【第四章 完結】異世界かぞく! ~人妻と不倫(こい)するNTR冒険譚~   作:北条 ゆう(いすわーる)

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《第三九話:母と息子と……》

 アルフレッド=ヴァレンタインは桐島 美香子から別れを告げられたその夜、王都ルテティアの街を彷徨(さまよ)っていた。

 彼の心は重く、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚に(さいな)まれていた。

 夜の街は静かで、冷たい風が彼の頬を撫でていく。ヴァレンタインは馴染みのバーに足を運んだ。彼はカウンターに腰を下ろし、バーテンダーに強い酒を注文した。

 

「浮かない顔ですね、アルフレッド様。話せば、楽になるかもしれませんよ?」

 

 バーテンダーは彼を気遣う。

 

「……なんでもない。ただ、飲みたいだけだ」

 

 とヴァレンタインは短く答えた。

 彼は次々とグラスを空け、心の痛みを忘れようとした。しかし、どれだけ飲んでも美香子の笑顔や声が頭から離れなかった。彼女との想い出が次々と蘇り、彼の心を締め付けた。

 

「もう一杯」

 

「アルフレッド様、もうやめられた方が――」

 

 バーテンダーは心配そうに言った。

 

「いいから、もう一杯だ」

 

 ヴァレンタインは強く促した。

 彼はさらに数杯を飲み干し、ついには泥酔状態になった。彼の視界はぼやけ、足元もおぼつかなくなっていた。

 

「……ぁけを……つぎ、ぅぎのさけを……」

 

「アルフレッド様、少々お待ちを……! おい、お前! 殿下を王宮までお届けしろ!」

 

 泥酔状態のヴァレンタインは意識朦朧(もうろう)の状態で宮殿へと送り届けられた。

 彼は自室へと向かう階段を、衛兵に支えられながら、ふらつきながら登った。彼の心は重く、体も思うように動かなかった。やっとのことで自室にたどり着くと、彼はベッドに倒れ込んだ。

 

「美香子...」

 

 彼は呟いた。

 彼の心にはまだ彼女への愛が残っていたが……その決断を受け入れるしかなかった。ヴァレンタインはその夜、深い眠りに落ちる。

 せめて夢の中で美香子と再会することを願いながら。

 

 

 

 ヴァレンタインは、ひどい頭痛と共に目を覚ました。昨夜の出来事がぼんやりと頭の中に浮かび上がり、彼は深いため息をついた。窓から差し込む光が眩しく、彼は手で目を覆った。

 部屋の置き時計を見ると、もう昼過ぎだった。

 

「くそっ……」

 

 彼は毒づいた。ベッドから起き上がり、ふらつきながら洗面台へ向かった。冷たい水で顔を洗い、少しでも頭をすっきりさせようとしたが、二日酔いの症状はなかなか消えなかった。鏡に映る自分の顔を見つめる。

 

「美香子……」

 

 昨夜と変わらず絶望に打ちひしがれた表情。彼は再び愛しき人の名を呟いた。

 

「んぅぅぅ……頭が痛い……」

 

 ヴァレンタインは洗面台より戻り、テーブル近くの椅子に腰を下ろした。水を飲んで体調を整えようとした。

 冷たい水が(のど)(うるお)し、少しずつ頭痛が和らいでいくのを感じる。二日酔いの症状が少しは緩和された、気もする。

 

「これから私は、どうやって生きて行けばいいんだ……」

 

 が、鬱々(うつうつ)とした気分は未だに晴れる(きざ)しさえない。

 彼は気分転換に王宮を散歩することに決めた。

 王宮の廊下。壁には歴代の王や王妃、王子や姫の肖像画が飾られている。

 

「心地良いな……」

 

 庭園に出ると、(さわ)やかな風が彼の頬を撫で、花々の香りが漂ってきた。色とりどりの花が咲き誇り、緑の芝生が広がっていた。ヴァレンタインはしばらくの間、ただ立ち尽くしていた。

 そして視界を巡らすうち、ある光景に目が留まった。

 

「あれは……母上と……駆……か?」

 

 庭園の一角で、駆とエレアノールが楽しげにお茶をしていた。

 仲睦(なかむつ)まじそうに笑い合い、楽しげに会話を交わしている。

 

「何故だ……」

 

 二人はまるで、恋人同士のように見えた。

 ヴァレンタインの胸に、駆への嫉妬の感情が湧き上がった。

 

