last
上条当麻は私の目を正面から見据えていた。
ボロボロに腫れた顔を背けることもなく、目に光を輝かせながら。
「なな、なんでアンタがここに……」
口ごもる私に彼は言う。
遠目からでも分かるくらいにハッキリと笑みを綻ばせながら。
「言ったろ。おまえの望むハッピーエンドを叶えるためさ」
「な!! なに言ってんのよアンタ!? 早くその子を連れて逃げなさい!! ここは戦場なのよ!?」
「その子って言ったって……。こんなにたくさんの人数を今更連れて逃げるなんてできねえよ。みんな、おまえを助けるためにここに駆けつけたんだぜ?」
そう言う上条当麻の後ろには、深夜の闇に映える薄緑の光がいくつも輝いていた。
その数、1万を数える。それは、妹達が頭に着けているスコープの光。
――――上条当麻は、この戦場にすべての妹達を集結させたのであった。
「バ……………」
おもわず言葉に詰まりながら私。
翼を羽ばたかせこのバカの前に着地するとそのまま叫びつけた。
「バカじゃないの!? なんで妹達をここに連れてくんのよ!? 何考えてんのよ、アンタ!?」
そんな私の叫び声に仰け反るような仕種を見せるバカ。
しかし私のその問いに答えたのはバカではなく一方通行の放つプラズマであった。
「どけ!! 御坂!!」
迫りくる光弾に右手を差し出す当麻。
私共々妹達をも飲み込むほどの巨大な光弾は彼の右手に当たると共に乾いた音を残して消滅する。
「な!?」
コイツの右手、雷だけでなく一方通行のプラズマをも防ぎきるっていうの!?
遠目に一方通行が驚いているのが見えた。
そんな一方通行を上条当麻は逃がさない。そのまま拳を握り締め一直線に一方通行目掛けて駆け出していく。
「ちょっと、待ちなさい!! アンタは……!!」
「話があるのは俺じゃない!! おまえはおまえの物語を紡ぐんだ!! アイツは俺が引き受ける!!」
「無茶よ!! ……アイツは、学園都市最強の……」
「……心配しなくても帰ってくるって。おまえには、借りがあるんだ。これが無事終わったらなんでもしてくれるんだろ? 楽しみに待ってろよ!!」
そう言うと上条当麻は走り去ってしまった。
動揺の最中にある一方通行は攻撃を防ぎきった上条を危険と感じたのかそのまま攻撃を開始。
上条は何とか必死に逃げながらも戦いの場を離すことに成功したのだった。
「……ダメよ。ただ一方通行を倒すだけじゃダメ。私が、私が倒さなきゃいけないんだ」
右手を握る。
悪魔のチカラが宿る右手は虹色に輝いていた。
コレを一方通行に全力で当てれば今度こそきっと倒せる。
しかし、当たらないだろう。もう、身体が満足に動かなくなってきた。
少し休憩を挟むだけで身体が軋んできた。これも『超反応モード』の代償なのか?
まだ身体は動く。しかし、もうガス欠である。せめて、せめてもう一度『超反応モード』を使えたら……。
「お姉様……?」
キョトンとした様子の9982号。
そうだ、何でこの子達はここに来たのだろうか? 私は妹達に向き直り、
「アンタ達、早く逃げなさい!! なんでここに来たの!?」
「…………分かりません、とミサカは自分の心にあるモヤのようなモノの正体が何か不安がります。このミサカがお姉様に気絶させられた後、お姉様が実験場に向かったと気付いたときすでに身体は走り始めていましたと、ミサカはうまく自分の行動を言語化できないことに戸惑いを覚えます」
9982号は自分の服に着けられたゲコ太のバッジを握り締めながらそう言った。
「この感情を他のミサカと同期した結果、なぜかすべてのミサカがこの実験場に終結しました、とミサカはここにすべてのミサカが集結した理由をお姉様に説明します」
「なぜかってアンタ……」
もしかして、私を心配して?
他の妹達もなぜか熱の篭った視線を私に投げかけてくる。……って、
「どうしてあのバカまで連れてくるのよ? アイツは関係ないでしょ?」
「それにつきましてはいつの間にかフラグを立てていた10032号がうっかりこの場の事を口を滑らしてしまったことが原因のようです、と今ひっそりと15555号の影に隠れたミサカを指を差して指摘します」
「いつの間にかって……。って、アンタここまで急いで来たんでしょ? どうしてそんなに事情に詳しいのよ? アンタ私と一緒に一方通行と戦ってたハズでしょ?」
「ああ、それならミサカ達はMNWというネットワークで繋がっていて外にいるときでも簡単に同期ができると…………って聞いてますか、お姉様?」
MNW。
確かいつか研究所でみたアレか。
脳のリンクシステム。まあやればほぼ同じ脳波を持つ私でも理論上はMNWに接続できるはずである。
「――――――!!」
思い出す。
木山先生の事件。『幻想御手事件』。あれは脳波のネットワークを介して能力を底上げするシステムだったはず。
今の私にはもうまともに能力を使うチカラは残されていない。しかし、MNWを使えば?
