【第四章 完結】異世界かぞく! ~人妻と不倫(こい)するNTR冒険譚~   作:北条 ゆう(いすわーる)

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《第三七話:桐島夫人 後編》

 美香子は、王宮の広々とした廊下を歩いていた。

 纏うのは深いロイヤルブルーのドレス。胸元の銀糸の刺繍が、彼女の豊満なバストを一層引き立てる。歩みに合わせて、小刻みに揺れるその巨乳は優雅さすらまとい、さながら彼女の動きに合わせ舞っているようですらあった。

 

『若者からの愛の告白に対して、必ずしも応える必要はありません』

 

 ある日のサロンでのエレアノールの言葉。

 

『しかし貴婦人としての品位を保ちつつ、相手の気持ちを尊重することが大切です』

 

 彼女は優雅に微笑みながらそんなことを言っていた。美香子は思い出す。

 手には豪華な荘重(そうちょう)の一通の手紙。彼女の手にしっかりと握られているそれは、つい先頃とある青年貴族より美香子へと送られてきた恋文だ。

 

『彼の真摯な想いに全く心動かされなかったのか?』

 

 それに『はい』と答えれば、美香子は嘘をついたことになるだろう。

 だが、応えるつもりはなかった。その想いに。

 彼女の心は既に恋人:アルフレッド=ヴァレンタインと夫:信彦に向けられているからだ。

 しかしそれでも、彼の気持ちを無視することは簡単には出来ない事情もあった。

 

「信彦さん、わたしよ」

 

「どうぞ、入ってくれ」

 

 美香子は信彦の部屋に向かった。ノックの後、扉を開け部屋に入った。

 

「美香子、どうしたんだい?」

 

 彼の顔には疲れが見えたが、美香子を見ると微笑んだ。

 信彦は、ウォーリアーズの団長として社交界で融資のお願いをして回っていた。美香子は青年が、信彦が懇意(こんい)にしている貴族の御曹司(おんぞうし)であれば、不利益を(こうむ)るかもしれないと考えた。

 

『(もし信彦さんが望むなら文通をしたり、場合によっては……形だけでも交際することが必要になるかも……でもそれが、信彦さんやウォーリアーズの為になるなら……)』

 

 そう思った美香子は返事を書く前に『その内容について相談しなくては』と信彦の元にやってきたのであった。

 

「(もちろんヴァレンタインに負い目を感じない程度に、だけど)」

 

「それにしても、ちょうど良いところに来てくれた」

 

 そんなことを思い、要件を口に開こうとしたところで、信彦が先達を切った。

 

「ようやく資金繰りに目途がついた。ウォーリアーズは今後王都を本拠点を置き、各地に支部を設置する」

 

 信彦の顔にはやりがいに満ち溢れた表情が浮かんでいた。

 

「これで一気に大魔王討伐への道が開けた! 俺達ウォーリアーズはこれからいよいよ飛躍していくぞ!!」

 

 机の上には、書類や地図が広げられ、信彦は会話している今もなお、忙しそうにしていた。彼の目は輝き、口元には満足げな微笑みが浮かんでいた。

 

「……」

 

 美香子はそんな信彦の姿を見つめている。

 

「素晴らしいわ!」

 

 夫の情熱と決意が伝わってきて、妻の胸は熱くなった。

 冒険者としての自分を思い出す。

 

「あなたの努力が実を結んだのね」

 

「そうさ! 国王や貴族、商人たちの支援があれば、ウォーリアーズはさらに強力な組織になる!」

 

 信彦は頷き、書類を手に取りながら答えた。

 美香子は信彦の元に駆け寄り、その手を握った。

 

「わたし、これからもあなたを支えていくわね」

 

「ありがとう美香子」

 

 信彦は美香子の手を握り返し、優しく微笑んだ。

 

「君がいてくれるだけで、俺は十分幸せだよ」

 

 美香子はその言葉に胸が温かくなり、信彦のために尽くす覚悟を新たにした。

 信彦の情熱と決意に触発され《上流階級の空気に当てられ浮かれていた自分》を(かえり)みて、再び神官冒険者:美香子としての初心を取り戻すことを誓ったのである。

 

