エルフのドミナに言われるがままたどり着いた先は国境街と呼ばれる場所、種族ごとに国を持つこの世界では珍しくない街である。そこは国と国との間に跨る街で関所としての機能を持っている、税関と言うと風情がないが、そう言うところだ。
またその関所に人が集まると商いも盛んに行われ、そうしていく内に街として育った一面があるので、商人街とも言われる。
「おお、デカい……異世界って感じだ」
ちょっとした砦のような街にはあちこちと忙しなく動く人々が多く、視覚的に賑やかさが伝わってくる。テントを張った露店にしっかり店舗を構える土産屋に宿屋、馬小屋、休憩所、国境に面して居るので特に荷物検査待ちの商人が多い、エルフの姿も散見された。そして総じてその衣服はよく見る中世ヨーロッパ風の物であり、肩から布をかけたような姿やマントに鎧に大剣など、非日常が日常的に繰り広げられている。
ユキムラはただ圧倒された、しかしそうしてるだけだと前に進まない、それに歩きっぱなしで喉も渇いたので水か飲める所を探して国境街を彷徨うことになった。ワイシャツと黒っぽいズボンの出で立ちは異世界では少し浮くようで、街行く人の視線を集めていたがそれを気にする余裕は今の彼にはなさそうだ。
「おい、そこの君……大丈夫か?」
なんとユキムラに声を掛ける者がいた、鉛色のカッチリした装甲と腰の鞘に収められた太い剣、騎士だろうか、戦士だろうか、逡巡したのちユキムラは思いつく、この人憲兵だろうと。
「あ、すいません俺まだ何もやってないです……」
「待て待て、私は別に犯罪者に見えたから声をかけたわけじゃないぞ。お前が困っていそうだから手を差し伸べたんだ、見た所私たちと同じヒューマンだが、エルフの住む霊樹の森から来たように見えた、何があった?」
この場合は素直に転生者だと言うべきだろうか、いや言って理解を得られる可能性が低い、言い訳したい訳じゃないが語れる真実が無いのも事実だ、ユキムラは困ったのでウソを付くことにした。
「分かりません、名前以外、覚えてません……」
「えー……えっ? ……あー記憶喪失、と、言うやつか?」
「みたいです、ね」
「何らかの魔法で記憶を消されたか、場合によっては犯罪の可能性もあるのか……エルフめらがしそうなことだ」
「そうなんです?」
「あーいい、気にするな。とにかく困ったな……監視長に判断を仰ぐか、すまんがついてきてくれ、なんとかなる」
「ありがとうございます!」
案外なんとかなった、ので兵士の背を追いかけて監視長の居る大きな詰所へやって来た、他にも同じように武装した兵士が出たり入ったり休憩していたりと街と同じ賑やかさがあった。
「ここで待っててくれ、上司に判断を仰いでくる」
兵士はそのまま詰所の奧に消え、数分待った。その間ユキムラは詰所にいた他の兵士たちから好奇の目で見られ、少し縮こまるようにして待っていた。一応記憶喪失のテイを保つためにそれっぽい仕草をしてみたりしたが途中で恥ずかしくなってやめた。
「おーん、貴様が記憶喪失の旅人か、どっちかと言うと商人か、トンチキな魔法使いのように見えるが……なんだって良いか」
「幼女だ……?」
「んだとぅ! これでも若造のテメェより年くってんだい!」
現れたのは口調とは裏腹にとても可愛らしい女の子だった、しかし見た目で判断してはいけないらしく彼女はミニマンという背が低く幼く見えるがとても力が強い種族だ、ユキムラが騙されるのも無理はなかった。軽装で現れたので尚の事幼女にしか見えなかったのだから。
「んで! オメェは記憶喪失らしいが今はそれはどうでもいい、手形はあるか? 滞在手形、交易手形、貴族特権……は、ありえねぇな、滞在か交易のどっちか持ってないのか?」
「ないですね、それらしいものは……」
手形にはもちろん心当たりはない、ユキムラはあの神さら何も渡されてないし着の身着のままあの不可思議空間からトンと落とされたように転生したので、住所と戸籍もないこの世で一番まっさらな生き物だ。
「だろうなぁ……霊樹の森から来たみたいだしさしずめダークエルフか奴隷商人に捕まってたのかもな、記憶喪失でも生きてて良かったな」
「監視長、あまり驚かすようなことは……」
「良いじゃねぇかホントのことだろうが」
「否定はしませんが……」
(異世界こえ〜ッ! 平気で世紀末みたいな価値観のやついるじゃん……)
死なないようにしよう、少なくとも前世の感覚でいくと攫われて体バラバラにされそうだとユキムラは心にしっかり刻み込んだ。この後軽い聞き取りをされ、記憶喪失ながらも自分の名前と助けてくれたエルフの事を話した後すぐに解放される訳もなく、指定された宿屋で一晩過ごすように言われこの国境街での1日目が終わった。