「試してみる価値はある!!」
「お姉様? というか、上条当麻を助けに行かなくていいのですか、とミサカはみんなが一番思っているであろうことを代弁します」
「行くに決まってるでしょ!! でも、私だけじゃ一方通行には勝てない」
異世界のチカラを借りても、何度蘇っても私では一方通行には勝てない。
だから、
「アンタ達のチカラを貸して!! 奇跡を起こすために!!」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「…………チッ、なんだァ三下ァ。テメェ逃げてばっかじゃねェか。やる気あンのか、アァッ!?」
一方通行は上条当麻を睨み付ける。
しかし当麻は笑って口元の泥を拭い、
「……俺はアイツの、御坂の望むハッピーエンドの手助けに来ただけだ。今日の主役は俺じゃねえ。アイツはこれまで何回も苦しい思いをしてきたんだ。それを俺が横から手柄を掠め取るなんて卑怯な真似、でっきっこねぇーじゃねーか」
「あン? なンだその言い方。その言い方だと、いつでも俺に勝てるみたいな言い草じゃねェか、エェ? 三下ァッ!!」
トン、と一方通行が地面を鳴らす。
それに呼応するかの如く大気は割れ、地面は吹き上がり、空は悲鳴を上げる。
しかし、それでも上条当麻は倒れない。土煙が晴れたその場所で、右手を突き出したまま笑みを保っている。
「……上等じゃねェか、三下ァ。こうなったら、直接この手で殺してやるよカカカキククキケッ!!」
「いいのか? 俺なんか相手にして? おまえの相手は、アイツだろ?」
当麻はゆっくりと空に向けて指を差した。
ゆっくりと振り返る一方通行。その先には、翼を羽ばたかせながら、光輝く美琴の姿。
その背後、はるか後方には1万の妹達の姿。
その全員が、電磁の光に覆われ、淡い青の光を照らし出していた。
「……アァ? なんだァ?」
目を細める一方通行。
深夜の学園都市に淡く光る幻想的な蒼。
その中で一際輝く蒼を一方通行は見上げていた。
「……………………………」
それは、自身を裁くために現世に現れた、天女のようだった。
―――――感じる。
妹達の気持ちも、思いも、心も。
今私たちはMNWによってひとつになった。それは、まるで一つの巨大の脳のように。
―――――『代理演算』。
今の私ではまともな演算はできない。だから、それを外部から行ってもらう。
理論上は不可能な他者から、しかも外部からの補助演算。しかし、同一の脳波を共にする私と妹達なら、それが可能となる。
私の手に電気が走る。
そして浮かび上がる彼女達のキオク。
とても少ないキオク。そのどれもがちっぽけで、味気ないもの。
しかし、セピアがかかったようになキオクの中に、一際輝くキオクが流れ込む。
――――ミャアと泣く四足歩行生物がピンチです。
――――お姉様、次はあれが食べたいです。
――――お姉様、あれはなんでしょうか?
――――お姉様から頂いた、初めてのプレゼントですから。
自然と、私の目からは涙が零れ落ちていた。
妹達とのキオクが言う。また、こんな明日を見たいと。
また、私と一緒にこの学園都市を歩きたいと。
まだ、生きていたいと。
私の一人よがりではなかった。
あの子達は理解していないだけで、生きたかったのだ。
まだ、この街で、このセカイで、やりたいことがたくさんあったのだ。
頭から火花が沸き起こる。
――――――これで私はまだ、戦える。
目を開く。
視線の先には、狂ったような笑みと叫び声をあげる一方通行の姿。
彼の頭上に、風が集まっていく。
そしてそれは圧縮を繰り返し、次第に巨大な一つのプラズマとなる。
これまでに放ってきたプラズマと比較にならないほどの巨大なプラズマ。
恐らく、彼のすべてをかけた一撃。
『超反応モード』状態の今の私なら、アレをかわすのはたやすい。
しかし、私はそれを選択しなかった。
翼を羽ばたかせ、私は流星の如く一直線に一方通行に向かって下降した。
一方通行はそんな私目掛け大プラズマを投げ込んできた。
――――逃げない。
もう私は一人じゃない。それに、一方通行に必要なことは真っ向から立ち向かうこと。
彼からもう逃げない。真正面から、すべて受け止める!!
「ハンド・オブ・グローリー!!」
右手を突き出した。
異界から応援してくれた神様達。それに答えるが如く右手は虹色に輝く。
ヴァジュッ、と嫌な音を立てる。
それでも、私はまだ止まらない。
「電撃使いが、プラズマで死ねるかぁぁぁぁッ!!」
その瞬間、深夜の学園都市は輝いた。
なんとなくアイツが「御坂ッ!」と声を上げた気がするが、それは空耳かもしれない。
だって、プラズマに目と耳を一時的にやられ、うまく聞こえなかったから。
それでも、私は見た。うっすらと見えるその視界の先で。
私がプラズマを突き破ってくるのを嬉しそうに口を歪めて笑う一方通行を。
いや、歪めたんじゃない。あれは、微笑んだんだろう。
初めて見る、彼の安らかともいえる笑み。その笑みは一体何を意味していたのだろうか?
そんなこと、今の私には分からない。
だから、後で教えてもらうとしましょうか。
――――私の『左手』は、確かに一方通行の頬を捉えていた。
弾けるように転がる一方通行。
地面を何回転も転がり、ようやく止まる。
もう確かめなくても分かる。
――――この瞬間、『絶対能力者計画』は終了したのだと。
------------The end