頬を流れる汗を拭いもせずに、上条当麻は真っ直ぐに私を見つめていた。
私はつい視線を逸らしつつ、妹を近くの建物の物陰にそっと寝かした。
私のそんな行動をアイツは何も言わずにジッと見ているだけだった。沈黙に耐え切れない私は、ついいつもと変わらぬ口調で話す。
「……あ~あ。何か変なトコ見られたわね。ってか、別に変な事しようとしてたんじゃないわよ? ただちょっと気絶してもらっただけ。言っとくけど、怪我とか後遺症とかないんだからね」
なぜか言い訳臭くなってしまった。
喉がカラカラになって、つい早口で話す。コイツには何となく知られたくなかった。
しかしアイツはそんな私の様子を気にする様子もなく、
「……あの子、おまえの妹か? あの制服、常盤台のだよな? なんで気絶なんかさせようと思ったんだ?」
なんてことを聞いてきた。
とにかく、何でもいいから誤魔化さないと。これ以上コイツにこんな所を見て欲しくない。
私はやや混乱する頭をフル回転させ答えた。
「いや、この子ったら門限破って遊ぼうとするもんだからさ。ホラ、私の学校って門限厳しいのよ。それなのにこの子ったら遊ぼうとするもんだからつい実力行使。あ、そろそろ私も帰らなくちゃいけない時間だから行くね。じゃあね」
そう言って背を向けようとした所で肩を掴まれた。
「……そういうの、ヤメにしようぜ。クローンなんだろ、あの子。おまえの」
「――――なッ!!」
「実は何回か前に偶然その子のクローンの一人と話す機会があってさ。教えてくれたよ。詳しいことは聞けなかったけどさ。なあ、御坂。おまえ、何をやろうとしてるんだよ?」
何で? 何でコイツが妹達と接触してんの!?
何回か前? 何のこと? 私が何をしようとしてる? 何? 何でそんな事聞いてくんのよ!?
混乱する私をよそにアイツは話を続ける。
「こんなこと言っても信じられないかもしれないけど、俺実は今日を……8月15日をもう何度も繰り返してるんだ。初めは夢か魔術か何かと思ったけどな……。もうかれこれ100回近くは今日を繰り返してる」
「繰り……返す…………? ア、アンタが!? 何で!?」
「それは分からないけどさ……。なあ、御坂。おまえも……なんじゃないか?」
ドキリと心臓が鳴る。
冷や汗が冷たく私の背筋を流れ落ちる。
私は一体どんな顔をしていたのだろうか? アイツはそんな私の顔を辛そうに見つめながら、
「おまえも、今日を何回も繰り返してるんじゃないか?」
そう言ったのであった。
ハッピーエンドを目指して『09』~テンプテーション2~
一陣の風が静かに吹いた。
私はアイツの質問に答えられない。何か、足元からグニャリと地面が溶けてしまったかのように立つので精一杯だった。
そんな私を見ながら、アイツは話を続ける。
「……おまえだけなんだよ、御坂。他の連中はみんな多少の差はあったけど、いつも同じ行動を取っていた。そんな中、おまえだけはいつも違う場所でいつも違う行動を取っていた。なあ、御坂。答えてくれ。おまえも、8月15日を繰り返してるんじゃないのか?」
うんこマンのセカイでは前世のキオクを持つ人間は追放されてきた。
しかし、学園都市では追放されたりなんかはしないだろう。問題は、それをコイツに伝えていいのかだ。
神様に聞いておけばよかった。こういうのは天国の存在を知らせるとまずくなると相場が決まっているのだ。
いや、そんなことどうでもいい。
もしかして私……巻き込んだ? 何の関係もないコイツを。
何回も、何回も、今日を繰り返した。だとしたら、コイツがココに来たのはこのループを断ち切るため?