「(上流階級の風習を気に(無駄な心配)してても仕方ない(時間がもったいない)わ。これからは冒険者として、夫を、ウォーリアーズをしっかり支えていきましょう!)」

 

 美香子は自分なりの言葉で明確に、青年貴族の告白にお断りの文章を書き、庶民的な便箋(びんせん)でその返信の手紙を送ったのであった。

 

 

 

 信彦の情熱に触発され、冒険者としての自分を取り戻した美香子。

 彼女は必要以上にサロンに出入りすることを止めた。しかし、それによって手持ち無沙汰(ぶさた)な時間が増えてしまう。

 

「ちょっと気分転換でもしようかな」

 

 僧侶としての自主鍛錬(たんれん)の合間、広々とした王宮を散歩する美香子。

 祝勝パーティで纏った紫色のドレス。レースに彩られた優雅に揺れるドレスの裾が、彼女の動きに合わせて舞っていた。紫の宝石で装飾された杖が彼女の手にしっかりと握られている。

 美しい庭園が目に入り、歩みを進めた。花々が咲き誇り、鳥たちが楽しげにさえずっている庭園。

 そんな庭園のベンチに座るレオンの姿を、美香子は目にした。

 彼は浮かない表情をしており、何かに悩んでいる様子だった。美香子は彼の元へと歩み寄った。

 

「レオン、どうしたの?」

 

 美香子は優しく声をかけた。レオンは驚いたように顔を上げ、美香子を見つめた。

 

「美香子さん……」

 

 美香子はレオンの隣に座った。

 

「何か悩み事があるの?」

 

 レオンはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「おら……どうするべきか、わからんくなってしもうたんですずら」

 

 美香子は彼の言葉に耳を傾け、静かに頷いた。

 

「それは誰にでもあることよ、レオン。わたしも同じように感じることがあるわ」

 

 レオンは美香子の言葉に少し安心したようだった。

 

「でも、美香子さんはいつも強くて、迷いがないように見えますずら」

 

 美香子は微笑みながら答えた。

 

「そんなことはないわ。私も迷うことがあるし、悩むこともある。でも、大切なのは自分を信じること。そして、仲間を信じることよ」

 

 美香子は、上流階級の社会に()まれていた先頃までの自分を思い出しながら、レオンを(さと)した。

 レオンは美香子の言葉に励まされ、少しずつ表情が明るくなっていった。

 庭園の美しい風景の中で、美香子とレオンはしばらくの間、彼の悩みについて静かに語り合う。

 

「美香子さん……今おらはモンスターマスターの授業で、貴族の、おらと同世代の皆と一緒に稽古(けいこ)を受けているんですずら。でも、その時に……」

 

 レオンは言葉を()まらせ、美香子の顔を見つめた。美香子は彼の手をそっと握り、続けるよう促した。

 

「その時彼らに『君には美しく魅力的な母親がいて良いね』って言われたんですずら……」

 

 レオンの瞳には涙が浮かんでいた。美香子は彼の気持ちを想像し、胸が痛んだ。

 彼女はレオンの手をしっかりと握りしめ、優しい声で言った。

 

「レオン、あなたのお母さんはいつもあなたの心の中にいるわ。あなたを見守っているし、あなたが立派なモンスターマスターになろうと頑張っていることを誇りに思っているはずよ」

 

 レオンは、美香子の手を握りしめながら。

 

「美香子さん……皆は《おらの実の母親が美香子さん》、あなた《であると勘違いしている》んですずら」

 

 美香子はレオンの言葉に驚き、彼の顔を見つめた。

 

「……どういうこと?」

 

 レオンは苦笑いを浮かべ、続けた。

 

