「クカカカキククカケケコケッ!!」
「…………このバカ、話を訊――――」
私が言葉を言い切るよりも早く、一方通行の黒の翼は私を飲み込んだのだった。
『…………何回目でちか? これは?』
いつもの白い部屋で神様(幼女)は鼻をほじりながら言う。
うが、何その態度!? 腹立つんですけど!?
『いい加減言いたくもなるでち。もう13回目でち。同じ殺され方。前回なんて痛みにのた打ち回ってる間に9982号が死んで、説得する間もなくまた殺されまちた。まだ続けるんでちか?』
続けるに決まってるでしょが!! ここまで来て諦めるなんてありえない!!
『……でもそのたびにうんこマン・レディは苦しむでち。正直かみしゃま、これ以上うんこマン・レディの苦しむ姿は見たくありまちぇん』
神様(幼女)はそう言うと、静かに目を伏せた。
あれから私はもう何回も一方通行に殺された。
いつも決まって妹が殺され一方通行の精神が崩壊→黒い翼出現→私死亡というサイクルになってしまっている。
なんとかくの負のサイクルを抜け出したいんだけど、いつも背中やら腰やら頭やら痛くなってその隙に9982号が殺されるもんだから始末におえない。
正直、今の現状はよくない。まるで苦しむために生き返ってるようなものである。このままこれが続けば私の精神はいつか折れてしまうだろう。
なんとかしなければいけないのだが…………。
『なんか手段はあるんでちか?』
心配そうに尋ねる神様(幼女)。
いや、あるにはあるんだけど…………。
『あるんだけど?』
うん。多分私まだ雷撃の槍一発くらいならまだ撃てるのよね。
つまり、一方通行の飛礫に雷撃の槍をぶつけることができれば9982号の命は救えるハズ。
『……その一撃防いでもその次の攻撃は防げないでち』
いや、アイツが9982号を殺さない方向に賭ける。
だってアイツ、私のことも見逃そうとしてたのよ? 9982号を見逃すことだってできるでしょうに。
少なくとも今の一方通行に9982号を殺す気なんてない。だからあの飛礫さえ防げればきっと道は開ける!! ……と思うんだけど、どうかしら?
『……希望的観測もいいところでち。というか、うんこマン・レディはその1%にも満たない奇跡にかけて今まで何回も生き返っているでちか?』
そうよ。悪い?
奇跡なんて勝手に起きるもんじゃない。私が起こす!! そのために私はここにいるんだから!!
ハッタリに近い。最早、私にできることはそれくらいだけだった。
そんな妄言に近い私の言葉を聴いて――――神様(幼女)は微笑んでいた。
『強くなったでち。うんこマン・レディ。うんこマンもかみしゃま達が考えられないような奇跡を起こしてきまちた。ならきっとうんこマン・レディも奇跡を起こすでち。かみしゃまの役目は、うんこマン・レディのすることを見守ることだけでち』
神様(幼女)は本当に嬉しそうに微笑んでいた。
奇跡……か。確か、私が一方通行に勝つには奇跡でも起こらないと勝てないとか樹形図の設計者も言ってたわね。
だったら起こしてやろうじゃないのよ、奇跡を!!
「……ってかさ、キオクが戻るときなんで腰と背中痛くなんの? あれさえなけりゃもっと演算に集中できんのに」
『…………? ああ、うんこマンが仕組んだあれでちか? まあ良かれと思ってやったことでちが、結果的に足引っ張っちゃってまちゅね』
「え!? うんこマンが仕組んだって……え!? ちょっと、それどういう意味――――」
『まあ気にしなくていいでち。ホラ、もう行くでち』
ちょっと、待って!! それどういう意味――――
そんなことを聞く暇もなく、私は再び強制的に扉をくぐり、また生き返るのであった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
夢を見ていた気がする。
夢の内容は覚えていない。
「――――お姉様ッ!」
9982号が手に掲げた銃で一方通行目掛けて乱射する。
しかし、当然一方通行にはそんな攻撃は届きはしない。
「――――――――――――ッ!!?」
その瞬間、戻る記憶、きおく、キオク……………………!!
