【第四章 完結】異世界かぞく! ~人妻と不倫(こい)するNTR冒険譚~   作:北条 ゆう(いすわーる)

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《第五七話:愛の刻》

 執政暦一三一四年八月。王都ルテティア郊外、王妃別邸。

 王都の夕暮れは、夏の気配を孕んだ赤みがかった空を背景に、やわらかな金色が撫でていた。

 エレアノール王妃の別邸。石造りの壁を蔦が覆い、正門から続く小道の両脇には、綺麗な花が咲いている。淡い桃色の花弁は風にかすかに震え、その香りは冷たい空気の中でひときわ甘く際立っていた。

 

「ふぅ……よし」

 

 駆は厚手のマントの襟を正し、門衛の礼を受けながら中庭へと進んだ。久しぶりに足を踏み入れるこの場所が、ふと胸の奥の糸を優しく引くような感覚を呼び覚ます。

 信彦とジェイク。二つの大きな背中を同時に失ってから、日々はクエスト攻略の算段と新人魔術師育成に埋もれ、最愛の人とひと時を過ごすことさえ叶わなかった。

 

「お久しぶりですね」

 

 扉が開かれる。蝋燭の光がゆらめく応接間に、一輪の白薔薇。

 

【挿絵表示】

 

 銀糸のような髪はゆるやかに結い上げられ、深い青のドレスが白い肌の輪郭をやさしく縁取っている。その瞳がこちらを見た瞬間、駆は胸の奥で固く絡まっていた焦燥と渇(かわ)きが、音を立ててほどけていくのを感じた。

 

「駆」

 

 エレアノールは微笑み、歩み寄ってくる。その声は、遠くで降る初雪のように静かで柔らかい。

 

「会いたかった、ずっと」

 

 思わず漏れた言葉は、忙殺(ぼうさつ)された日々の隙間からあふれ出た想い。

 彼女は軽く首を傾げ、そのまま両腕を広げた。駆はその懐に身を預ける。ドレスの生地越しに感じる温もりと、微かに薔薇と香木が混ざった香りが、時の流れを止める。

 

「あなたの瞳……疲れが滲んでる」

 

「毎日忙しく、怒涛の日々で……今ここに来て……ようやく一息つけた気がします」

 

 最愛の人の、その豊かなの胸の谷間に顔を埋める駆。

 視界の利かない中、駆の指が無意識に彼女の指を探し出す。エレアノールはそれを包み込み、優しく握り返した。

 

 

 

 窓辺には夕闇が降り、外灯が庭に小さな光の輪をつくっている。

 

「駆」

 

「はい」

 

「これからもずっと……戦の中に身を置くの?」

 

「ええ。パパやジェイクが守ったものを、僕は背負っていきたい……けど」

 

 クイーンサイズの天蓋(てんがい)付きベッドに、共に生まれた時の姿で寝転ぶ二人。

 

「パパやジェイクがそうであったように……命を落として……もうあなたに会えなくなってしまうのを考えると……正直、怖い」

 

 エレアノールは目を細め、ゆっくりと駆の頬に手を添えた。

 

「ならば、こうしている間は、すべてを忘れて」

 

 唇が重なった。外の冷たさとは無縁の、長く、深い口づけ。時間の輪郭が溶け、ただ互いの心音だけが確かな現実として響く。

 やがて彼女が微笑む。

 

「あなたが来る日は、この家が華やかにに見えるのです」

 

「僕も……僕もここが、自分の帰る家だと思ってます」

 

 魔力灯の光が二人の影を寄り添わせ、窓の外には白い月が昇っていた。駆はその光を背に受けながら、再び彼女を抱き寄せる。離れていた日々の空白を、埋めていくように。

 その夜、別邸は外界のすべての音を拒むかのように静まり返り、二人のためだけの時を刻んでいた。

 

 

 

「……パパが残した団を護るため、息をつく暇もなくて」

 

 静寂の中。

 

