送られてきた座標を元に、足を進めた。
そうして俺は、人気のない工場に辿り着く。
昔はここも、いやこの辺り一帯にも活気があったのだろうか。決して小さくない工場がいくつも並んでいる。
これが時代の流れと言うやつなのだろう。盛者必衰ってことだ。
「...えっと...荷物はこの中にあるのか」
しかし、どうしてこんな場所に荷物を置いているのだろうか。ここまで運んで、そこからどうして俺を経由する必要があるんだろうか。
俺を利用することに、一体何のメリットが?
あの場所まで運べない理由がなにかあるのか?
疑問は絶えないが、なんにせよ金さえ貰えればそれでいい。
俺はそう割り切って、その工場に足を踏み入れた。
「うわ、埃が舞ってる....」
やはり工場の中は、人の手が何十年も入っていないような年季を感じさせる環境を作り出していた。
あんまり深く呼吸をしようものなら、忽ちに
潔癖症の方お断りの空間である。
俺は口と鼻を袖で覆いながら、慎重に進んでいった。
廃れた工場だ、いつ天井が崩れてきてもおかしくない。
錆びた機械やらもあるし、俺に向かって落下してくる可能性だって拭えない。
慎重に越したことはないのだ。
カタっ
「ん?」
するとその瞬間、前方から妙な物音が響く。
何かしらが拍子に落ちたような無機質な音ではない。人工的にたったような、そんな印象を受ける。
(この先に誰かいるかもしれない)
俺は本能的の察した。
こんな都市の中心部から離れた場所に、人がいるわけがない。無意識にそう思っていたからこそ、嫌な汗が流れた。
「あれ?誰かいる?」
俺の予感は、まさに的中した。
辿り着いた、工場の最深部。奥の壁に無作為に置かれたドラム缶に腰を下ろして、その人は俺を見ていた。
見ていたというより、呆気に取られてる感じだ。
それに関しては俺も同じだ。
きっとお互い、こんな場所に自分以外が来るとは思ってなかったんだ。
なんて声をかけよう。気まずい空気が流れる。
出来ることなら、軽く会釈をしてから世間話に洒落こみたいな。
...なんて、漠然と考えながら...その人の顔を見た。
不思議なこともあるもんだ。なんだか、見覚えがある。
もしかして有名人だったり?
はて、何処で見たんだったか。
記憶を探る。
なんかこの人、常日頃から何処かしらで目にしてるよな?
何処だ?
何で見てるんだ?
えっと、例えば...あれは、街中の電柱にて。
この顔が、目立つように貼られていた。
うん?あれ?
待てよ?え?
「あれ、その顔...その傷。指名手配の...まさか、戒野ミサキ!?」
「...はぁ、最悪」
・・・
油断した。まさかこんな場所に人が来るだなんて。
でも、起こってしまったことに文句を垂れたって意味はない。
私はリボルバーを構える。
「悪いけど、見られた以上アンタをこのままにしておく訳にはいかない。少し手荒な真似をさせて貰うよ」
「んなっ!?」
眉間を狙い、引き金を引く。
強い反動を生み出しながら放たれた銃弾は正確に男に着弾した。
...はずだった。
「うぐっ!?」
けれどそれが着弾したのはその男ではなく、私だった。
引き金を引いたはずの私が、撃たれたのだ。
眉間に強力な衝撃が走り、その慣性に耐えられなかった体は半回転しながら地面に落ちる。
後頭部を強く打ち付けた。
意識が一瞬彼方に飛ばされる。
「なん...で?」
視界がぼやける。
脳に強いダメージを受けてしまった。
ヌルリと生暖かい感覚が後頭部に現れる。
「マジ、かよ。すげぇ、こんなところで指名手配犯に会うなんて。俺は幸運だ」
「...ッツゥ」
ふらふらと重心が乱れるのを感じつつも、なんとか立ち上がる。
一体私を何をされたのか。
男に向かって飛来した銃弾は、まるで跳ね返されたみたいに私へと返された。
男に着弾したと思った刹那に、それは起こった。
もしかしてこいつ、普通じゃない?