翌日。
目が覚め、あくびを一つ二つ、水道はないが井戸はあるのでそこで水を汲み上げ顔を洗い一息ついたらやっと慣れない土地での疲れも少し抜けた、朝食はその宿屋の主が本来料金が発生する所を無料で出してくれたので、ユキムラは満足ゆくまで腹を満たした。異世界二日目の太陽は昨日と違って歓迎してくれているように感じ、思わず微笑みを浮かべ、昼までは自由行動も許されているので改めて国境街を見て回ろうと宿屋を出た。
「ユキムラ、また迷子か?」
「あっドミナさん、昨日ぶりですね」
街を歩いていたら偶然ドミナにまた会った。しかしドミナはなぜここにいるのだろう、疑問に感じたユキムラは質問した。
「ここでドミナさんは何をしてるんです?」
「私はエルフの代表者だ、ジャバヤンガ族は霊樹の森のエルフを束ねる部族で、その部族の長の娘として私はヒューマンとの親善の使者を務めている。今日は月に一度の会議があってそれに参加するためにここで迎えを待っている、という感じだ」
昨日のトゲトゲしたぶっきらぼうな態度は違い、優しめな対応にどっちがいつもの態度なんだろうかと内心困惑していたが、まぁユキムラにはどちらでも良かった、エルフの美貌を持ってすればどちらでも推せる、むしろバッチコイ。お前はそれでいいのか。いいか。
「かなり大事な話なのに、お一人なんですか?」
「いや、ヒューマン側に滞在するエルフの使者が一人いてな、ソイツも一緒に行くんだ……かなりクセが強いが、頼れはする……クセは強いがな……」
(どんだけクセが強いんだろう……逆に気になる)
ドミナが話の中でさえ辟易するようなエルフとは一体……余程のクセモノ加減にユキムラは気になって仕方なかった。
「ユキムラはどうだ? 国に帰らず未だここにいるのは理由があるんだろう?」
「え? あ、それがですね」
「ドミナん~ソイツは記憶喪失だとよぉ〜、あんまりイジメんなぁ〜?」
「あ、監視長さん……?」
「カルレア、どう見たら私がイジメているように見えた? いつもの嫉妬に彼を巻き込むな、背だけでなく心も小さいのか?」
「へっ男引っ掛けて遊んでるやつは器が広いんじゃなくて空っぽなんじゃねーのかよえーっ? いやガバガバかなぁ?」
「えっちょッそれまずいって」
「私は純潔を守っている! 次そんな事を言ったらその口を魔界と繋げるぞッ!」
「弓しまって刃傷沙汰はまずいですって!」
「へいへいわかりゃーした、黙ってやりますよエルフ様。もうすぐ迎えが来るから大人しくしてなって言いに来ただけなんで、失礼しまーす。ユキムラもエルフにゃ気ぃつけるんだな」
ユキムラ、唖然。突然始まった監視長ことカルレアVSドミナの口論に挟まれたので一人でてんやわんやしていた。
「いつも……あんな感じなんです……?」
「ん? あぁそうだな……今回は久しぶりだから楽しくなって強めに言葉を交わしていた」
「あっ、それで普通なんですね……」
世の中変わってる人もいるもんだと一つ勉強になったユキムラだった。
「おーい! ドミナ様〜お迎えに参りました〜!」
「今度はエルフが来た」
「アイツはルゥ、さっき言ったやつだ」
「あぁあのクセ強めの」
監視長の横をすり抜けてこっちに走り寄ってきたのは痩せた背の高いエルフだった、髪を束ねて前へ出し、丸メガネを掛け、地面に擦るくらい長いコートを着ていた。
「アッ!?」
「あっ」
「またか……」
ルゥは自分のコートを踏んでズッコケた、顔面からドンと倒れ込み、動かなくなった。
「な、もう分かるだろ」
「いやいやヤバいんじゃないですかッ!? 動いてないですよこの人!」
「おいルゥ起きろ、そんな所で寝るんじゃない、たまに歩いて見たら歩けなくてショックなのは分かるが」
ドミナの声かけでルゥはピクリと動いた、そのままスゥーと浮遊しドミナとユキムラの目の前までやって来た、そのまま顔を上げたら鼻血で酷い有様で、せっかくの良い顔も台無しである。そんなことよりもユキムラは浮遊していることに度肝を抜かれずにいられなかった。
「こんなのありえません、いつの間にか歩けなくなってました……トホホ」
「いつも歩くのを面倒臭がってるからだろ、そら行くぞ」
「分かりました……はぁ……ショックだなぁ……」
エルフのルゥ、評判通りの人でした。
ユキムラはドミナ達と別れた後、しばらく時間を潰し約束の時間にまた監視長のいる詰所へ赴いた。