なんとか高鳴る鼓動を抑えつつ、私は搾り出すように声を出す。
「く、繰り返すとかマンガの読みすぎじゃないかしら? そう言えば昔流行ったわよね? なんか主人公が――」
「やめろよッ!!」
思わずビクッと縮こまる私の身体。
アイツはフーッと少し長い息を吐くと、
「やめろよ、そういうの。もう腹割って話そうぜ。俺、約束したんだ。おまえの後輩と。今回じゃないけど、もう新しい今日で塗りつぶされちゃった約束だけど、それでも俺、約束したんだ」
「こ、後輩…………?」
「……白井黒子。おまえの同室の後輩……で合ってたよな? あの時、そう、俺が初めておまえが死んだのを見たとき、一緒にいたあのツインテールの子だ」
「――――――ッ!?」
息を飲む。
初めて死んだ……あの、黒子と鉢合わせになった鉄パイプで死んだあの時のことだろうか?
「俺はなんでおまえがあの時あんな事をしたのか今でも分かんねえ。でも、俺はおまえの力になりたいんだ。それが、あの子との。白井黒子との約束だから」
――――なぜだろうか。瞬間、一気に頭が醒めた。
回らなかった脳が回転を始める。私は平静を取り戻しながら言う。
「黒子との約束……ねえ。あの子が何を言ったか知らないけど、それありがた迷惑ってやつよ。大体私、困ってないし」
「嘘つくなよ!! じゃあなんで自殺なんてしたりしたんだよ!?」
「…………生き返るため」
「――――えっ?」
私はクスリと笑う。まるで、悪党のように汚らしく。
「聞こえなかった? 生き返るためよ。アンタの言うとおり、私も今日を繰り返してる。で、その原因は私。私が自殺すれば今日は繰り返されるって訳。分かった?」
「な、何でそんなことが!? いや、何のためにそんなことを!?」
なぜだろうか。私の心の中にどす黒く燃える炎が灯る。
その炎は消えはしない。猛烈に燃え広がり、私の全身をあっという間に覆いつくす。
「何のため? そんなことどうだっていいじゃない。それよりもアンタ、ループするのを止めたいんでしょ? 簡単よ。教えてあげようか?」
「止められるのか!?」
「うん。もちろん。簡単にね。それは……」
「それは……?」
ニヤリと口角を吊り上げ私は笑う。
こんなこと言いたくなんてないのに。でも、私の口は止まらなかった。
「それは……私を殺すことよ」
* * * * * * * * * * * * * *
「ふ、ふざけんな!!」
アイツが叫ぶ。
左手を大きく振り回しながら、そんなことは認めないと言いながら。
「なんでおまえを殺さないとならないんだよ!?」
「それがトリガーだから。私の死がトリガーで時は戻るの。でも、その時死のタイミングは自分で設定しなければならない。つまり、他の人に殺されたのなら私は時を元には戻せないって訳」
もちろん嘘だった。
もう何回も一方通行に殺されてるし。今更殺されてもまたあの白い部屋に戻るだけだし。
……そうだ、一方通行。早くアイツのトコに行かないと。こんな所でのんびり話してる場合ではない。
熱くなっていた頭が段々と冷えていき、冷静さを取り戻していく。
熱くなって変なこと口走ってしまったが、結果的にこれで良かったのかもしれない。
コイツ、私が何に関わっているかどうも知らないみたいだ。ただ私が死んだのを見たことと、黒子の口ぞえがあって私に協力したいだけのようだ。
ならば、このまま騙しとおしさえすれば一方通行とのことも知られずにすむ。コイツ、何か首突っ込んできそうな気がするから、絶対に巻き込めない。もう巻き込んでおいて言うのもなんだけど。
「……正直、アンタを巻き込んでたなんて悪かったと思ってるわ。でも、もう一回、今回だけは私を行かせて。その後なら何でもしてもかまわない。本当に殺したっていい。でも、今回だけは行かせて。お願い」
「……何でだよ。あんな苦しい思いして、辛い思いしてまで、おまえドコに行こうっていうんだよ!? 一体何があったっていうんだよ!?」
「それをアンタに言う必要はない。さ、どいて。ちょっと急いでるから」