「指名手配犯。懸賞金付き。しかもその額は普通に生きていたら絶対に手に入らないレベル。も、もし。こいつを、戒野ミサキを捕まえれば....」
男は、ぶつぶつと何かを呟きながら、震えていた。
その口元は、狂ったように歪んでいる。
「目標金額...妹の手術費を引いても余裕でお釣りが来る」
「...なるほど」
残酷な瞳。目的のためなら手段を選ばないような、非情な人間のそれだ。
今まで幾度も見てきた目だ。
「あは、はは...アハハハハ!!!」
「厄介な奴に見つかったみたいだね」
こういう人間に対しての手加減は、一つ間違えれば自分を致命的な危機へと送り込む。
だから、そういう考えは真っ先に捨てる。
大怪我を負わせることになるかもしれない。
でもそれくらいの覚悟じゃないと、多分やられるのは私なのだ。
「なんとしてでも、どんな手を使ってでも....」
「...え?」
私が攻め筋を組み立てているその向こうで、男に異変が起きていた。
「...なにそれ」
男のヘイローが、不気味な光を放ちだす。
目にした途端気分が悪くなるような、妖しい力を感じさせる光。
それは明滅を繰り返すながら大きく、強くなっていく。
未知数の感覚。規格外な何かがそこにいる。私の想定を遥かの飛び越えてしまっている。
無性に湧き上がってくる恐怖。
逃走。
思考よりも先に、本能がそれを判断して、体が勝手に動いた。
...でも、
「ッ!?」
思うように地面を蹴れない。
体の軸が定まらない。
まるで...まるで、
いや、まるでじゃない。
私に掛かる重力が...消滅した。
「なん、なんで!?」
「はぁ...はぁ...ははは.....」
体が徐々に地面を離れて、宙に浮かんでいく。
手足を振り回す。
けど壁からも地面からも離れすぎた。
どれだけ暴れようとも、その場を回転するにとどまり、動くことが出来ない。
カチャリ
「...グッ!?」
男が文字通り手も足も出ない私へと、拳銃を向ける。
スペックは大したことのないそれでも、当たり処によっては私の意識を奪うなんて容易だろう。
何も出来ない。この世の理を無視したみたいな出鱈目な力を前に、私は無力だった。
これ以上抵抗しても、意味はない。
あぁ...虚しいな。
こんな形で終わるだなんて。
(...ごめん、みんな)
「駄目ぇぇぇぇぇぇーーー!!!」
瞳を閉じて、刹那の後に訪れるであろう衝撃を待った。
けれど聞こえてきたのは少女の悲鳴と、カランッと言う乾いた落下音。
そして戻ってくる、質量の感覚。
ドサリと、私は地面に落ちた。
・・・
信じられなかった。
目の前で起こってる、不思議な光景。
空に浮かんでいく女の子と、その子を狙うシンタロウの背中。
シンタロウのヘイローから放たれる光で私は、きっと今の彼が正気じゃないんだろうって察した。
そこからは、無意識に体が動いた。
走って、今にも引き金を引こうとするシンタロウを押し飛ばした。
シンタロウは転がって、拳銃を落とした。
そして次の瞬間、女の子が地面に落ちた。
「シンタロウ!!何してんの!!」
「あ...こ...コハル?」
「なんでこの子を傷つけようとしたの!?そ、そんなの!駄目なんだから!!許さないから!!」
「に、逃がす...な。こは、る」
「...何がなんだか分からないけど...私も悪運が強かったらしいね」
その子はすぐさま立ち上がると、私達の横を走り抜けていった。
シンタロウも必死で追いかけようとしたみたいだけど、足がもつれて上手く回らない様子だった。
生まれたての小鹿みたいにぷるぷる震えて、少しだけ進んだけど、結局また倒れた。
「く...そ...クソッ!!」
悔しそうに歯を食いしばって、シンタロウは地面を殴った。
「し、シンタロウ?」
私がその名を呼ぶと、彼はギロリと今までに見た事がない表情で私を睨むと、腕を掴む。
「え、ヒャッ!?」
地面に押し倒される。
訳が分からないまま押さえつけられて、頭の中が真っ白に染まる。