「おらが『美香子さんは母親ではない』と言っても、彼らは信じてくれませんでしたずら。彼らは『取り繕わなくてもいい、貴族社会ではよくあること』と言って、おらの言葉を聞き入れてくれんかった。ある女の子は『わたくしだって年の離れた姉上がいて、わたくしが父上の子じゃないって家族はみんな知ってるわ』と言って……おらの話を本当に信じてくれたのは、ただの一人もいませんでしたずら」

 

 美香子はレオンの話を聞きながら、彼の心の痛みを感じ取った。

 彼女は彼の手をしっかりと握りしめ、優しい声で言った。

 

「レオン、あなたがそんな誤解を受けているなんて、本当に辛かったでしょう……」

 

 レオンは少し顔を上げ、美香子の目を見つめた。

 

「……でも、彼らがそう思ったのには理由があると思うんでずら……たぶんおらが桐島家の人間ではないのに、祝勝パーティに呼ばれたこと。そして、王侯貴族にしか許されないはずのモンスターマスターになろうとしていること。その二つが原因だと思うずら」

 

 美香子は驚きと共に、深い悲しみを感じた。良かれと思って手配したヴァレンタインの計らいが裏目に出てしまった。

 彼女はレオンの手をさらに強く握りしめ、彼の心の痛みを共有しようとした。

 レオンはため息をつき、続けた。

 

「皆は、《貴婦人然として麗しく気品あふれる美香子さん》がどこぞの《貴族の御曹司に見初められ》、愛を交わし、その結果産まれたのが、《駆さんと父違いの息子:桐島 レオン》だと思ったみたいずら」

 

 美香子はしばらく、言葉を失った。

 

「……レオン、そんな誤解を受けるのは本当に辛いことだと思うわ。でも交流を重ねれば、いずれはあなたがどれだけ純粋で、嘘の付けない誠実な人であるか分かってくれると思うわ。必ず、本当のあなたを理解してくれるはず」

 

 しかし彼女は冷静さを取り戻し、レオンに優しい微笑みを向け、言葉を紡ぐ。

 彼女は神官である。人の悩みを聞くプロフェッショナル。自分が関わっていることだけあって(ひる)んではしまったものの……

 レオンは美香子の言葉に少しだけ微笑みを浮かべたが、その瞳にはまだ悲しみが残っていた。美香子は彼の背中を優しく撫でながら、続けた。

 美香子はレオンの気持ちに寄り添い、彼の心の重荷を少しずつ軽くしていった。しかし、レオンの瞳にはまだ何か深い悩みが残っているように、美香子には垣間見えた。

 彼女は優しい声で問いかける。

 

「レオン、まだ何か心に引っかかっていることがあるのね……話してくれない? その方がきっと楽になるはずよ」

 

 レオンは躊躇(ためら)っていた。

 が、美香子の温かい眼差しに励まされ、遂に覚悟を決めたようであった。

 ゆっくりと口を開いた。

 

「実は……《あの王宮パーティの夜》、聞いてしまったんですずら……バルコニーで《アルフレッド様が美香子さんにプロポーズする》のを」

 

 美香子は驚く。先程の少年少女たちの誤解を聞いた時以上に。

 絶句。本当に言葉を失った。

 心に、レオンの言葉が深く突き刺さる。先程よりも、はるかに深く。

 

「息子でもないおらがこんなことを言うのは筋違いかもしれないけれど……《王宮での美香子さん》は確かに皆が思うように《貴族の奥方様》のようですずら」

 

 沈黙する美香子に、レオンは躊躇いを覚えつつ、だが続けた。

 

「でもそれは美香子さんがどこか遠くの人になってしまうようで……きっと駆さんや信彦さんも悲しむと思うずら……」

 

 レオンは言い終えるとベンチから立ち上がり、美香子に深く頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんなさい、美香子さん。こんなこと言ってもうて……でも、どうしても伝えたかったんずら……!」

 

 レオンは急ぎ足でその場を去っていった。美香子はただ、彼の背中を見つめることしかできなかった。

 息子同然に可愛がっている少年の言葉に、胸を締め付けられながら……




・あとがき

 お楽しみいただけていたら幸いです。

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 それでは、またお会いしましょう。
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