昨日老人のせいで眠れない夜を過ごしたユキムラは寝不足のだるさを朝一番の冷たい水でかき消して、なんとか目を覚ました。しかし流石王都の宿屋、中まで豪勢でベッドは極上のふかふか感触、羽毛に似た軽やかな手触りはやみつきになる、ユキムラの中でこの宿屋は記憶に残る良い体験だった。
「おい……なんで目の下にクマなんか……まさか昨日の幽霊にビビって?」
「いやそんなことはない」
「ホントか?」
「そんなことはない、そんなことはない……無いったらない」
「そういうことにしといてやるよ」
“幽霊なんか怖くない”
ユキムラは言外にそう言い張るが、証拠は目の下にある。
さてそんな状態でも王都マルフィーヌに来た理由は変わらない、元々はユキムラのステータスを見ようと言う話から来ているので、今更どんな状態でも関係ないのだ。
「いいか、今から会うお方はかなり気さくで話しやすい、だからといって失礼をすることがないように。いいな?」
「ウス!」
そうして、やって来たるは王立中央魔導研究院だ。文字通り王都の真ん中に存在する施設で王都の王都たる所以、女王陛下の住まう城の下に作られている。やはり王の膝下の更に膝下であるため出入りしている研究院の研究員達は皆身なりが良い、紺色のローブに白の帽子が彼らの制服であるため見分け自体は容易である。
「これまた凄い所にありますね!」
「女王陛下が魔法に注力しているからな、資源に乏しい我が国では魔法が頼りだから魔法の才能ある人間はここに集められるんだ」
「そう言うことですか、俺もそういう意図があって呼ばれたりしてるかも?」
「ま、どうだかな。お前が貴族ならあり得る」
カルレアは勝手知ってる様子で歩いていくのでその歩みに合わせてユキムラもついてく、研究院の中は広く建物の中に噴水がある中庭や食堂もある、もちろん研究員が働くスペースもある、ユキムラの立場からすれば前世でも言う所の大学に似た雰囲気を感じていた。
「よし、ここだ」
カルレアが立ち止まったのは取り分け大きな両開の扉の前、その扉には【院長執務室】と書かれた紙が若干斜めに貼り付けられていた。なんと雑な方法だろう、しかも斜めにしているから文字が平行に読めるので、書いた時点から斜めだったという雑さが目立った。
ユキムラは中にいる人物が少し雑そうだと予想した。その予想は当たるのだろうか。
カルレアは扉にノックし、小さな体でドンと扉を押し込んで勢いよく開けると中には……
「あら、久しぶりねカルレア」
「ご機嫌麗しゅうございます、フーネルト様……相変わらず悪魔が荒らしたあとのような部屋でございますね」
「お、汚部屋……」
見事に散らかり床を埋め尽くす書類の束と本の山、目線の高さまで積まれた紙の山は無造作にいくつも作られ全く秩序が感じ取れない、まさに典型的汚部屋。そんな汚部屋の奥にある唯一キレイな大きなテーブルで書類とにらめっこしていた女性は、気にしていない様子だった。
カルレアは呆れながらその紙の山々をかき分け、ユキムラもそれに習い足の踏み場を見極めながらその女性、フーネルトの元へ向かった。徒歩5分。
「さ、ほら、この人がフーネルト様、鑑定水晶の製作者にして王位継承権第三位の王女様だよ、俗に第三王女とも言うな。私の上司でもある」
「どうも〜フーネルトです、よろしくね」
「アッどうも………………へえっ!?」
「変な声でてんぞユキムラ」
「カルレアったら私のことちゃんと話してなかったのね?」
「どんだけびっくりするか試したかったのでしていません」
「まぁ相変わらずお茶目さんね」
この見た目幼女やることが見た目相応じゃないかと憤りを覚えたユキムラだったが、フーネルト第三王女のほんわかした空気にそんな気も薄れて流れてしまった。
「改めて、フーネルト・ディ・カヌスレリア、この王立中央魔導研究院の院長をやっています」
「俺は、あっ私はユキムラといぃ、ます! お願いします!」