「なぜ母上はあんなに楽しそうにしているんだ……」

 

 次に、母であるエレアノールに対して喪失(そうしつ)感と、そして怒りが込み上げてきた。

 恋人を失ったその痛みがまだ()えない中、あげく母親が若い男と楽しそうにはしゃいでいることに耐えられなかった。

 

「(いや落ち着け、私は今冷静じゃない……考えてみろ、今まで母上が父上以外の男に想いを寄せたことが一度でもあったか?)」

 

 つい先頃まで駆のことを責められる立場ではなかったヴァレンタイン。

 しかしともかく、彼は自分に言い聞かせることにした。

 

「二人はただ――」

 

 ヴァレンタインは小さく呟いた。深呼吸をし、怒りを自制しようと努めた。

 感情を抑え、冷静さを取り戻そうとした。

 

「お茶をしているだけだ」

 

 ヴァレンタインは、しばらくの間、駆とエレアノールの様子を遠目に見守っていた。

 (ほが)らかな笑顔に、弾む会話。

 

「駆……ッ! 母上……ッ!」

 

 だが彼の胸には嫉妬の炎が燃え上がり、次第に二人の物理的な距離が近づいていくのを見て、その感情はますます強くなった。

 拳を握りしめ、何とか怒りを自制しようと努める。

 庭園の美しい景色に目を向ける。花々の香りや鳥のさえずりに意識を集中しようとする。

 

「……!?」

 

 しかし遂に、二人がその唇を重ねようとしているように見えたその瞬間、ヴァレンタインの理性は崩壊した。

 

「駆ッ!!」

 

 ヴァレンタイン怒りに駆られ、二人の前に飛び出した。

 手は自然と腰に差した剣のその柄に伸び、ただちに抜刀した。

 

「覚悟しろっ!」

 

 ヴァレンタインは叫びながら、駆に襲い掛かった。

 

 

 

「あ、アルフレッド様?!」

 

 ヴァレンタインは怒りに駆られ、剣を振り上げて駆に襲い掛かった。しかし、二日酔いの影響で彼の動きは鈍く、まともに剣を振るうことは出来なかった。

 駆は魔法使い――端的に言って運動能力はからきし――であったが、それでも易々(やすやす)()けることが出来た。

 

「(ど、どうしよう?!)」

 

 剣が駆に向かって振り下ろされ、突き出されるたびに、駆の心臓は激しく鼓動していた。

 彼はエレアノール王妃に想いを寄せていた。そしてその想いが彼女に通じ、口づけを交わそうとしたその時に、想い人の息子であるヴァレンタイン王太子が現れたのだ。

 

「お、王子、おっ……落ち着いてくださ、い?!」

 

 駆は彼女との逢瀬がヴァレンタインにバレたと思い焦っていた。

 しかし同時に彼の頭の中には、エレアノールとの楽しい時間や、彼女の笑顔が浮かんでいた。

 『誤解です』と否定することは出来なかった。したくなかった。

 

「死ねぇーーー! 駆ーーーーっ!!!」

 

 ヴァレンタインは何度となく剣を振るっていたが、その動きは鈍く、到底駆に(かす)りそうもなかった。

 どころかヴァレンタインの視界はぼやけ、頭痛がますますひどくなる一方だった。

 それでも彼は怒りに任せて攻撃を続けた。

 

「――やめなさい! ヴァレンタイン!!」

 

 そして遂に、エレアノールが駆を守るように、ヴァレンタインの前に立ち(ふさ)がった。

 母が息子の面前に立ちはだかった。

 

「母上……どう……して?」

 

 ヴァレンタインは動きを止め、エレアノールの顔を見つめた。母の目には決意と悲しみの色が浮かんでいた。

 息子の心に、困惑と悲しみが広がった。母親が息子の肩を持たずに、間男を守ろうとしている。

 

「落ち着いて、ヴァレンタイン」

 

 エレアノールは彼の目を見つめ、静かに言った。

 

「わたくし達はただ、お茶をしていただけよ」

 

「……!!」

 

 その言葉は、ヴァレンタインの心を逆撫(さかな)でした。

 彼はエレアノールに近づいていく。彼女を払いのけ、獲物を仕留めるために。

 だが――

 

「離せ! 私が誰だが分かっているのか!? 王太子だぞ!」

 

 騒ぎを察知した宮殿の衛兵たちが、急ぎ庭園に駆けつけて来た。

 彼らは状況を一目で把握(はあく)し、ヴァレンタインを取り押さえたのだ。

 