「ふざけんなよ...お前...!!!」
「し、しんたろっ、やめて」
「黙れ!!!金が!!あの金があれば!!!全部解決だったんだ!!!それをお前は!!!!」
「あ...う....」
鼓膜が破けそうなくらい大きな怒号。
一言一言に身がすくんで、逃げ出したくなる。
でもガッチリと暴力的な腕力が私を拘束して、身動き一つとれない。
シンタロウの、知らない表情。
知らない声。
知らない感情。
あんなに優しかった彼が、今ではこんな顔で私を責め立てている。
涙が溢れてきた。
声を出して泣きたかった。
でもそれをしたらもっと怒鳴られそうで、必死に我慢するしかなかった。
「ッ...あ....」
「うぐ..ヒック.....」
次の瞬間シンタロウは、ハッとしたように怒鳴るのをやめた。
目を白黒させて、そして私を抑え込む力も弱まった。
今なら逃げ出せる。
けどそんな気力は...もう残ってなかった。
「あ、ち...ちがっ...こんなつもりじゃ...おれ....」
シンタロウのヘイローから放たれていた光が、少しずつ消えていく。
しゃくり上げる私の声が、まるで他人事のように耳に入ってくる。
「コハル...ごめ、ほ、ほんとに...そ、の...あ、うぁ」
光は、完全に消えた。
「グブッ、ゴボッ!?」
それを皮切りに。
シンタロウは突然、大量の血反吐を吐き出した。
「ジン、ダロウッ!?」
「ゴボッオゲ、ゲボゲボ」
ビチャビチャと、私の胸に赤い液体が落ちて、服に染み込む。
「血、血が!シンタロウ!!シンタロウ!!!!」
「ア、アガ、アァァァアアァアアアアア」
吐血が終われば、今度は痙攣が始まる。
シンタロウは白目を剥き、身を捩りながら悶え苦しむ。
口の端から、血の混じった泡が零れる。
「嫌だ、く、るな!ぐるな!!来るな来るな来るな来るな!!!」
「シンタロウ落ち着いて!大丈夫!!大丈夫だから!!!」
私の声は届かない。
顔が青くなっていく。初めて会ったあの日よりも、ずっとずっと青くなっていく。
このままじゃ、シンタロウが死んじゃう。
そんな実感が、私を動かした。
「シンタロウ!!お願い...元に戻って!!」
私は有らん限りの力で、必死にシンタロウを抱き締めた。
身を捩って、転げ回って、狂ったように痙攣しても、それでも絶対に離れないように、必死に必死に。
「あ...が...うぐ...は、はぁ...はぁ...」
「...シンタロウ?」
シンタロウの異変は、数分に渡って続いたが、それでも少しずつ症状は和らいでいった。
身の震えは止まり、あれだけ青かった顔も、綺麗な肌色に。
苦しそうに悶えていた体は、漸次的に落ち着きを取り戻すことが出来た。
「大丈夫?...苦しくない?」
「...うん...もう...大丈夫」
その声は...いつものシンタロウのものだった。
・・・
「クックック...素晴らしいですね。私の予想をはるかに超えたあの神秘。これまで観測してきたそのどれにも属さぬ、奇怪で奇抜且つ超越的です。まさに真理へと辿り着くための大きな懸け橋となりうる....」
「.......」
「貴方もそう思いませんか?...ねぇ、先生」
「...悪趣味が過ぎるぞ黒服。これは、確実にライン越えだ」
「おっと、怖いですよ先生?誤解のないように言っておきますが、私はこうなることを全くもって想定していませんでした。これは言わば、彼の選択。私の意思など微々たるものでしょう」
「.......」
「先生、私は親切にも貴方に忠告をして差し上げようと思い、招待したのです。荒っぽいことはお控え願いたいですね、クックック」
「...忠告だって?」
「えぇ。暁のホルスがキヴォトス最高の神秘とすれば、藤巻シンタロウ。彼はキヴォトスで最も特異的な神秘。キヴォトス外の力を根源とする、そう言って差し支えないでしょう」
「...それって、まさか」
「先生のご想像の通りですよ。彼の力のその根源は...
コハル曇らせは御法度じゃないのか!?教えはどうなってるんだ教えは!!!