「……あぐ…………う…………うぅ……」
今や腰と背中の痛みは頭の痛みを超えた。しかしそれでも私は歯を食いしばりながら、一方通行の一挙一動を逃さない。
まだだ。もうちょっと。もう何回もこの光景を見ているからタイミングだけは取れる。
そして一方通行がダルそうに足元の石を蹴ろうとしたその瞬間、私は最後のチカラを込めて雷撃の槍を打ち込んだ。
「――――ッ!!」
ヴァジュッ!! と焦げるような音を残し私の雷撃の槍は見事に一方通行の放った飛礫に命中する。
しかし、その飛礫の生んだ衝撃波は防げなかった。9982号は衝撃波に吹き飛ばされ、そのまま5メートルほど吹き飛ばされてしまった。
「……………ッ」
9982号がかすかに動く。
死という最悪の状況は抜け出せたものの、ダメージは小さくはないようだ。
少なからずホッとした私を一方通行は朱の瞳をギョロリと動かして、
「……チッ。その身体でよくもまァやったもンだな」
そのまま私を見下した。
私は絶え間なく続く腰と背中の痛みと戦いながらなんとか一方通行を睨み付ける。
今まではすぐに痛みは取れていたのに、ここまで痛みが続くのは初めてのことである。一体どうしたと言うのだろうか?
「……そこまでして護りたいンなら、どうして俺を殺さなかった? バカが」
「バカは……アンタでしょ」
ついポツリと口から声が零れ出ていた。
きっと、言わなくてもいい言葉。このままいけば一方通行は見逃してくれていたかもしれないのに、つい言葉が漏れた。
頭では余計なことを言ったと思ったが、私の発言は止まらない。そのまま一方通行を睨み付けながら私は続ける。
「……やりたくもない実験に付き合って、殺したくもないのに殺して、孤独になりたくないのに孤独の道を選んで、これがバカじゃなかったら……なんなのよ?」
「……………ナニがいいたいンだ、オイ?」
「アンタがバカだって言ってんのよ! どんなにベクトルを操れても、自分の心は操れない! 護れない! これ以上自分を傷つけて何になるって言うのよ!?」
ピキ、と一方通行の額が引きつるのを感じた。
やはり無駄な発言だった。ただ、怒りを注ぐだけの意味のない発言だったかもしれないが、言わずにはいられなかった。
歯をギリッ、と鳴らし、一方通行は私の襟首を掴み上げ持ち上げる。
そしてそのまま9982号がうずくまるその場所目掛けて私を投げ飛ばした。
「――――あぐっ!!」
満足に受身も取れず、私はバウンドしながら9982号の隣へと転がっていった。
なんとか起き上がろうとするのだが、身体が動かない。痛みがつま先から頭の天辺まで駆け上がり、呼吸をするのも苦しくなる。
それでも目だけは逸らさない。私の目はしっかりと一方通行を捉えていた。
「……ムカツク女だ。見逃してやろうと思ったが……もう殺す」
一方通行は私から目を逸らすと、地面に突き刺さっていたダンプカーを事も無げに地面から引き抜き持ち上げ、
「……せめてもの情けだァ。護りたかった妹達と一緒に…………死ねェッ!!」
そのままダンプカーを投げつけてきた。
すべてがスローモーションに見えた。
空を飛ぶダンプも、9982号が私を庇おうと前に出ようとしているのも。
結局私がしたことはどうだったのだろうか? ただの自己満足だったのだろうか?
余計な事を言い、最初の目標を無視し、起こりもしない奇跡にすがり付く。
一方通行の言うとおり、私はバカで愚かだ。私の考えのなさがこうして9982号を再び死へと導こうとしている。
それでも、私は後悔はしない。
だって、みんなで幸せになりたいから。妹達だけでなく、彼も……一方通行も救いたかったから。
闇の中でもがいてるように見えた彼の姿。ただ、手の繋ぎ方を知らないだけの人。
いけない事だったのだろうか? 憎むべき人を助けたいと思うこの心は?
