は完璧な仕事でしたよ。貴方はなかなかやり手のようですね。良ければまた、仕事を頼みたいと考えているのですが』
受話器越しから、卑屈とさえ感じるようなへりくだった声が聞こえる。
「ご評価頂きありがとうございます!恐悦至極に存じます!!是非ともそのお仕事、受けさせて頂きます!」
その受話器を持つ俺は、それよりも更にへりくだって返事を返す。
電話での会話だと言うのに、まるで目前に相手がいるかのように、何度も何度も頭を下げる。
この人は、前回俺に仕事をくれたクライアントだ。
ブラックマーケットから荷物を運ぶ。
確かに危険は伴うが、仕事内容自体は誰でも出来るような簡単なもの。
しかしその容易さ比べて、この人は破格の報酬を提示してくれたのだ。
無論仕事を遂行すると、嘘ピョ~ンなんつって報酬をブッチすることもなく、キッチリ全額払ってくれたし、その面は信用できる。
だから俺はまた、この人から仕事を受けたい。
『ノリ気なようで何よりです。では、新しい仕事なのですが、また前回と同じように、荷物を運んで頂きたいのです』
「なるほど」
『これから座標のデータを送信しますので、それをご確認ください。報酬はそうですね...前回の倍でいかがでs....』
「やります、絶対やります。任せてください完璧にやり遂げて見せます!」
『...それはそれは、心強いですね。これなら安心して貴方に任せられそうです』
「はい、安心して任せてください!!」
『では、報酬の支払方法は前回と同じで。よろしくお願いしますよ...クックック....』
その不気味な笑い声を最後に、プツリと電話は途切れた。
「うっひょぉぉ!!」
思わず奇怪な声を上げちまったぜ!!
やったやったまた仕事が貰えた!!!
まっじでさぁ、この人さぁ、金払いが素晴らしいのよ。
前回で既に結構な大金を報酬にしてくれてたってのに、今回はその倍?
この調子で仕事を貰い続ければ、目標金額まですぐじゃん!!!
ピコンッ
「お、来た来た」
スマホに、不明の宛名で位置情報が送られてきた。
そこは、ゲヘナ区域の端の、今はもう使われていない工業地域。ここから歩いて一時間弱ってところか。
「届け先は...前回と同じか」
これなら今日も八時間睡眠...いや九時間睡眠いけちゃうんじゃね!?
やばいな、興奮してきた。睡眠に興奮する変態になっちゃった。
俺は下手くそなスキップまでも披露しながら、指定された場所へと向かうのだった。
「...何アイツ...学校終わりにどこに行こうって言うの?」
(もう夜のバイトは入れなくてよくなったとか言ってたし、バイトじゃないってことよね?)
「怪しい...跡を着けてやるわ」
・・・
「ズル、ズル、ズルズル」
太陽は既に半身を沈め、辺りは朱く染まり出す。
今はもう使われていない工場の、錆びついたドラム缶に腰を下ろしながら、私はカップ麺を啜っていた。
「やっぱり肉体があるのは不便...一々栄養を補給しないとまともに動かないし。食事なんて面倒くさいことをしなきゃいけないなんて」
ぶつくさと文句を垂れるけど、それをしたところで現状が何も変わらないことは分かってる。
こんなことに、意味なんてない。無駄なことだ。
「それを言い出したら、こうやって身を潜めてまで生きる事にも、意味なんてないか。絶望しかない未来に向かって進むなんて、虚しいだけ...」
ふとまた、顔を上げてしまう。
視線の先の、大きな機械の突起から垂れ下がるロープ。どこか、魅惑的に感じる。
「...ッ、」
けどその瞬間、頭の中にみんなの顔がフラッシュバックした。
私の中の衝動が、静かに溶けていく。
「...絶望しかないなんて、決めつけちゃ駄目...か」
ある人が言った。私達には無限の未来があるんだって。
未来は自分で選んでいいんだって。
だから、どれだけ虚しくたって、それでも....
「...明日も生きてみよう」
どうしようもない今日を生きて、何かが変わってるかもしれない明日に期待する。
そんな虚しさがもしかしたら、生きるってことなのかもしれない。
コツッ、コツッ
「ッ?」
その瞬間、遠くから、足音に似たなにかが聞こえる。
いや、似たじゃない。これは間違いなく、足音だ。
でも誰の?こんな場所に、人なんて来るはずない。
とにかく身を隠さないと....
その判断を下すまでに、数秒。
私は突然のことに呆気に取られて、行動を起こすまでが遅すぎた。
「...あれ?誰かいる?」
「...しまった」
見つかった。
どうする。
相手が私を知っているなら、戦わないといけない。
知らないのなら、なんでもないふりをして逃げないといけない。
...どっちだ?
「あれ、その顔...その傷。指名手配の...まさか、戒野ミサキ!?」
「...はぁ、最悪」
私は自身の運の悪さに奥歯を噛みしめて...戦闘態勢に入るのだった。