「そんなに緊張なさらずにゆる~くしてください、ユキムラ君」
「はぁい!」
「記憶喪失でも権威への忠誠はあるみたいですねユキムラ君?」
「その言い方はないでしょフーネルト様……」
権威にしっぽ振る男に対して鋭い物言いをする王女をたしなめる幼女(大人)と言う構図は絵にすれば一部のニッチなマニアに売れそうだが今はおいておくとして、話が前進してフーネルトがユキムラの能力を見ることになった。本来の目的はそれだったのだ。
「さぁて、上位鑑定水晶では耐えられないステータスの持ち主であるユキムラ君には……」
ゴソゴソと机の引き出しから何かを探すフーネルト、しかし引き出しの中までごちゃごちゃと物に溢れミックスされている。
結局目的の物はその引き出しからは見つからなかった、単純に物が多くて場所が把握できてないのだ。
「あれ、どこかしら?」
「んもぅ! フーネルト様、いい加減片付けを覚えてください! 昔っから片付けだけは成長してないんですから!」
「ごめんなさいカルレア……どうしてもそれだけは出来なくって……魔法で片付けようにもそれだけは失敗するんですよね」
「フーネルト様、筋金入りなんだ……」
「アレないからもう直接見ちゃいましょうか」
「フーネルト様? でもそれ危ないのでは? 鑑定水晶が弾けるのは何もそういうギミックを仕込んでるからじゃないのは一番ご存知のはずですが?」
「でもその方が早いし、危険があると言っても寝不足になるくらいだし平気よ? カルレアは心配性ね」
「なら、いいのですが」
フーネルトが立ち上がりユキムラのすぐ横まで近づく、その手をユキムラの額に当て、何故か固まった。
「うおっ……えと……? どうしました?」
「ユキムラ君、あなた……なるほど」
「どうしました?」
「いえ、話があるわ、大至急ね。ごめんなさいカルレア……今はユキムラ君と二人きりにしてもらえないかな?」
いきなり二人きりにするのはカルレアの立場からは許しがたいものがあったが、直属の上司にそう言われると従わなければならないので、しぶしぶと部屋から出ていった。
残された二人はと言うと、ユキムラは若干パニックになっているがフーネルトの方は薄っすら笑っていた。その笑顔が怖くて仕方ないのでユキムラは腰が引けていた。
「貴方……転生者、なのね。記憶喪失も嘘……」
二人きりになって開口一番でそのセリフが飛んでくる、能力じゃなくて記憶を覗かれたのかとユキムラは構えた。
「あぁ待って、そう構えないで……この国には今こそ異界からの転生者、外なる世界の存在が必要なの……だから、話を聞いてほしいの」
意外にもフーネルトは転生者と言う物に抵抗や驚きを見せることよりも、頭を下げ頼むと言う姿勢を取った。まずもなにも話を聞かない事には分からないのでユキムラはフーネルトの紡ぐ言葉に耳を傾ける。
「わかりました、話を聞かせてください、俺は何も分からないので、とりあえず話を聞かないことには判断できませんから」
「ありがとうございます、まず……お願いというのは
その火山龍が目覚めたのはどうやら向こうの国が原因で目覚めてしまい、向こうでも軍を派遣し討伐に当たったようですが大敗したと報告があります、それがかえって怒りを買い、火山龍の寝床であるシオリアス大火山までもが数百年ぶりの大噴火を起こしてしまう可能性がある、そんな状態の中で彼の国は二度目の討伐軍の派遣を計画していると言う状態です……もはや一刻を争う事態、彼の国より先に確実に火山龍を討伐か封印しなければこの国だけでなく彼の国も凄まじい被害が出ることになります、しかし火山龍は国境付近から動く様子は無く、またこちらに援軍要請なども無いので正式に我が国から軍が送り出せない状態なのです」