差し伸べるべき手ではなかったのだろうか? その手は慢心だったのだろうか?
……違う。これは私の望み。私が選んだ道なのだ。
みんなまとめてハッピーエンドに。そんな都合のいい未来。私が目指した未来。
それをそんなに簡単に、諦めてたまるか!!
「あああああああああああァッ!!」
全身を駆け巡る痛みを無視し、立ち上がる。
9982号を制し、ダンプカー目掛けて立ちはだかるように前にでる。
私の中で何かが弾けたような感じがして、そのまま同時に私は右手を突き出したのであった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
ドガァンッ!!
「――――なァッ!?」
深夜の学園都市に爆音が響く。
ダンプカーが私たちを轢きつぶした音ではない。ダンプカーが弾け飛んだ音である。
感嘆の声を漏らしたのは一方通行ではなく、私だった。
「なんなのよ、これはぁぁぁぁッ!!?」
私は右手を突き出したまま固まっていた。
一方通行も、9982号ですら驚きに身を固めてしまっている。
背中と腰の痛みは消えた。
しかし、その痛んだ箇所からは悪魔のような翼と先端がハート型にとがった尻尾が生えてきていた。
何よりも右手。右手は黒く虹色に染まっている。これは……そう。いつかキオクで見た悪魔の右手。
『種は撒いた。俺もフォローしてやる』
『ああ、うんこマンが仕組んだあれでちか?』
「あいつらの仕業かぁぁぁッ!?」
よくよく考えたらおかしな兆候はあったのだ。やたら痛む背中と腰。黙っている神様。
フヨフヨと尻尾が動く。まるで私の動揺に合わせて動いているような、そんな感じ。
まるで神経も通っているように感じるが……え? もしかして私、悪魔になっちゃった?
いやそりゃ地獄に落ちるかもとか考えてたし、罪は自覚してるけど……え? ナニコレ?
「…………ククク。クカカカカキクケ」
一方通行が笑う。
軽く動揺しているようにも見えたが、何やら平静を取り戻し、
「なるほどなァ。まだ能力を隠してたってワケかァ。ククク。どんな能力か分からねェけどよ、おもしれェじゃねェかッ!!」
「えっ!? いや、ちょっと待っ――――」
私が言い終えるよりも前に、一方通行は足元の土を蹴り上げた。
まるで砂が波のように押し寄せてきて、一瞬の内に私と9982号を飲み込もうとする。
「――――つかまって!!」
咄嗟に私は左手を伸ばし9982号を担ぎあげると、翼を羽ばたかせそのまま空へと駆け上がる。
「お、お姉様!?」
珍しく動揺する姿を見せる9982号。いや、多分私が一番動揺してるけど。
目をシパシパさせ私の翼やら尻尾やらチラチラ見てくる9982号。なぜかちょっと恥ずかしい。
「お、お姉様。ゲコ太だけでは飽き足らず、こんな趣味もお持ちでしたかとミサカは動揺を隠し切れずに思わず赤面します」
「いや違うから!! これ趣味とかじゃなくて……って、うわっ!!」
したからレールやらコンテナやらが私たち目掛けて飛んでくる。
慣れないながらもなんとか翼を操作、しかしフラフラと挙動は安定しなかった。
「……お姉様。ミサカは少々吐き気を催してきました、とミサカは口元まで出かかっている温かいものを押さえながら進言します」
「ちょっと、緊張感ないわね、もう!! もうちょっと我慢して!! 何とか着地してみるから!!」
フラフラと漂いながらもなんとか一方通行と離れたところに着地した私たち。
とりあえず9982号はここに置いて場所を変える。アイツの狙いは私だから。
「……ってアレ? 何か私動けてる?」
気がつけば身体の痛みはかなり軽減していた。
相変わらずガス欠には近いものの、さっきまでに比べればかなりいい。能力は使えなくても、まだ戦うことは少しならできそうだ。
とはいえ、『超反応モード』を使えるほどには回復していない。あれがないと私は一方通行にダメージを与えることができない。
どうすればいいのやら…………ん? 一方通行はこの世のありとあらゆるベクトルを制御する。
じゃあもしもこの世のものじゃなかったら? 科学でも何でもない、悪魔のチカラだったら?