「アルフレッド様、落ち着いてください!」

 

 一人の衛兵が叫びながら、彼の腕を掴んだ。

 ヴァレンタインは反発し、衛兵たちを振り払おうとしたが、二日酔いの影響でいよいよ力が入らず、まともに抵抗することは出来なかった。

 

「離せ! 離せ!! 離せぇーーーッ!!!」

 

 身動きを封じられながらも、ヴァレンタインは叫んでいた。怯む衛兵たち。

 だが衛兵団の隊長が――昨日、ヴァレンタインを寝室まで誘った中年の衛兵が――ヴァレンタインを地面に組み伏せた。

 

「……アルフレッド様、これ以上暴れれば、王太子様といえど王妃様への不敬罪は免れませんぞ……」

 

 一際冷静な声で耳打ちした。

 その言葉に、ヴァレンタインは一瞬動きを止めた。

 自分は一体何者で、何のために戦っているのか?

 

「……」

 

 衛兵の言葉に、ヴァレンタインは冷や水を浴びせられたような気持ちになった。

 この庭園は王家のプライベートスペースだ。場には駆、エレアノール、ヴァレンタイン、それに王家の近衛衛兵が数名いるだけ。

 

「……これ以上の騒ぎとなれば、王宮の他の者にも騒動が知れ渡り、もはや後戻りできなくなります……」

 

 近衛衛兵隊長の追撃。

 

「……どうかこの場は(こら)え……ご英断を……」

 

 王太子はその動きを完全に止めた。

 

 

 

 ヴァレンタインは衛兵たちに連行されていった。丁重に。傍目(はため)に見れば、衛兵たちに護衛されるように。

 国王の裁定を待つために、彼は王宮の個室の一つへと連行されて行った。

 

「……エレアノール様、申し訳ありま――」

 

 駆はエレアノールに向かって、今回の騒動を招いたことを謝罪しようとした。

 

「……」

 

 しかし、エレアノールは何も言わずに彼を抱きしめた。彼女の温かい抱擁(ほうよう)に、駆は一瞬戸惑ったが、その優しさに心が癒されるのを感じた。

 

「駆、あなたは何も悪くありません」

 

 エレアノールは彼の背中を優しく撫でながら、静かに言った。

 エレアノールは水色のゴージャスなドレスを纏っていた。お茶の間中見つめていたその美しい姿が、駆の目に焼き付いていた。

 彼女の香りが駆の鼻をくすぐり、想定外の出来事で動揺していた彼の心を落ち着かせた。

 

「エレアノール様……僕は……」

 

 言葉を探しながら駆が呟いていたその時、庭園の外から足音が聞こえた。

 エレアノールは最後に駆の頭を優しくなでると、彼を彼女の腕から解放した。

 駆は一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、すぐにその訳を知ることとなる。

 

「エレアノール様、そして駆様。あなた方からも事情を国王陛下にお話し頂く必要が出てくるでしょう」

 

 ヴァレンタインの連行を終えて戻ってきた衛兵隊長が二人の前に現れた。

 

「大変申し訳ありませんが、ご同行願います」

 

「わかりましたわ」

 

 エレアノールは静かに言った。

 

「はい」

 

 駆も続いた。

 衛兵たちは駆とエレアノールをそれぞれ別々に、ヴァレンタインのものも合わせて計三つの個室へと連行していった。

 その態度はいずれも丁重そのものであった。

 

「大丈夫よ、駆。わたくしが国王陛下にこの件の事情を伝えておきます。それで全て、つつがなく解決するはずですわ」

 

 先に衛兵に誘われていくエレアノールが別れ際、駆の手を握りしめそう言った。

 駆の心には、

 

『この先どうなってしまうのだろうか?』

 

『僕だけでなく……ウォーリアーズもどうなってしまうのか?』

 

 未だ消えぬ不安は(くすぶ)っていたが、エレアノールの存在が、彼女の温かさが彼を支えてくれていた。

 国王の裁定を待つことになった個室にて。

 駆はエレアノールの言葉を心に刻み、強い意志を持って、これからほどなく迎えるであろう国王の裁定を何とか(くぐ)り抜けることを誓ったのである。




・あとがき

 来週は、第三章最終話です。

 高評価、お気に入り、感想など頂けると、嬉しいです(^^)
 それでは、次話でまたお会いできると信じて。
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