そう言って私は歩き出す。
……私は卑怯だ。ああ言ったら、アイツだったらきっと何もできないのを知っていてああいう風に言ったのだ。
前に戦った時も、アイツは私には一切攻撃せずにあしらって見せた。一方的に攻撃する私を。レベル5である私の攻撃を。
そんな優しいアイツが、善意で私の力になろうとしているアイツが、私を殺すなんてできっこないのだ。
だから、心の中で謝っておく。本当は駆けつけてくれて嬉しかったから。
私の巻き添えでループしても、アイツは結局一言もその事で文句を言っていない。だから、余計に心が痛い。
これ以上ここにいても辛いだけ。その場を立ち去ろうとした。が、
「――――待てよ、御坂。俺も行く。おまえと一緒に」
「は? 何言ってんのよ!? これは私の用事なの!! ついてこないでよ!!」
「だったら勝手についていく。それなら文句はないだろ?」
「あるに決まってんでしょうが!! さっきの話聞いてた!? 今回だけは行かせてって言ったじゃないのよ!!」
「確かにそうだけど、俺はまだ頷いちゃいない。いや、聞いたからこそ絶対におまえを一人では行かせない。もう俺は、おまえに辛い思いをして欲しくないんだよ!!」
……ぐっ。何て人の話を聞かないやつ。
でも、絶対についてこさせない。私はともかく、コイツは死んでも生き返れる保障なんてないんだから。
というか、何でそもそもコイツも繰り返してるのよ? 神様何も言わなかったし、肝心なことを言い忘れるわね、あの幼女。
「あのね、コレは私の問題なの!! そりゃアンタを巻き込んで悪いとは思ってる。でも、アンタには関係のない話なの。分かったら、ついてこないでよね!!」
「俺は繰り返してることが悪いとか、そんなこと一言も言っちゃいねえよ。ただ、おまえが傷つくのが嫌なんだよ!! もう初めの時みたいな、あんなおまえの表情、見たくなんかないんだよ!!」
「な、なんなのよ、アンタ……もう。ってか初めのときの表情って何よ?」
「……後悔して、涙を流すおまえの顔だよ。あの時、おまえ後悔してたんだろ? だから白井からも目を逸らしたんだろ? 違うか?」
「…………そ、それが何だってのよ!! 大体、あの時のことは黒子は何も覚えてないんだから関係ないでしょ!?」
「…………おまえ、それ本気で言ってんのか?」
スッ、とアイツの目が細くなる。
何よ? 何をいきなり怒ってるのよ?
「塗りつぶされた今日のことなんて、どうだっていいって言うのかよ、おまえは!? あの時白井が何を感じ、どんな思いをしたかなんて関係ないって言うのかよ!? 相手が覚えてなけりゃ何しても構わないって言うのかよ!? 違うだろ、それは!!」
「そ、そんなこと言ってない!! 私の後悔も何も関係ないじゃない!! 黙って行かせてよ!!」
「……ダメだ。絶対に行かせない。おまえが死という幻想に逃げ込むなら、俺はそれを絶対に許せない」
アイツは手を握り締める。
それに呼応するように私もタン、タン、と後ろに飛び跳ね間合いを空けた。
「結局、アンタとはいつもこうね。相性悪いのかしら? ……でも、今回だけは勝たせてもらうわよ。私は絶対に行かないといけないんだから」
「いつも……? なあ、俺たちっていつもこんなことしてたっけ?」
「……アンタにしちゃあお遊びみたいなものだったかもしれないけどね。でも、今回は勝つ!! 私だけの戦いじゃない!! 私の背中を押してくれた、みんなのためにも!!」
ポケットからコインを取り出す。
パチリと火花が散り、暗闇を一瞬の光が灯した。
「……言っておくけど、今回は本気の本気よ。毎回勝てるなんて思わないでよね?」
「そんなに戦ってたっけか?」
「……グ!! ちょ、挑発には乗らないわよ!!」
「いや乗ってるって。火花散りまくってるって。まあ――――」
アイツは斜めに目線を下ろすと、握っていた右手を開き、
「――――おまえのそのふざけた幻想は、俺がぶち殺す」
前哨戦となる戦いの火蓋は、切って落とされた。