隣国との政治的側面で助けようにも助けられない、火山龍討伐に援軍を出したくともそれをどう解釈するのかはその国の支配者、なので迂闊に派遣した場合、最悪の場合には戦争の可能性が出てくる。これはユキムラにも分かる道理だ。喧嘩して仲が悪い奴が近くに来るだけでも嫌になってまた喧嘩する、そういう感情が国単位であるだけなのだ。
しかし、いくら転生者だからといって軍隊を軽く蹴散らす存在はユキムラでなくとも異世界初心者のユキムラにはかなり荷が重い話の筈だが。
「あの……話を聞く限り俺には無理な感じがします……」
「大丈夫です。ユキムラ君の強さは私が保証しますよ、貴方にも見せましょう。貴方のステータスはこれです」
SFで言う所のホログラムのように空中に浮かび上がった文字と数字の羅列。
【ユキムラ・ユウリ】LV666(Max)
『力』10
『持久力』10
『速度』10
『魔力』0
【体質】
『不変の肉体』∶常に健康な肉体を維持し、身体的損傷は無効化される
『交差する思考』∶思考が速くなる、思考による疲れを無くす
【ギフト】
『絶対対価』∶ギフト保持者が拒否した場合を除く全ての取引又は交換が対象。効果対象との取引または交換が必ず成立する、効果発生後に効果対象になった者が誰であっても拒否出来ず如何なる能力を使用しても強制的に対価が発生する。取引または交換するモノは物質、非物質を問わない。対価は必ず等価である。
またギフト保持者がこのギフトを認知していない場合、このギフトは無効化される。
以上が、ユキムラのステータスである。
「いい? 基本の4つの能力こそ平凡なのだけれど、その後の体質とギフトで貴方はこの世界でも上澄みの力を持っているの、そして神からのギフト、選ばれた存在のみ与えられる能力」
「うおっ……カードゲームみたいな説明文だな……」
「ゴトウと同じようなことを言うのね」
「ゴトウ?」
「貴方と同じ転生者よ、そして、鑑定水晶……いえ、鑑定魔法の生みの親。彼は私の師匠でもあるの、今は隠居してここにはいないのだけれど、昔は母と共に冒険者をしていた凄い人なの。魔法の才はこの国随一、彼を超えるものはいないのよ」
ゴトウ、神の言っていたユキムラより先にいた8人の転生者の1人だろう、こんなに早く情報が出てくるとは思っても見なかったユキムラからすれば嬉しい誤算だ、何か困った時頼ってみよう、そう決めた。
「で、どうかしら? ユキムラ君、引き受けてくれる?」
「はい、俺でどこまでお役に立てるか……ん? なんだコレ……」
ユキムラの目の前に音もなく現れたのは紙と羽根ペン、触ろうにも実体がなく、それでもひとりでに動いて羽根ペンが紙に文字を流れるように書いていく、書き終えると羽根ペンは消え紙だけが実体化して残された。
フーネルトにもそれが見えているので二人して首を傾げる事になって……フーネルトは思い当たる。
「それ、ギフトの一部じゃないかな?」
「これが?」
「私の頼み事もギフト発動の範囲に入っているから出てきたのよ」
「なるほど」
「なんて書いてあるの?」
「えーと、『神の名の下にこれは契約されたものである』とだけ……うわあっちぃ! 燃えたっ!」
「神の名の下に……か、何があっても反故に出来ないって証が、それなのですね」
読み終えるとその紙は燃えて塵になった、燃えることでその役目を終えたのだろう。
フーネルトもユキムラも共に絶対対価に縛られ、互いの対価の為に動くことになる。
「ではユキムラ君、お願いしますね」
「やれるだけやってみます」
「シオリアス大火山までの案内はカルレアと数名私の部下を付けます、それと転生者であることは隠してください、この世界では転生者は悪魔の存在として恐れられているので。もう一つ、貴方の身分を作っておきますね、あくまでも政治的意図を持たない冒険者が倒すことが大事ですので」
「はい」
シオリアス大火山まではそれなりに距離があるのと身分の準備に時間がかかる為で全てが終わるまで宿屋待機となった。