右手を見つめる。ただの私の右手。しかし、ダンプカーを軽く破壊できるほどの右手。
巨大なゾディアックをも倒した『栄光の手』。これならもしかして……一方通行に通用するのではないか?
どちらにせよ、私には他に手がない。試す価値はありそうだ。
「……………考え事は終わったかァ?」
手を広げて一方通行。
その顔には笑みが浮かんでいる。本当に嬉しい、そんな顔。うわ、腹立つ。
油断しているのか、位置がかなり近い。――――やるなら、今しかない。
私はそのまま駆け出していた。
恐れもせず、能力も使えず。ただ、もう一つのセカイを救ったこの右手にすべてを託して。
一方通行は棒立ち。相変わらず避ける気はない。なら、これを喰らいなさい!!
「――――ハンド・オブ・グローリー!!」
右手が光輝く。唸りを上げて一方通行の腹目掛けて身体ごと投げ込んだ。
「なッ!!!?」
ヂェアッ!! とこの世のものとは思えない音が耳に響く。
一方通行のベクトル操作の膜一枚を境に、空間が歪む。
一方通行が驚愕の声をあげた次の瞬間、私と一方通行は弾かれるように吹き飛ばされた。
「――――ガハッ!」
一方通行が苦悶の声をあげる。
……おそらく、当たらなかった。しかし、やはりこの世のものではない『栄光の手』を完全に操作するまでには至らず、自身もダメージを受けてしまった、そんな所だろうか?
一方通行は赤い目を光らせながら、
「…………なンなンだ、その手はよォ」
乱れた髪も、流れ出る汗も気にせずそう言った。
…………いける!! 多分、もう一撃でも当てればもっと追い詰めることができる。それどころか、倒せるかもしれない。
そう思い、駆け出そうとしたが――――
「――――カァッ!!」
吹き荒れる風の波が、それを許さない。
それどころか、一方通行は両手を空に掲げると、プラズマを形成し始めた。
「ちょ、ちょっと!! そんなの反則じゃないの!?」
「クカカカカキキクケケコケッ!!」
そのままハンドボールサイズのプラズマ弾を投げ込んできた。
「――――いぃッ!?」
恐らく当たればその部位はどうなるか……想像したくない。ので避ける。
そして反撃に移ろうとするが……
「クカカカカカカカカッ!!」
一方通行は連続して小プラズマを形成し、投げ込んできた。
一つ一つのサイズは大したことないのだが、いかんせんスピードが速い。
しかも今の私ではこれ以上近づいたら直撃してしまう。というか、これ以上捌けない。
私は仕方がなく、翼を羽ばたかせ空へと避難する。
なんとかやり過ごした……とホッとしたのもつかの間、なんと斜線上には9982号の姿!
「ちょっ!? 避けて!!」
叫ぶが、到底間に合いそうにない。
光弾が9982号に迫る。最悪を想像した次の瞬間、影が光弾と9982号の間に割って入る。
パキィィン
乾いたような音を残し、無へと帰す光弾。
影は9982号を庇うように右手を掲げていた。
「――――へっ、ようやく辿り着けたぜ」
どうして9982号といい、コイツといい、しっかり気絶させたはずなのにここにいるのだろうか?
そんな考えもすぐに吹き飛び、私は思わず叫ぶ。
「どうしてアンタがここに!?」
影は右手を静かに下ろし、
「――――決まってんだろ」
そしてそのまま私の瞳を正面から見据えた。
「――――おまえが望む、ハッピーエンドを叶えるためだ」
上条当麻はそう言ったのだった。