【第四章 完結】異世界かぞく! ~人妻と不倫(こい)するNTR冒険譚~   作:北条 ゆう(いすわーる)

73 / 73
《第六三話:もう一人の騎士》

 半喪の美香子が初めて参加することになった王宮の夜会。

 磨き抜かれた大理石に一人の影。

 

「……まさか」

 

 エリックは石像のように立ち尽くしていた。

 彼にとって、この一年は地獄のような忍耐の日々であった。

 

『喪は愛の証、再婚は供養』

 

 美香子への思慕(しぼ)が胸を焼こうとも、ホノリアの伝統にのっとり、彼は決して分を越えた真似はしなかった。

 手紙の一通、見舞いの花一輪。それすらも、今は亡き英雄:桐島信彦伯爵への不敬となり、美香子の名誉を汚すことになると律してきたのである。

 

「こんなことが……」

 

 その教えを胸に、彼は美香子が半喪という名の再生の夜明けを迎える日を、指折り数えて待っていた。

 しかし目の前で繰り広げられている光景は、彼が夢想していた再会の調べとはあまりにかけ離れている。

 

「くそッ……」

 

 漆黒のレースから覗く、美香子の眩いばかりのデコルテ。何より彼女の豊かな曲線が、謎の仮面の騎士:アルフォードの逞しい胸板に、ワルツの旋律に合わせて幾度も、幾度も深々と沈み込んでいく。

 思わずエリックの唇から、震えながら小さく悪態が漏れた。あの温厚なエリックの。

 

「エリック様、どうかなさいました?」

 

 隣にいた年配のご夫人が心配そうに声をかける。

 だが、その声は彼の耳には届かない。

 自分が今日まで守ってきた《社会規範》――

 

「なんと虚(むな)しい……」

 

 美香子がアルフォードを見上げる瞳に宿るのは、以前よりエリックが彼女から向けられた《親愛》とは明らかに異なっていて……

 

「エリック様、顔色がよろしくないようですが……」

 

 そう、《熱》が宿っている。

 毒烈なまでの。

 美香子がステップを刻む度に、ドレスの裾がアルフォードの脚に絡みつき、さながら二人はひとつの生き物のように。

 

「ご夫人、申し訳ない……今日はこれでお暇します……」

 

 自分が握りしめていた指先が、白く強張っている。

 

「気分が悪い……」

 

 エリックは絞り出すような声を出すと、華やかなダンスフロアに背を向ける。

 

『あのアルフォードという男は!』

 

 大広間の重厚な扉を抜ける。廊下は静寂が支配している。

 

『仮面の下に隠した、野生的なまでの独占欲で美香子様を絡め取っている!』

 

 夜風が、エリックの火照った顔を撫でる。

 だが胸の奥に澱(よどみ)のように溜まった絶望は、消えることはない。

 自分が見守ることしかできなかった深喪の期間。

 あの騎士は美香子の傍らで、共に剣を振るい、共に血を流し、

 

「私は、間違っていたのか……」

 

 彼女の心の隙間を埋めていったのであろうか?

 闇に沈んだ王都の街並み。

 夜会の喧騒は引き潮のように遠ざかっていく。

 

 

 

 ダンスを終えた美香子は一人、火照った身体を冷ますように窓辺に。

 漆黒のドレスに包まれた豊かな胸が、激しいワルツの名残でわずかに上下している。彼女の瞳は、満足感に浸りながらも、ある青年の姿を探して会場を彷徨っていた。

 

「……おかしいわ。エリックはどこかしら?」

 

 美香子が小さく呟く。

 夜会の序盤、彼女はエリックと短い言葉を交わしていた。彼はこの一年、伝統に則り非の打ち所がないほどの沈黙を守り、彼女の喪が明けるのを待っていた。

 その真面目すぎるほどの眼差し。《亡き信彦が持っていた》ような《誠実さ》。

 

「エリック? ああ、あの若き騎士なら少し前に顔を青くして中座されましたよ」

 

 近くにいた年配の男性が、心配そうな様子で美香子に告げる。

 

「妻の話相手になってくれていたのですが、体調を崩されたようで。風に当たるとおっしゃって……そのまま帰られたのかも」

 

 美香子の心に、一筋の冷風。

 胸に小さな穴が開く。

 

「体調を……そうですか……」

 

 アルフォードと踊っている間、エリックはどのような気持ちで自分を見つめていたのか……

 美香子の胸の奥を、チクリと痛みが走った。




・あとがき

 お楽しみいただけていたら幸いです。

 高評価、お気に入り、感想など頂けると、嬉しいです。
 それでは、またお会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。