「パパがいなくなって……殉死によってベルギガ辺境伯の称号がパパに送られたから、からかい交じりとはいえ僕を《桐島卿(ロード・キリシマ)》と持ち上げてくれる人もいるけど……」

 

 駆の頭は、エレアノールの柔らかな膝の上にある。

 

「所詮(しょせん)はただの新米冒険者だよ」

 

 彼女の白く細い指が、ゆっくりと彼の髪を撫でていく。

 エレアノールは答えず、ただその手は止めなかった。撫でるたび、指先が彼の心の葛藤をわずかながらほどいていく。

 

「いつか……いつか僕は、この重さに押し潰されるんじゃないかって……パパの背中も、ジェイクの背中も、大きすぎる。僕は中途半端な貴族気取りの、半人前だ」

 

 吐き出された言葉は、ずっと心に絡みついていた蔦を引きちぎるように。

 駆は目を閉じた。エレアノールの、最愛の人の膝に頭を預けるこの安らぎ。

 外の雨音。淡い魔力灯の光が彼の頬をほのかに照らしている。

 エレアノールはそのまま彼を撫で続けた。まるで、外界の嵐から彼を守るかのように。

 

「……駆。あなたに、お願いしたいことがあります」

 

 そして幾ばくか時を刻んだ後、エレアノールは手を止めると、そっと切り出した。

 

「霧峰山脈の攻防戦に赴いて。魔王軍と戦うために」

 

 その声は囁きのように静かで、しかし揺るぎない決意を帯びていた。

 

「ウォーリアーズの代表として。傭兵軍団の《総大将》として」

 

 駆は短く息を呑んだ。顔を上げ、真っ直ぐにエレアノールを見つめる。

 

「……それは、僕に功績を作らせるため?」

 

 エレアノールは小さく頷く。

 

「ええ。そのような大役を無事こなせれば、陛下にあなたの辺境伯としての叙任を願い出る理由になります。名誉貴族ではなく、正統な大貴族としての地位を」

 

 ベルギガ辺境伯位は終身ではあるが、世襲ではない。

 高度な軍事指揮権や政治的権限が与えられる大貴族ではあるが、国王が実力者を選んで任ずる役職でもある。

 

「だけど……」

 

 絡めたあった指が、強く握られている。

 

「攻防戦に参じるとなれば、僕はウォーリアーズから離れ、しかも団の戦力の一部を、いや多くを、少なく見積もっても半数は引き抜くことになる。残されたみんなの負担は倍増どころじゃ済まない……」

 

 ウォーリアーズは王国各地に拠点を持つ大傭兵団だ。クエストの指名依頼、新人冒険者の育成、社交界での外交。

 魔王軍との戦となれば、ウォーリアーズから人数は絞るにせよ、実力者をそれなりの人数連れて行かなくてはならない。果たして、団の運営はままなるだろうか?

 

「わかっています」

 

 エレアノールはそっと彼の頬に手を添えた。

 

「それでもわたくしはあなたに辺境伯になって欲しい……」

 

 白い指先は、熱を帯びている。

 

「あなたがわたくしの愛人(モノ)であると、みなに公にしたいから」

 

 駆は言葉を返すように、彼女の瞳を見つめた。その瞳に映るのは王妃としての使命感、そして

 

「功績をあげれば誰であれ……そう、たとえ陛下であってもわたくしたちの恋路を妨げることなど、出来はしないのですから」

 

 何よりひとりの女性としての熱情を抱く最愛の人の姿。

 言葉の代わりに駆は半身をあげ、エレアノールに身を寄せ、その唇を重ねた。長く、静かな口づけ。絡み合った手はほどけず、むしろさらに強く結ばれる。

 永き時を経て、唇が離れ、二人は呼吸を整えながら見つめ合う。

 

「わたくしが信頼する実力ある者を一人、あなたたちウォーリアーズにお預けします。それで戦力の穴は埋まるでしょう」




・あとがき

 お楽しみいただけていたら幸いです。

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 それでは、またお会いしましょう。
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